第五章 嫉妬と冤罪
コーデリアはノエルに会える時を楽しみにしていた。あの日から、森に行ってキノコ狩りをすることも多くなった。しかし、依然室内で過ごす事が多かった。その日も室内で過ごす予定となり、ノエルの家に呼ばれていた。
「いらっしゃい。コーデリア。待っていたわ」
「おじゃまします」
今日はノエルの家で本を読むことになった。コーデリアが本を読んでいる間もノエルの様子が気になった。ページを読む合間に彼女の様子を伺う。ノエルは裁縫をしていた。実に丁寧な作業だった。昨日以来、彼女の一挙所一党則が気になる。
「ノエルは裁縫もできるのですね」
「まぁ、誰でも裁縫は2、3年もあればできるわよ」
針と糸で縫い合わせながら呟いた。
「何を作っているのですか?」
「お洋服よ」
「自分用に作っているのですか?」
「いいえ、他人用よ」
「誰のために作っているのですか?」
「内緒」
コーデリアは少し嫉妬する。ノエルが誰かのために裁縫するなんてはじめて見るのでその相手が気になったのだ。しかし、何度聞いても「秘密」と言って教えてはくれなかった。
(家族はいないようですし、友人も見た事はありません。……もしや、まだ見ぬ恋人がいるのですか?)
コーデリアは動揺したが、まだ決めつけるには早い。あえて追求しなかった。
(ノエルのプライベートに干渉しすぎると嫌われてしまいます……)
コーデリアは自分の心に芽生えた嫉妬の感情を殺した。すると、ノエルが提案をしてきた。
「貴女も裁縫してみない?」
「私がですか?」
「ええ。経験はある?」
「ボタンを付けたり、破れた服を修繕したことは何度かありますが、本格的にはやったことはないですよ」
「そうなの? なら私が教えてあげるからやりましょうよ」
ノエルに促されて、今日は裁縫をする事になった。ノエルは丁寧に縫い合わせていくが、コーデリアは上手くいかなかった。
「駄目です……上手くできません……」
嘆くコーデリアにノエルが指導する。
「ここをこうするのよ。間違っても焦らないようにね」
「あ、はい」
ノエルは教師のように教え方がうまかった。分からない所、苦労する所を察して的確にアドバイスしてくれた。
「最初からあきらめては駄目。自分を信じられないなら何も信じられない。自分の可能性を信じなさい」
「自分の可能性を信じる?」
「そうよ。裁縫以外でも言えることだけれどね。諦めずに頑張れば実を結ぶ者よ。上手くできる他者と比較するから自分が成長していないように感じるの」
「私は上手くなっていますか?」
「ええ。最初の頃より丁寧になっているわ。ほら、縫い目を見てみなさい。最初は荒いけれど、今縫っている部分は綺麗に縫合出来ているわ。自分に自信を持ちなさい」
「……はい!」
ノエルは教え方が上手いだけでなく、褒め上手でもあった。ノエルに言われると、自分にも才能があるのではないかと思えてくる。出来た服は店で並んでいるものと比べれば見劣りしたが、それでも服として完成した。綺麗に縫えている部分と所々荒い部分がある。誰が縫ったかは明白だった。
「できました。少し失敗しましたが……」
「初めてにしては上出来よ。コレを続ければ、実を結ぶわ」
ノエルは褒めてくれた。出来上がった服はコーデリアが持って帰ることになった。コーデリアは嬉しかったが、部屋の奥にある完成間近の服が見えてしまう。二人で縫った服よりノエルが一人で縫った服の方が綺麗だった。
(あの服は誰にあげるのでしょうか)
コーデリアはノエルに尋ねた。
「ノエルは好きな人はいるのですか?」
「ずっと昔にいたわ。とても大好きな大事な人だった……」
その答えを聞くとコーデリアの胸がチクリと痛んだ。
その日、コーデリアは表面上笑顔をつくって別れた。
(ノエルが好きな人は一体誰なのでしょうか? その人は私よりも大事な人なのでしょうか……)
教会に帰る頃には寂しげにおぼろ月が浮かんでいた。
次の日は出掛けることになった。
「コーデリア、今日は久しぶりに町に出ましょう」
「いいですね。行きましょうか」
