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Souls gate  作者: 大野 大樹
六章 楠は、兄貴なスーパーチューターを目指し、梛は普通の子供への道を模索する。
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9.ヒーローが存在しうる世界。

 京都の西遠寺本家からわざわざ来てもらっているのだ。居る間に学べることは学んでおきたいし、聞きたいことは全部聞いておきたい。

 といっても、ほぼ京都から出ないのは当主である和彦だけで、能力者の朱雀や蘇芳は京都に留まらず結構他県にも行くようなのだが、仕事以外での出張は‥そういえば初めてかもしれない。お互いに、こんな機会を無駄にしたくはない。

 二日目の今日は、当主が個人的に伊吹に用事があって、その付き添いに朱雀がついて行ったので、今『裏西遠寺の能力者』とはの講義をしてくれているのは、蘇芳だ。

 ‥多分、講義が朱雀には向いていないから当主の付き添いが朱雀になったのだろう。

「講義って言っても‥」

 と若干不満そうな顔で苦笑いを浮かべる蘇芳は、如何にも不慣れな様子で話し始めた。

「これ、っていう経典は無いのですが‥そうですね私たちが常日頃念頭に置いている『大切なこと』のお話でもしましょうか‥」

 朱雀も蘇芳も全然関西なまりがない。勿論、当主もだ。

 そういえば、と楠と柳は思った。

 今は関西に住んでるけど、元々は関西出身じゃないのかな?

 って思ったけど、

「方言は、出身について相手に考えさせるきっかけになる。関西出身者が嫌だって人が‥反対に関東出身者が嫌だって人もいますからね」

 って蘇芳に説明されて納得した。

 一番納得していたのは、梛だ。

「わかる~。「そのしゃべり方透かしとっていややわ」って関西の施設にいるとき言われてた。俺と同じ関東出身の奴は「関西弁って‥なんか、喧嘩してるみたいで怖い‥」って言ってたし」

 あるな。そういうの。

 ほんと、当主って大変だ。

「だけど、自分ってものを総て消さなくちゃなんないっていうのは‥辛い気もするね」

 ってちょっと眉を寄せた梛に

「能力者の中には、関西弁の人もいますよ」

 微笑みながら蘇芳は言った。梛に話すとき、蘇芳は少し平易な言葉を使い、視線と姿勢を落とし、優しい声を出す。

 蘇芳は、子供に対して面倒見がいいタイプみたいだった。

 ‥だけど、梛は子ども扱いされると怒るから気をつけてね‥

 ってハラハラしながら見てたら、

「その子ども扱いやめてよ! 」

 蘇芳が梛にココアを買ってやろうとした地点で、とうとう梛が切れた。

 ‥やったか‥。

 梛よ‥ココア位貰ってやれ‥。

「蘇芳さんの目に俺は子供に見えてるのか知らないけど、俺はここで給料を貰って働いてるれっきとした社員なんだからね! そういう態度は失礼だと思うな!! 女性に対して態度を変えたりしたら『男尊女卑』だの『セクハラ』だの言われるでしょう!? 俺に対するこれは、‥能力過小評価と人権侵害だと思うな! 」

 と、アンバーの目を吊り上げて声を荒げている。

 ‥昔は僕に絶対零度の瞳を向けていたから、梛も熱い男になったもんだ。

「敢えてハラスメントってつけるなら、エイジハラスメントだ!! 略してエイハラ」

 ‥略す必要もなけれな、あえてハラスメントってつける必要もないな。

 ふと見ると、蘇芳はきょとんとしていて、柊は‥大笑いしている。

 そうそう‥。今まで誤解してたけど、そしてその雰囲気と無駄に美麗な容姿から人に誤解されやすいんだろうけど、柊さんは無口でも寡黙でもない。ましてや、人と群れるのが嫌いな孤高の人でもない。しゃべるのが苦手で‥寧ろ面倒臭いだけの、横着者の笑い上戸だ。

 今まで人と会話をすることはなかった。ただ、女中の噂話ばかり何となく聞いている‥否、聞こえて来る状態で暮らして来たのだ。耳年寄りなわりに、人とのコミュニケーション能力が低いのは、でも仕方が無いことだろう。そして、それは梛にも言えたが、梛はそれでも(施設に保護される前でも)学校には行っていたし、施設でも大人と接することもあったし、今も学校に通ている。

 梛は、それでも自分の意志と努力で成長している。

 ‥成長する意思や、努力はないものの、柊もみんなのお陰で随分表情が‥出て来た(様な気がする)

 一番の変化は、でも、声に出して笑うようになったことだろう。

 ここに来た当初は静かな声で話すことや、僅かに表情を綻ばせる程度に笑うことはあっても、決して大きな声を出すことは無かった。機嫌が悪い時も、ただ一点を睨み付け、歯を食いしばって‥声を出すことはしなかった。

 今でも、声を出して怒ることはない。

 だけど、この頃声に出して笑うようになった。

 そして、笑うと皆も微笑むらしいと気付いた柊は前よりずっと笑うようになり‥もともと笑い上戸だったのだろう、今では結構笑いだしたら‥いつまでも笑い続けている。

 ‥楠はよく揶揄われて、結構いつまでもしつこく笑われ続けている。

 ‥一種のいじめだよね!!

