5.邪眼
「ふうん、楠がねえ」
休憩室。
データーベースの部屋で天音に会った梛が、「お茶でも飲みませんか? 」と誘ったのだ。
因みに、データベースルームは勿論の事ながら水分の持ち込み禁止。
データベースルームでの飲食なんてもってのほかです!
なので、自販機の置いてある休憩室で話をしている。
食堂ではなく、ちょっとしたミーティングに使われる部屋で、自販機と6人掛けの大きな机がおいてある部屋で、建物内に一階と二階にひとつづつある。
仕事関係のミーティングに使うのは主に一階にある分で、二階は職員の憩いの場的なもので、何故かゲーム機と大型テレビも置いてある。使用時には使用中の札をかければ、貸し切りの状態にすることも出来る。
だが、公共のスペースなので長時間の利用は、先に申請しておくのが決まりだ。
‥今日は、ちょっと他の人には聞かせたくない話になるかもしれないな。
梛は一応「使用中」の札を入り口に出しておいた。
「そうなんだ」
紙コップで天音は緑茶、梛はミルクティーを呑んでいる。
梛は、甘いミルクティ、それもホットを好んでよく飲んだ。
「俺とか柊さんは何ともなかったんだけどね‥あと、奈水流ちゃんも」
「なつる? 誰? 」
天音がコテンと首を傾げる。
「新しいレアの子。『那須君』っていう『震』の卦の子なんだけど、実際は女の子なんだ」
梛が頷いて、説明する。
天音はちょっと考えるような顔を一瞬して
「ふうん? 実際にも会ったことあるんだね。見に行ったの? 特別ランクが高かったのかな? 」
もう一度首をコテンと傾けた。
わざわざ楠たちが見に行ったってことは、「西遠寺がマークした」ってこと、それは多分、ランクだかが高いってことだろう。しかも、それだけでなく楠が何らかの接触を持ったという事は、「持たなければならない理由がその子にあった」ってことか?
何にせよ、そうしなければならない理由が彼女にあったんだろう。
女の子らしいが、楠たちだから、「ちょっとナンパした」とかは絶対ないと言い切れるところが悲しい。‥ない、奴らには、そういったことは、絶対ない。
「そおう。高いの! 俺の自慢のブロックが効かない程ね」
やっぱり‥そこら辺か。
しかも、興味を持ったって感じじゃない。
‥ブロックがかかっていない状態だから、気をつけて。って、警告‥だけじゃないわな‥
「そりゃ凄い。で、楠はその子に何て? 」
まあ、警告と、それに加えて対策は必須だろう。
まさか、二十四時間守りますとは言わないだろうが。
「ブロックの改良が出来るまでの間、会社の方であなたを保護させてもらいますって、GPS渡してた」
「‥ストーカーっぽいな。その子‥女の子なら嫌がっただろうて」
天音がドン引きした様な顔をする。
梛が頷く。
「そりゃあ、もう。でも、‥それについては納得してくれたみたい。楠が名刺まで出してたし」
ふんふん。
天音も頷く。
誠実で真面目でオカンな楠なら、誠心誠意説得するだろう。
だって危ないし。
そこで、梛がぷっと思い出し笑いをする。
「でも、その後。彼女は普通の子じゃない反応したんだ」
くくく、と笑う梛に天音は首を傾げる。
「普通の子じゃない? 」
未だくくくと笑いながら梛が頷く。
「柊の兄ちゃんにならまだしも、楠に対しても、私には貴方たちの色仕掛けは効かないって言って‥」
「へ? 楠がその子を口説いたのか? 」
天音は一瞬唖然とした顔をしてから、きゅっと眉をひそめた。
楠を非難して明らかに、不快な顔をする天音に、梛は首を振って否定した。
「まさか! そんなこと楠がすると思う? 」
「いや、‥思わんが、‥だが、奴も男だからな‥」
その梛の迫力にちょっと怯みながら、天音がそれでも「可能性」を口にした。
お子様な梛には分からないだろうが、楠も男なんだ、そんなこともあるかもしれない。‥オカンのように見ている楠のそういう面を認めるのは、だけど梛には嫌だろうな。とも思い直し、すぐ自分の言ったことを反省した。
「そういう感じでは、絶対になかった。‥あの場合、あれは‥奈水流って人が‥おかしかった」
当時を思い出したのか、梛が苦笑いをしながら言った。
‥どんなだ? 呆れる程か??
