11.梛の将来と、梛の日常
「いや~。朱雀さん面白かったなあ。面白かったと言えば、柊の兄ちゃんの顔見て固まってたのが面白かったな~」
くすくす笑いながら梛は甘いミルクティーを飲む。
事務所のウォーターサーバー前の簡易机セット。通称『事務所カフェコーナー』
机の上には、何枚かのビッチリ文字の書かれたメモが置いてある。
よっぽど「気分が乗った」のだろう。メモは、現在進行形で梛によって増産されている。
小さな手、決して綺麗とは言えない走り書きされた文字。
でも、子供‥特に女子にありがちな丸文字じゃない。筆圧も強くない、サラリーマンが電話で走り書きのメモをしてるような(どんなん感じだ。‥推して測って欲しい)色気も可愛げもない文字だ。
無駄も遊びも『甘え』も何にもない。‥何とも梛らしい文字。
ゲーム制作のプランナー的役割をしている梛は、だけど、プログラマー的なこともしている。
「プログラムが分かった方が細かい打ち合わせがしやすいよ」
なんてい梛はあっさり言うけど、‥なんか天才だからこそ‥って気がする。
因みに、セキュリテーガード用のプログラムをつくったのは、梛で、あれは
「プラグラムの練習用の習作」
らしい。
因みに、奈水流の時に改良を加えて、今は二代目。
「梛。それ何? 」
梛に向き合ってコーヒーを飲みながら大学の提出用レポートのチェックをしているのは、楠だ。仕事中に私用のレポートを見るなんて、とは言うことなかれ。今は休憩時間だ。
通称、リフレッシュタイム。
現役の医者である伊吹さん考案の15分の休憩タイムだ。
因みに、伊吹さんは昼間は本職の医師業に従事している為ここにはいない。‥伊吹がこっちに来るのは、小児科の内診終了時間後だ。この前の京都との交流会の時は、有休をとった様だ。
「よし。打ち間違えなし。ページ数の明記も忘れてないし、枚数も問題ない」
それがようやく終わったらしく、レポートをクリアファイルにしまいながら、今では机中に広がっているメモを指さす。
梛がにやりと笑う。
「souls gateのレア版の続編の原案‥というか‥2ってとこかな」
ピンポーン。
来客を告げる電子音に(最近梛の要望によりつけてもらった。うちの事務所は集中したら来客に気付かないことが多いから)梛が立ち上がり、自動扉から入ってくる来客に「ココです」と手をあげる。
楠も振り返り軽く会釈する。
だが、特に挨拶するでも出迎えるでもなく、梛はまた椅子に座り直し、楠も梛の方に向き直し話の再開を梛に促した。
よっぽど彼らにとって気安い客だったのだろう。梛と楠の行動に桂も苦笑したが咎めたりはしなかった。
特に用意の必要なものもない。客と約束があったのは梛だったが、相手は楠もよく知る者だったし、席は4つあるから、別に楠が退かなくても座れる。楠は梛の了承を得て、暫くその場に残ることにした。
「続編? 」
スタスタと『カフェコーナー』に向かってくる来客を気にする様子もなく、楠が話を続ける。
梛が頷くと、
「うん。Souls gateがさ、レア版と通常版で別れてるのは知ってるよね? 」
楠に確認しながら説明を始めた。
「うん」
来客がそのまま『カフェコーナー』の席に着かず、桂のところで立ち話を始めたので、梛も楠との話を続けた。楠が小さく眉をしかめて不機嫌な表情になったようにみえたが、‥きっと気のせいでは無いだろう。
「souls gateは今まで、通常版もレア版も、バトルと‥クエストをするゲームだ。通常版とレア版の違いは、ぶっちゃけ64卦がつくれるか作れないかだけだったんだ。その代わりに、通常版は、‥64卦のキャラクターを集られる」
「うん」
ちらり、と桂と来客の様子を見て、楠が頷く。
その様子を見て、梛がくすっと笑う。
「レア版続版では新展開を考えてるのでございます」
「(なんだそのしゃべり方)ほう」
「RPG的な展開にしようかと」
と、その予想外の言葉に、楠の関心は梛に完全に戻る。
「RPG? 」
きょとんと首を傾げて、楠が反芻すると
「そうそう」
気分を良くした梛がさらにニコニコ顔になる。
来客が若干耳をこっちに向けたという雰囲気が遠目にも分かった。
だけど、まだ桂の元から動かない。
あと一息。
「主人公を裏西遠寺の能力者的な、ジョブにしようかなあと」
ちょっと大きめに頷きながら、梛が言い
「ヒーラーとか‥そういう固定された役割分担ではなく、組むことによってヒーラー的なものになったり、アタッカー的な力を発揮したり、64の組み合わせを8人で作りながら旅を続けていく‥ちょっとおもしろそうじゃない? 」
メモを見せながら、楠の瞳を覗き込み、反応を伺う。
「それは、別ゲームじゃなくて? 」
相変わらず線みたいな目で梛を見て、楠が首を傾げる。
「別ゲームにしなけりゃいけない程、今までと変わってはいないんだ。‥それをすると、今のプレーヤーは置いてけぼり感を味わうことになる。あくまで、今があって、その次って感じで」
にやり、というのがぴったりって感じの笑顔を浮かべた梛は、
悪戯を思いついたみたいに、楽しそうな顔をしている。
「ボッチプレーヤーには余計にきつくないかしら? 」
と、とうとう恋心に好奇心が負けた来客‥高橋さんが話しに加わって来た。
