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シスターとヴァンパイア  作者: 微睡 虚
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第八章 優しい少女

 少女は人々から畏怖されていた。名をノエルといった。貧しい時も富める時も彼女は人間の恐怖の対象でしかなかった。そう、少女はヴァンパイアという種族だったのだ。ヴァンパイア、それは日の光や十字架等に弱いとされている不老不死の種族であった。彼らは人間と同じものを食べるが、それに加えて生き物の血を啜らなければ、弱体化してしまう体質である。故にヴァンパイアという種族は一番数が多い人間から血を摂取しなければならなかった。当然、ヴァンパイアである彼女は一人だった。一人で生活し、一人で生きていた。


 しかし、彼女は最初からヴァンパイアだった訳ではない。初めは人間だった。彼女は祭事を取り仕切る村長の娘として生まれた。村では自然崇拝の多神教が信仰され、彼女の父は司祭だった。

年頃のノエルには当然気になる男の子もいた。幼馴染の男の子で、名をロッシュと言った。よく一緒に遊んでいた。同年代の村の子は司祭の娘と言う立場のノエルに気を使っていたが、ロッシュだけは同じ子供として接してくれた。

「ノエルの碧い瞳は綺麗だね」と褒めてくれた。

 子供の戯言かもしれないが、将来は結婚しようと誓ってさえいた。

 運命の歯車が狂い始めるのは、ある男が村に来てからである。


 当時、ノエルは、父である村長の手助けをしていた。凶作が続き、司祭である父が神に祈りを捧げる儀式を連日のように行っていた。

「お父様、今年も凶作ですね」

「ああ。毎日頑張っている皆のためにもしっかり祈らないとな。ドルイドである我が一族ができることはそれくらいだ」

 答える父は常に木製の十字を象ったペンダントを肌身離さず身に着けていた。彼の一族が信仰している多神教宗教の象徴である。十字の表わす意味は『人と人との交わりである』とか『魔よけの意味がある』とか色々聞かされていた。

 ノエルは父を尊敬していた。村の長でありながら、その地位に奢ることなく、村民の苦労を労う姿勢に憧れていた。自分も父のような立派な司祭になろうと心に決めていた。

「天の神、大地の神よ、我が村にご加護を」

 ノエルも未来の幸福を祈っていた。


 祭事では、松明の炎が灯され、祭壇の中央にも炎が灯される。司祭である父が神に祈りを捧げ、それに応じて巫女達が踊りを奉納する。他の村では人間の生贄を捧げる場合があるそうだが、この村では人の生贄を司祭が禁じていた。祭壇に招かれ、ノエルが唄を神に捧げる。凶作の年はいつもこの儀式が行われていた。

 しかし、一向に事態は好転しなかった。事態を重く見た村の有力者たちは緊急会議を開いた。この会議ではこれからどうするのかが話し合われた。

「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。凶作が続き、祭事の効果もない。備蓄もつきかけている。このままでは村から餓死者が出る。皆、何か打開策はないか?」

 司祭が集まった有力者たちに問いかけた。しかし、会議に参加した者たちは一向に名案を提示できなかった。それもそのはず、この村では村長である司祭が村一番の切れ者だったからだ。効率の良い農作業も作物の備蓄やその方法も全て、司祭が考案したものだった。それで神頼みしかできない事柄を司祭として祈っていたのである。司祭が頭を悩ませることに対する打開策を他の村人が提案できるわけもなかったのである。