コーデリア達は曇天の空の下、街へ向けて歩いた。ノエルが何気なくコーデリアの手を掴む。
「今日は少し、肌寒いから手をつなぎましょう」
「あ、はい!」
ノエルの手の温もりがコーデリアの手にも伝わる。先程までの不安が嘘のように解消された。街に着くと、売店で食べ物を買った。
「おいしいです」
「あいかわらずコーデリアは美味しそうに食べるわね。」
出店で買った食べ物を頬張りながら二人は休んでいた。
すると、どこからか大人達の会話が聞こえてきた。
「こわいですねぇ」
「どこに潜んでいるかわからないですね」
「早めに見つかって良かったですね」
「処刑は明日らしいですよ」
その会話を聞いたコーデリアが呟いた。
「何か始まるのでしょうか?」
「どうでもいいわ。どうせつまらない事よ」
ノエルが興味なさげに言う。しかし、彼らの会話の中に知った人物の名前が囁かれた。
「……あのクラークとかいう男、前から怪しいと思っていたのよ」
「確かに怪しい風貌でしたな」
「旅人とか、余所者は危ないですね」
クラークと言うのは、元旅人で教会に来てくれていたおじさんだった。コーデリアが小さい頃はよく旅の話を聞かせてくれた。何日か前にもヴァンパイアの話をしてくれた。彼が一体どうして処刑と言う事になっているのか。
コーデリアは目に見えて動揺した。そんな彼女の様子から何か察したノエルが訳を尋ねる。
「コーデリア、どうかしたの?」
「……ノエル、私の知った人物が処刑されるようです」
とても悲しそうに言った。
「……親しかったの?」
「はい、小さい頃にはお世話になりました」
「そう、なら正確な情報を集める必要があるわね」
処刑される人物がコーデリアの知人と言う事を知ったノエルは即断即決だった。
ノエルは街の情報を集めようと提案し、二人で街中を歩いて情報を集めた。とはいっても、街中その話で持ちきりだったため直ぐに正確な情報が集まった。
クラークは貴族達から呼ばれたそうだ。最近の不景気をどうにかするために、世界中を旅してきた彼から知恵を借りようとしたようだった。最初は、景気を良くするためのアイデアに対し真面目に耳を傾けていた貴族達だったが、その話題が、貴族の贅沢を改める事、自分達の既得権益を捨てる事に移ると、彼を批判しだしたのだ。しかし、彼の理論は正論だったため、貴族達の反論には中身がなかった。その結果、貴族達が取った苦肉の策が魔女狩りだった。
自分達が頼った人物は魔女の子孫だったとすることで全てをなかった事にしようとしたのだ。この時代は、学のある人間の方が珍しかったので愚民を丸めこむ事が出来たのだ。
「善意で人に協力したのに……なぜ裁かれなければならないのですか!」
コーデリアは憤った。
そんな彼女をノエルが窘める。
「これが貴族のやり方よ……人間はね、周囲に扇動されやすいの。愚民はただ扇動されるだけ」
「でも!おじさんは、善意で協力してくれたのですよ! たとえ、今貴族の方が我慢することになっても、ゆくゆくは財産になってくるはずです!」
「人間は視野、見識が狭いのよ」
納得できないコーデリアは、クラークが囚われている場所に向かって走り出す。慌ててノエルが追いかける。
「行った所で、警備が厳重よ。助けられないわ」
「でも、無実の罪で囚われるなんて黙っていられないです!」
「世界のルールは偉い人が作るのよ。偉い人が黒と言えば白も黒になるの」
「そんな……どうすれば……」
途方に暮れるコーデリアにノエルが言った。
「その人を助けたい?」
「助けたいです。お世話になった人なので見殺しにはしたくないです」
コーデリアは優しい娘だった。全く面識のない人物の魔女狩りにすら心を痛めていたのだ。まして、次の対象が自分の見知った人物なら助けたいと考えるのは当然だった。
「わかったわ。協力しましょう」
ノエルは静かに告げた。ノエルは頼りになる人物だ。並はずれた運動神経と幅広い知識を兼ね備え、度胸もある。コーデリアが一人で助けに行くよりはずっとよいだろう。
「ノエル、いいのですか? 危険ですよ」
