8.楠との出会い
翌日僕は、
「アズマ先輩~。来られてませんか~? って、なんちゃって。楽しみ~。先輩に一番に見せるんだ~」
うきうきとフィールド内をくるりと一回りした。
僕の視界に合わせる様に、画面が360度回転する。
くす。
笑い声に気付くと、そこには、凄い美人さんが居た。
あ、‥この美人さんには見覚えがある。
『楠さん』
だ。
動いているの見たら、ホントに美人さんだなあ。
一瞬見惚れて言葉を失ってしまった。
アズマ先輩みたいに『可愛い』ではない。そこにいたのは、正統派の美人だった。
長くて黒い髪の毛に、金色に近い黄色い瞳。少し高めの身長に細くて長い肢体。道着の様な服を着ていて、身体の線は良くわからない。
‥はて、この人は女の人なんだろうか、男の人なんだろうか。
中の人っていう意味じゃなくて、『楠さん』の設定が分からない。
『坎』の卦で、男性だろうとは思うんだけど‥。
声とかで判断できるかと思ったけど、さっきから一言も話してくれないし。
‥だけどこの美人さん、ホントにまっ平らだな。普段『そんなところ』見ないけど‥。そうか、男女がどっちかわからない時って、つい見ちゃうんだな。判断材料として。
多分、じろじろ見ていたんだろう。
楠さんが、不思議そうにちょっと首を傾げた。
ああ! 失礼なことを!
「あ! 貴女が楠さんですね! 」
「初めまして。那須です」
‥あ、設定するの忘れてた。「初めまして」も良く使うし、寧ろ重要でしょう!?
奈水流は、「まずい」と気付いたが、まあ、今はどうしようもない。
那須は驚くほど、無表情で自己紹介した。
‥怖い。
楠がちょっと引きつる。
挽回だ!
「こんにちは! 」
と、那須君はさっきまでの無表情から一転、半笑いで腕を半分あげた。
‥操り人形か!
気持ち悪さ、半端ない。
で、楠さんを更に固まらせる結果になってしまった。
「こんにちは。私は楠です。ここでは、アズマちゃん同様私も先輩だから、分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」
さっきまでの僕の茶番なんて、全く気にしていない様に優しく微笑むと、楠さんが聞いた。
「いえ」
僕も、全く気にしてませんよ、という様に無表情に答える。
『リアル』じゃないって言うのは、本当にありがたい。パソコンの前では、今僕は大変なことになっているけど、‥本当にありがたい。
‥いや、無表情を希望しているわけじゃ、ないの。
設定してないからなの。
そんなこんなで、僕は浮かれてもう、昨日からホントに変だった。
‥リアルで何か悩みがあるわけでもないけど、リアルじゃ出来ない、楽しさをそこに感じて、僕はそこにリアル以上の楽しみを見出しつつあったんだ。
「ううむ‥」
那須がログアウトしたらしいsouls gateを自分もログアウトしながら、楠は腕を組んだ。
‥普通の子って、感じだなあ。レベルは、今までの子より始めから高いんだけど‥、こう、『特別』感はない。
純粋に初めての、souls gateを楽しんでますって感じ。
これは、‥安心なのか安心じゃないのか。
これからsouls gateが彼女に与える影響についても考える。
‥生活に関わってくる、って意味で、初めは特に慎重にならなきゃいけないからね。
ただの、「生活のちょっとした息抜き」に使える子だったら心配はない。
リアルよりsouls gateの世界の方がいいってどっぷりつかっちゃうんだったら、困る。
レアのプレーヤーってのは、一般のプレーヤーから「ちやほや」されやすい環境にある。その結果、変な話「自分って凄い」って勘違いしちゃって、souls gateにのめり込んで、リアルよりこっちの世界を選んじゃう‥、そういうことは容易に想像がつく。
だから、レアのプレーヤーを一般のプレーヤーと分けているんだ。
個別に育成したいから、
という理由以上に、トラブルを避けるため。
‥社会問題になるのは、困るから。
その点で言うと、今は割と悪い状態だね。
問題になれば、調べようとする輩だって出てくるわけで、西遠寺にまではまあ、行きつくことは無いだろうけど。
だから、一番気を遣う。
それ以上に、レアな子ってのは『特別』で、特別に傷つきやすかったり、特別に自尊心が強かったり、‥まあいう心配な子が多いってのがある。
その裏に、リアルの問題が隠れていることが殆どだ。
‥僕のこともある。
souls gateが、そんな子を一人でも救えたら、って思うのは甘い考えなんだろうけど。
「珍しいね。楠、さっきsouls gateで爆笑して、操作中断してたね」
梛の声に楠が振り向く。
‥梛はここに来て、本当に明るくなった。
それはいいことだと思う。
でも、ここの生活は
リアルだと言えるだろうか。
家族だとか、外の世界と隔離された生活。
本当の意味で、問題と向き合っているとはいえないんじゃないんだろうか。
これから先、梛は両親や妹との関係を見直して、より良いものに改善していく必要があるんじゃないだろうか。
でも、今の彼らにそれは不可能だろう。
でも、将来的にも‥梛の事を『ないこと』にしていていいわけはない。ないと思いたい。親なのに、‥それは、余りに悲しい。でも、親だって人間だ。
弱い、人間だ。
少なくとも僕は、自分の親にそれを強いたくない。
梛は、どう考えている?
まるで、異世界だね。
ここは。
リアルに生きていながら、まったく別のところにある。
「ここがいい。ここにいたい」
って梛が言ったことがあった。
‥僕には、どうしたら一番いいのか、わからない。