「まあまあ‥。ええと‥お話の続きを伺いたいんですが‥」

 と、こんなバラバラの事務所をまとめ、フォローしてくれるのは、今日もやっぱり柳だ。

 ‥きっと、僕より蘇芳さんよりも若いのに、‥彼には苦労を掛けるなあ。

 楠は、心の中で柳にお礼を言った。(若いと思ってはいるのだが、実際のところは知らない)

 因みに、桂は横でオロオロしている。やっぱり初対面の蘇芳に緊張しているのが、大きいだろう。

 柳に話を振られて、蘇芳は若干ほっとした顔をした。

「そうですね」「クライアントの依頼を叶える際‥過程において、大切なことってなんだかわかりますか? 」

 ちらり、と視線を向けられ

「クライアントの依頼を叶えること? 」

 楠が答えた。

 ゆっくりと蘇芳が頷く。

「それは、過程じゃなくて結論ですね」

 そして、もう一度頷いて、ぐるりと他のメンバーを見る。


「一つ、クライアントの秘密を守ること。

 そして、

 クライアントとそして自分自身の身を守ること

 ‥自分の能力を理解しておくこと」

 

 ゆっくりと研究所のメンバーが頷く。

 柊も今日は椅子に座って話を聞いている。

 前髪で顔が隠れているから、相変わらず表情は見えないんだけど、口元はきゅっと結ばれているから、きっと真剣な顔で聞いているのだろう。‥多分。機嫌が良くないだけかもしれないけど‥。

 研究所メンバーの視線が全員自分に向けられていることを確認すると、蘇芳はもう一度ゆっくり頷く。


「無理はしないこと。仲間を信じること」


「仲間を信じる」

 ぽつり、と梛が反芻する。

「自己犠牲ってことは有り得ないよ。‥それは現場に迷惑を掛けているだけだ」

 ちらっと梛と柳が楠を見て、楠は目を逸らせた。

 気のせいではなく、蘇芳も楠を見ている。

「‥自己管理が出来ないのは、‥問題外だけどね」

 と、蘇芳の目は今度は柊を見ている。

 間違いない‥

 ‥報告、‥行ってるんですね‥。

 楠ははああと深く息を吐いた。

 そんな楠を見ていた蘇芳の表情がふっと微妙ながら緩み

 そして、くすくす笑うと

「彼は、朱雀さんと同じタイプですね」

 とそこに漂っていた緊張感を完全に散らした。

「「それは‥そうだと思います」」

 楠と柳の声が完全にシンクロする。

 朱雀を見たことがない他のメンバーは首を傾げてそれを見る。

「自分の直感を信じて行動に移す直情型は、‥だけど、直さなければいけない欠点ではないです。寧ろ、それに決断力が加われば頼もしいリーダーにもなり得ます。その為には、瞬時の判断力に加え、決断力、それから‥普通以上の危機管理能力と運動神経が必要となります。

 だけど、人を惹きつけるカリスマを持つヒーローの大部分はこのタイプじゃないのかなって思います。

 猪突猛進、我が道を行くワンパンタイプ。だけど、情に篤くて、表裏がない‥

 朱雀も昔は、自分の感情を持て余して周りに迷惑ばっかりかけてましたよ。

 それを社会に適応され、社会に貢献できうる人格にと進化させていった。

 ‥朱雀の努力や葛藤の日々はそれは‥凄まじかった。だけど、朱雀には仲間がいましたからね。

 だから、朱雀は進んで行けた。‥私もその一人だって言う自負はあるんですよ」

 微笑みながら、真っ直ぐ柊を穏やかに見つめている蘇芳の目に映っているのは‥多分、彼の友人朱雀だろう。

 楠はそんな様子を見て、胸が熱くなった。

 ‥仲間。

 心の支えになり、平穏に暮らせる為尽力してきたつもりだった。

 だけど、自分を含めたここにいるみんなが柊の成長を助ける‥否、お互いを助ける存在になっていただろうか。否、柊の暴走時柊を叱った柳やら、その後泣きながら説教した梛は‥同じ目線に立って僕よりずっと‥柊さんの成長を手助けしてきたんだ。だけど‥僕は‥。


 柊さんの『成長』について考えてきたことがあっただろうか?