「承知の上よ。あなたを一人で行かせるよりはよっぽど戦力になると思うわよ?」
「そうですね。お願いします」
こうしてコーデリアとノエルはクラーク救出に向かう事になった。しかし、曇りとはいえ、日の高い時間に助けるには人目があった。救出は夜に向かう事になった。
日が暮れるまで、コーデリアとノエルは救出の作戦を立てていた。
「貴族達が罪人を幽閉する建物が貴族の城の近くにあるわ。彼はそこにいる。」
「なぜ、自分の家の近くに監獄を作ったのですか? 本物の罪人なら危ないのでは?」
「その本物の罪人がいないのでしょう。おそらく彼らにとって都合の悪い人物や、貴族達の犯罪行為のスケープゴートだと思うわ。貴族達によって犯罪者にされた人なら、城から離れた所に幽閉して逃げられたら、自分達の悪事がばれるでしょう?だから眼の届く所に置いておきたいのよ」
「なるほど。それで救出はどうします?」
「そうね。まずは見張りをどうにかしないといけないわ。これは野犬を使いましょう。」
「野犬?」
「ええ。この辺りには人に捨てられて野生化した犬達がいる。食べ物で釣って見張りを襲わせるの。パニックになった所で私達が忍び込んで彼を助け出す」
「でも、応援を城から呼ばれたら大変ですよ?」
「……それもそうね。城の兵隊もどうにかしないとね……」
「城の近くで火災でもあれば、衛兵さん達は消火と貴族の警護に行くと思うのですが」
「それよ! 城の近くに放火して衛兵が消火と下手人の捜査に向かった時に手薄になった監獄のまわりに野犬を放つ。そうすれば、衛兵たちは私達を相手にしている暇はないわ。その隙に入り込んで助け出しましょう」
「放火って! 駄目ですよ! 野犬は目を瞑りましたが、放火は犯罪です。神の怒りに触れますよ!」
「あなたね……知人が殺されそうなのよ? 手段は選んでいられないわ。それに彼らはいつも遊んでいて、問題が起きたら今回のようにスケープゴートを作るのよ? 少しは痛い目をみるべきだと思うわ」
少し呆れながら言うノエルにコーデリアは頷くしかなかった。確かに知人が殺されそうで、その状況を作ったのは貴族達だ。貴族が遊んでいる様子も見ている。そして自分はノエルに協力してもらっているのだ。我儘を言ってはいけなかった。
「―――分かりました。それでいきましょう。でも準備が大変です」
「大丈夫よ。野犬は人間に飼われていた者が野生化したものだから手懐けるのも簡単よ。私が既にやっているしね。コーデリアは私の言うとおりにしてくれたらいいわ。後は野犬が勝手にしてくれるから。放火の方は私がやるから」
そう言って二人は段取りを確かめ合った。
「いけそう?」
「はい!」
冤罪の旅人を救う段取りは決まった。しかし、日没まで時間があった。しばらくは、黙って段取りを再確認していたが、ノエルが今回救出するクラークと言う人物について尋ねてきた。
「ねぇ、コーデリア。クラークと言う男はどんな人なの?」
「え? 優しい人ですよ。元旅人で、この村にいつく前に旅をしていたんですって。色々な国を旅してきたので、ノエルとは話が合うと思いますよ。私も小さい頃は旅の思い出を聞かせてもらいました」
「そうなの……」
「でも、ノエルを見たらびっくりするかもしれません」
「あら、どうして?」
「前にも少し話しましたが、おじさんは旅の途中でヴァンパイアを見たらしいのです。真っ赤な眼の男が人を殺していたのを見たらしいのです。なので、紅い瞳の人を見たらヴァンパイアだって驚くと思います」
「そうね。私もその人を驚かせないようにしないと……ね」
それからほどなくして日が暮れて二人は作戦を遂行すべく、最後の準備に取り掛かった。
コーデリアはノエルが手懐けた野犬を誘導する。ノエルは貴族の城の近くにある離れの方に行った。これで準備完了である。
「火事だ―!」
衛兵の者が叫び明るい炎が空へと舞い上がる。それまで監獄を警備していた兵のほとんども火のある方へと応援に向かっていった。応援に行って5分くらい経ってからコーデリアが監獄の方に肉の切れ端を投げた。