 誰も意見を言わないまま、時間だけが過ぎて行った。


 そこに一人意見を言う者がいた。

「私に打開策があります」

 発言したのはノエルだった。

「ノエルちゃん。ここは子供が発言する場ではないよ」

「ノエルちゃん、おじさん達にここは任せて……」

 ノエルを子供扱いする大人たちの言葉を父である司祭が諌めた。

「聞こう、ノエル。話してみなさい」

 父は娘の才能を見抜いていた。何より、自分を含めた大人達が意見を言えないのなら、聡い娘の意見を聞いてみる他なかった。

「はい、お父様。では、お話します」

 一拍置いてノエルが話し出した。

「いくつか案があります。一つは、村人から派遣部隊を構成し、他の地域の優れた農業技術を取り入れることです。あわよくば、備蓄物を分けてもらえるかもしれません」

 ノエルの案に大人たちは明るい顔になり賛同する。だが、父が反対した。

「ノエル、確かにそれは良い案だ。私が若い頃もそれで凶作を乗り切ったことがある。しかし時間が掛かり過ぎる。加えて私が若い頃に派遣隊として村々を回った時は我が村と同じく凶作の村もあった。今派遣部隊を出した所で、他の村も凶作なら意味がない。一年前に出した派遣部隊が半年前に返ってきたが、収穫はなかった。今派遣隊を出しても結果は変わらないだろう」

 司祭の発言に大人たちの顔は曇った。ノエルは父の反対を理解した上で続ける。

「存じております。お父様。しかし、派遣部隊がまわってくる村々は遠いと言っても我が村と比較的近くの村です。今回はもっと遠くの村まで調査に行ってもらいます。それに定期的に派遣部隊を出す意味もお父様ならお分かりでしょう」

 ノエルの発言に父は頷いた。

「確かに。おまえが言っている事はもっともだ。更なる技術習得のために遠方に行くのも理にかなっている。派遣部隊は後日向かわせるとしよう。後学のためにもいいだろう」

 司祭の言葉により、派遣部隊の出向は決まった。

「しかし、村長殿、根本的な解決にはなっていませんぞ。まずは目の前の凶作をどうにかしませんと」

 高齢の有力者が話す。それに対し、ノエルが話を戻した。

「はい。ですので、他にも意見があります。まずは……これは反対されると思いますが、村ごと別の地域に引っ越すことです」

 ノエルの予想通りに大人たちは批判の声を挙げた。

「馬鹿な! この村は俺達が子供のころから過ごしている村だ!」

「そうだ! ご先祖さまに申し訳が立たない!」

「長く住んだ大地だからこそ。大地の神々の恩恵が得られるというもの!」

「この地を捨てれば、大地の神の逆鱗に触れるぞ!」

 大人たちの反対の声を司祭が諌めた。

「ノエル、恐らく土地を長く使い続けると土が疲弊する点に目を付けての発言だと思うが、新しく開拓する土地で今まで以上の神々の恩恵が受けられるとは限らない。この地域は我々の先祖が、日当たり、河川の近く、作物の育成環境、野生動物の宝庫というあらゆる条件を考慮して選んだ土地だ。簡単に捨てることはできない。それに、聡いお前なら分かっているだろうが、村を捨てることは村長として村民の意思を尊重してできない。司祭と言う立場としても神の怒りを買うことはできないから反対させてもらう」

