9.大丈夫。
「さて‥。じゃあそろそろ、会議の時間だな。今日はどこ? 」
恭二が掛け時計を見て、身体を伸ばした。
伊吹がスマホを確認して、場所を告げる。
「じゃあ。楠さん。また」
「ええ」
恭二は楠の方をちらりと一瞥して、軽く会釈した。
楠も微かに微笑んで会釈を返す。
二人が出て行ったのを確認し、ふうーと長めに息を吐きだすと、楠も身体を伸ばした。
一度立ち上がって腰も伸ばし、もう一度今度は短く息を吐いた。
‥ちょっと緊張したな。やっぱり、‥こんなアットホームな会社とは言え、上司だしな。
椅子に座り直しながらそんなことも考える。
‥アットホーム、は違うか。
事務所は確かに、『家族みたい』だ。でも、会社全体を見れば、他の部署もあって普通の会社と変わらない。
だけど、今日ここが『裏西遠寺』とだという事を、改めて思い知らされた。
『TAKAMAGAHARA』という会社のかたちをとった、裏の『西遠寺』そして、僕らはそこの『能力者』を発掘する・スカウトする仕事をしている。
スカウトして、そして、西遠寺によって能力者になるための訓練を受けて、裏西遠寺として西遠寺を支える。
裏西遠寺は、西遠寺にとってなくてはならないものだけど、西遠寺は裏を‥軽視している。
だから、柊さんは表の西遠寺(実家)から裏の西遠寺(恭二さんの家)に養子に出された。
恭二さんも伊吹さんも、元々は表の西遠寺の人間だ。
恭二さんは、謎の『当主育成プログラム』だっけ‥かも受けたって言ってた。
だけど、今では裏の幹部だ。
裏西遠寺自体は、別に恭二さんたちがつくったわけではない。元々あった。
だけど、こうやって組織化したのは、恭二さんたちだ。
わざわざ、表から軽視されてる裏に『表の西遠寺』なのに来たのは‥何故なんだろう。
なんだか、西遠寺自体知らないから「意外」とも「成程ねえ」とも何とも思わないけど、「‥なんか複雑そう」って感じはする。
表西遠寺と裏西遠寺の総てを束ねるリーダーである『当主』
‥旧家のトップであり、西遠寺を仕切る当主‥かあ。
なんか‥凄そう。
‥あの顔で冷笑されたら、結構立ち直れない。
‥悪夢にうなされるレベルの笑顔
恭二を恐れさせる反面、普段は『自分の容姿容貌すべてを徹底的に管理して、一切に妥協がない』。『人心掌握術にも長けている』接客のプロ。人を惚れさせず、惹きつけ、記憶に残らない。
‥なんだその、人間離れした感じ。
ってか、忍者かなんかか?
‥確かに、柊さんのイメージじゃないな。絶対そんな器用なこと出来そうにないし、それ以前に柊さんの顔は、誰から見ても華やかだし、色気も‥半端ない。正直直視すると多分老若男女問わず照れる。『記憶に残らない』から、最も遠くにありそう。それに、声も、艶があり過ぎる。あんなのまともに聞いてたら、緊張するし、相談どころじゃない。
‥でも、あの時、枕元で聞いた柊さんの声は凄く「普通」だった。なんだ、普通の声も出せるんじゃないか。じゃあ何でださないんだ? って思ったくらい‥。
‥多分、僕が「普通の声」だと思った声の方が、彼にとっては、「意識して出した声」で、彼は体調が悪い僕に気を遣ってくれたのだろう。‥多分。僕が、あの声が苦手だって気が付いていたら、‥だけど。
実際は、なんてことはない。あの「普通の声」がやっぱり普通で、いつも、楠の反応を楽しんであの声をわざわざ出している。そんなことは、楠は知らない。
「あんなに恵まれた容姿でも、冷遇されてきたりとかする‥。それって、普通の家庭じゃ‥まず考えられない理由からなんだろうなあ」
今まで、少なからず恵まれた容姿を羨ましく思ってきたこともあるし、‥出来るなら、「恐れられない目つき」で生まれて来たかったなって思ったけど、‥恵まれた容姿だからって、総ての人に好意的に受け入れられるわけじゃない‥ってわけかあ。
人間関係ってのは、複雑だよなあ。