すると、勢いよく野犬達が監獄の方へ行った。残された警備兵はパニックになって逃げ出していった。その隙にコーデリアは監獄へと侵入する。監獄の中には人の姿が見えなかった。囚人がいるはずなのだが、クラークはどこに囚われているのだろうか。探しても見つからない。
「コーデリア……」
「わ! ―――びっくりした……ノエルでしたか」
ノエルがもう監獄に駆けつけたようだった。流石に運動神経が良い。
「おじさんが見つからなくて……」
「探せば見つかるでしょう。急ぎましょう。消火を終えた衛兵がこちらにきてしまう」
「そうですね。でも何で囚人が見つからないのでしょうか?」
「ここには貴族にとって都合の悪い人物を幽閉しているから、そういった人物は捕まったら直ぐに処刑されるでしょう。貴女の知人がそうであるようにね。もしくは裏取引で既に釈放されているか……そんなことは今どうでもいいわ。急ぎましょう」
二人で探していると、一番奥の独房にクラークは囚われていた。
「おじさん!」
「コーデリアちゃん!? どうしてここに!?」
「おじさんを助けに来たんです!」
「そんなことをしたら、キミも罪人になってしまうよ」
クラークはコーデリアの今後の心配をしているようだった。そこにノエルが話を割ってきた。
「もう遅いわ。バレれば私達の首も飛ぶわ。あなたは差し出された手を黙って掴めばいいのよ」
そう言うノエルの瞳を見たクラークが怯え出した。
「あ、紅い瞳!? ヴァンパイア!?」
暗がりでも光る紅い眼は確かに畏怖の対象だろう。まして、彼は紅い瞳のヴァンパイアを間近で見ている。ノエルの紅い瞳を恐れるのは当然だった。
「おじさん! 落ち着いてください! ノエルはヴァンパイアじゃないです! ヴァンパイアは人を助けないでしょう? ノエルは私の友達で、危険を冒して今回の救出を手助けしてくれたのです!」
コーデリアがそう言うと、クラークは少し落ち着きを取り戻したようだった。
「……たしかに、ヴァンパイアがわざわざ人助けとは考えられないな。明日には処刑される私を殺す意味もないし、一緒にいるキミが襲われていないなら問題はないだろう」
「はい。ノエルは私の友達ですよ。人を襲うヴァンパイアではありません!」
ノエルは沈黙して二人の会話を聞いていた。しばらくして落ち着いたクラークがノエルに話しかけてきた。
「先程は取り乱してしまって済まない。紅い眼のヴァンパイアが人を襲うのを見たのだ。キミの紅い眼を見てそれを思い出してしまったようだ。気分を悪くしてしまったね」
「かまわないわ。紅い眼は珍しいし、私も紅い眼の人間が人を襲うのを見た事があるから。それよりもここから脱出しないと……」
「鍵はどこですか?」
「看守が持っているはずだが……」
ここには囚われている人物以外いないようだった。先程の野犬騒動で見張りは既にいなくなっていた。
「っち! 看守も鍵を持って逃げたみたいね」
「そんな……それじゃあどうすれば……」
「大丈夫。私に任せて」
ノエルは鍵穴を手で弄ると、鍵が開いたようだった。
「すごいです! ノエルは鍵も開けられるのですね」
「まぁね。それよりここから逃げないと……」
クラークを解放した時に入口の方から明かりが見えた。大勢の足音も聞こえる。
「まずい! 衛兵が戻ってきた!」
「どうしましょう!?」
「出入り口は一つしかない。正面突破するしかないね」
クラークの発言は現実的だったが、それで脱出できる可能性は皆無だろう。そもそも沢山の衛兵を撒くために小細工を弄したのだ。今さら正面突破は難しかった。コーデリアとクラークが出入り口の方を睨みつけていると、背後の壁から「ドンッ!」と言う音が聞こえた。振り返ると、壁に穴が開いていた。
「これは! 先程まではこんな穴は空いていなかったが……」
「どういうことなんですか? ノエル?」
「ええ、イチかバチかで壁を殴りつけたら、崩れたわ。老朽化が進んでいたみたい」
