【日常編】ラブストーリーは平等に
日常編では颯太の何気ない生活の一コマに焦点を当てていきます。仲良し(?)姉弟のプライベートな一時をお楽しみください。
各章末尾に投稿する予定です。
本日のゆり姉は普段より一段と疲れているご様子だった。
帰宅するなり廊下にバッグを放り投げ、そのままリビングのソファーへダイブした。
「せめて手洗いうがいを済ませてから寝てくれ」
「うーん……」
返事をしながらも寝やすい体勢に変えていくゆり姉。これは駄目だ。ナマケモノ状態になってやがる。
また、体を動かした為かスカートの裾がめくれて姉の白いお召し物が露わになっていた。だらしなさすぎる。俺は思わず溜め息をついた。
「弟にキッズサイズのパンツを見せつけて何がしたいんだ」
「ん……あ、見たの?」
「視界に入っただけだ」
「興奮した?」
「生憎俺はロリコンじゃないんで。子供には興味ありません」
「なんか腹立つわね……」
適当にあしらい、俺は冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出す。
実姉とはそんなもんだ。パンツなんてただの白い布切れ。裸姿も昔は散々見てきた訳だし、いくら顔が可愛くても家族を越えた感情は抱かない。
「私も飲む」
「ならコップを持ってきたまえ」
「えー、颯くんが取ってきてよ。ついでなんだし」
頑なに動こうとしないな。だが仕方ない、今日だけは姉のパシリになってやるとしましょうか。優しい弟からのプレゼントだ。
「その……今日はゆっくりしてて良いぞ。昼間は頑張ってたからな」
放課後は瑞垣の豹変ぶりに驚かされた上、ゆり姉は全身を撫で回されるというハードな罰ゲームを受けていた。
だから帰宅早々突っ伏すのも理解できるのだ。あの時の俺は助けることすらできなかったから、今だけでもゆり姉のサポートができればと思う。我ながら紳士な対応だな。
水色のコップとピンク色のコップ。二つを並べて紙パックの中身を均等に注ぐ。昔は少しでも量が違うだけで「ずるい」とか言い合って喧嘩してたっけ。
「ねえ、颯くんは瑞垣彩愛の事が好きなの?」
なみなみと注がれたコップを自分の手元に引き寄せながらゆり姉が一言。
「ま、まあな。好きだよ、うん」
「さっきのあの子は私にべったりだったけど……それでも好きって思うの?」
「ああ。気持ちは変わらないよ。勿論最初は驚いたけど、瑞垣の素顔を知れた感じがするし寧ろ今までより気になったかもしれないな」
瑞垣がどんな趣味を持っていようと、あの照れ臭そうに笑う顔は忘れられそうにない。人付き合いが苦手らしいし俺への関心はさっぱり無いようだが、簡単に諦めては恋とは呼べないだろう。
「ふーん……。颯くんもそんな年頃になっちゃったか〜。早いもんだね」
「おばあちゃんかよお前は。歳も一つしか違わないだろうが」
「それもそうだけどさ。お姉ちゃんからすれば弟の成長は嬉しいと思うのだよ」
「そうか。でも俺より自分の成長を気にした方が良いと思うぞ」
「うるさい。私だって頑張ってるもん」
最近は寝る前にホットミルクを飲んでたりしてるもんな。残念ながら身長は微動だにせずだけれども。
「そう言うゆり姉はどうなんだ。鰍沢先輩のどこが好きなんだよ」
「え、どこって言われても……」
ジュースも平等なら恋バナも平等にしないといけないだろう。
ゆり姉はコップを両手で持ちながらソファーの上で体育座りになった。そんな格好したらまたパンツ丸見えになるっての。
「全部……好き…………かな……えへへ」
頬を赤らめたゆり姉が答える。正に恋する乙女の姿って感じだな。
「テンプレ過ぎてつまらん。もう一回考え直してどうぞ」
「大喜利じゃないでしょこれ!?」
「なら具体的にはどうなんだよ。キスとかしたいのか?」
「キ、キッ!?」
ゆり姉の顔は林檎のように真っ赤に染まっていき、ボッといった効果音が聞こえそうな程に照れまくっていた。
恐らく自分と彼とのシーンを想像したのだろう。たかがキスくらいで恥ずかしすぎである。俺だって瑞垣を思い浮かべたら緊張してしまうけど……恋愛に対する初々しさというか純粋さはゆり姉の方が勝っている気がする。
「よし、面白い顔が見られたから今回はこれで勘弁してやろう。飯の支度してくるわ」
「なにそれ、私をからかってるの!? お姉ちゃんの私を!」
ギャーギャー喚くゆり姉を無視してそそくさと席を立つ。本来なら今日はゆり姉が晩飯を作る番なのだが、昼間の件もあったので代わりに俺が担当することになっていたのだ。
「もてなしを受ける人は大人しく黙っててください」
「ぐぬぅ、それを言われると反論できないわね……。因みに今日は美味しいお肉を用意してあるのかしら」
食事に対する優先順位が高いのかチョロいだけなのか分からないが、ゆり姉が好奇の視線を送ってきたので俺はさらりと答えた。
「100グラム当たり498円の国産黒毛和牛だ。文句ないだろ?」
「おぉー! 颯くん良くやったわ! 流石私の弟ね!」
「でしょう。反面教師で育った弟は強いのです」
冗談混じりに一言。しかしゆり姉に美味しい食材を手渡せばどんな怒りも収まる説は健在らしい。ある程度は食べ物でコントロールできるから、高級なお菓子を持ってナンパすれば割とすぐ引っ掛かりそう。まあこんな子供を欲しがる男はいないだろうけど。
「颯くんの超絶美味なビーフストロガノフができるまで、ごー、よーん、さーん、にー」
「そんなすぐできねーよ」
「ならこの優里奈お姉さんがキッチンの前で監督してしんぜよう」
「邪魔だから引っ込んでろ」
「ではお姉ちゃんの愛の眼差しを――」
「元気出たみたいだな。飯はゆり姉が作るか?」
先程までの自堕落ぶりがまるで嘘のようである。やはり食べ物パワーは最強だ。
「うぇぇぇ。体から力が抜けて動けない……」
だが再びソファーに突っ伏すゆり姉。食べるのは好きだけど作るのは面倒だから嫌。清々しい程に単純明快な子供である。
俺はやれやれと溜め息をついて台所のシンクと向き合う。……ったく。ここまでサービスしてやってるんだからそれなりの成果を見せてくれよな。憧れの先輩とやらに想いを伝えるんだぞ。
並べた食材を手にしながら、俺はそっと心の中で応援するのだった。