3.興味
「俺、あの子の八卦表に入っちゃおうっかなあ」
帰って来た楠は、研究室に帰らず、その足で柳に奈水流のことを報告しに行った。
受付で、柳が本部にいると聞いたからだ。
梛と柊は研究室に所謂「直帰」だ。
備え付けのウォーターサーバーから水を汲んで、梛が「柊さんくつろぎスペース」の端っこに腰を掛ける。
柊も、靴を脱いで畳に上がってくると、のっそりと横になり
「‥チューターは、まだ梛には無理だ」
ちらりと梛を見る。
「チューターとしてじゃなくって、一般のレアユーザーとして、さあ」
ふふ、と梛が口元だけで笑う。
「ふうん? 」
「‥ただいま。あら、エクレア? 梛君のお土産? 」
大学から、いつも通り真っ直ぐ帰って来た桂が、ウォーターサーバーの横に置かれたケーキの箱に気付いて、中をちらりと覗く。
「うん。桂ちゃん好きかなって」
にこ、と梛が笑う。
ふふ、と若干桂が微笑んだので、
「よかった♡」
梛も微笑み返す。
桂は、コーヒーに砂糖を入れないくせに、実はプリンやらチョコレートが好きだ。
だけど、ケーキ屋さんに行くのは、緊張するから行きたくない。
‥あの、女子っぽいキラキラした空間に入るのは‥ちょっと勇気がいる。
梛は、同級生たちとコミュニケーションをとるのは苦手だが、お店の人に愛想よくするのは別に苦にならない。なんなら世間話だって出来る位。
二度と会わなくていい人との会話って、別に苦手も得意もない。
「‥梛が好きなんだろ」
ぼそ、っと言った柊だって、甘いものは好きだ。
梛は、生クリームは苦手なんだけど、柊は甘いものなら全般的に好きだ。‥お酒より、寧ろ甘いものタイプの大人なんだ。
「楠は、あんまり甘いもの食べないよね。‥間食とかしてるのあんまり見たことない」
梛がエクレアを三つ箱から出して柊と桂に配る。
「お酒を飲むのも、‥想像できないけどね」
エクレアを会釈で受け取りながら、桂が、ふふと笑う。
うんうん、と柊が頷く。
梛は首を傾げ
「柊さんは飲むの? 」
柊を見る。
「飲んだこともない」
エクレアをかじりながら、柊は梛の方を見るでもなく素っ気なく答える。
飲むという選択肢すら与えられてなかった。
最低限飢えさせない、って条件には、お酒って入らないでしょ。
お酒なんて飲んで、余計に暴れたらどうするんだ。って思ったんだろう。
時々、甘いもの位は出たけど、それも時々だ。
両親にとって、長男が何を好きか、かなんて問題じゃなかったんだ。
暴れるのを恐れてたけど、別に機嫌を取るわけではない。ただ、臭いものには蓋を式に、使用人に長男を任せ、ただ見ないようにしていただけだ。
「そこまで(当主夫婦に)関心を持たれてない長男」を憐みの目で見るものはいても、所詮そんなもの、それ以上の関心を持つ者なんていなかった。
だから、食事を持ってきた使用人が「今日はどうでした? 」「何が好きですか? 」と聞くこともなければ、「今日のおかずは美味しかった」「あれは、嫌いだ」って柊が言うこともない。
そんな程度の関係。
「へえ! でも、実は‥私もそう。一人で飲むってことないよね」
は、桂。
友達はもともと少ない。小学・中学とそれぞれ、なんとなく一緒にいた者はいたが、「いた」に過ぎず、高校になったら、自然に関係が切れた。それは高校も同じ。
虐められていた、とか、一人ボッチだったってわけではないが、「その時、一緒にいるだけの関係」でしかない。
大学になったら、一緒にいる必要もなくなった。
毎日同じメンバーで授業を受けるってわけじゃないんだ。
そうなるのは、必然だった。‥自分からわざわざ望まないと、大学で友達なんてできるもんじゃない。
だから、一緒に酒どころか、食事をする様な友達もいない。
だけど、それを嫌だとか寂しいだとか、思ったことは勿論ない。
そんな風に、酒を飲んだこともない二人だが、事情は勿論違ったみたいだ。
「はは、俺が大人になったら二人に付き合ってあげるね」
梛がそんな二人を気遣う。
‥変な気を遣われて、二人とも微妙な顔をするんだけど‥。
だけど、そんな風で、同じ方向を向いていないながらも
この三人は、普通に、仲がいい。
結構いつもこんな感じなんだ。
「‥あんまり飲みたいとも思わないんだよねえ‥」
クリームが垂れるからだろう。大きな口でエクレアを頬張る桂を見て、「桂ちゃんならそんな感じだね」と梛は頷き、後ろで寝転がっている柊も頷く。
手にクリームが付いているのを見て、「お」とちょっと恥ずかしそうにこっそり舐めるのが、‥なんか可愛い。
おお。柊の兄ちゃんってば流行りのスイート男子。
「ん? 何の話? 」
自動扉が開いて、楠が研究室に入って来た。
「あ、楠。エクレア食べる? 」
梛が、笑顔で楠を迎えながら聞いた。
「ありがと」
楠が自分の机に書類を置きながら、梛にちょっと微笑んだ。
「‥食べれるんだ。甘いもの」
梛は、ちょっと意外そうに楠を見る。
‥断られると、(自分で言ったけど)普通に思ってた‥。
「チョコレートは好きなんだ。え? 僕が食べて足りる? 」
梛の様子に、楠が気を遣う。
は、と直ぐに梛は、顔をいつもの顔に戻す。
‥いけないいけない。普通に驚いただけなんだけど、「一応聞いては見たけど、要らないでしょ? 」って言ったと思われてる‥。楠は、すぐそういうふうに「変に勘繰る」から‥。
と、自分を反省する。
「人数分買ってます~。俺をやな奴みたいに思わないで~。しかも、今日はいっぱい買ってきたんだよね~」
と言って、最後はちょっとにやにやしてしまう。
そうそう、今日はちょっとやってみたかったことやったんだ!
