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Souls gate  作者: 大野 大樹
五章 相互扶助と相殺
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5.とかくに人の世は。

「‥おい。柊。無言で我を睨むのはヤメロ。あと、あからさまに、嫌なもの見たって態度もヤメロ」

 天音が半眼で柊を見た。

 呆れるように、でも、その後、ふっとため息をつくみたいに、困ったように‥笑うんだ。



「まずは、楠。悪かった。‥痛かったか? 」

 俯いて、ぼそぼそと‥。

 ワンマンなのは、いつも通りだ。だが、今回はちょっとは、(ちょっとは! )やり過ぎたと自覚しているのだろう。

 柊には、「起きたら電話しろ」と言いながら、楠たちの部屋の前をうろうろしているのは、気配で分かった。気配っていうか、結構あからさまだったし‥。時々、コッソリ扉あけてたし。

 楠が起きるのを待っていたんだろう。

 だからこそ、このタイミングでここに現れた。(※天音は楠が目が覚めたのを、ガチで気配で分かったのだろう。‥恐ろしいぞ、神)

 楠は、小さく微笑むと

「今現在も痛いです。もう、痣が残りそうです」

 ちょこんと視線だけあげて天音を見上げた。

「う‥」

 天音が眉間にしわを寄せて固まる。

「ほら」

 腹をめくり、すこし赤くなっている溝内を天音に見せた。

 今は赤いが、明日には紫になっているだろう。

 ‥こんなちぴっこに蹴られただけで気絶とか、‥我ながら「ないな~」って思うけど、‥そもそもこのちびっこは神だし、実は「目つきの悪い男神」で「普通にごつい」。こんお、ちびっこい外見は、見せかけだ。実体は、あの‥目つきの悪い細マッチョの男神なんだろう。

 逆に、あんな細マッチョに蹴りをいれられて、この位の痣で済んだ方が‥ラッキーだったのかもしれない。骨とか折れなくて良かった‥。

「! ‥悪かった‥。楠‥。しかし、肌‥しっろいなあ! 我は驚いたぞ。腕とかもあんまり外に出ないから日焼けしてないが、腹は更に白いな! しかもすべすべで、まるで白磁みたいだな! 」

 天音は、楠に痣を見せられ、もう顔面蒼白だ。

 ‥えらいことしてしもた~。

 って感じなんだろう。

 神が、一般人に手をあげるとか、まずいだろ。‥いや、でも、楠も同族だからギリセーフか?

 もう、頭の中はぐるぐるしている。

「しみじみ見ないで下さいよ‥。しかも、褒めてるつもりだとしたら、失敗ですよ。僕は男だから、別に肌が白い、肌が綺麗って言われても喜びませんよ。さりげなく話を変えようとするの止めて下さい」

 頭ぐるぐるな天音に対し、楠は落ち着いている。

 冗談ですよ。

 って言って、天音に苦笑いを向けた。

「う‥」

 ‥楠、意外と性格悪いなあ。

「腹しまえ」

 で、意外と言えば、柊は意外に面倒見がいい。

 楠の腹が冷えないように、さっき楠がめくった服を戻し、タオルケットを楠に掛けた。

「はいはい」

 いつもは、「オカンみたいなこと」って言われてるのは自分だのに、今日は柊がオカンみたいだ。



「で? 天音ちゃん。ここに『とかくに人の世は住みにくい』って話をしに来たんですか? 」

 方丈記の話をしたら、ついでに浮かんできた。

 夏目漱石の『草枕』の冒頭だ。

 高校入試だったか、大学入試だったか、学生時代には、有名作品の冒頭部分の暗記を何故かさせられるものだ。‥試験問題に出たことはないが、「するもの」ってことになっている‥んだろうか?