父は理路整然と反対した。ここまで論破するのは流石に村長兼司祭といったところか。父の発言を受けて ノエルは他の案を示した。

「では、第二の案です。これはこの村でもできることです」

 ノエルの前置きに反応する村民達。

「村に残れるならいいな」

「それで、その案とは?」

 各々の反応を示す大人達に言葉を続ける。

「それは、新しい作物の発見と栽培です。今の土地に合う新しい作物を栽培したり今まで使えなかった土地で栽培したりします。特に過酷な環境で育つ作物の優先的な栽培です」

「うむ。言いたいことは分かるが、そう簡単に良い作物が見つかるのか?」

 訝しげに質問する男性にノエルは答えた。

「既にいくつか、見つけています。私とロッシュで実験的に栽培もしました。後でロッシュに聞いてください」

 ノエルの手回しの良さに驚き、沈黙するしかない大人達。やはり、場を繋いだのは父である司祭だった。

「なるほど。では、後でロッシュには後でその作物を見せてもらおう」

 司祭の言葉で会議は終わるはずだったが、人々の不安は会議を終了させなかった。

「村長! 作物の種類が増えた所で、わずかに時間稼ぎが出来るだけです!」

「干ばつや疫病が流行れば、それでおしまいです」

「我々は滅ぶしかないのか……」


 人々の不安が最高潮に達した時に議論は生贄の話になった。

「司祭様。この村でも生贄を捧げるべきではないのですか?」

 ついには人の生贄を提唱する者まで現れた。だが、祭事は譲らなかった。

「人間の生贄など、非生産的だ!遺族が悲しむだけで、神々が恵みを与えてくれるという保証もない!」

 司祭は怒鳴った。

「馬鹿な考えはやめなさい」という司祭の言葉で会議は終了した。

 ノエルはロッシュと共に村の大人たちを二人で栽培している土地に案内し、他にも植物の種や苗木を分けた。森で育てたキノコや干し肉も村人に分けた。

「これで、とりあいずは食いつなげそうだな」

 一仕事終えて、ノエルに話しかけるロッシュ。

「そうね。あなたのおかげよ、ロッシュ」

 幼馴染を労うノエル。

「いやぁ、幼馴染の頼みなら仕方ないさ。さらに村のためとなれば労力を惜しまないし」

 彼は頭をかきながら照れた。彼は優しく、親しい人間のためならどんな苦労を受け入れる男だった。そんな彼だからこそ、ノエルは惹かれたのかもしれない。

「これから、森に散歩でもどうだい。ノエル?」

「行きたいけど、これから神々に祈りを捧げなきゃ」

「キミは頭がいいのに信心深いね。まぁ、また誘うよ」

「ごめんね。ありがとう」

 会話を終えると、儀式の道具を持って畑に行くノエル。

「穀物の神よ、実りを与えたまえ。水の神よ、恵みの雨を降らせたまえ」

 祈りを捧げるノエル。彼女はこうやって、苦難が続く場所には神に恵みを乞い、幸運が訪れた場所には神に感謝する。そうやって、万物に宿る神々に祈りを捧げていた。


 その日、ノエルは木陰で休んでいた。今日も長老会議に顔を出したり、神に祈りを捧げたり、農業の手伝いをしたりして疲れてしまっていた。木陰で目を閉じていると、人影が自分の前に立った。

