2.朱雀と、捨てなければいけなかった過去と、捨てられない気持ち。
手先が器用で、人の変化を敏感に察知する。美に対する意識が高い‥どっかのカリスマ美容師みたいなこのイケメン‥朱雀の職業は、陰陽師だ。
勿論表向きは、‥じゃない。
表向きは、出版社の事務員だ。
名前も、仮の名前ってやつだ。陰陽師になった時に、付けられた。だけど、今ではすっかり馴染んでしまって、寧ろこれ以外の名前はない‥とすら思えてきている。
その名前以外の名前で呼ぶ人間も周りにはいないしね。監禁ってわけではないけど、秘密保持って理由で、外部の人間との接触は厳しく制限されてるんだ。
信用問題だから仕方が無いよね。
そもそも、‥そう問題があるとも思わないしね。
そして、その能力以外は普通の青年・蘇芳も、同じく表向き出版社の事務員な陰陽師だ。
ミステリアスな美青年、朱雀‥に対して、蘇芳は「親しみやすい」容姿で、随分と一般人と大差ない。街に出たら、間違いなくあっさり人ごみに紛れてしまう様な平凡さだ。
中の上、そういないけど‥人込みで目立つレベルじゃない。容姿が整ってる一般人って、この頃多いからね。人込みで、人の視線を釘付けにするのは寧ろ、急ににやりと笑う様な奴‥じゃない?
政府高官専門陰陽師集団、西遠寺。
お偉いさんというのは、敵が多い、不安も多い。
古来より、そんなお偉いさんを影から(まさに影から。ホントの意味で影から)支えてきた陰陽師集団が西遠寺であった。
占い・祈祷に加え除霊・呪詛返しまで陰陽師のニーズは昔から多様だ。
時代は変わろうと、人には欲がある。だから、人は恨み、妬み、憎む。そして、それは「鬼」になる。
人は、本人の知らないうちに、妬まれ、嫉みを受け、そして‥恨まれる。
時には、強く恋慕され、その過ぎた愛情は呪いとなって、付きまとう。
過ぎた恋慕が生霊となって、恋敵を呪い殺したり、恋い慕う相手につきまとうって話は昔からよく語り継がれてきた。
強い想いは、皆「呪い」だといえよう。
呪いは、あらたな呪いを産む。
例えば、AとBという男がいたとしよう。女Cは、Aの事をその身を生霊に変えて、Aの夢枕に立つほど熱烈に恋慕しているが、Aは、Cの事が好きではない(←そこまでされたら当たり前かもしれん)。そして、Bは、そんなCに、叶わぬ片思いをしている。という、よくあるシチュエーションがあったとしよう。
Cは、恋愛が成就しないことに苦しみ、次第にAの事を恨むようになる。好きだけど、憎いって奴だ。‥そして、体調を崩しがちになる。それも、頷ける話だ。悩むと、食が細くなったりするからね。そして、そんなBはCを心配し、そんなCを苦しめるAを憎みようになる。
ほら、よくあるよね。こういうこと。
Aは、特に何もしてなくても、二人の人間の恨みを買ってるわけだ。
普通の人間だってそうなんだ、権力者‥多くを持つ者は、さらに多くの呪いを買いやすい。
そして、今ではそんな呪いの類も西洋的から東洋的まで多様化しており、「どっからこんな呪い探して来た」と日々術者と陰陽師の戦いは熾烈をきわめていた。
しかしながら、西遠寺には能力者が絶対的に少ない。
能力者の絶対的不足を補う為、外から能力者をスカウトしてくる必要がある。そして、スカウトされて来た外からの(西遠寺の血縁以外の)能力者が、『裏西遠寺』であった。
西遠寺苦肉の策である。
‥西遠寺はとても封建的で半面とても開けている。
門は開くけど‥入れる人間は、少ない。
資格は、「使える人材」以上。使えるなら、どんな生まれや育ちだって構わない。
そうやって、かなり広い(?)門から迎え入れられた、選ばれた能力者は、そこで一度殺される。
過去から、ばっさり切り離される。
そして、彼の未来は、そこから新たに始まる。
そうやって、朱雀も蘇芳も、「朱雀」と「蘇芳」として新たに生きていく。
元の名前は、もう彼らには何の意味もない。
「それでいい」
そう言って、彼らはここに居る。
蘇芳の事は朱雀には分からないけど、朱雀は、この「新たに生きていく」っていうのが、気に入っている。
気に入ってる‥じゃない。ただ「そうするべきなんだろうな」って思っている。
自分の為‥なんてのはどうでもいい。友達‥なんてものは‥もっとどうでもいい。ただ、家族の為に‥家族の為にそうするべきだって思う‥。
そうしろなんて言われたわけじゃない‥どころか、きっと家族は朱雀が何の相談もなくこの決断をしたことをきっと怒るだろう。
いい家族なんだ。
だけど、‥ちょっと記憶にある限り‥あの家族はちょっと「ぼんやり」し過ぎてる。
もう少し、‥世間体ってもんを気にしてもいいとは思う。
世の中いい人ばっかりじゃないんだぞ、って。
だから、
だから、そんな家族の為に、そんな家族に決断させる代わりに‥自分は決断しなければいかなかった。‥自分から離れないといけないって思ったんだ。