「草枕か‥。『住みにくさが高じると、安いところに引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、絵が出来る』だったな。学生時代‥そういえば、冒頭を覚えただけで、結局本文は読んでなかったな。何となく、この冒頭部分を読んで「成程確かにそうだ」って全体を分かったような気になっていた。

たしかに、人の世はどこに越しても住みにくいな‥って。」

 ふむふむ。

 としみじみ言う天音に、楠は苦笑いした。

「‥あなたが言うと、なんか、説得力ありますね」

 ‥神だし。

 人じゃないし。

 きっと、人の世は住みにくいだろう。

 って。

「そうか? 我よりむしろ、楠が言ったら「そうなんだろうな」って感じはするよな」

 不器用そうだし。

 人は、楠に優しくなかったみたいだし。

 だのに、楠は人に優しいし。

 きっと、『情に棹』さして、『流され』たことも多いだろう。(※草枕冒頭『情に掉させば流される』より)

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 無言で睨みあう。

 所詮は「お互い様」である。

 お互い、性質は違えど、‥住みにくいには変わりないのだった。



「昔の‥なんでもない思い出なんです。ホントに‥なんでもない。同級生と喧嘩して、仲裁に入った友達が僕に言ったんです「あいつはお前とは違うだろ」「お前と違って『丈夫じゃない』だろ」って。

 弱い者を、子供なりに守らなくちゃいけないって気持ちがあったんだろう。

 だから、彼は「弱い友達」を守らなきゃならないって。僕は、その頃から、背も高かったし、‥活発でした。それに、あの目つきだから、喧嘩もつよいって思われてましたしね。

 だから、お前は丈夫だろ、あいつはお前とは違うだろ? って。

なんだか、彼だけが特別って言われた気がして。‥わかってます。そういったわけじゃない。考えすぎだって。‥それ以降、もっとあからさまに「特別じゃない」って言われてきたこともあった。

 でも、‥あの時のことが、なぜかずっと頭に残ってるんです。あの時のことだけが‥。

 傷ついたのも、喧嘩してるのも、同じだのに‥僕は、‥僕だけは特別じゃないから我慢しろって‥

 僕は、子供心に傷ついた。‥でも、相手も子供だった。

 子供に、公平‥って言葉はないですよね。公平じゃなきゃダメ、ってないですよね。

‥それ以来、特別を持ちたくないって思うようになったんです。特別があるってことは、それ以外が特別じゃないってことですよね。

『僕は』もう、『特別じゃない』って言われたくないんです」


 言いたくないんじゃなくて、言われたくない。

 意外だなって思ったけど‥

 そりゃそうだ。

 ‥楠は言わないだろう。

 『言われたくない』

 その言葉に、楠の「人間っぽさ」を見た様な気がした。

 誰の印象にも残りたくない。

 誰からも「特別じゃない」ってわざわざ言われたくない。

 思われていたとしても‥

 だ。


「あ~。うん。子供ってのは、残酷だよな。‥深く考えずにずばずば思ったこと言うよな」

 多分。

 ‥子供の頃とか、同年代の子供と付き合ってきたことないし。よくわからんけど‥多分そうだろう。

 ‥我は、‥でも、それ程子供のことなど、‥知らぬな。

 ‥人間修行なんて言いながら、たいして出来てないなあ。

 でも、人間一巡した位で、『人間修行』したって、果たして言えるんだろうか。

 大事なものって、‥何なんだろ。

 少なくとも、『うまいこと言える』ってことじゃないのは確かだろう。

「‥人間なんて‥そんな器用じゃない。特別扱いしてしまう子が、できてしまっても仕方が無いんじゃない? 別に、他の子には他にその子の事特別扱いしてくれる子がいる。‥別に、楠が全部の責任を持つ必要はない。

お母さんだって、別に自分が産んだ子供を公平に可愛がれるわけじゃない。

お母さんだって‥人間だからな。

だけど、‥それは恨んでも仕方が無い。

ただ、‥縁がなかったんだなあって思うしかない。

自分の「特別」は、他にいるんだなって思うしかない」

 『うまいこと』言えなかったら‥。じゃあ、思いつくだけ言えばいい。‥思いつくだけ、言いたいこと‥伝えたいこと、伝えればいい。

 たとえ、伝わってなくたって、‥言えばいい。

 きっと、‥言いたい気持ち、その人のこと、心配してる、元気づけたい、って気持ちは伝わる。

 ‥それで、いい。

 