「やぁ、ノエル。お昼寝も司祭の務めかな?」

「もう、いいじゃない。それにまだ司祭じゃないわ」

「いやぁ、司祭になる日も近いんじゃないかな。この前の会議でも大人を驚かせる打開案を見事に提示していたじゃないか。キミの親父さんも随分キミのことを認めているしね」

「半分は貴方の手柄でしょ。それで? 何の用なの?」

「冷たいなぁ。未来の司祭様にゴマを擦っておこうかと思いましてね」

「またそんなこと言って!」

 ノエルは立ち上がってロッシュを追いかけ始めた。ロッシュはそれをかわしながら、走り続けていた。忙しいノエルにとってロッシュとのひと時は至福の時間だった。

 遊び疲れて、二人で大の字で寝転がる。

「ノエル―――キミに伝えたいことがあるんだ」

「何? 改まって……」

「ノエル、いつになるか分からないけれどさ、僕が一人前の男になったら、結婚しないか?」

「――!」

 驚きに目を見開くノエル。いつか、自分から言おうと思っていたその言葉が、好きな相手から言われるとは思わなかった。泣き崩れるノエル。

「ど、どうしたの? そんなに僕と結婚するの嫌だったかな?」

 自嘲するロッシュの胸をどつくノエル。

「バカ! 嬉しいから泣いてるんじゃない!」

「ごめんよ。ぼくも受け入れてくれるか不安だったから」

「私も司祭として相応しい人間になるから、お互い立派な大人になりましょう」

「よし、僕とどっちが立派な大人になるか競争だ!」

「貴方が良い男になるのを待ってたら千年過ぎてしまうわ」

「うわぁ、酷いなぁ。まぁ、きみに相応しい男になってやるさ」

 彼らは手作りの指輪を交換した。いつか本物の指輪を交換できるように願いを込めて。二人が生涯を誓い合ったその日が運命の日でもあった。


 日が沈み、二人で村に帰ると客が来ていた。どうやら旅の男らしい。

「こんばんは」

 挨拶する男は、見たことのない服を着た色白い男だった。服装も歪だが、何より深紅の瞳が印象的だった。

「こんばんは」

 ロッシュとノエルは驚きつつも辛うじて挨拶だけ返した。二人を見て村長が男を紹介した。

「ロッシュ、ノエル、この方はドムナル・ブラッディ氏、遠路遥々この村にきた旅のお方だ。何でも世界を見て廻っているそうだ。土産もいただいた。これで今年は凌げそうだ」

 見ると、備蓄物が沢山あった。旅をしながら集めたものらしい。それにしてもすごい量だった。とても男一人で持ってきたものとは思えない。

「あのおひとりなんですか? お連れの方はいらっしゃらないのですか?」

 ノエルは疑問を言葉に出していた。ノエルの質問に男は答えた。

「貨物車で運んできたんだ」

 男は答えた。確かに荷車が外にあったが、それでも荷車を引きながら、この村まで来た事が信じられない。男はノエルの疑問を察してか、口を開いた。

「私は力持ちなんだよ」

 いまいち納得できなかったが、連れはいないようなので納得せざるを得なかった。

「ロッシュ、今夜は泊って行きなさい。ノエル、客人を離れに案内してくれ」

 父の命により、ノエルは客の男を離れに案内した。終始無言で気味の悪い男だった。案内を終えて母屋に戻るとロッシュが労ってくれた。そのまま、部屋で男の話になった。

「ノエル、あの男どう思う?」

「―――胡散臭いわね。どう見ても普通じゃない」

「やはりそう思うかい?」

 二人の意見は一致していた。あの男は得体のしれない。早い所お引き取り願いたいというものだった。夜も更けてきたので、ロッシュは部屋に戻ることになった。

「もう少し、話していかないの?」

「ああ。今日は止めてもらう身分だし、年頃の女の子の部屋に居座るわけにはいかないさ」

「……そう」

 話を終えるとロッシュは隣の部屋に戻っていった。



 翌日になると、ロッシュとノエルの二人は、ドムナルを監視した。ドムナルは村の中に余っている家で住まうことが決まった。おかしなことに彼は、日が出ているうちは外に出てこなかった。稀に出てくるときは肌を見せないようにしており、少しでも日光に当たると途端に衰弱した。本人曰く、生まれつき肌が弱いらしい。夜になると活発に動いた。男は20代か30代くらいだったが、それにしては博識だった。何より、人々を丸めこむ話術に長けていた。

 しかし、事件が起きた。何者かに備蓄された作物を燃やされたのだ。絶望する村人たちにドムナルは言った。

「私は、神の代行者である。奇跡を起こして見せよう」

 最初、村人たちは男の発言に懐疑的であったが、男は得意の話術で村人たちを丸めこんだ。

 曰く、「私が博識なのは神に認められたから。故に不老不死を賜った」と。

 曰く、「日の光に弱いのは神の代行者となった代償である」と。

 曰く、「神の力を使うには血が必要だ」と。

 最後のひと押しに、男は植物の種をその場で木にして見せた。男の話術に乗せられ、目の前で奇跡を見せられたことで、男を崇め奉るのには十分だった。元々、干ばつや凶作、疫病で人々の心の余裕は奪われていた。最後の希望である備蓄物か焼失したことで、日血人の不安はピークに達した。だからこそ、目の前のドムナルという男に縋らざるを得なかった。


 ドムナルが「神の代行者」宣言をしたその日から村は変わった。彼は村人から血を求めた。その生き血を啜り、様々な奇跡を起こした。作物を豊作にすることにはじまり、時に水害から村を守り、時に新しい技術を披露した。そんなドムナルは村人の人望を勝ち取っていった。

 村は豊かになったが、問題が生じていた。村長の地位である。今まではノエルの一族が村長兼司祭の立場を継承していた。現に、今はノエルの父がその任に就いている。しかし、ドムナルが来てからその立場は危ぶまれた。司祭としての立場は、様々な奇跡を起こせるドムナルの存在に完全に奪われてしまった。今や村長もドムナルの方が良いという声もある程だ。ノエルの父は「村が豊かになるなら立場など関係ない」と一歩引いているが、ノエルやロッシュは今の村の空気が気に食わなかった。