じゃあ‥能力は? 能力があれば、人は無条件に受け入れられるのだろうか? 能力が全てってところはよくある。ITビジネスみたいに、相手の顔が見えない職種ってのは‥(いや、全く見えないわけではないが)あるわけだし。
でも、桂ちゃんはきっと誰より能力があるけど、そのコミュニケーション能力の低さから、ずっと目立たず生きて来た。彼女は、能力を持っているが、それをアピールしたり、誰かと高めあったり形にしたり、そういう能力は多分低い。‥梛に至っては、発揮する前に‥その能力ゆえ、親に恐れられ、‥疎まれた。
育ち、性格‥。
人を構成し、取り巻く環境。
誰かにとっては好ましいことでも、誰かにとっては、許せない位気に入らない。‥そういうことって、少なくない。僕みたいに、「明らかに」ってことなら、納得は行くんだけど、‥嫉妬とかそういった感情意外に、「普通なら好ましい」と思われるものが、自分の親しい‥近しい人に疎まれるってどんな気持ちなんだろう。何にも悪いことしてないのに、優れ過ぎているがゆえに、疎まれる。‥同じ境遇にはなり様がないが、‥何となく理解できる気がする。
梛の母親の場合だったら、恐れとかかな。どんどん自分が置いて行かれるって思い?
桂ちゃんは、桂ちゃんが家族を遮断? してる。
それは、でも僕も一緒‥? かな。僕の場合、見た目が怖いから、両親が生理的に受け付けられなかったのかもしれないけど。
柊さんは‥持て余された。
きっと、‥どうしようもなかっただろうけど、‥でも、向き合うべきだった。それを怠ったって、知りもしない僕が言うのはどうだと思うが、‥多分今まで聞いてきた話から推測するに、怠って来たんだろう。それを、責める資格はないんだけど。
だけど、「仕方がなかった」って肩を持つ気にはなれない。
それこそ、‥西遠寺に相談すれば、多少なりとも手はあったんじゃないだろうか? だけど、‥身内の恥だから、それもしてこなかった。そして、裏西遠寺に居るとわかると、あっさり養子に出した。‥捨てた。
彼らにとって、だいじなことって何なんだろう。
見た目? 能力?
‥使い道?
だいじなのは、その存在‥魂そのものだって、胸を張って言って欲しい。僕も、‥言われたかった。
面と向かって、
「怖い」
って言われたことは無い。
だけど、
「大切だ。大丈夫だ」
と言われたこともない。母さんも、父さんも、兄弟も。
僕がいることが、皆をギスギスさせている原因だって‥分かってた。
だけど、認めたくなかった。
その代わり、空気を読むことを覚えて、なるべく恐怖感を与えないように、目を見られないように‥
そんな風に努力して来た。
「わかって欲しい。認めて欲しい。‥僕を愛して欲しい」
って言ってはこなかった。無駄だって思っていたから。
でも、今僕ら家族に対してそう言ってこない梛や柊さんがもどかしい。
自分のことよりずっと、もどかしい。
彼らの家族が言わなくても、僕らは伝えらえる。
僕らだからこそ、どんな言葉を欲しているかわかるから。
同じ境遇にいる僕らだからこそ‥。
それは、傷の舐めあいかもしれない。でも‥
僕らにはそれが必要なんだ。
僕らはそれを‥確かめ合う必要があるし、それを‥何より欲している。
彼らが、言わないなら言わせればいい。
言われたいって、‥思わせなければいけない。
「大切だ。大丈夫だ」
って。
「大好きだ」
って。
‥おせっかいは、僕の真骨頂じゃない? 梛も言ってたじゃないか。「懲りないお人よし」って。
やっぱり、梛はすごいな。
甘いココアを買って事務所に帰った。柊さんには甘いコーヒー牛乳。この時間は、まだ桂ちゃんは帰っていないから。
帰って来て僕からココアを受け取った梛は、新しいプログラムを見せてくれた。
Souls gateじゃない奴。
「新しい言語を勉強してるんだ」
って。
