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Souls gate  作者: 大野 大樹
五章 相互扶助と相殺
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7.悪夢にうなされるレベルの笑顔らしいです。

「伊吹さんは、‥その謎の教育受けなかったんですか? 」

 楠はちょっと首を傾げて伊吹を見た。

 伊吹は、ふふ、と微かに微笑んだ。

「‥僕は、全部地味でしたから。‥護身術として習ってきた剣術も、からっきしだったし、顔もこの通り地味ですしね。

‥じっくり考えるのは得意だけど、僕はそう決断が速くないし‥人に的確に指示を出すのも苦手‥。判断力の速さは、医師として働いているから、それでも昔よりは随分改善されたんですよ」

「決断、ですか」

 よく分からない話に、傾げた首を元に戻す機会を失ったようだ。

 楠は、未だ首を傾げている。

「西遠寺の人間として一番大切なのは、一瞬の正しい判断力です。それこそ、表情一つ変えない事。それは、「自信ありげに見え」て「人に隙を見せない」ことで、「人に安心感を与える」ことです」

「正しい判断力。‥それも、一瞬ですか」

「ええ。一瞬です。西遠寺が相手をする依頼人は、それこそ海千山千の方々ばかりです。一瞬でも迷いを見せれば、アウトです」

「迷い‥」

 微かに眉を寄せる楠に、伊吹は小さく頷く。

「西遠寺の人間は‥当主教育に値するか判断する為に、小学生くらいの子供を集めて夏の講習‥じゃあないですけど、教育するんです。公平に。夏休みを全部使って。勉強や護身術、敬語やテーブルマナー。紳士淑女として必要な知識全部。それから、人に侮られない様なすべをね。それが、瞬時の判断力です。「判断は早く。一瞬で判断がつかなくっても、迷いを見せるな。固まった表情を相手に見せるな。落ち着いて、「そうですね‥」でもいい、とにかく繋ぐ言葉をまず話せ。‥それは、だが、スマートではない。苦肉の策だから、理想としては即時の判断を心がけろ」

「わあ‥」

 目を丸くする楠に伊吹は微笑む。

「でも、思えば‥あれが一番今の役に立っているかも。医師として判断を迫るとき、迫られる時、患者さんに何かを聞かれた時、私たち医師が、動揺したり迷ったりすると、患者さんを不安にしてしまうし、不信感を抱かせてしまう。だから、‥そんな時の「落ち着き」や、胆力はあのとき養われた気がしますね。何よりも大切なのは、真摯な姿勢と誠実さですがね」

「はあ~。聞けば聞く程大変そうですねぇ‥。僕の様な平凡な一市民には、考えられないというか‥絶対無理っていうか‥」

「ふふ。平凡な一市民って」

 面白そうに伊吹が笑い、恭二がふむ、と頷く。

「そうね。なかなか‥無理だね。一市民云々じゃなくて‥出来る人の方がおかしいって言うか‥。最近話にでたから言うけど、‥隆行君の弟さんの北見君。彼もなかなか優秀な子みたいだけど、‥まあ、無理だね。ふつう過ぎる。周りが想像もつかない様な事をするくらいじゃなきゃ、当主は無理だ」

 『隆行君』? 聞き覚えのない名前に楠は首を傾げる。

 『最近話に出て来た』?

 だれか、他にも身近に「西遠寺の人」がいるのだろうか?