「みんな、ちやほやしちゃって……」

 ノエルは幼馴染に愚痴っていた。

「ホントだね。あれだけノエルの親父さんにお世話になってきたのに簡単に手のひら返して。村長がいなければ、今まで生きてこれなかったのに……」

「お父様もお父様だわ。村長としての意地を見せたらいいのに。妙に達観しちゃって。あんな男、早く追い出したらいいのに」

「そうもいかないよ。彼は業績を残している。そんな彼を排斥することは村人たちから反感を買うだろう。かえって親父さんの立場を悪くするよ」

 思慮深い意見を言うロッシュの言葉にうなずくノエル。

「わかってるわよ。だから、八方塞がりなんじゃない」

 二人は項垂れた。どうにかして、ノエルの父の威厳を取り戻したいが、もはやあの男は村人に慕われている。ノエルは単に、父に一番でいてほしいと思っていたわけではない。ただあの得体のしれない男に村の政治の全てを任せることは止めるべきだと自分の本能が警告していた。


 あの男、ドムナルは村に生じた問題をことごとく解決していたが、どこか冷たい印象があった。それに何より奇跡の代償に生き血を求めることが意味不明だった。彼に対する得体の知れない不安や冷たさから、温厚な人格者であるノエルの父に信頼を寄せる者がいまだに多数存在していた。村人たちもドムナルに村の実権を渡す事は避けているようだった。


 事件が起きたのは、翌朝であった。村人の一人が変死体として発見された。この村では殺人事件はおろか犯罪行為すらも滅多に起きない地域だった。殺人事件など何十年か前に事情のもつれで起きたくらいだ。以後、厳格な罰則付きの法律が定められ、明確な事件は起きなかった。だからこそ、殺人事件は人々にとって衝撃的だった。

 被害者の男性は婚約しており、来月結婚が決まっていた。友人にもこれからの結婚生活を語っていた。何か悩みがあった様子もなく、自殺は考えられなかった。持病もなく、健康体そのものだった。そんな彼が死んでいたので他殺だということは間違いなかった。しかし、目立った外傷はなく、どんな凶器で殺されたのか分からなかった。また、恨みを買うような人物でもなかったため、動機も不明だった。

 その日に葬儀が行われた。悲しむ遺族たちだったが、ノエルとロッシュは村の不穏な空気を感じ取っていた。

 翌日開かれた会議では、殺人事件が議題となった。この会議は村長や村の優良者達は勿論、ノエルとロッシュ、さらにはあのド無なるも参加していた。

「あれは、やっぱり殺されたんじゃないか?」

「馬鹿な! この村に殺人者がいるとでも!」

「わしらも殺されるのか……」

 怯える村人たちを村長が一括した。

「皆の者! 落ち着きなさい!怯えていても仕方がない」

村長の言葉に、村人達は少しばかり冷静さを取り戻したようだった。

「彼が他殺されたと考えても凶器や動機が釈然としない。故に犯人も分からない。だから、今は皆、自衛して第二の殺人事件を食い止める他ない。皆の者、行動する時は必ず、二人以上で動いてくれ。それから少しでもおかしなことがあれば、報告してくれ」

 村長は、的確な指示を出したが、あえて言わなかったことがあった。それを口にしなかったことにノエルが噛みついた。

「お父様! 犯人はお分かりでしょう!」

 ノエルの叫び声に大人達が反応する。分かりきっていたことだが、皆が口を噤んだことだった。誰もが考えていたが、結論を出したくないことだった。

「今までこんな事件起きたことはなかった! あの人が来てからおかしくなったんじゃない! 皆も本当は分かってるんでしょう?」

 まくし立てるノエルの言葉に反論する大人たちはいなかった。と言うよりも反論できる材料がなかった。しかし、流石に当の本人を目の前にしての発言だったためロッシュが諌めた。

「ノエル、落ち着こう。本人を前にして言うことじゃないね」

 ロッシュはノエルの肩に手を置き、座らせた。しかし、その瞳はある男を睨みつけていた。そう、謎の旅人ドムナルである。彼が村に居座ってかれこれ一月になるが、いまだ得体が知れなかった。男はロッシュの眼光に怯えることもなく自分の無罪を主張した。

