4.幽霊と臣霊
「今時、『souls catch』からの情報? データブロックしてなかったんだね。珍しい。相手はお年寄りかなんかだった? 」
『souls catch』は、ネットワークゲーム『Souls gate』の人気を受けて開発されたアプリケーションで、『Souls gate』のアバターを持つ友達同士がアバターを撮りっこしたりして、楽しむアプリだ。そして、その写した映像を『catch伝言板』に投稿して、その閲覧数が多い人には、『Souls gate』で使えるアプリなんかが貰える。
『Souls gate』同様「通信許可」にしていないユーザーには接触できないから、ましてアバターの写メを取ることは出来ない。
と、まあ表向きにはそうなんだけど、なんてことはない。改造すれば、『souls catch』は、通信許可をオンにしていないアバターの情報も盗み見れる。逆に、そこまでして改造する奴がいる。
目撃情報は、盗み見した分は、そのまま投稿できない様になっている。その分は、本部預かりになる。つまり、「送れる」わけだ。でも、それだけだ。情報送るだけ無駄じゃんという真面目な(普通の)ユーザーはそこで止める。
でも何故だか、それでもいい、俺はここまでやれるぜ、という奴。そういう奴らが残る。
コアなファンって奴だ。
ユーザーIDコストトも、その一人だ。
別に、それに対しては餌はやらないよ? そこで甘い顔するのは、お互いにとって「違う」。『Souls gate』で見落としたレアの収集って意味でこちら側は利用する。こちら側に利用されていることを知っていて、それで良しとする。ちょっとⅯだよねと思わないでもないが、それって多分行き過ぎたファン心理として理解できないでもない。
‥それまで制限しちゃったら、‥何するかわかんないでしょ。
送ったことだけに満足するような善良(!)なファンは放っておくけど、それ以上やるなら‥、って奴だ。
でもね、基本的にはレアについては放っておいて欲しいわけよ。変に騒がれちゃ困る。
だから、レアなアバターについては「狩り」防止の為、ブロックをかけてねって、お願いしてる。一般のブロックより強力な奴。レアを出したユーザーには、ブロックレベル高が選択できるようになっている。
もちろん、普通のブロックも選べる(つまり、「赤外線通信非許可」だ。これは、通常画面で選べる。ブロックレベル高を選ぶのは設定画面だ。手間は少しはかかるが、レアアバターユーザーは、保身の為、殆どがブロックレベル高にしてくれる。そのブロックってのが結構、すごくって、これをしてれば『souls catch』改造版にもキャッチされないってくらいなんだ。(なんせ、天才小学生梛君自慢のプログラムだ)
だって、レアなアバター保有者は大変だよ? 下手したら、データ入ったスマホごと盗まれちゃうよ?
さらに、この頃のスマホは、バイオメトリクスでの認証が当たり前だから、本人ごと拉致されちゃうよ?
そんなの子供でも知ってる。
だから、それを知らないってことは、よっぽどの機械音痴な年寄りとかなのかなって思ったんだろう。
「高校生でしたよ。しかも、女の子」
楠が言うと、柳が心底「信じられない」って顔をした。「危ない‥」と呟く。
‥このゲーム、よく社会現象やら、発売中止にならないな‥。
「‥で、どうだった? 」
レアだったの? 使えそう?