 楠は知らないが、隆行とは「柊」のことである。

「適応できる方がおかしいんであって、適応できないのは寧ろ普通だ。良かったじゃないか。伊吹、普通で」

 と、また従兄弟の「西遠寺 和彦」は「変人だ」という話になる。

「酷い言われようですねぇ。そこまで言われるご当主って‥恭二さんの知る素のご当主って‥どんな方なんですか? 」

「どんなって、あのままだ。見た目は完璧な麗人。そして、奇人変人。‥私にとってはね。だけど、仕事は出来ますよ」

 訝しがる伊吹に、恭二はこともなげに言う。

「そりゃそうでしょう。僕だって顔位は知ってますよ。正月にお会いしましたし」

 正月に親戚の集まる「新年の挨拶」のことである。

 よっぽど都合のつかない者以外は、西遠寺であれば全員、京都の本家に集まるのが決まりだ。

 どこそこの重役も多い、親戚同士で交流を図るのは有益なので、それこそ普通であったら絶対に参加する。来ない者と言えば、隆行(柊)の様に、世間から隔離された者たちだけだろう。

「当主にも‥私は‥この頃は会ってないなあ‥。元気そうでしたか? 」

 恭二は、ここ数年何だかんだ理由を付けて参加を断っている。西遠寺の方も、「あの人は変わり者だから」と見逃している‥ではないが、まあ、見逃してくれている。‥まあ、皆恭二が当主に目を付けられていることを知っているのだ。

「ええ」

 伊吹が頷く。

 横で黙って、楠は「正月? 親戚の挨拶かな」といった認識で話を聞いていた。

 その規模はきっと、かなり差がある。

 ただの、親戚の集まりってレベルじゃ絶対にない。

 だけど、そんなの普通想像はつかない。

「怖い人には‥みえないんですけどねえ‥」

「見るからに怖い奴なんか当主になれるか。あいつは‥でもあいつの怖さを知っている俺にとっては、そもそも、普段の存在自体怖い。見かけたら絶対目が合う前に逃げねばッて思う奴はあいつくらいだ。目があったら背筋が凍るし、更に視線を合わされたら‥あれだ、偶然合った状態から、わざわざぴったりと合わせてくるんだ‥そしたら、‥全身がこうぞくぞく~と。私がその状態になってるのを見てから、あいつはわざわざこうにーっと薄く笑うんだ。‥その間数秒のことだのに、‥私はその後数日調子を崩すんだ」

 ‥どんだけ。想像がつかないな‥。

「‥あの無駄にいい頭をフルに使って、考え得る嫌がらせをしてくる男だ‥前にも言ったろ? あの顔で冷笑されたら、結構立ち直れないって‥それこそ、‥悪夢にうなされるレベルの笑顔だよ‥」

 そういった恭二は何か思い出したのか、血の気が引いている。

 伊吹は、苦笑いして

「確かに綺麗な顔に冷笑されたら怖いですよね‥」

 といって、恭二を慰めた。

 ‥そんなに綺麗なのかあ。

 確かに‥美人が怒ると怖いよね。‥迫力があるってかんじなのかな。

 うん。きっとそうだ。

 と、楠は、小さく頷いて相槌を打った。

「そういえば、‥隆行君は、西遠寺の顔だね。‥パッと目は彼の母親に似た美人なんだけど、こう‥よく見ると‥全体的な雰囲気なんて、西遠寺そのものって顔してるんだよな‥。‥完全に先祖返りのレベルのレベルで『西遠寺そのもの』の顔。隆家(←隆行・父)は分家も分家だから、きっと‥知らないかもしれないなあ。北見君の顔なんて、そうでもないのにね」

 あ、また『隆行君』だ。二回目だな。

 楠は、だけど、「親戚の話に入るのは悪いな」と、今まで二人の方に向けていた姿勢を戻した。

「そうですねぇ」

 二人は、でも、そんなことを気にしていないようだ。

 そりゃそうだ。二人にとっては、楠もよく知っている男の話をしているわけだから。

 寧ろ、二人にとっては、楠は柊の恩人で、保護者である『一番関係がある人物』だから。

 だけど、つい柊が隆行だという事を、楠が知らないことを忘れているのだ。

 そういうところは、二人の迂闊なところで、こういうところが二人が当主候補に挙がらなかった理由の一つなのだ。

「彼の家族は‥でも、知っているのだろうかねぇ。彼の‥今の顔を。長く伸ばした前髪で自分の顔を隠した彼を見た時は、‥悲しいというかなんというか‥心がふさがれる思いだったよ‥」