「調査対象者の写真、はい、ええと‥朱雀のは‥と、ああ、これだね」
1年に四回、朱雀は「朱雀様」とだけ書かれた茶封筒を受け取る。
陰陽師たちの‥捨てて来た過去。
かって愛していた人‥想いを告げられなかった恋の相手やら、家族。
訳ありな陰陽師たちの俗世に対する唯一の気がかりや心残り‥。
もう、直接関わることはない。
だけど、気になる。
そんな者の写真を、裏西遠寺の生活サポーターが季節に一回(だから、つまり年に四回だ)希望者に届けてくれる。因みに、普通に有料だ。そこそこ高額だが、給料も良いし、特に他にお金を使うことが無いから、その価格設定に苦情が出たことはない。(裏西遠寺は、職業上の事情で術者その他関係者に対して監禁みたいなことしてるんだけど、ブラックなわけではない。だから、福利厚生もしっかりしてるし、生活面のサポートも凄くしっかりしてるんだ)
因みに、希望者は圧倒的に男性が多いらしい。女性は‥若い子は特に結構あっさりしてて、ここに来るにあたって「過去はもう、捨てました」って子が殆どだ。
そんな陰陽師たちが気にする相手の事を、生活サポーター(生活サポートする者)は、十把一絡げに「調査対象者」って呼んでいる。陰陽師たちや「対象者」に愛情が無いわけではない。だけど、それは‥プライバシーの問題だ。それに、必要以上に感情移入するのも良くないしね。
だけどね、情報として知ってはいるんだ。
知っているうえで、見せていい写真だとか行けない写真だとか判断するのも、このサポーターの仕事だ。
勿論、途中で「もう、大丈夫。もういいです」って断ってくる者だっている。
好きだったあの子が結婚して、幸せになった。
‥じゃあ、もういいです。あの子が幸せになったなら、‥もう。
って。
夫のDVに耐えられず、自分を置いて家を出ていた実母が見つかった。‥新しい家庭を築いて幸せに暮らしている様だ。
‥じゃあ、もう安心です。もう、いいです。
って。
これを、サポーターの間では「卒業」って呼んでるみたい。情にあついサポーターだったら、一緒に「卒業祝い」なる飲み会をしたりもするらしい。(なんかおもしろそうだね)
サポーターだって人間だから、渡し方だとか、そういう「卒業」に対する考え方は色々ある訳だけど‥、「渡す写真」の選別については、一人のサポータだけの判断ではない。
好きだったあの子のその後‥について、「まあいいや」って卒業できる子はいい。だけど、「ホントに結婚してもあの子が幸せか気になる」って継続を希望する子だっている。未練がまし奴だなって思っても、サポーターの方から「もうやめなよ」って言うことはない。
だけどね、
そんな「あの子」が、結婚したけど‥夫と離婚したみたい‥ってことはまあ‥あるんだ。
そんな時、サポーターが馬鹿正直に離婚したみたいねって報告したら、‥(ただでさえ未練たらしい)あいつがどう思うねん‥って話だよね?
もしかして、今度こそ自分にもチャンスがとか‥思ったりとかね? あの子が心配‥会いに行きたい‥って思ったり‥とかね?
だから、そんな時とかは、‥ちょっと信用してないみたいでどうかなとは思うけど、「離婚したみたい」って報告はしない。嘘はアレだから、「報告自体しない」。そもそも、サポーターが渡すのは原則写真だけだから、離婚したかもって感じさせる写真は渡さない。‥とかね。
でも、ま、陰陽師としてここに居る子は結構、みんな変わり者ばかりで「その他大勢」の感覚とは違うような子が多い。
「リア充、滅びろ★」
なんていうヤバい奴‥まあ、それに近い奴の方が多い‥かな?
好きな子‥って言っても、喋ったことない片思いって子が多くって「離婚した? ガーン、相手の奴殺す」「今度は俺が‥」って子は、‥まあいないね。そういう、リアルな生活にエネルギッシュな子はあんまり、いないね。
朱雀がここに来たのは18歳くらいだった。(ホントかどうかは分からない。朱雀がそういった)
普通の高校生って感じの‥どっちかというとリア充な男子だった。
だけど、そんな朱雀が、お願いしているのは彼女でも、片思いの相手でもなく、家族の写真だった。
兄弟が一人(サポーターには、兄だとも弟だとも言わなかった)両親。
そして、それに加えて、サポーターにあるお願いをした。
家族に、旅をしているかの様に、色々な郵便局から時々ハガキを送る。
ハガキは朱雀が書く。
ハガキにはいつも
「僕は元気です。心配しないで」
と書くだけ。
それをサポーターが色々なところの郵便局から、家族に送る。
お元気ですか?
を確かめるのは、サポーターだ。
年に四回、写真を撮って、朱雀に届ける。
元気みたいだね。
って写真を、朱雀に届けてくれる。
「‥俊太、子供生まれたんだな。親父とおふくろは老けたなあ」
弟、両親、弟の嫁さん、弟の子供。
5人になった新しい家族写真をディスクに飾る。
自分より、ずっと年上に見えるようになった‥年相応の弟の写真の横に。