「凄いな! 梛。やっぱり、梛は賢いね! 」
って、自然に言葉が出て来た。‥その声が、いつもの僕の声より若干機嫌よさげで、‥ちょっと自分でも驚いた。
褒めようって思った気持ちが前面に出ちゃったんだろう。
そんな僕に、梛は心底嫌そうな顔を一瞬して、
「‥なんだよ。気持ち悪いな。楠壊れたのか?! 」
訝しがしそうな視線を向けて来た。
「いいや? 壊れてないけど? 」
その視線にちょっとくじけそうになったけど、にこっと笑う。
そしたら、今度は
「大丈夫なのか? まだ、身体の調子悪いのか?! 一昨日はびっくりしたんだからな? 急に倒れて、天音ちゃんが事務所に駆け込んできたし」
って、梛には「らしく」ない心配した様な顔をされてしまった。
だけど、‥すぐに
「柊さんは天音ちゃんにぺこぺこって感じで無言で指示に従って、楠を部屋に運んでさ。‥あんな柊のにいちゃん見たことなかった。あんまり焦り過ぎて、楠をちょっと階段に、がんってぶつけてたけど‥楠起きなかったのがちょっとおもしろかったけど」
その時の光景を思い出したらしく、くすくすと笑った。
‥いや、それは全然面白くない。
だけど、‥我慢我慢。
そうか。柊さん天音ちゃんにぺこぺこ‥よっぽど、天音ちゃんが怖かったんだろう。この前こっぴどく叱られてたからね‥。柊さんの名誉の為言わないけど。
「ふうん。楠さんにお礼言っておかないとね。‥でも、僕は大丈夫だし。その‥梛も大丈夫だよ? 」
と、僕はここで伝えるべくワード、「大丈夫」をいれるのに成功した!
よし!
で、梛を見ると‥
「は? 」
めっちゃ、不審な顔をしている。
眉間のしわなんて、もう『鉛筆挟まりそう』なレベルだ。
「急になんだ? 俺が大丈夫なこと位、わかっている! 寧ろ、本当に大丈夫か?! 楠」
おや、違った。このタイミングじゃなかったか。
「う~ん。『心配してくれてありがとう』優しい梛が、僕は大好きだよ」
くじけず次の「伝えようワード」だ。
‥おや、また失敗か。梛の顔が紙みたいになってる。真っ白で、‥カサカサ?
「‥やっぱり、今日一日寝てろ‥。‥でも、まあ、‥アリガトウ」
「どういたしまして。‥梛も僕の事、好き? 」
「‥やっぱり、寝ててくれ~!! 柊の兄ちゃん~! 楠部屋に放り込んじゃって?! 」
定位置「畳スペース」で寝転んでいた柊さんが顔だけで振り向いて、梛に首を傾げながら立ち上がる。
ゆらって感じで僕の傍に来たから、僕はにこっと笑う。
「柊さんも好きだよ」
「うん‥」
柊さんの表情は変わらなかった。
っていうか、分からなかった。相変わらず、前髪で顔が隠れたまんま。
でも、驚いたでも、嫌そうでもなさそう。
ただ、「うん」それだけって感じの顔。
伝わったならいいんだけど。
そんな僕らを眺めている梛の顔の方が寧ろ凄いことになっていた。
ポカ~ン。
もう、ぽか~んって顔。
大きな目が、こぼれそうになってる。顎とか外れそうになってるし、‥梛のってか、人間のこんな顔見たの初めてかも。
「‥‥‥‥」「もういい‥俺は、何も考えないことにする。楠も、‥あれこれ考えない方がいい。どうせ、楠のことだから、あれこれ考えたんだろうけど、寧ろ、‥やめた方がいい。考えないでも、大丈夫だからさ‥」
なんかいろいろ諦めたらしい梛は、ココアを持って、冷蔵庫前休憩スペースに向かう。
パソコン操作をしながらコーヒーを飲まない。これは、原則なんだけど、梛はもっと徹底していて、飲食は総て、休憩スペースでしかしない。
大丈夫かな、心なしかふらふらしてるけど‥。
僕が首を傾げてると、
梛が振り向いて僕をきっと睨むと、
「‥あと、近づくな!! 」
‥断言した。
柊さんは、うん、相変わらず何事にも動じず、僕の手からコーヒーを受け取ると畳スペースに戻り、ぷしっってプルタブを起こした。
‥伝えるのって、難しいですね。