「そうですね‥」

「まるで、誰かに、‥顔を見られたくないって感じだった」

 聞くでもなく聞こえて来た前髪で顔を隠している人物の話を聞きながら、楠は、柊のことを思い出した。

 彼も、そうなんだろうか。顔を見られたくないんだろうか。

 前髪に隠れた、思いもしないような綺麗な顔‥。

 いつも恐れられてた自分とは違う。

 彼は、きっと見られたくないわけではないんだろう。‥「見たくない」んだろうか?

 ‥見たくないこともきっとあるんだろなあ‥

 と、そんなことを思った。



 表の西遠寺の当主には、『能力』がないことが多い。寧ろ、その方が好ましいとすら言われている。能力持ちは、やっぱり「そのこと(妖関係)」だと先入観を持ちがちになるから、ともっともな理由が付けられている。

 表向きには、だ。

 表が、裏西遠寺や、能力者を低く見ているのが、多分一番の原因だろう。

 ただ、「現実には起こり得ない第三の要素」に気付かない様では困る。逆に、それさえできれば、能力の有無はそう問題視されない。

 判断力、理解力に加え、そのことにも考えが及ぶ柔軟性がこれが、当主に求められる能力である。

西遠寺の当主が依頼を受けてからの流れは、大概が


 ① 窓口は表の西園寺。(西遠寺の当主が対応)

 ② 依頼と依頼主、対象者、依頼内容の調査。

 ③ 依頼主の保護、護衛

 ④ ここで必要ならば、依頼人や関係者との打ち合わせや聞き込み。

 ⑤ 依頼の解決方法の検討・実行

 ⑥ 依頼人に報告


 この様な流れをとる。

①は、「裏」の仕事ではなく、表の主に当主が担当する。②の調査を表の調査員に指示を出すのも当主で、当主が調査項目や調査の方向性を示す必要がある。③と④も表が行う。そこで、⑤の護衛と調査員と当主が集まって情報交換と意見交換をし、必要なら追加で調査をし、最終的レポーをあげ、もしくは「原因を解決する」。そのうえで⑥の報告をするのは当主の仕事である。

 西遠寺の当主は、ただの責任者や窓口ではない。

 依頼者と最も初めに会う人物なのだ。実は、これが最も重要で、「代わりに私がお聞きしますね」で済まされることでは決してない。

 依頼人と対応した当主は依頼内容の確認の為に、

 依頼人の現状

 依頼人が思い当たらう限りの原因

 を対話によって引き出す。

 この際、話を誘導したり、「決めつけ」てはならない。それは、依頼人の側にも言えて、依頼人が「きっとこうなんだ」と推測を交えていないかを注意しなければならない。そこらを注意しながら、依頼人にはとにかくリラックスしてもらい、ありのままをそのまま語ってもらう。

 だから、当主の顔はあまり癖があってはならない。気になるような特徴があってもならない。

 容姿端麗とは言ったが、「イケメン」はいけない。浮世離れした麗人・西遠寺 和彦は、整った顔を人を瞬時で惹きつける魅力を持っているが、惚れさせるような色気は無い。チャーミングな笑顔も、輝く瞳も持っていない。

 カリスマ性は必要である。「頼れそう」と思わなければ、依頼者は心を寄せられない。

 整った顔ながら華美でも嫌味でもない容貌。肌は傷もなく、色白でシミもない。体形は痩せ型ではあるが、痩せすぎていても太り過ぎていてもいけない。感情が顔にすぐに出るなんてことは問題外で、体調すら表情その他に出さない。