コーデリアとクラークは少し納得できなかったが、今はゆっくりしている場合ではない。渡りに船とばかりに三人は穴から外に脱出した。ノエルはコーデリアの手を握って、クラークは二人の少女に導かれるように牢獄から離れていった。
一度クラークの家に荷物を取りに行ってから、一同はそのまま夜闇に紛れて森に入った。普段は夜の森は危険だが、今は唯一の脱出口だった。しばらく走って森の中心ほどに来てから3人は足をとめた。
「もう追っては来ていないみたいね」
「ハァハァハァ……こんなに走ったのは久しぶりだよ」
「ハァハァハァ……はぁ~」
バタンとコーデリアは倒れてしまった。急いでノエルが駆け寄ったが大事はないようだ。
「緊張の糸が解けたのと走って疲れたので、気絶してしまったようね。元来こういう事には向かない子だからね」
「そうだね。コーデリアちゃんには悪い事をしてしまった……。ノエルちゃんと言ったね、キミもありがとう。命を救われた」
改めてお礼を言うクラーク。ノエルは照れたように言った。
「お礼ならそこで寝てる子に言ったら? 私は本来貴方を助ける気はなかったけれど、その子がどうしてもって言うから協力しただけよ」
「ところで、さっきの壁はどうやって壊したんだい? それに鍵もなくあの牢獄の扉をあけるなんてどうやったんだい?普通の女の子にはできないはずだが……」
「私は普通の女の子じゃないからね。本当は答えを分かっているでしょう? 私を一目見た時から……」
含み笑いをするノエルを目にしてクラークは数歩退いた。
「まさか……本当に……」
「そのまさかよ。でも安心していいわ。私は貴方に危害を加えようとは思っていないし、そこの眠り姫も同じよ」
ノエルは眠るコーデリアを一瞥しながら言った。
「……し、しかし、それならなぜこんな人里にいるんだい?」
「全てはコーデリアのためよ。私の目的も生き甲斐も、私の全てがコーデリアにある」
「……それはどういう?」
クラークが首を傾げた。
「少しおしゃべりが過ぎたわね。忘れて頂戴。それよりもこれからの自分の人生を心配なさい」
「ああ。それは大丈夫だよ。これでも元は旅人さ。旅も違う町の人と馴染むのも得意だからね。……ただ懸念がある」
「なにかしら?」
「キミの前でこういうのもなんだが、私はヴァンパイアへの恐怖心がある。いつまた彼らに遭遇するかわからない……」
「それは大丈夫よ。ヴァンパイアは今後減り続けるし、会っても逃げられるわ」
「どうしてだい?」
「今は昔と違って教会が多いから、ヴァンパイアは力を弱められている。それに私が何体か滅却したから、数自体は減っているの。それでも怖いなら常に十字架を身につけなさい。そしてなるべく日の光が当たる時に移動しなさい」
「それがヴァンパイアを退ける秘訣なのかい?」
「ええ」
「わかった。キミを信じよう。でも、コーデリアちゃんはキミの正体を知らないようだったけれど……」
「ええ、今は知らないわ。でもいずれ話す事にするわ。昔、私の正体を知って拒絶した人がいたから……まだ話す勇気がでなくて……」
「そうかい。なら、私はキミの手助けをしよう。恩返しのつもりだ。紙とペンを貸してくれるかい?」
ノエルとクラークがしばらくやり取りをしていると、コーデリアが目を覚ましたようだった。
「あ、すみません。気絶してしまったようで……」
目を覚ましたコーデリアと共にノエルとクラークは森の奥に進んだ。すると、道が見えてきた。丘へと続いている道である。
「ここを道なりに進んでいけば、新しい街に着くはずよ」
「ありがとう、ノエルちゃん、コーデリアちゃんも」
クラークはコーデリアと握手をする。その後彼は震えながらもノエルと握手した。
「ノエルちゃん、アレにはキミのような子もいるんだね」
「あんまり、心を開かない方がいいわ。どんな種族にしてもね。今までと同じように怯えるくらいが丁度いい。恐怖心は長生きの秘訣よ」
「ははは、そうかもね。そうだ、コーデリアちゃん、コレ」
クラークはコーデリアに手紙を差し出した。密封してあるものだ。