にやり
と笑ったのは、梛と楠だった。
「だからだよ。‥今までボッチだった人間がちょっとでも周りの人間に興味を持ってくれたら、それは『新しい可能性』が開けるきっかけになる」
「ふうん。そううまくいくかねえ」
楠が首を捻りながら席を立つ。
高橋が席につくと、楠が高橋の分のコーヒーをコーヒーメーカーからくんできた。
コーヒーメーカーは、最近柳さんが買ってきて、ウォーターサーバー横に棚と共に置いた。下の棚部分にはコーヒーやら紅茶のリーフ、それにココアとフィルター等が置いてある。コーヒーの購入は、皆でお金を出し合うことにした。
「組んだ時には、別のキャラクターを出す? 」
楠から会釈でコーヒーを受け取りながら、高橋はもう梛との話に集中している。
「召喚みたいになるじゃん? そうすると‥それでもいいけど‥どうだろう。保留にします」
とまあ、こういう『拘り』部分や若干『オタクっぽい』部分は、主に、高橋と梛の専門だ。
「了解」
にっこりと高橋が微笑む。
「まあ、でも派手ではあるよね。ゲームなんだからある程度は派手さもいるよね」
ふむ、と梛が何か考える様な顔になる。
「それは、まあ、ねぇ」
高橋も頷く。
と、突然思いついたように
「仕事着的なものをつくるのはどうかしら。いつもの恰好と、『仕事』をする時の恰好。OFF的なものとON的なもので変化をつけるっていうのは」
ぱあっと花が咲くような笑顔を高橋が浮かべた。
「‥マニアック~」
‥どうやら、即決でそれは決まりな様だ。
「じゃあ、まあ64卦の別キャラクターについては、保留で仕事着については、高橋さんよろしくお願いします」
「任せて~」
テキパキ。打ち合わせ
その後、企画書作成。
テキパキ。
その合間を練って、学校の宿題(私立だからか、結構ある)
身体がなまるって言って、寮内の散歩。
入浴。
「あ~なんか、普通の子供って感じする~」
って風呂上り満足そうにつぶやきながらホットミルクを飲む梛に、
「どこが!! 」
つい、楠は突っ込みを入れてしまった。
「え? だって、毎日が楽しくって仕方ないよ。やりたいことがいっぱいあるし、何かをみんなで作り上げたりさ、楽しい。ホントに」
「‥うん? 」
「こんなに楽しいこと‥昔は無かった。何にもしたいと思わなかったし、誰も俺のこと見てくれないし、誰も俺に構ってくれないし。‥遊んでも面白くないし。
結果、毎日が楽しくなかった」
「‥‥」
「見てて、守ってくれる大人がいて、母さんみたいな楠がいて、弟みたいな柊さんがいて、頼れる先輩みたいな柳の兄ちゃんやら、可愛い桂ちゃん‥は友達って感じかな。
最高だよ! 」
‥母さん‥。まあいいや。
「‥良かったな? 」
「ああ! 」
「俺さ、この頃、生まれて初めて、将来のこと考えるようになったんだ。‥確かに今も仕事をしてるわけなんだけどね‥それだけじゃなくって、将来的にはこうしたいとか、これが出来るようになりたいとか、
さしあたっての目標は『チューターになる』ことかな。子飼いの子とかいっぱい作って、能力者に育て上げて、裏西遠寺盛り立てていきたいじゃん? 」
「‥壮大だね。でも、僕もチューターの在り方を今回は考えさせられた」
「ね。今回あの人たちに会えてよかったよね」
‥柊さんはどうか分からないが‥。
とは、言わなかったが、二人とも同じことを思ったらしく、隣の‥柊の部屋の壁を見つめて微笑みあった。
「俺さ、やっと『子供らしく』が分かった気がする。‥俺って子供なんだなって、自覚した」
「え? 」
「大人に成ろうってしてたけど、‥やっぱり俺は、体力も考え方も子供でしかなくてさ、‥それがもどかしくって、悔しくって、恥ずかしかった。
でも、朱雀さんさ、‥子供っぽかった。
子供っぽかったけど、だけど大人だった。
無理に大人ぶってないし、子供みたいに柔軟で、打たれ強くって、バイタリティーが豊富で、‥しなやかで
いい『子供』だった。
だのに、大人としての務めをきちんと果たしてさ。
俺は、あんな大人に成りたい」
‥そうか、そういう言い方があるのか‥。
「でも、タイプは全然違うけど、俺は、楠の生き方も好きだ。そうなりたい‥とは思わない‥というか、思っても全くなれないだろうから、‥目指すべき指針にすらならないけど
でも、
俺は、楠の生き方も好きだ」
「‥あ‥ありがとう? 」
「なんで疑問形」
ふふ
はは
二人で笑った。
普通の子供。誰から見ても、普通じゃない天才少年梛が言う違和感。
だけど、普通は‥別に世間一般の『普通』じゃない。梛にとっての『普通』だ。
梛にとっての大人
梛にとっての子供
それから、普通。
それが、間違えではない限り、僕たちはそれを見守ろうって思う。
大人は『見てて、守ってくれる』ものだって、梛は言うから。
「さて、明日の為に寝よう」
六畳間に布団を二組しいて寝るのも、そろそろ狭くなって来たけど、まだまだ一人暮らしするには梛は幼すぎる。隣の部屋 ※ 楠と柊と梛は、2LDKを三人で使っている の柊さんも、‥一人部屋に放り出すには心配で。
まだ、少しの間はこのままなんだろう。
それは、(物理的には)確かに窮屈だけど、『おかん』としては、ちょっと(精神的に)嬉しい様な気もすることなんだ。