「私が余所者だから疑うのかもしれないが、彼が他殺だったとしても、私には彼を殺す凶器もなければ動機もない。それともあなた方にはそれを証明していただけるのかな?」

 男は余裕たっぷりといった表情で答えた。唇をかむことしかできないロッシュとノエルだったが、意外な人物が彼を追撃した。

「ドムナル氏、我が娘が取り乱してしまって申し訳ない。だが、この子の言うことも一理ある。今まで事件が起こらなかったが、貴方が来てから事件が起こったことは事実だ」

 冷静に言い放つ村長にドムナルは虚を突かれたが、またいつもの調子で話し出した。

「村長さん、貴方までそんな子供の戯言に耳を貸すのですか? 身内贔屓じゃありませんか? 私は善意、あくまでも慈愛の心から、この村に貢献してきたのですよ。それを殺人事件の犯人呼ばわりとは納得できません」

 ドムナルはあくまで善意で村に協力してきたことを殊更に強調した。確かに彼は村に来た時に備蓄物を献上した。さらには災害時には率先して村人を守り、不思議な力で作物を実らせた。彼が村に貢献してきたことは動かぬ事実である。しかし村長は追及の矛先を緩めることはなかった。

「確かに、貴方は村に多大な貢献をしてくれた。その件に関しては素直に感謝している。しかし、貴方には疑うに足る理由がある。勿論、それは余所者だからと言うだけではない」

 村長は言い切った。他の者たちはこの議論に対し固唾を呑んだ。

「ほう? 私を疑う理由ですか。是非お聞かせいただきたい」

 ドムナルは村長の言葉の先を促した。

「貴方は、この殺人事件に対し、自分には殺す動機も凶器も持ち合わせていないと言いましたな……」

「ええ。確かにいいましたよ」

「しかし、貴方にはアリバイもない!」

「!」

 ドムナルは驚きを隠せなかった。確かに殺人事件があった日、彼は誰とも一緒に行動していなかった。彼のアリバイを立証する人間がいなかったのだ。

「……確かに私にはアリバイはないですが、それなら、他の村人にもそういう人物はいたはず」

 ドムナルの主張は尤もだった。彼以外にもアリバイがない人物は何人かいた。アリバイがないだけで彼を疑うことはできない。ノエルとロッシュもそのことから先程、彼を追求できなかったのだ。だが、村長には他の考えもあった。

「ええ。アリバイがないだけでは貴方を犯人とは断定できない。だが、貴方の素行を見ていれば、怪しい点はいくつもある。例えば、日の出ている内は屋内にいて、その様子をうかがうことはできず、夜になると何処かに出て行く。この村人の目が届かない時間に『殺された彼』と何らかのトラブルがあってもおかしくはない!」

 村長の言葉にドムナルは目に見えて動揺した。村長の追及は続く。

「加えて、事件の凶器が見当たらないと言っていたが、貴方の奇跡の力は人に危害を加える目的で使えないことは確認できていない。便利な力程、悪用もできる。例えば、火や刃物も人の助けともなるが、人を殺す凶器にもなる。貴方の奇跡の力もそれと同様だ」

 村長の一つ一つの発言に説得力があった。ドムナルも反論しようと口を開く。

「だが、私は善意で!」

 村長はドムナルの反論を許さなかった。

「貴方が唐突な善意で我々を助けてくれたのなら、唐突な悪意で我々を害することになってもおかしくはないでしょう」

「……」

 もはや沈黙する他なかった。一つ反論すれば、いくつか根拠を挙げて論破される。彼は話術にたけていたが、村長を丸めこむことはできなかった。否、その隙はなかった。二人の議論を見ていた人間には村長がドムナルを封殺しているように見えただろう。

「これらは貴方が犯人だと断定はできない。しかし、疑うには十分な理由だ。故にこれから貴方を監視させていただく。異論はありますかな?」

 完璧な追求だった。これにはドムナルも反撃のしようもなかった。流石は村長と言ったところだろうか。

「いいえ。それで潔白が証明できるのなら―――」

 ドムナルは村長の提案に賛成する他なかった。でなければ、自分が犯人だと言うことになってしまうだろう。その日のうちに、ドムナルは村から離れた一軒の家に監禁されることになった。家の出入口は一つしかなく、見張りが二名つくことになった。彼が監禁されている間に第二の事件が起これば、彼は白と言うことになる。彼の監禁は彼が犯人だった場合にはその犯行を防ぐことが出来、犯人ではない場合には潔白を証明するアリバイにもなる。理にかなった措置であった。だからこそ、村人も反論しなかったのだ。


