4.上司・柳と‥
「柳さん、今後の対策を一緒に考えて下さい! 」
仕事って自分で言っておいて、いつも通り「柳の兄ちゃん」って呼ぶのも、どうだ。
それって、甘えじゃない?
で、「柳さん」って呼んでみた梛を柳は「お? 」っとちょっと驚いたような顔で梛を見た。
でも、それは一瞬だけで、どうやら梛の意図を正確に読み取ったらしい。にこ、っと笑って梛の横の席に座った。
「で、どうやるんですか? 」
梛が、神妙な顔で頷いて、椅子を回し身体ごと柳の方に向ける。
「どうって。普通に、「間違いを認める」よ? 」
ちょっと首を傾げて、柳がさも当たり前のように言い、ふっと微笑み、ぽんと梛の頭に手をおく。
「大丈夫。ちょっと落ち着こう? 」
と、梛の目を覗き込む。
‥口調はしっかりしているが、さっきから、梛はすごく緊張している。
今も、柳にしっかり合わせている瞳がちょっと不安げに揺れている。
普段は大人みたいな口をきいている梛が、だけど本当はまだほんの子供だってことを、改めて知らされた様な気がした。
‥大人の俺たちがしっかりしないとな。
柳は、心の中で、ため息をつき、梛の頭に乗せた手をぽん、とはじいて「じゃあ、やるか! 」と、目の前のパソコンを立ち上げた。
因みに、今回も柳が座っているのは、楠の席だ。(楠の席は、梛の横だから必然的にそうなる)柳は普段、本部の方にいることが多いし、パソコンも自室でノートパソコンを打っている方が多い。だから、ここの事務所での自分のパソコンっていうのは、殆ど触った覚えがない。
でも、一応ある。
今後、新人さんが来たら、速攻譲れる気分でいっぱいだが。
この事務所には、広めの長机に2つづつ置かれたパソコンが、向かい合わせで机二台分ずつ、計8台置かれている。
現在この事務所には5人しかいないので、パソコンは3台余っているが、その内2台は、梛と桂がプログラミング用に使っている。(それだけ、ちょっと使ってるOSが違うみたいだ。(専用機にしている)そのOSは、桂がインストールしたらしい。外付けのハードディスクもついてて、なんか物々しい様相をしている)
その物々しいのは向かい合わせで(入り口から見て)奥に二台、その他の六台は奥から桂・梛・楠の順、その向かいは奥から空き・柊・柳の順。
柊は殆どパソコンを触らないし(触れないわけではないらしい)柳はさっき言った通りなので、向かい側は殆どパソコンが使われていないことになる。
‥プリンタやコピー機はその後ろにあるわけなんだけど‥。
プリンタは白黒(単色)のレーザープリンターが一台、カラーのインクジェットプリンターが一台置いてある。ここではそう枚数をプリントアウトすることはないので、業務用の大きいものでは無く、小さい分だ。コピーは、コピー室でするからここにはない。
「間違いを認める? 」
梛が首を傾げる。
それって会社的にいいのかな‥。
と思ったのだ。
「誠実にね」
にこりと柳が微笑む。
自動ドアが開いた音が響き、
ぎい、と椅子の軋む音が小さくして、梛の向かい側に人が座る気配がした。
「僕も手伝います」
パソコン越しに、目を線にして微笑む楠が顔を出す。
「楠さん‥」
その嘘くさい笑顔に、今日はちょっと安心する。
「楠」
柳も穏やかに微笑んだ。
‥柳の兄ちゃんにまた席を乗っ取られてるから、今日は柳さんの席に座るんだね‥。
そんなことは結構よくあり、そういう時いつもなら、椅子だけ持ってきて、梛の後ろに座るのだが、今日はパソコンがいる。それで、楠さんのパソコンを立ち上げ
‥何にも入っていないパソコンに一瞬絶句した。
「すみません、柳さん席をちょっと代わってもらえます? 」
‥そうだよね。「楠さん」はそのパソコンにはいないよね。
「‥ノート取ってくる」
‥柳の兄ちゃんもちょっと、やっぱり混乱してたらしい。
‥そうだよね。「柳さん」もそこにはいないよね。
まず、翔が那須のワールドにログインする。
「翔君! 」
嬉しそうに翔に駆け寄って来た那須は、しかし翔と一緒に来ている人物に目を見開いて、足を止めた。
首を傾げて初対面の人物を観察する。
私服か?
第一印象は、その一言だった。
‥誰だろう。明らかに他のアバターと違う。
白いカッター、生成りの綿パン、眼鏡‥。
落ち着いた印象の若い男性だ。
この特徴は聞いたことがある‥。
そして
「柳さん?? 」
と、その思った通りの名前を言ったのは、
Myフェアリー・アズマ先輩だった。
‥やっぱり「柳さん」。
‥だけど何でここに?
