4.鬼退治。
呪いを、朱雀は「鬼」って呼んでいる。
元々は、朱雀だけが呼び始めた呼称なんだけど、近頃では、他の陰陽師たちも呼ぶようになった。
それは、如何にも「敵」って感じがするし、分かりやすいからだ。
人の過ぎた愛憎を、鬼と見て、鬼を憎み、鬼を滅する。
鬼を滅するのは、‥裁けることが出来るのは陰陽師。
鬼は、自分では滅せられない。そもそも、‥自分では、自分の心に鬼が住まってることすら気付かないだろう。
気付く‥ってのは、まだ理性があるってことだ。
これじゃダメだ、って自分で悩んで引き返せることが出来るってことは、‥まだ理性があるってこと。
鬼が憑くって状態は、それにすら気付かないって状態なんだ‥と思う。
だから、しかるべき人間がその鬼を退治する。
「鬼が憑いてるから、退治する」
依頼者に、原因として伝えるだけじゃなくって、加害者にも知らせる。‥分からせる。
分からせて、責任を取らせる。
それは、‥その人にとっても、やり直すいい機会だと思う。
依頼者を害する鬼憑きの人間をきっぱりと社会的に締め出して、今後一切依頼者に接触を禁止する‥っていう手段は、陰陽師の仕事じゃない。
陰陽師が裁くのは、人間じゃない。
そりゃあ、結果的には鬼が憑いた人間はそれ以降依頼者に接触を禁じられる‥とは思うけど、その決断を下すのは本人だとか‥それこそ警察だとかで、陰陽師じゃない。そりゃ、そんな権利無いよ。
どっちかというと、そういう「社会的制裁」って手段をとるのは、商売敵である東館脇なんかの常とう手段だなあ、‥でもま、東館脇への依頼は、「鬼がらみ」じゃなくって、嫌がらせやなんかの「社会的制裁されて「ざまあ」」って感じの依頼が多いから、それでいいんだろう。依頼も恋愛‥それも、ストーカーだとか、付きまといだだとかそういった類のものが多いしね。
依頼者の年齢層が若いとそういうことも仕方がないんじゃないかなあ? 。
東館脇は、うち‥西遠寺より、もうちょっと格式が低いんだ。(そういう言い方もどうだとは思うけどね)街の便利屋って程じゃないけど。この頃じゃ、西遠寺も、案件によっては東館脇を紹介したりもするよ。
‥まあ、そういう話は今はいいとして‥ね。
今してるのは、何の話かって‥
鬼退治の重要性って話。
鬼退治、‥そういう様式の美‥。
そういう、カタチが大事って話ね。
加害者側に憑く鬼を見つけて、鬼を退治する。それを、依頼者に見せる。
この、「依頼者に見せる」ことが、朱雀には一番大事だって思っている。
一つに、単純に依頼者が安心する。
そして、もう一つは、依頼者に反省を促すため、だ。
(さっきもいったが)鬼が人に憑くには、加害者側の思い込みだけでは無いことの方が圧倒的に多い。(昔はそうだったけど、この頃は、そうとも言い切れなくなってきたってのは、何も朱雀だけが気付いていることではない)
依頼者の方にも、何らかの原因があるんだ。
例えば、‥思わせぶりな態度を取ったりだとか、先に手を出したのが依頼者で、本気になられて「おいおい、遊びだろ? 」ってなる‥とか。
これなんか、‥東館脇に掛かったら「お前が悪いんだろ、知るかよ」案件だぞ。‥うちはそうはしないけどサ‥。
可哀そうだけど、‥見る目なかったわなあって‥感じかなあ。
だからね、今度は気を付けるんだよって。君も、‥被害者なんだけど、加害者になってしまったのは事実なんだからねって。
ドロドロした愛憎劇であり、‥それぞれの明日‥それぞれの再生の為の感動のドラマだ。
鬼退治って、壮大なヒューマンドラマだよ。
鬼に狙われた側(被害者側)にも、‥鬼に魅入られた側(加害者側)にとっても‥反省の‥やり直すための機会なのだ。
鬼は払われましたよ、安心してください。だけど、貴方には、覚えがあるはずです。そして、鬼に憑かれた貴方は今度は鬼に付け入られない様に心を強く持ってください。
ってお互いに‥ね。
だけど、その同じ感情を「心の乱れ」だって判断したなら‥、その人の持つ性質そのものに起因している‥ってざっぱり言ってしまったら‥それ以上何も出来ないじゃないか?