「コーデリアちゃんにこの手紙を渡すよ。今すぐ読んでは駄目だよ。もしキミが誰かを信じられなくなった時、あるいは全てに絶望した時にコレを読んで欲しいんだ」
コーデリアはクラークの発言に首を傾げたが、手紙は受け取り懐にしまった。
「それじゃあ、僕は行くよ。コーデリアちゃん、世間的に正しいことが必ずしも正しいとは思わないでね。自分の心が信じる道を進むんだ」
そう告げてクラークは去っていった。コーデリアとノエルは暫く彼の後姿を見送ったが、森の方へ引き返した。二人は暫く森を進んだ。コーデリアが迷わないようにノエルがしっかりと手を握っていた。
コーデリアは帰る途中、今晩の出来事を振り返っていた。
(正しい事が必ず正しくはない……。そうですね。おじさんが無実の罪で処刑されそうだったのですから、そういうこともありますね。自分が信じた道を進む……)
「さっきから黙っているけれど、コーデリア大丈夫? 怖い?」
(でも、それじゃあ私は私の気持ちに正直になっていいんでしょうか?この気持ちを認めることは勇気がいります。でも……)
「コーデリア! 聞いてるの!?」
「わ!」
ノエルがコーデリアの方を掴んで真直ぐ見つめてくる。その赤い瞳を見ていると胸の鼓動が速くなる。体が火照ってしまう。自分の名を呼ぶその綺麗な声をもっと耳に入れたい。彼女の白い肌に触れていたい。その美しい銀髪を撫でたい。そんな欲求に駆られる。
(自分は聖職者としておかしいのかもしれません。でも……)
気がついたらコーデリアは行動に移していた。そっと自分の唇を目の前の少女の唇に重ねる。それは数秒だったのかもしれないし、数分だったのかもしれない。彼女達の周囲の時間が止まったように見えた。
時間が動き出したのは、夜風が金と銀の髪を撫でてからだった。ノエルはおおきく眼を見開いた。コーデリアが顔を離した。
「コーデリア……あなた……」
「好きです……」
「え?」
「好きなんです! ノエルの事が! どうしようもないくらいに!」
修道服の少女は胸の内に秘めていた想いを告白する。
「最近は貴女の事ばかり考えています! 貴方に昔好きな人がいた事を聞いて嫉妬してしまうくらいに! 私はこの想いを胸にしまっておくことはできません。それだけ貴女への想いが膨らんでしまって! もう押さえられないんです!」
自分の胸に秘めた思いを打ち明けると、コーデリアはノエルを強く抱きしめた。ノエルは驚いていたが、そっとコーデリアの体を抱きしめた。
「コーデリア、貴女の気持ち嬉しいわ。私も初めて会った時から貴女の事が好きだったの」
ノエルの言葉を聞いてコーデリアは明るい笑顔を作った。
「本当ですか!?」
「ええ、貴女に嘘はつかないわ。……今夜は肌寒いわね。私の家にいらっしゃい。お話の続きをしましょう」
森を抜けた二人は真直ぐノエルの家に向かった。半月から少し膨らんだ月明かりが二人を照らしていた。
部屋に着くと、もう夜も遅かったので寝ることになった。一つのベッドで二人は身を寄せ合った。
「ねぇ、コーデリア、あなたは私のどこが好きになったの?」
「気がついたら全部が好きになっていました。その綺麗な銀髪も美しい声も、紅い瞳も……全部」
「私の見た目ばかりじゃない」
「ちゃんと中身も好きです! 博識な所も、理知的な所も、冷静な所も、大胆な所も、勇敢な所も、優しい所も……全部好きです。」
「……改めて言われると、恥ずかしいわね。」
「ノエルが言ってって言ったんですよ。ノエルも私の気持ちを受け入れてくれたと言う事は私を好きになった部分があるんですよね? おしえてください」
「そうねぇ……私も貴女の全部が好きよ……」
「具体的にお願いします!」
「しょうがない子ね。……私は、あなたの綺麗な金髪と、真直ぐな瞳が好き。真面目な所と優しい所が好きよ……」
「そ、そうですか……」
顔を真っ赤にして俯くコーデリアを抱き寄せて、今度はノエルの方からキスをした。コーデリアの髪を撫でながら口を離す。
「可愛いコーデリア……やっと結ばれた……」
二人は互いの体温を感じながら夢の世界へ溶けていった。