「はあ‥‥? 」
‥まあ、その現場を見ていないから分からないけど‥
天音は二三度首を捻った。
‥とにかく、楠が色目を使ったのではないのは、‥間違いがないということが言いたいのかな?
「楠が‥高校生に色目とか、‥ないわ‥」
「ああ、高校生だったのね」
‥自意識過剰タイプだったと。
‥いや、自己防衛かな。そりゃ、急に男に話しかけられたら自己防衛をするわな。
納得。
大いに納得した天音は
「自己防衛だろ。普通じゃないか? 」
梛にそう説明したのだが、梛に納得した様子はなかった。
‥絶対そんな感じじゃないって顔だ。
‥どんな感じだったんだろ、その奈水流って子。
「まあ、‥でも、あの言い方は‥とにかく‥変だったんだよなあ。あの場にいたら、きっと天音ちゃんも首を傾げたと思うよ。だから、「面白そう」って俺は思ったんだけど、楠さんは完璧苦手意識持っただろうね。そんな感じはした。ブロックの件は、さっさと片づけたいって感じだった。出来たらさっさと連絡してたし」
苦笑いしていた梛は、楠の態度を思い出したのか、最後はちょっと笑ってしまっていた。
「ほう。ブロックの改良はもうできたんじゃな」
天音は感心して梛を見た。
‥流石天才小学生。やる時は、やる。
「しないでか。直ぐ取り掛からせられたよ。もう、出来るまで楠が見張ってるの」
天音の感心した顔を見て、梛は得意そうな顔になる。
こういうところは、年相応の子供って感じがする。
‥それにしても‥
「楠が苦手って珍しいな」
あの、楠が、だ。
「ねえ。俺も思った。楠って外面はいいのにね」
梛も大いに同意する。
‥外面がいい、ってのは、まあ、言わないでおいてやって欲しい。‥外面だけじゃなくて、奴は十分alwaysいい奴だと思うんだけどね‥。まあ、そんなこと梛も分かっているだろう。親しさからの軽口だ。
「しかし‥ブロックが効かない、ねえ。そんだけ強い子がいたとは‥」
‥よく今まで西遠寺に目を付けられることもなく過ごしてきたな‥。
感心していた天音は、
「あ、でも、もう一人いたよ? 尊ちゃんって幽霊」
続いて聞こえてきた梛の言葉に一瞬凍った。
「幽霊? 尊?」
ゆっくり梛を見る。梛が大きく一つ頷く。
「誰が幽霊って? 」
「ん? ああ、楠」
‥楠には、尊が幽霊って分かったんだ。
‥しかも、やっぱりあの時楠は尊を見ていたんだ。‥ああ、全くややこしいな。偶然ってわけはないわな。見に行ったんだよな。わざわざ。‥ってことは、通報でもあったのかな、souls catchって奴か?
ったく、忌々しい。
「楠が幽霊だって言って、柊の兄ちゃんも「何となく普通とは違う」って」
思わず天音は黙って考え込んでしまっていたのだが、梛はそれについては特に気にしていないようだった。
幽霊な尊について語り続けている。
よっぽど印象に残っていたのだろう。
まあ、そりゃなあ。幽霊なんて普通いないわなあ(しかも、人間として暮らしてる幽霊なんて更にいないだろう)
「(楠はともかく柊まで‥)ふうん。なんか、怪しい行動してたの? 」
「いいや? 普通の可愛い子だったよ。しかも、一緒にいた子もレアだった」
「そりゃ、珍しいね‥」
‥あれ、優磨もレアだったか‥。
そういえば、しみじみとは‥見てないな。
まあ、坤の卦が強いなとは思ったんだよな。
そうか、レアだったか。
「その後、彼らに接触は? 」
「レベルが特別高かったのは、尊って子だったんだ。で、楠は「あの子は幽霊」っていって「スカウトには向いてない」「人間じゃないから」ってきっぱり言って‥で、そのまま。もう一人の子は、そうレベルが高くなかったってことかな。それっきり話は聞かないな」
‥助かった。
楠には後で礼でも言っておこう。
‥尊のことは正直放って置いて欲しいからな。
今後も継続して放って置いていただきたい。
「‥そりゃそうと、話が脱線した。今は、楠の話してたんだよな」
だから、天音は話を変えることにした。
‥ちょっと我の様子がおかしいってバレなかったかな?
