3.彼女の正体
「臣霊じゃないなら、何さ」
研究所に帰った三人は、楠のパソコンの周りに集まった。パソコンの前に座るのは楠で、さっきスマホで撮った写真をパソコンに取り込んでいく。
「尊ちゃん」を切り取って拡大する楠の手元を横から覗きながら梛が聞く。
ちなみに、臣霊とは西遠寺の秘術の一つで、術者が作り出した式神の様なものだ。式神と違い、実体はなく、術者にしか見えない。
術者の展開する術のサポートが主な役割で、術者が教えればどんな術でもマスターできるハイスペックな式神だ。時々、意識のないものの体を乗っ取ったりもする。
大変気まぐれで、作った術者といえど気に入らなければ、服従しない。しかし、気に入ってマスターと認めた者を溺愛し、細々と世話を焼いたりする。お互いに信頼関係があれば、「守護臣霊」と呼ばれる存在になるらしい。(守護霊みたいなものかな? )
秘術中の秘術で、作れる術者も少ないらしい。
楠たちもその名称を聞き知っているだけで、実際に見たことはない。
‥見えないものだっていうから、見たことがないのは当たり前だけど。
「幽霊、じゃないかな」
と、楠。
「幽霊~? 」
ぷ、と梛が噴出した。
「こんな白昼堂々? しかも、お友達もいたみたいだけど」
いつもの小馬鹿にしたような態度だが、楠はもう慣れた。「そういう態度は良くないよ。人間として」と忠告するほど、楠たちは他の人間と関わることはない。それに、梛だってそれをしてはまずい人間がいること位心得ている。
色々と聡い子供だから。
「生霊の仲間みたいなもんだと思う。怨念じゃない、何か強い力で生み出された、ね」
尊の画像の目を更に拡大し、網膜を識別する。
「ん。‥この目。やっぱり見せかけだけで、目の働きなんかはないな。見えてるわけではなく、感じているに過ぎないんだろうな。機械って感じではなかったけど‥」
「で、生霊か」
背中からパソコンを覗き込んでいた、柊が低く呟く。
‥うわぁ。やっぱり、ぞくっとしたぁ。
楠は思わず身震いした。
「ま、‥まさかぁ」
梛が、ごくり、と唾をのむ。
「臣霊だって、そうはかわんないと思うけど」
楠が首を傾げる。意図して創られた霊だよ。凄くない? 生霊って「出来ました」って感じだけど。
しかしながら、実は臣霊も「意図して創られたわけではなく」「何でか出来た」ものだから、何ともいえない。
でも、そんなこと製作者は恥ずかしくって言わないから、西遠寺の中でも製作者しか知らない事だろう。
「あれをつくった術者がいるってことか」
柊がまた低く呟いた。
また、楠はぞくっとする。
‥もうほんと、やめて欲しい。筆談とか、って駄目かなぁ。梛とかは平気なのかな。一度聞いてみたい。
「つくった‥。あのお友達の子かな? 」
梛がもう一人の女の子を指さして聞いた。
楠が首を振る。
「生霊みたいなもん、って言ったでしょ。多分、あれにそっくりだと思う」
「どこにいるの? 」
梛が首を傾げる。
「分からない。でも、「あの顔にそっくりの子」で探せないかな」
「どんな凄腕探偵だ」
梛が呆れた顔をする。
「そんなに離れたところにいないと思うよ」
「‥どうしたの、楠くん。なんか考え事? 」
大学から帰って来たのだろう。楠の後ろに立っていた柊に並んで、桂が楠のパソコンを覗き込んだ。柊と並ぶと柊の胸位に頭が来る。桂は背が大きくない。
「ん? あ、お帰り! 」
梛に軽く頷くと、鞄をロッカーに入れに行く。
身体も細くって凹凸が少ないどちらかというと幼児体形。長い髪の毛はいつも一つに括っている地味な容姿で、女性としての魅力が外見にあるとは、決して言い難い。「こんな人同じ大学にいたっけ」って同学年・同学部の人に言われてしまうタイプ。だけどその頭脳はその容姿と異なりずば抜けている。(本人が超地味だからそれすら気付かれていないけど)
しかしながら、教授の評価は絶大で、卒業後の研究室への残留要請はちょっとしつこすぎる位だ。
だけど、西遠寺にいても研究は出来る。いや、西遠寺が有益だと認めた研究についての研究費その他についての支出は、惜しまないだろうから、西遠寺以上に整った環境はない。
だから、研究テーマの決まった彼女にとって、研究所に残るメリットはない。
大学に行ったのは「自分の心の中にある、何かを形にしたいがどういう風にしたらいいのかわからない」という不満を解消する為に過ぎない。
この、理系っぽくない考え方。彼女はもともと、文系の畑の人間だった。今の専攻は楠と同じ情報だけど、それ以前には、国文学の学士も持っている。
