2.楠は、兄貴なスーパーチューターの道を模索している。
「教え子との関係に悩む先生みたい‥」
考えあぐねていると、動きが止まる。
あんまり集中し過ぎて普段は気配に聡い楠も、柳が後ろにったたことすら気付かなかった。
ここは、休憩スペースだ。ちょっとコーヒーを買いに来たのに、気付けば結構な時間(自販機を前に)固まっていた。
柳は、呆れた様な表情を浮かべて楠を見た。
独り言を言った覚えもないから、さっきの梛とのやり取りを‥もしかしたらそれ以前に、梛と柊相手に暴走していたところも見られていたかもしれない。
楠は余りの恥ずかしさに赤面して、悶絶したくなる。
‥柳さんは、気配なく時々僕らの様子を見てたりするからなあ。
だけど、ここで動揺する様子まで見られたくない。
「え? 」
ふう、と息を吐きだして、楠が柳を振り返る。
なるべく平静を装うことも忘れない。
くす、と柳が微かに微笑む。
‥見透かされてるって感じが嫌だ。
「チューターを楠さんはどう考えてる? 」
「どうって‥。アドバイサーでカウンセラーで、のちのちスカウトするための‥」
‥ちょっと言い淀んでしまった。
どう考えてるって‥どう‥だろう?
「楠の‥あれってちょっと、先生みたい」
「ああ‥先生」
‥まあ、間違いじゃない。
責任もってっていう意味では、先生って感じ‥かも?
こくり、と楠が頷くと、柳がちょっと首を傾げた。
「俺は先生と生徒って感じじゃなくって、ただの先輩っていう立場で接してる」
先輩。
うん、先生よりちょっと、距離を近くに‥って感じかな?
でも、‥そうは変わらない気が‥?
「変わるよ。先生は‥一緒に楽しまないよ」
「一緒に楽しむ? 」
「例えば、文化祭をして、生徒は運営も含めて作っていく側だけど、先生は、危ないことしてないか監視したりする側じゃない? 」
「うん」
「一緒に楽しんだりもするけど‥立場は本来は違うよね? 」
「うん‥まあ」
だって、‥そうじゃない?
僕らは『運営』側なわけだし。
「運営って言ってるんだったら、いいんだけど、一プレーヤーとしてログインしてるなら、それらしくしなきゃ」
「それらしく‥」
楠が、不満そうに眉を寄せる。
「それとも、子供となんて遊んでられない? 」
くすっと、
ちょっと意地悪っぽい笑いを柳が浮かべる。
「そんなことは言ってない」
むっとした顔を楠が微かに
ほんの一瞬だけ浮かべる。
‥でも、‥ちょっと図星だったかも。
そんな気もした。
そういう、自分の見たくない‥認めたくない気持ちを誰かに指摘されるのは‥どうも‥ね。
そんな楠を見た柳が
ふ、
と笑う。
「‥ん~。楠さんは‥真面目過ぎるのかなあ」
わざとらしく小さくためいきをつきながら柳は、ちらりと楠を見た。
考えた振りをしたが
ここからが、本番だ。
柳は、楠に対して常日頃思ってきたことを今言おうと思った。
「え? 」
ちょっと様子が変わった柳に、楠は、緊張した面立ちになる。
「真面目‥違うな‥。ストイックに禁欲主義を貫いてる‥そんな感じがする‥」
慎重に言葉を選びながら、柳が楠に改めて視線を合わせる。
「‥なにそれ」
真剣な柳の視線を受けて、楠が一瞬息を呑む。
表情もだが、‥さっきの言葉もだ。
ストイックに禁欲主義って
なんか、‥普通では絶対聞かないセリフ。
そんなセリフが、自分に向けて発せられてるっていう、不思議。
「例えばさ‥、このケーキ美味しいよって人に自信をもって勧めようと思ったら、そのケーキを自分で食べてみなきゃいけないわけじゃない? だけど‥楠はそれをしないよね? 結果、「誰かが美味しいって言ってたよ」ってなる。で、絶対、「美味しいって誰かが言ってたよ。一緒に食べよう? 」ってならない。
楠は自分の幸福について‥シビア過ぎない? 」
え、さあ。
そんなこと‥急に言われても‥どうだろう。
『自分の幸福について‥シビア過ぎない? 』
それは‥よくわからないけど、確かに‥自分のことなんてどうでもいいかも。
自己犠牲とかじゃなく‥、けっこう普通に、どうでもいいかも。
禁欲主義っていうのとは違う。だって、我慢してるんじゃなくって、どうでもいいんだもの。
「‥‥‥」
‥それって、自分の幸福についてシビアとは、違うんじゃない? 価値観の違いじゃん。
僕は、まあ、皆と楽しんだりするのは苦手だ。
暗いのは認める。ただ、それだけだ。別に自己犠牲とかっていうのじゃない。
人と合わせるのが‥苦手なんだ。
「‥感覚の共有って大事だよ」
黙ってたら、柳のため息が聞こえた。
「感覚の共有‥」
ああ、‥だから、リア充は苦手だ‥。
「‥なんか、うちのスカウトたちが迷走している気がする‥。なんか‥方向を間違ってるって‥気がする」
さっきから二人のやり取りを眺めていた恭二が、ふうとため息をつく。
くす、と微かに微笑んだのは、伊吹だ。
会議帰りだろう。
「間違ってますか? 彼らなりに試行錯誤。いいことじゃないですか」
「‥真面目なんだろうけど‥なんか、とにかくそういうことじゃなくって‥」
普段はしめないネクタイを緩めながら、恭二が眉間にしわを寄せる。
まあ、‥伊吹にも彼の言いたいことは分かる。
「‥現場で実際に活躍‥働いてる人に一度会わせてみたらどうですか? カリスマを実際に見たら、なにか思うことがあるかもしれないですよ? 」
現場を知らないんだ。
ここでどんな理論をしようとも、‥下手したらどんどん迷走していくこともあるだろう。
「現場? ‥誰? 」
びくっと、肩の跳ね上がった恭二の顔色が分かりやすい程悪くなる。
くすくすと伊吹が意地の悪い笑顔を浮かべる。
「貴方の親戚の和彦さん。それこそ、分かりやすくミスターカリスマじゃないですか」
「‥和彦に私が連絡するの? 」
恭二の顔はもう悪いを通り越してそれこそ紙みたいに真っ白だ。心なしか、水気すら失われている様に見える。
「ええ」
反対に伊吹は、完全に『面白そう』だ。
にこ、と『いい笑顔』を恭二に向けた。




