6.持て余す
世間では、ゴールデンウィークらしいが、研究室のメンバーにはそんなことは特に関係がないかのようだった。
「学校が休みだと、こう、身体がなまるね」
は、梛。
「大学生って、いつ学校いってるかわかんないよね」
と、楠と桂を見る。
「楠君は大学院だから、余計にね」
と桂もゆったりと頷く。
「桂ちゃんは実家に帰ったりしないの? 」
「別に、今までも高校卒業後はずっと下宿してて、うちになんて帰ってないわよ? 夏休みや冬休みっていった長期の休みは稼ぎ時だしね。普段の日は、大学行きながらバイトが忙しいかったわ。今は、給料が出るからバイトしなくていいし、その時間が研究やら論文に回せる。プログラムだって組めるし、分からないことはすぐ聞ける。ホントにすごく助かる。‥まあ、チューターは大変だけどね」
チューターとして担当してる人数が凄いのだ。
それらに対して、悩み相談だのカウンセラーの手配だの、「お手伝い」を付けてもそう解消されない。
今まで人とそんなに関わって来た覚えがない。
急にそんなにコミュニケーション能力がつくわけではない。
だけど、誠心誠意出来ることをやるまでだ。
‥私に当たって不孝だな、楠君にあたった方がよかったのに。
って最初こそは思っていたけど、今では責任をもって仕事をしている。
誰だろうと、誰に対してだろうと、することは変わらない。
ただ、誠心誠意接するだけだ。個別対応って言いながら、アプローチする方法が人によって違うだけで、行きつく先やなんかを考える必要はない‥というか、その答えを出すのは、私たちではなく彼ら自身だ。
これ以上裏西遠寺と関りを持つか、否か。
チューターにとって重要なのは、結局はその二択だ。
そう思えるまでになった。
関わり合いになるのを選んだならば、彼らにこれから先関わっていくのは裏西遠寺で、関わり合いにならないならば、楽しくゲームをすればいい。
自分たちは、あくまで「ゲーム」のやり方を教えたにすぎない。
そういう「駆け引き」ってある意味、チューターにとってのゲームだな、とも思う。
‥それを楽しむような余裕はまだないけど。
「チューターかあ、俺にはまだ無理ってか‥、これから先も出来る気はしないな」
家族の会話を自分から振ったのに、何となく、これ以上触れたくなくなったのは‥別に桂に気を遣ったからじゃ、ない。
あ、多分自分と桂は違うな。って直感で思ったから。
桂は、家族の中に居場所がないわけではない。
ただ、避けてるだけに過ぎないんだって。
「ふふ。これから梛も人生経験ってのが増えていくでしょ。そしたら、チューターのお仕事手伝ってくれたらたすかるわ」
お姉さん見たいな口調で言う。
桂は梛のことを子ども扱いしたりはしない。だけど、‥家族みたいに接する。
それが、かえって‥よそよそしい。
梛とチューターとして受け持ってる子たちは彼女の中で違う存在なんだろうか?
桂に『特別』ってあるのだろうか。
あんなに何もかもに無関心な柊の兄ちゃんは、楠に対しては執着を見せる。
柊の兄ちゃんにとって、(どういう関係と呼べばいいのかわからないけど)楠は特別。
それは、楠だって同じ。
あのいつもニコニコしてる楠は、‥柊さんの声が苦手。
‥隠してるつもりかもしれないけど、柊さんがしゃべる度に微妙に眉が動いてるの、気付いてるよ。
‥時々、びくってなってるしね。
初めはほんの偶然気付いただけだったんだけど、気にして見たら、いつもそうだから、「苦手なんだろうな」って思ったんだ。
「人生経験ねえ。今でもそこそこ積んではいる気はするなあ。‥少なくとも、そこいらの大学生程度には」
勉強して、働いて、同僚と議論して。
‥大学生とは、違うな。
「ふふ、もっといろいろな経験があるんじゃない? 楽しいこととか、悔しいこと‥。仕事以外のことでね」
それ、桂ちゃんが言っちゃうと、なんか違和感半端ないんだけど。
「私にはなかったけど、‥梛はまだ間に合う」
‥桂ちゃん。それ言っちゃうんだ‥。
‥それって、逃げてるだけなんだけど‥逃げてるだけに見えるんだけど、‥それ言っちゃうんだ。
「間に合う、のは桂ちゃんの方だよ。‥実家、戻ってみたら? GWにでも。一度話をしてみた方がいい‥。桂ちゃんは、俺を家族として扱ってくれる。‥その「家族」っていう概念を育んでくれたのは、間違いなくそこだよ。‥俺には分からない事だったから、‥正直、戸惑ってた。
だけど、桂ちゃんには戸惑いはなかったってことだよね? 」
年下の梛を当たり前の様に、『弟』として扱うことに対して、戸惑いはなかったってこと‥。
その一方で、『家族』といいながら、年の近い柊や楠や柳に対しては、一歩引いたところがある。
あんなに「異性」感ゼロのある意味「人畜無害」な奴らだのに。
柊が、美形だから緊張する?
柳が桂にする「女性扱い」に慣れない?
家族だというなら、それも個性って気にならないはずだ。
少なくとも、楠は桂ちゃんのこと同僚って扱いしてる。
まあ、妹っていうには年が近すぎるからね。
桂ちゃんがパートナーっていうのは‥、ごめん! 想像できない!