 

 ‥お母さんだって、別に自分が産んだ子供を公平に可愛がれるわけじゃない。

 確かに、母は自分より妹と居る方が楽しそうだった。楠は、自分の母親の事を思い出した。(※同性だから。反抗期が終わったばかりの息子とより娘と居る方が楽しそうにしていても、なんらおかしくはないし、多分、えこひいきとか以前の問題)



 別に、寂しくなったわけでも、‥柊の問題がありそうな家庭環境を慮ったわけでもない。

 ただ、何となく‥。


 ほんの何となく。


 自分の枕元にあった、柊の手に触れた。

 柊は一瞬、びくり‥として、


 おずおずと楠の手を握り返した。



「人の弱さも、ズルさも‥責めるべきでもないし、‥恥じなくてもいい。自分で抱え込まなくても、無理に気を張らなくても、いい。

失敗しても、仕方ない。でも、‥精一杯。自分がやれることは、やればいい。やらなくちゃいけない。あれこれ、自分に出来ないことを数えて、自己嫌悪‥そんな暇はない。

楠。

楠は、‥駄目じゃない。

いいことも悪いことも。‥人間は知らないうちにしている。それは仕方が無い。だけど、それでも傍に居てくれる人がいるなら、‥その人の中で、楠の悪いところもいいところも『相殺』されてるんだ。

だから、‥気にすることは無い。

‥相殺って、本来こんなとこには使わないねぇ。まあ、‥いいじゃないか」



 独り言を言う様な、もはや、「女の子らしさ」を完全に捨ててる天音ちゃんの、優しい、抑揚のない声。

 柊さんの手のぬくもり。

 ただ、

 何ものにも代えられない、幸せな気分に僕は、ただ、目を瞑った。



「楠。眠ったのか?

 ‥良かった。落ち着いたみたいだな。

 柊。もう、そこにいなくてもいいぞ? 

‥ああ、手を掴まれたのか。子供みたいな奴だな。はがしにくいだろ? 手伝おうか? ‥そうか? まあ、すぐ起きるだろう」

 それだけ言い残して、天音は部屋から出て行った。

 入って来たときと違って、閉じられた扉の音ははっきりと聞こえた。



 柊は、薄暗くなる前、夕焼けに赤く染まった部屋で、ぼんやりと

 眠る楠を見つめた。

 真っ白な肌。意外に長い睫毛。すっきりと鼻筋の通った鼻。薄い唇。黒いと思っていた髪が、夕焼けに透けて、栗色に見えた。

 いつも崩さない穏やかな微笑みは、今は浮かんでいない。だけど、その寝息は穏やかで、柊には楠がいつもより安心している様に見えた。

 いつもと同じように、‥その瞳は開かれていない。

 柊は、あの‥楠が嫌う‥黄色い瞳が好きだ。ただ、綺麗だって思う。

 ‥見られて困るこころのうちなんて、ない。後ろめたいって思ったことは、今まで一度もなかった。

 だから、あの瞳が見れる。

 見透かされるような嫌な気持ちに‥ならなくて済む。



 ずっと、助けられてばかりだった。

 これから先も、助けられてばかりだろうって思ってた。

 でも、‥楠は楠で、悩んで、不安に思って、不満にも‥思って。

 思ってたよりずっと、寂しくって。

 自分にも、楠に出来ることがあるって‥。

 誰かに

 誰かのためになることが出来るって。

 社会の一員でいていいんだって。



 微かに触れだけのように繋いだ手を強く握り直した。

 守る、でも、守られるでもない。

 焦燥感も、恋慕も、嫉妬も、独占欲もない。

 いつも一緒に居なくてもいい。

 ここに

 この人の世のどこかに

 楠が確かに生きているってこと。

 それだけで‥いい。

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