の言葉は言わずもがな、だ。
「外れです」
あっさりと、楠が言った。
「外れ? 」
あんまりな楠の言葉に、柳が耳を疑うような顔をする。
「ええ、使えるとか使えないとか‥それ以前の問題です」
「それはどういうこと? 」
柳さんの顔が、もう「? 」って顔になっていたけどそれは仕方がないだろう。
「人間じゃなかったんです」
一人は。という言葉は取り敢えず今はやめておいた。一人ずついこう。
「へえ? 臣霊? それも珍しいね‥ていうか、考えられないくらい珍しいね。見えたってことでしょ? 」
楠は黙って首を振る。
「多分『幽霊』です」
「「幽霊? 」」
桂と柳の声が被る。
「‥何言ってるの、楠くん」
今まで黙って話を聞いていた桂が、いぶかしそうな顔のまま話に入って来た。
楠がこてり、と首を傾げる。
「臣霊の存在を認めている人が、幽霊を認めないってのもおかしな話ですね」
心底不思議そうな顔をする。
「だって、臣霊は式神みたいなものでしょ? 式神は、でも、見えるわね。どういうものなのかな。‥見えないもの‥。ホントにいるのかな」
桂は、ちょっといいにくそうに言った。
「だって、意思のある式神なんて可能なのかな。術者の心が作り出した幻じゃないのかな」
そして、ちょっと上目で楠の反応を確かめる。楠が言い返してこないのを確認してから、そう言葉を続けた。
流石リアリスト。でも、それを、ここ(西遠寺)で言っちゃうんだ。
楠はちょっと苦笑した。
「いないものだと思ってます? 臣霊はいますよ。実体は、ないですけど。でも、過去に臣霊が実体化した例もあります」
楠は、以前聞いたことのある「眉唾物」の噂話をあたかもホントのことのように出して来た。
「そんな馬鹿な事‥」
桂が苦笑する。
それを見て、楠がふふっと笑い、柳の方に椅子を回転させる。回転式の椅子がぎぎっと鈍い音をたてた。
「それこそが、西遠寺の凄いところなんじゃないですか。ねえ、柳さん。柳さんはそんなこと言わないですよね」
「‥それで、その幽霊は臣霊みたいなものなの? 」
楠の質問には答えずに、柳が言った。
‥まあ、こんな話今続けても仕方ないわな。
楠も納得して、柳に従った。
「全く違います。が、凄さは臣霊の比じゃないかと」
「え! 」
叫んだのは、梛だった。「そんなに凄いのあの幽霊! 」と、大きく独り言ちる。
「梛だって見たろ? ホントに生身の人間と変わんなかっただろ? でも、違うっていうね。あれが、実体化した生霊だよ? 凄くない? 」
「凄い‥」
「そもそも、本当に人間じゃなかったの? 柊君もその子人間じゃないって思った? 」
やっぱりちょっと納得いかなかったらしい桂が噛みついてきた。
普段あっさりした彼女が、こんなに絡んでくるのは珍しい。科学で証明できないものをよっぽど受け入れにくいんだろう。リアリストだから。
「よくはわからないけど、あの子は‥人間じゃない」
楠の後ろに立っていた柊がいつもの超低音ボイスでぼそり、と言った。
で、また楠が身震いする。
‥柊兄ちゃん、これわざとかなあ。わざとなんだろうなあ。
梛は、こっそりそんなことを思ってこっそり笑った。もっとも、楠が柊の声に鳥肌を立てていることを気付いているのは、本人の楠と梛だけだ。(そして、柊も、だろうけど)桂も柳も些細な変化に気付く程繊細ではない(梛談)
‥面白がってるんだろうなあ、柊兄ちゃん。‥確かに面白いけど。
「ふうん‥。まあ、いずれにせよ。人間じゃないならスカウト出来ないねえ」
『所有者』(術者)が他にいるんじゃあ、ねえ。
と、柳が付け加える。
臣霊にとって、マスターが唯一だ。他の命令は聞かない。だから、ここにスカウトしても無駄だ。
幽霊にしたって、幽霊になる程の思念がある者もしくは、幽霊を作る程の思念がある術者がいる。その幽霊にとって、その術者もしくは、思念が絶対でやっぱり、他の命令は聞かないだろう。
複雑に作られたであろう彼らは、しかしながら本当に単純だ。
オンリーな存在が既にいる。
柳にとって西遠寺こそがオンリーであるように、だ。
‥でも、俺は西遠寺にとって役に立つ能力者ではない。
確かに高い能力者で幹部候補生と言われているが、しかし、柳には霊を除霊したり相手の心を読んだりする能力はない。そういった、わかりやすく西遠寺で活躍できるような力はない。
それは、柊も楠も同じだ。望んでここに接触してきた柳と違って、彼らは西遠寺にスカウトされてここに来た。
柊と楠は両方(申し合わせたわけでもないのに)そろって
「自分には、ここで役に立つ能力はない。でも、役に立つと言えば、僕は(俺は)異能者は、見たら割とわかりますよ」
ちょっと変わった人がいる。という噂を元に自分を見に来た西遠寺に対する皮肉にもとれる。だけど、能率が悪いのは西遠寺だって分かっている。
西遠寺は、柊と楠の採用を決めた。
そして、それが後に、能力者発掘プログラム『Souls gate』の開発につながったのだった。
因みに、柊と柳、楠の「即戦力とは言い難い」が「明らかに何かに利用できそうな能力」については、また別の機会に触れようと思う。