 声は、低めであるが低すぎない。

 とにかく、‥印象にあまり残らない。

 美しい自然を見て「綺麗だったな」と頭にその印象だけが残る‥そういった感じ。美味しいお茶を飲んで、口の中がすっきりした。‥そういった感じ。

 感動も、衝撃も、インパクトも何もない。

 その究極が、「自分の姿と向き合ったかの様」な「鏡」の秘術だと歴代の当主は言う。

 もっとも、確実にそれが出来るものは少なく、和彦もそれは出来ないらしい。

「催眠術の様。兎に角、相手の心を映し出す鏡に慣れるように接している」

 らしい。


 自分の容姿容貌すべてを徹底的に管理して、一切に妥協がない。

 その徹底振りたるは、西遠寺の当主候補となった地点から、海外の学校に転校したり、国内であっても有名ではない名門校に通ったりと、徹底的に外部‥特に将来クライアントとなり得るエリートとの接触を避ける。

 自分の素性を隠すためと、「(依頼人と)同級生になるのを避けるため」である。

 相手の秘密を持っていると思われる状況を作らない、相手にも秘密を持たれないこと、がその理由である。

 それでなくとも、同級生に秘密や悩みって明かしにくいよね?

 当主はまた、人心掌握術にも長けている。

 西遠寺の当主は、代々この辺が上手くて、ある者はあたかも自分の内面と話している様な雰囲気を醸し出す能力に長けた者もいたという。つまり、究極の『聞き上手』って奴だ。

 だが、依頼人が語りたいことを、ただ上手に聞くだけではだめで、それと同時進行で、考え得る可能性を瞬時に導き出すことが必要となる。

 例えば、依頼人が怨恨による被害を被っていると判断した場合であったら、その怨恨の原因が

 業務における怨恨

 個人的怨恨

 恋愛による愛憎のもつれ

 その他考え得る可能性がないか。

 西遠寺の人間といえど、ここまでのことを出来るものは、当主以外いないだろう。だから、表にとっても裏にとっても西遠寺の当主というのは、別格なのだ。

 だから、「実力は裏の方があるわけだから、表に偉そうにされるのは辛抱たまらん」と血気盛んな裏の能力者の若手でさえも、西遠寺の当主だけは一目置いて、その指示に従う程だ。



「もっとも西遠寺らしい彼が裏としてここに来て、弟は表に‥かあ。親ってのは、完全ではないけど‥。あんまり気分がいいものじゃないね。

彼らにとっての裏西遠寺の扱いが‥分かってるからこそね」

 ‥おっと、『隆行君』はここに来たのか。

 西遠寺から、裏に来た隆行君。

 そして、彼はどうやら両親から‥あまり良い扱いを受けていないようだ。

 楠は、やっぱり話に混ざることもなく、二人の会話をぼんやり耳に入れていた。

「でも、‥彼は楠さんに会えて幸運でした」

 そして、急に自分の名前が会話に出てきて、はっとして

 二人を見た。

 ‥僕に会えて、幸運?

 誰が? 隆行君が僕に会った? 

 え? いつあったんだ? そして、何故二人は、僕に隆行君があったことを知っているんだ?

「そうだな。‥一度お礼をいっておきたかったんだ。‥楠さん、これからも隆行君を‥いや、柊をよろしくお願いいたします。‥戸籍上は、私の息子なんでね」

「‥柊さん‥? 」

 楠は目を見開いた。

 柊さんが、元西遠寺で、実家が彼を疎ましく思っていて、‥彼を恭二さんに養子に出した‥?

 柊さん‥。



 柊さん、柊さん。



 そんなこと、知らなかった。‥今まで聞きもしなかった。

 だけど、‥聞いていいとも思わなかった。彼は‥一人で、ずっと一人で、どんなに孤独だったんだろうか。

 僕とは違う、親はいるけれど、話しにくかったわけではない。そんな、ことではなかった。

 複雑な家で、両親に疎まれて、梛みたいに他の兄弟より冷遇されて‥。

 ‥僕は‥。

 僕は、柊さんに何が出来て、これから先何が出来るのだろうか‥。


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