「ええと‥」
那須が戸惑っていると、
「運営から連絡があって、‥恥ずかしながら初めてミスに気付きました。私が、翔君のお手伝いに入るはずだった柳です」
柳が那須に深い礼をする。
「あなたがご察しの通り、私たちは、初めてSouls gateにログインされる方のサポートをする為に、運営からの依頼で初めからメンバーとして入っているのです」
柳は誠実な口調で那須に説明する。
100%正しくはないが、まあ、そういう設定にするってことだろう。
誠実かって言われると、ちょっと微妙だけど。
梛はそんなこと思いながら、黙って柳の横に立っていた。
部下的には、後ろに立ちたいんだけど、今の梛と柳の関係はユーザーと運営。
知り合いとも気付かれるわけにはいかない。
「はあ‥」
那須は、完全に面食らったような顔をしている。
‥成功だ。
柳は、心の中だけで一度頷いた。
‥このまま煙にまこう。
柳は、結構、雑。
‥スーパーサラリーマンではない様だ。
「ですが、私のミスで翔君のお手伝いが誰も入っていなかったんです」
「柳さん」が困った様な顔をする。
「はい‥」
「あなたが疑問に思われるのも、無理はないです。あの後、すぐに翔君から問い合わせが来て、今回の発見につながりました」
「はい」
ぐいぐいと一方的に説明する柳に那須は、呆気に取られて相槌を打つことしかできない。
柳は話終わると、すっと視線を落として、もう一度謝った。
そこで、アズマが心配そうに「柳さん」の横に立つ。「柳さん」は、アズマ「に」小さく頷く。
「最低だ。‥俺にはもう依頼は来ないだろうって覚悟はしてる」
ぼそっと、「柳さん」がアズマに言う。
‥「子飼い」のアズマの情に訴える作戦か‥。
梛は、パソコンの前で絶句した。
‥とにかく、雑だな。
梛ドン引き。
「そんな」
‥ああ、アズマさんが困った様な顔をしている。
‥でも、まさかあれには‥引っかからないだろう。
「‥僕が、手伝います。翔君も、那須君と一緒に聞いてて? 僕が説明するから」
‥引っかかった。
‥何ていい奴なんだ。
後で柳が「アズマ‥水沢君は、世話好きでしっかりした男子高生なんだ。科学部の部長さんなんだよ」と教えてくれた。しかも、すごく頭がいいらしい。(‥どんなスーパー高校生だよ。これで、背が高くて顔が良かったら嫌味でしかないね!! )
‥そんな善良な市民を巻き込むの止めようよ‥。多分、彼ちょっと世間知らずなとこあるんだよね? まあ、まだ高校生だしね。‥普通の高校生だろうしね?
知ってたけど、知ってたんですけど‥。柳さんってちょっと‥。ねえ。
「有難う」
有難う(しんみり)じゃないよ!!
柳、退場。
まあ。自分の担当じゃない子のワールドだし、これ以上いるのもまずかろうがね? 。
今回、相手方が疑惑に思ってたことを、さらっと「こっち側」が口にすることで、それ以上深く考える動きを逸らしたってわけか。
分からなかったら、いろいろ考えちゃうもんね?
まあ、今回のことを教訓にもうちょっと「事前の口裏合わせ」だとか「マニュアル」を作らねばなるまい。
‥うかつだった。
ため息をついて、柳は席を立った。
マニュアルを作るにしても、ここはちょっと落ち着かない。
「コーヒー飲んでくる」
ディスプレイを未だ睨んでいる梛ではなく、横に座る楠に言い置いて、柳は研究室を後にした。楠は口角を小さく上げて、軽く頷いた。
「あれは‥誠実だったんだろうか」
梛は不満げな顔をしている。
「ん~まあ、後の説明は僕がすることになるんだろうね~。那須君、今は何となく頷いちゃったけど‥って感じじゃない? 」
「そうだね‥。まあ、初対面の人だったしね」
ふう、と梛がため息をつく。
で、那須の今後うかんできた疑問は必然的に担当者の楠に‥か。
そして、この先アズマに対するフォローをするのは、柳さんだ。
あの様子だったら、近いうちにフォローを入れるんだろう。
そういうところは、ぬかりはなさそう。
「チューターって大変だね」
「ここで、信頼関係を築いていかなくちゃならないからね。さて、どのタイミングで入ればいいものやら」
うーん、と楠が首を捻る。
働くってのは、大変だ。
数字やら結果以上に、「相手」がいる。
「相手」は、勿論自分の思い通りには動いてくれないし、自分が思いもつかないところを気にしたり疑問に思ったりする。
こっちの利益が‥目的を果たすのが優先。だけど、その為には、相手に不満を持たせちゃ駄目ってことで‥。
「ま。失敗しながらやってくしかないわな。その度、「でも、これは仕事で、全部自分が責任を持つ」って投げ出したりしないこと。それを僕は第一に考えてるよ」
思えば、楠だって学生だ。
梛より年上だって言ったって、今まで働いたことはない。
‥人生経験かあ。
何かあった時に
「でも、自分のことは自分の責任。何とかしなきゃ」
って逃げない、パニくらない。
それって、‥人生経験も必要。それ以前に‥度胸が大事。
逃げ癖がついてたら、いざとなった時に、前が向けない。
前を向いて、前を睨み付けるのって、結構度胸がいる。体力や根性や‥慣れも、ね。
人生経験ってのは、じっとパソコン見てても身につかないわけで‥。
学校に行け、って言った楠の気持ちが、何となく分かった梛だった。




