1.本当の僕
手形の描かれた端末に手をかざす。
「暫くお待ち下さい」
の文字が表示される。
僕はドキドキしながらそれをただ、じっと待っていた。
一本目・二本目‥。タンタン、と判を押すような効果音が流れる。
「陰。陰‥陽。『震』だ! やった! 」
「電気ウナギ~♪ と? あれ? 」
まだ画面が揺らいでいる。
そして、レア『那須』の文字と、人型のキャラクター
「おお? レアだ」
僕は興奮のあまり、暫く呆然としていた。駄目だ、こんなところに佇んでたら、何事かと思われる。もうすぐ下校時間だから、他の学生に見つかるのも、困る。
「あ、スマホにダウンロードしなきゃ‥。赤外線通信っと」
僕は、隠し持っていたスマホを学生カバンから出し、赤外線通信を始めた。
この端末は、各都道府県に何個かづつ設置されている、今巷で大人気のオンラインゲーム『Souls gate』専用の端末だ。
このゲームの主人公は自分のアバターだ。
しかし、自分で設定するわけではない。こうして、専用端末からダウンロードするのだ。
専用の端末の手形の上に手をのせると、何やら機械が「判別」してくれる。そして、出来たキャラクターが自分のアバターになるってわけだ。
同じアバターがいっぱいになるだろって? ここが、このゲームの凄いところで、同じ「タイプ」でも、ちょっと違うんだ。力の違いで、例えば震だと、タツノオトシゴだとか、電気ウナギだとか、龍だとか、違うキャラクターを選択される。そしてユーザーは、それに名前を付けて、自分の名前やなんかを登録すると、オンラインゲームで遊べるIDとアバターを貰える。このIDでないと、『Souls gate』で遊べないんだ。
何度やっても、同じ人間が作れば同じアバターだし、一度やったことがある人間は、認証されてて新たにIDを貰うとことは出来ない。
あの識別能力、余程性能のいいバイオメトリックス認証システムが導入されているんだろう。(たかがゲームに、それ程の技術‥)
因みに、その後に住所や携帯番号を入れるのは、課金する際のものだ。ちょっと、個人情報が流出しないか、とかセキュリティーが心配になるけど、それを言っていたらIDが貰えない。信頼で成り立ってますって奴だ。それに、この会社は脳科学を研究している大会社で、そこらは安心できる。
『Souls gate』はもともと学生アルバイトを募っての小規模な実験だった。
被験者である学生は、端末によって自分のタイプのアバターを作り、オンライン上でコミュニケーションをとるってだけの単純なゲーム。キャラクターは当時は8つだけで、馬・羊・雉・龍・鶏・豚・狗・牛だけだった。
脳波のタイプわけが出来るか。という、実験?
そこらへんはよくわからない。(アルバイトの学生にもそこらへんは特に説明がなかったらしい)
だけど、それが面白いって学生アルバイトの間で人気になって、企業のスポンサーがついて、人気のキャラクターデザイナーがついて、今のように大人気ゲームとなったってわけ。
だけど、当時から変わらずこのゲームの目的は、脳波の研究のサンプリング(多分)だということは変わらない。だから、より多くの人間に遊んでもらった方がいいっていうわけで、普通に遊ぶ分には無料なんだ。
企業が収益を見越してるのは、課金部分ね。あと、ネットのアクセス数も半端ないし、関連グッズも売れる。そりゃ飛びつきもするだろう。
何でこんなに詳しいかって? そりゃ、『Souls gate』フリークだからだ。でも、これ位の知識は結構常識だよ?
さて、話は戻って、もう少し『Souls gate』の話をしよう。
端末を使って自分のアバターを作る話はさっきした。端末は、「何か」を判別して、それぞれの人をタイプ分けする。多分、脳波なんだろうけど、実はみんなよくわかってない。
判別の仕方もちょっとおかしい。いや、ユニークだ。なぜだか陰・陽の二つがが三つ組み合わさって、合計8つのタイプが作られる。それは、八卦占いがモチーフになっているらしい。
8つのタイプは、乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤。これらは、それぞれ自然だったら、天・沢・火・雷・風・水・山・地があてられる。まあ、もともと自然が元で、それに文字(乾とかね)が当てられたらしんだけど。
八卦が使われたのはこういう、一文字に色んな要素がある、ってとこなのかな。本来だったら、占いなんだろうけど、キャラクターまでついちゃって、もう別のものになってる。
完全なる、オタク受けするキャラクター。いいのかね。
といいながら、僕も夢中になってる口なんだけど。
キャラクターは、乾だったら、元々の馬に加えて、天馬だとかサラブレット・道産子なんて面白キャラも加わっている。
さっきの僕が出した人型は、その中でもレアで、これには元から名前がついている。だけど、そんなに出ないし(といか、見たの初めて)ネット上でその情報が流れることは、まあ、ない。憶測は流れているけど。
どうやら、古代の神様がモチーフになっている、とか。それが今一番有力な説だ。
坤は、地だから、スサノオかな。乾は、天だから勿論アマテラス。でも、神々のトップの伊弉諾・伊邪那美ははずせないなあ、とか。でも、あ、でも坤は女性を表す陰の卦だな。じゃあ、「地」はイザナミかな。陰で女性だし丁度いい感じ。(乾は、陽で男性なんだけど、アマテラスは女神だよな‥。違うのかな)
震は雷だから「タケミカズチ」かな、って感じだったんだけど。ん? 「那須」ってなんだ。オリジナルキャラクターか? ええと、ステータスを見てみよう。
属性: 雷
だけ?
「えと、君。終わったの? 替わってもらっていい? 」
あれこれ考えていると、後ろに人が立っているのに気が付いた。
どれくらい待たせただろうか? 考えすぎて人が後ろに立ったの気が付かないって、どんだけだ?
しかも‥
やべ。これ(レア)を見られたら狩られる。
「あ、はい。替わります」
僕は、急いで手を離した。
ブゥン。
画像が消える。
僕は、後ろに並んでた子にお辞儀をしてその場をなるだけ早く離れた。「すみません。お待たせしました! 」離れながら言ったけど、聞こえたかな。
「あ、いえ‥」
ふわり、とふわふわと軽くウェーブした栗色の髪が揺れた。
シャンプーだろうか柔軟剤だろうか。ふわり、といいにおいがした。
しかも、すっごい色が白い、線の細い美少女‥。
「‥さっきの子、めちゃ可愛い~。ああいう子のアバターとかって、どんなんだろ。ヒツジさんとかかなあ」
まだ、ぼ~としながら、後ろに並んでいた男子・佐伯はあの子がさっきまで、手を置いていた「手形」を見つめた。
「通信お願いしてみたらよかった~。でも、あんな可愛い子、僕なんか相手してくれないよなあ」
佐伯は悔しそうに、でも、可愛い子と話した(? )ことでちょっとデレデレとした表情をした。
「では、僕も」
「あ、震。タツノオトシゴだって~。名前は「サエッチ」にしよっと。ちょっと単純かなあ‥」