古代の神々をテーマにしている、ゲーム『Souls gate』のアイデアを出したのも、彼女だ。
「あ、桂さん」
楠は、さっきまで開けていた鋭い黄色の瞳を閉じて振り向いて、いつもの愛想のいい笑顔を浮かべる。 今更なのは、今まで気付いていなかったからだろう。
楠は集中すると、まわりに関心がいかなくなる。
「コーヒー飲むけど、飲む? 」
桂が微笑むでもなく、でも、穏やかな口調で尋ねた。
桂はコミュニケーションが不器用で愛想も良くないが、決して不愛想ではない。
地味で普通の親切な人。だ。
世間に紛れて消えてしまわなくって良かった。
と、彼女をここにスカウトした楠は、今更のように「グッジョブ自分」とつくづく思う。宝石の原石を発掘したとはまさにこのことだ。
「あ、僕もお願いします」
愛想のいい笑顔で言う。
‥こういう、条件反射な笑顔、ホント嫌になる。特に桂さんみたいな「純粋」な人の前だと、薄汚れてる気がする。
楠は、今日も心でちょっと自嘲する。
「俺も~。桂ちゃん。冷蔵庫にさっき買ってきたプリンあるよ~」
梛は、動物の勘なのかどうかわからないけれど、桂さんがいい人だってのが分かるらしい。桂さんにはまるで姉かのように懐いている。
(じゃあ、僕に対してあの態度なのも、動物の勘で「ちょろい」とか馬鹿にされているのか?? )
「いいわね。柊さんの分もいれていい? ミルク多めに入れておくわね」
桂がちょっと笑ったように見えた。わかりにくいんだけど、長く一緒にいる様になって分かって来た彼女の表情の動きを、楠は割とよく見ていた。
それは、桂に限ったことではない。柊のことだって梛の事だって、口には出さないけれど楠は穏やかな視線でよく見ている。梛がぼんやりしていると、ただ横にぼんやり座ったりするし、柊が機嫌が悪かったら、機嫌の悪い原因追及を手伝ったりする。柊は自分でも訳が分からず機嫌が悪い時があるんだ。(それも結構頻繁に)そんなとき、隣でじっと話を聞いて頭の中を整理してやるのは楠だ。
梛の楠に対する人物評価「懲りないお人よし」は悪口ではない。(楠には悪口にきこえているみたいだけど)
柊が黙って頷く。相変わらず、口元すら緩むことはない。
柊が不機嫌か不機嫌でないかを判別するのは、表情ではない。
不機嫌でも、柊の表情は変わらない。
「気配」
って楠はいう。
梛にとって、それはよくわからないんだけど、確かに、時々やけに意味もなくイライラする時がある。
「イライラがうつるから、今は柊さんの近くに行っちゃだめ」
って楠が言うのも‥なんとなく、「そうかも」って思う。
‥柊さんのイライラは、うつる。
楠以外には。
それは、梛にとって不思議だったけど、「楠ならあり得るかも」とも思った。
「それと、砂糖もだね」
楠は、立って戸棚から砂糖の容器を持ってくる。自分が使うわけではない。楠はブラックを好む。
‥柊さんは、ブラックコーヒーとか飲めないんだ。
皆覚えてるからわざわざ言わないけど。
だけど、見た目と違って感はあるよね。
いつもの愛想笑いではなく、ふわりと意識せず笑い、楠が砂糖の容器を開ける。
黙ってても分かる。こういうの家族っぽくていい。
そういうのに憧れていた楠はそれがうれしい。
「いい香りだね。俺ももらっていい? 」
正面の自動ドアが開き、入って来たのは柳だった。
これで、この部屋の住人が総て揃った。
「柳さん」
柳は、今時の若者風なのは見かけだけで、その実、ホントにしっかりしている。柊みたいに、年中無表情でもないし、梛みたいにとんがって好戦的でもない。(大人として当たり前か)
適切な距離を取って僕らと接してるって感じ。
‥人との距離を上手く取れない僕たち他のメンバーとはその辺が違う。メンバーの一員というよりは、このチームのスタッフみたいな感じ。
楠は柳についてこう評価していた。
「あ、柳兄ちゃん」
梛が柳を見る。
兄ちゃんと呼んでいるからといって、特に慕っているわけでもない。ちょっと気に入った大人、位なんじゃないかな? 梛が懐いているのは、どちらかというと「柊兄ちゃん」だ。優しいっていってたし。
‥柊さんの優しさなんて想像できないけど‥。
しかも、僕は、「楠ぃ」で、タメ扱いだけどね!
‥そういえば、桂さんは「桂ちゃん」で、「桂姉ちゃん」とかじゃないな。あんなに懐いてるのに変なの。
楠は、ちょっと首を傾げた。
‥まあ、それはそれ。
ちょうど柳が来たので、楠は仕事モードに入る。
「柳さん。さっきレアと遭遇しましたよ」
「端末から連絡あったの? 」
楠が首を振る。
「『souls catch』からの情報です」