 梛の成長の一助となり得ているだろうか?


 学校に行けって、勧めた。

 学校に行けばさえ、‥何かが得られるだろうって。


 僕は、リーダーになり得る柊さん‥って今まで考えたことなかった。

 梛もそう。

 僕自身、皆と協力して‥皆が平和に暮らしていければ‥そして、周りも幸せに出来たらって。


 ヒーロー。


 現場はヒーローが存在しうる場所なんだ。

 そして、‥柊さんはヒーローになれるかもしれない人なんだ。

 

 日常とは‥違う。

 ‥現場に置いては。


 周りの音は何一つ聞こえなかった。ただ、自分の鼓動の音だけがやけにうるさく聞こえた。


 自身の『艮』の卦について、「地味だ! 」「かっこよくない」って言っていた梛を思い出す。

 仲良しごっこをしていたのは、‥僕だけ?

 

「‥皆のヒーローになんて、なれるわけないし、なる必要はない。

 仲間と、依頼を‥クエストに答えるって思えば、いい。

 大事なのは、別に国家の安泰でも、安寧秩序でもない。

 仲間が一番大事で、依頼はただの仕事‥仲間と自分の飯のタネ。だけど、自分のプライドと誇りにかけて義務は果たします。

 いいじゃないですか。

 家庭第一、仲間が第一。

 それこそ、私たちの目指すヒーローです。

 ‥お父さんも、それから‥直接戦わないお母さんだって‥

 ヒーローじゃないですか? 楠さん」


「‥僕はそんな大層な‥立派なものではないです」


「なってください。柊さんや梛君の‥そして、後輩皆の為に‥」


 いつの間にか、楠の頬を涙が伝っていた。

 気が付いたら、梛も泣いていた。

 柳が梛の肩に手を置いた。


「なりましょう。‥きっと、それは楠さんにしか出来ない、楠さんがしなければいけない役割です。‥楠さんもヒーローの一人なんですよ。大地が乾かないように、‥大地を潤す。小川で‥いいと思います。周りを巻き込む大河って‥怖いじゃないですか。それも必要でしょうけど‥でも、みんながみんなそうならないでいいわけですしね」

 

 蘇芳が例に挙げた川は、偶然かそれとも、知っていたのか楠の卦『坎』の象意で、それ故に楠のこころにすっと落ちて行った。


「能力者の方は、皆ヒーローですねって、これ当主が何気なく言った言葉。

 あの時から、私は当主と‥仲間の為にヒーローになろうって思ってるんですよ」



 夕日が周りを赤く染める、暮れなずむ前の一瞬の時間。

 子供たちが家路に急ぎ、夕餉の香りが路地に漂ってくる時間。‥穏やかで幸せで、美しい時間。オフィス街であるここでは、そんな声も、香りもしない。

 帰宅組は、しかしながら、業務終了時間を気にし始め、「今日の夕飯どうしようか」とか、‥この後会う約束をしている恋人のことを考え始めたり。

 だけど、楠たち両組には「業務時間が終わるな」って時間の区切りでしかない。

 業務終了時間を終えて、パソコン室で課題のレポートを仕上げに来た楠は、そこでプリントアウトし終えた書類を重ねる恭二の後姿を見た。

 内勤ばかりの40台。引き締まってはいない、骨ばったやせた背中。

「あの‥恭二さん」

 パソコンの一台を起動させながら、楠はぼそりと恭二に声をかけた。

「? 」

 声を出すこともなく、恭二が楠を振り向く。

 当主和彦と従兄弟らしい。恭二の方が10以上は年齢が大きいように見えるが、‥なんせ和彦は年齢不詳だ。案外、そう変わらないかもしれない。

 ちっとも似ていない。

 だけど、‥切れ長の目は‥少し似ているのかもしれない。

 印象が全く違うのは、あの‥目力だとか、表情とかの差かな。

 一般人には、ああ洗礼した表情は出来ない。

 伊吹さんから、今回の対談は、恭二さんが提案してくれたって聞いた。

 自慢の従兄弟を僕らに合わせたかったって。和彦に会えばきっと何かが変わるだろうからって。

 不思議そうに楠を振り向いて黙ったままの恭二に、楠は立ち上がり、深く礼をした。

「和彦さんに会う機会を与えて下さって、ありがとうございました」

 驚愕して固まった恭二だったが、顔をあげ、小声で付け加えた楠の言葉

「‥和彦さんって、凄い人ですね」

 に、

 恭二は一瞬目を見開いて

そして、破顔した。

「そうだろ」

 その笑顔は、今まで見たことがない位晴れ晴れとしていたように見えた。

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