 ノエルとロッシュは胸をなでおろした。

「それにしてもキミの親父さん、凄かったな。流石は歴代最年少で村長になった人だ」

 ロッシュは素直に感嘆した。彼の父親の世代から、村長の武勇伝は聞かされていたが、眼の前での論述のやりとりには鳥肌が立った。

「ふふふふ、お父様はすごいでしょう?」

 ノエルは父が褒められて嬉しい心地だった。村人たちも口には出さないが第一容疑者が囚われてホッとしているようだった。村人たちはいつものように農作業や家事をしていた。幸い、備蓄作物は溜まってきていたし、畑も作物が育っていたので問題はなかった。

 それから何日か過ぎた。一向に殺人事件を含めた物騒な事件は起こらなかった。ドムナルの奇跡の力に縋りたい一部の村人達はドムナルの開放を訴えていた。だが、何もないということは逆におかしかった。ドムナルが潔白なら、第二の事件が起こっても不思議ではない。真犯人が不穏な空気を感じて凶行を自制している可能性もあるが、ドムナルに対する疑心を確信に変えるのには充分だった。

「やっぱり、彼が犯人だから何も起こらないのかな?」

 ロッシュはノエルに問いかけた。

「そうに違いないわ。事件は起こらないし」

 二人が話していると、ノエルの父が話しかけてきた。

「やぁ、ノエル、ロッシュ」

 挨拶してくる村長にノエルとロッシュも挨拶を返した。

「こんにちは」

 いつもはここから談笑になるのだが、村長は神妙な顔になって二人に話しだした。

「―――私はね。あの男、ドムナルが犯人だと確信している」

「!」

 村長の発言に驚くふたり。彼らも村長と同じ意見だったが、まさか、村長自らこんな話をするとは思わなかった。

「あの男は得体が知れない。安易に村に入れるべきではなかった。少なくとも直ぐに追い払うべきだった」

 村長の自省に沈黙する二人。結果論でいえば、あの男を村に入れてから事件は起きた。だが、彼は村に入る時に供物を捧げた上に奇跡の力で人々を救ったのも事実だった。村長の判断を責めることはできない。何も言うことが出来ない二人を察してか、村長は言葉を続けた。

「もし、私が死んだ時は、あの男を疑ってくれ」

 村長の発言に沈黙を破るノエル。

「そんな! お父様! 縁起でもないことを言わないでください!」

 弱気な父に怒鳴るノエル。ロッシュが彼女を手で制した。

「親父さんは、そう簡単に死ぬような人じゃない。もしもの話さ。縁起でもない話だが、もし親父さんが亡くなれば、ドムナルが犯人だと言う決定的な証拠になる。この村では親父さんに恨みを持つ者は一人を除いていないからね」

 ロッシュの正論に村長は感謝の意を伝え、話を戻した。

「私は健康だし、死のうとも思っていない。村長として簡単には死ねないから事故死しないように周囲にも気を配っている。私が死ぬとしたら、私の存在を邪魔に思っているあの男が消したと思ってくれ」

 静かに告げる村長に何も言えなくなってしまった。父の死を想像して、やりきれなくなったノエルは走り去ってしまう。

「ノエル!」

 ロッシュの呼びとめる声もその小さな背中には届いていないようだった。村長はロッシュに向き直り、もうひとつ伝え忘れたことを話し出した。

「ロッシュ、ノエルは聡い子だが感情的な部分もあり、危うい。私が死んだ時はキミがあの子を支えてあげてほしい」

「!」

 村長の言葉は二人の関係を見抜いているようだった。そして祝福してさえいた。村長の眼差しにロッシュは頷いて見せた。彼はノエルの後を追っていった。

「神々よ。あの二人を祝福したまへ」

 村長は十字をかたどった首飾りを天に捧げて二人の幸福を祈った。


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