確かにそうかもしれないよ。それに、表立って争いが起きないように「なかったこと」には出来るかもしれないよ。だけどねえ‥。
「お互いに、何か‥わかり合ってそれから新たに‥やり直せるかも、って思っちゃうわけよ」
って朱雀は思ってる。朱雀は「性悪説」か、「性善説」かっていったら、性善説を信じてるタイプだ。
性善説ってのは、何となく字面で意味が分かるよね。‥人は元々は善人って考え。中国の孟子の思想なんだって。倫理だかの授業の時にちょっと習った。で、その反対が性悪説。人の本性は悪人ってやつ。だから、ちゃんと学ばないと人は悪い道に行っちゃうから、学ばんといかんのよ、って考えなんだって。(合ってるかな? )
元々は善人なんだけど、何らかの原因で心が荒むことがある‥そしてその状態が「鬼に憑かれた状態」楠さんの考えで言ったら、「心の状態異常は、他からの適切なサポートで正常な状態に直すことが可能」だから、他からの適切なサポートにより、鬼は払える‥。
鬼が払われることによって、依頼主の心身の不調は改善され、問題は解決される。
確かにこの方法だと、鬼の正体を探らなくても、依頼主の心身の状態回復が速やかに実現できる。敵は一人だとは限らないし、依頼主の心身の状態回復を可及的に実現する方が先決‥だから、間違ってはいない。
「でも、こう、スッキリしないじゃない」
相手は、自分の闇と向き合うことが出来ないじゃないか。向き合って、きちんと反省して‥明日からは‥って心を新たにする機会が与えられないじゃないか。
対象者にしてもそうだ。「自分の不本意な発言で、相手をこんなに思いつめさせてしまった‥その点は反省しよう」って反省する機会が奪われるんだ。
今の心の状況云々‥の話ではない。
今の心の状態になった原因の話と、そして、何よりも大事な、今後の心の持ちよう‥の話。
鬼は、悪い。怖い。
だから、人は古来から鬼を退治して来た。
悪は、すべからく滅びる。
勧善懲悪って奴だ。
こう‥風邪ひいて風邪ひいた原因を風邪をうつした犯人を探るんじゃなくって、風邪ひいたなら、取り敢えず風邪薬のんでさっさと直してまた会社にいこうって話じゃない? それって。
確かに風邪ひいたら直せばいいよ。
でもね、敵は‥会社にいるかもしれないんだよ? 犯人が分かってたら「お前が病源体だ、さっさと病院に行け」って言えるけど、そいつが病源体だって判明しないまま、移った人間だけが病院に行って薬もらって、で、治って会社行ってまたうつって、なんか悪循環じゃない?
「いや、そいつの風邪に免疫がつくから、もう二度とはかからないだろう」
だって? いや、そのうっかり病源体野郎は、次は新たな風邪をどっかでもらって来るぜ? さらにもっと強力な奴‥なんせ、そいつ自身はやけに丈夫で病気に強いんだけど、うっかりだから、やたら病原菌をもらいやすいんだ‥
って何の話してるんだっけ‥
そうそう‥、被害者だけが状態異常を回復するのが最大の目的じゃなくって、今後の心のケアっていうか‥成長を助けるのも仕事‥って話。
「ううむ‥、まあ‥ねえ。そういう時代じゃないのかもしれない‥ねえ」
人の関わり方は、昔よりずっと複雑で、もっと‥ひねくれている。
だけど‥人ってのは、昔に比べて悪くなったんだろうか?
人の本性ってのが変わってしまって、今の時代、「性悪説」が妥当って感じにシフトチェンジしちゃったんだろうか?