「ああそうそう」
だけど、梛は何も言わずに尊の話を打ち切りにしてくれた。
‥ちょっと、察してくれたのかもしれない。
「あ、ミルクティー無くなった。どうしようかな、もう一杯飲もうかな」
梛がいつの間にか、空になったカップを見る。
結構話していたので、喉が渇いたのだろう。
しかも、甘いものって、別に喉を潤さないよね。
「やめとけ、寝れなくなるってオカンに叱られるぞ。喉が渇いたならお茶にしておけ」
「はいはい。楠オカンはうるさいからな。‥あの目は効かないけど」
ふふ、と笑う梛は、どこか嬉しそうだ。
つられて笑顔になった天音が小さく頷き、しかし、ちょっと考える顔になる。
あの目
さっき梛に聞いた、楠の催眠っぽい目の話だ。
「楠の‥あの目ね。‥邪眼なのかもしれないな」
ぼそり、と天音が口にする。
‥楠が「水の卦」だって知ってるから、「血液を瞬間的に凍らせてるんだよ」って事実を知らせてもいいんだろうけど‥ちょっとまずい気もする。
無いだろうけど、怖がらせてしまってもおかしくない。
そもそも、『たかが人間』にそれ程のことはまあ出来ないだろう。
‥梛には、楠が人間じゃないって‥知らせたくはない。知らせる必要がないなら‥知らせない方がいい。
「邪眼? 」
怪訝そうな目で梛が天音を見る。
‥何それ物騒な‥。
「うん。evil eyeっていってね、呪いの目‥っていえばいいかな、悪意を持って睨み付けることによって、対象者に呪いをかけるって目‥。だけど、呪いまでも行かなくても、対象者の意志に関係なく、対象者に影響を及ぼすってのは、邪眼って言えないでもないんじゃないかな」
考えながら、天音がぽつりと言うと
「‥楠は、悪いことをしようなんて思ってないよ」
明らかに、梛からピリピリとした感情が伝わってくる。
「明らかに意図して使えば、悪いこと‥だと思うけど。催眠‥威嚇かな。まあ、いい傾向じゃないから今度楠には注意しておく」
梛が楠を庇う気持ちは分かるが、‥いい傾向ではないのは確かだ。
それが、悪用しているものではないにしても、‥意図して使っている以上、アウトだ。
しかし、‥魔王みたいな目つきで、邪眼か‥。
‥全く。
「‥天音ちゃんって、楠の保護者みたいだね。楠も時々相談したりしてるし、‥敬語だし」
あれこれ考えながらため息をついていた天音を、梛がどこか困った様な戸惑ったような‥なんともいえない様な顔で見た。
‥まあ、どう見ても我の方が年下だしな。
天音は苦笑いして‥誤魔化した。
「はは、我が偉そうな口調だから、つい敬語になってしまうのかねえ。つられるんじゃないか? 」
一応言い訳もしておく。
「そういうもんかな」
‥うむ。誤魔化されてない。
‥思いっきり不審な顔をしておる。
「そういうもんじゃろ? 」
‥駄目押しじゃ。
秘儀・押し切れ戦法。
「‥天音ちゃんと楠が結婚したら、絶対楠、尻にしかれるんだろうなあ‥」
‥おいぃ!
気色悪いこと考えないで!!
「ない。絶対に、そういうことは、ない」
子供の他愛もない戯言じゃが‥。我の尊厳と、神経の為に‥
きっぱりと否定させてもらうぞ!!