だって、俺の中で、楠ってやっぱり「お母さん」なのだから‥。
梛の家族は梛を必要としなかった。
目の端にも入れたくなくって、梛を拒絶した。‥そして、梛は行き場所をなくしてここに来た。
‥でも、西遠寺は偽善団体じゃない。
ここに梛が来れたのは、一重にここに来れるだけの才能があったからに過ぎない。
レアとしての資質がちょっと、そして、並外れた頭脳。
能力者としては少し足りない位な能力を補いうる程の頭脳。
そして、それこそが梛が今、ここにいることが出来ている理由。
西遠寺における桂と梛のポジションは、実は楠・柊・柳とは違う。
最も違うのは、その「能力」だ。
八卦のランクを見てみたらよく分かるんだけど、楠・柊・柳に比べて、桂・梛は若干低い。
レアであるのには違いないんだけど、「辛うじて」程度のものなんだ。
チューターとしてのアバターは、個人用に別に作られたから、本当のランクが分かるような容姿をしてはいないのだが、それは、そういった事実を隠すためもあった。
チューターに必要なのは、ランクとかそういったものじゃないしね。
西遠寺における陰陽師候補スカウトを目的とするゲームクリエイト会社『TAKAMAGAHARA』にスカウトされた、または入社を許可された者。
陰陽師になり得る能力を持っている者。それが楠・柊・柳の三人だった。‥元々は。
だけど、楠は「自分には、ここで役に立つ能力はない。でも、役に立つと言えば、僕は異能者は、見たら割とわかりますよ」と言ったという。‥でも、それは何となくそんな気もする。
邪眼の持ち主(天音談。ただし、そうかもしれないというだけの確信のないものだ)で、きっと向かうところ敵なしで、(実際にはそうなんだろうけど、楠はしないんだろうな)手の付けられない子供(筆頭は間違いなく柊の兄ちゃん! )のお守が上手いとか、サーチャーとして面倒見がいいとか。
楠は、どう考えても裏方向きだし、サポート側の人間だ。
それは、柳さんもそう。『西遠寺の仕事』が‥と言うより、西遠寺が大好きだ。
柊さんは‥まあ、力が強いのはわかるけど、ね‥って感じだし。
そもそも、楠さんいなくちゃ無理でしょう。
仕事どころか、日常生活も‥ヤバいかもしれない。
‥そんなだから、柊さんの家族は、柊さんを「持て余した」。
それは、俺と一緒。
俺も家族に「持て余された」
妹は‥小さな妹は俺がいたことを、大きく成ってから思い出したりするんだろうか? 両親は俺のことを妹に話したりするんだろうか?
‥両親は俺のことを思い出したりするんだろうか?
「家族、かあ」
ふう、とため息をついて桂ちゃんが呟く。
「家族ねえ」
と、その隣に座り梛も呟く。
「面倒くさくって、‥どうしたらいいかわかんない。だのに、‥どうして家族ってものを求めてしまうんだろうね」
その言葉に桂がちらり、と梛を見て、何を言っていいのか分からなかったのだろう、ちょっと、ほんのちょっと微かに笑って俯いた。
まあ、‥親に捨てられた子供にかける言葉なんて、浮かばないわな。
ここで、なんか「いい言葉」がするって出て来た方が、引くわ‥。
用意してたの? って勘繰っちゃう。「作った言葉なんだろうな」って思っちゃう。
作った言葉って、なんか、価値がないよね。Only you感ないよね。
「‥作れば、いいじゃんって言ってくれていいよ。ないのは、今更だから。‥でも、私たちがいるじゃんって言わないでくれて有難う。そんな気で接しられてたら、‥ちょっと引く」
そこで、口に出したら「押し付け」って思っちゃうじゃん?
「梛は、厳しいねえ‥」
「子供は、傷つき易いんだよ。それに、‥馬鹿だし、単純だし。残酷だ。だから、うっかり真面目に接すると、‥痛い目に合うよ」
こういう事、いうから、ダメなんだけどね~。
「真面目に接しなかったら、つむじを曲げる奴が何をいってるのさ。いいんだよ、傷つけ傷つけあうのは、‥僕らにはよくあることだろ」
いつの間に来ていたのか、楠が自分のパソコンを立ち上げながら言った。
それを、したくない奴の方が、世の中多いんだよ。
特に俺相手はね。
傷つけられることが多すぎる。
「ま、楠には、俺を傷つけられると思わないけどね」
にやり、と意地の悪い笑いを浮かべたら
「ふうん。‥じゃあ、もう、いいっか」
ちょっと首を傾げた、楠がちょっと眉をしかめる。
その顔はちょっと哀しそうで、ちょっと‥冷たい。
‥おうう。
さっきちょっと、があん、って来たぞ‥。
「嘘」
ふふ、と笑う線目の楠。
子供相手に、‥ってか、これ、恋人相手みたいだよね?! 拗ねる女子か!! ったく、楠ってちょっと‥。
‥どうかと思う!!
似合うのも、
‥どうかと思う!!
何を持て余すって‥。
俺も、‥多分柊さんも‥楠を持て余してる。いや、柊への想いを‥だ。
憧れて止まない母性に対する熱なんだか、‥はたまた幼い恋心なのかは分からない。(あ、恋心って言って、ラブ的なもんじゃないよ。憧れって奴だね)
そんな初めて感じる「想い」。そんな気持ちがモヤモヤして、でも、不快だって払って捨てきれなくて‥
そんな熱っぽさを、持て余すんだ‥。
「‥どした、梛。熱でもあるのか? 怒ったり、悩んだり‥。ああ、思春期って奴だな。‥まあ、悩め悩め」
からからと笑う柳さんが、‥憎いし羨ましい。
だけど、代わりたいとは思わない。
熱っぽさは、不快ではないし、考えるとき、俺は一歩一歩大人に近づいてる気になる。
熱っぽさを持て余すのは、
悪くない。
俺にとっては、‥とびっきり幸せな時間なんだ。
生きてるって実感できる時間なんだ。