「あはは、なにそれ」
楽しそうな梛の様子に、楠もつられて笑顔になる。
「エクレアが8つ売ってたんだ。で、僕らが5つでしょ。で、残りが3つになっちゃうじゃん? でも、一般家庭だったら、買うとしたら、4つじゃない。‥3つがそのまま売れ残ったらどうしよう‥って、全部買い占めちゃった」
買占め、やってみたかったんだよね~。大人みたいじゃない?
って笑う。
‥梛の「大人みたい」ってなんだろ‥。
「三人家族の人もいると思うけど‥」
‥ほら、桂ちゃんも変な顔してるし。
「‥稀だろ」
梛木が頬をぷーと膨らます。
「‥買いたかったなら、別にいいじゃない」
ぼつり、と柊も‥冷たい。
‥そういう話じゃないんだよなあ~。まあ。うちの大人どもには俺のロマンは分かんないや!
「まあ、そうだけどさあ~」
更に頬を膨らます梛を、楠が微笑んでくすくす笑う。
「「「お」」」
いつもの完璧な笑顔じゃない、素直な素朴な‥つい思わずって笑い。
‥癒される‥。
そんな、楠にはレアな表情に、つい和む三人だった。
「柳の兄ちゃんもこっちに来る? 」
エクレアの残りは、4つ。冷蔵庫にいれるとなると、この箱は大きくて邪魔だからつぶして中身だけにしたい。
でも、4つか。微妙。
梛はそんな、何でもないことを考えながら聞いた。
「ん? 今から会議らしいから、来るとしたら夕方かな。なんで? 」
それに真面目に答えながら、楠はエクレアに齧りついた。
桂と同じタイプ。
クリームが垂れないように大きく齧る。
‥柊はそれをしなかったから、クリームが垂れた。
結局舐めた自分の手が気になってその後手を洗いに行っていた。
‥観察していると、柊は地味に面白い。
「ああ、エクレア」
梛が頷く。
「ああ。冷蔵庫にいれとこうか。チョコレート溶けると悪いし」
‥そうだけど、4つって入りにくいんだよね。‥皿に。
ここにあるのは、中皿が10枚。差し入れのケーキなんかを食べるのに使うくらいだ。
2つづつにして、ラップかな。‥3つだったらギリギリ一枚の皿に入るんだけどな。
‥もう一個食べちゃうかな。
「柳の兄ちゃんは、奈水流ちゃんのこと、なんて? 」
頭で考えてるのは、主にエクレアなんだけど、一応仕事っぽい話をしてみた。
楠は真面目だから。
「ん? 」
エクレアを食べ終わった楠が親指についたチョコレートをちょっと舐める。
そして、それ(指を舐めたことと、舐めたままの指でいること)が気になったらしく、手を洗いに行く。
‥この行動パターン、さっき見たな。
「そもそもなんて説明した? 」
「別に。見たまんま。まあ、ちょっと僕の感想として、「西遠寺っぽくない」とだけ‥」
楠の珍しく歯切れの悪い言葉に、柊も頷く。
梛はふふ、とつい笑ってしまう。
「そう? 俺は面白いかなって思ったけど。‥楠は苦手そうだよねえ」
ちらり、と柊を見て
「柊の兄ちゃんも、かあ」
と、また笑う。唯一彼女を見ていない桂だけが、「へえ」と楠と柊を見比べていた。
‥良くも悪くも、この二人の印象に残るってのは、‥ちょっと面白い。
梛は目を細めて楠と柊を見た。




