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シスターとヴァンパイア  作者: 微睡 虚
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第三章  打ち解けて行く二人

 二人はしばらく町をぶらつく事にした。不景気なので品物は少なかったが、それでも村よりは活気にあふれていた。町の店という店を見回る二人。ある程度歩いていると食べ物を売る店舗がある通りまで来ていた。

 途端に「グ~~」と音が鳴った。顔を赤らめてお腹を押さえるコーデリア。無理もないことだった。彼女は年頃の少女であるが、十分な量の食事をしているわけではない。教会に僅かばかりに届けられる食料を神父と二人で分け合う日々だったのだ。その上で店頭の料理の匂いにあてられては、腹が鳴るのは自然の摂理だった。

「お腹すいているの?」

 銀髪の少女の赤い瞳が修道女を見つめる。

「大丈夫です。しばらくしたら収まりますから。私、お金持っていませんし……」

 自嘲するように呟くコーデリアにノエルが提案する。

「お腹がすいてるなら何か食べましょうよ」

 「お金が……」と言いかけるコーデリアを遮り、ノエルは懐から銀貨を取りだし、売店の売り子に渡す。売り子はノエルに食べ物とお釣りを渡した。

「ノエルさん、お金持ちだったんですね。着ている服も高価ですし……銀貨なんて久しぶりに見ました」

 コーデリアは普通に銀貨を出したノエルをどこかのお嬢様だと思ったようだ。今一度ノエルを観察すれば、令嬢を思わせる衣装にどこか気品が漂う仕草に舞台俳優を思わせるような口調、整った顔立ちであった。それらからコーデリアがノエルをお嬢様と形容したのは当然だった。ノエルは過去を回顧するように一瞬空を見上げた。

「別に……昔から溜めてたものを使っただけよ」

 自嘲気味にそう言った。それから持っていた食べ物を二つに分け、自分の分を頬張りながら、もう片方をコーデリアに渡す。最初は遠慮していたコーデリアだったが、空腹と美味しそうな匂いに耐えきれず、結局は食べ物を貰った。神に仕えるコーデリアも空腹には勝てなかった。ノエルにもらった食べ物に口を付け味わってから呑み込んでいった。しばらくその動作を続けていると、彼女は自分を見つめる視線に気がついた。

「美味しそう……」

 先に食べ終わったノエルがコーデリアが食べる姿を見てそう呟いた。

「やっぱりこっちも食べますか?」

 遠慮気味にコーデリアが食べかけのものを差し出す。

「いいえ、何でもないわ。食べちゃっていいわよ」

 釈然としなかったが、彼女の言葉に甘えて食べ切った。

 二人が歩いていると、物乞いをしている男性を見つけた。襤褸切れのような服を身に纏い、手を水をすくうように形作り、道行く人に「お恵みを」と訴えている。通り過ぎる人は見て見ぬふりをしているようだった。その様子を見てコーデリアは心が痛んだ。胸を押さえるコーデリアを見てノエルが察したようだった。

「ここ最近は特に物乞いが増えたわね……」

「そうなのですか?」

「ええ。でも同情しては駄目よ。体が不自由な訳でもなく、誰もが不幸なこの時代に働こうとせず、他人の好意に甘えてる輩は優しくすればつけあがるから……」

 コーデリアはノエルの言い草に少し腹が立った。物乞いをしている人たちすべてを侮辱する彼女の言い草に―――。

 気がついたら彼女は駈け出していた。「ちょっと!」と制止するノエルの声を背に物乞いをする人物に駆け寄る

「シスター様……どうかお恵みを……」

 どうやら物乞いの男性はコーデリアの服装からシスターであることを察したようだ。

「申し訳ありませんが、私は何も持っていません。なので、お恵みを施すことはできませんが、せめてお祈りさせてください」

 そう言うと彼女は十字架を取りだし、祈りをはじめた。物乞いは呆気にとられていたが、やがて彼もつられて祈りだした。祈りを終えると「いつか幸福がありますように」とだけ告げて引き揚げてきた。

 一仕事終えた彼女をノエルは呆れつつも労った。


 それから一息ついた彼女達は談笑した。

「ねぇ、知ってる?」

 いきなりノエルが問いかける。

「何をですか?」

「世界はね、丸いのよ」

「え? 本当ですか?」

 驚いて尋ねるコーデリア。

「本当よ。海や平地で遠く離れた所にいる人や物が消えることがあるでしょう? あれこそ世界が丸い証拠よ」

 手で丸をつくって得意げに告げるノエル。

「そ、そうなのですか……」

 驚くコーデリアにさらに続けるノエル。

「他にもいろいろ教えてあげるわ」


 ノエルは年の割に物知りで大人びていた。コーデリアは彼女の博識ぶりに驚嘆し、畏敬した。一体どれだけ、長い時間勉強すれば、こんな知識をえられるのだろうか。大人たちですら気付かないこの世の理すらも理解しているノエルという少女は何ものなのか。コーデリアはノエルという少女により一層興味を持ったのだ。

 ノエルは不思議な少女であった。どこか妖艶な魅力を持ち、同性のコーデリアの心でさえ揺さぶる時があった。

「どうかしたの?」

 振り返って尋ねるノエルに顔を赤くするコーデリア。

「な、なんでもないです!!」

「んー?」

 首を左右に振るコーデリアの顔を覗き込むノエル。まつ毛の数が分かるくらいの距離まで近づくと急に顔を引っ込めた。


 二人で街を歩いていると、稀に身なりの良い紳士や婦人とすれ違った。恰好からして貴族や地主、大商人のいずれかだろう。そんな彼らを見てノエルは呟いた。

「皆が飢えて、身なりにさえ気を使えないのにね。良い御身分だこと……」

 ノエルの呟きに反応するコーデリア。

「ですが、貴族や地主の方々もお仕事が大変なのではないですか?」

 おずおずと尋ねる修道女ににべもなく答えるノエル。

「貴方、貴族たちが普段何しているか知っているの? 地主達がどんな仕事をしているのか知っているの?」

「いいえ詳しくは……」

「なら、彼らが何かしているのか見せてあげるわ」

 そう言うと、彼女はコーデリアを森に案内した。森を抜けると、貴族の城らしき所に着く。

「あれを御覧なさい」

 指をさすノエルの指先をたどって行くと、派手な衣装を着飾り、談笑をしている貴族達が目に入った。仕事をしている様子はない。

「今はきっと休憩中なのでは……」

 彼女の言葉を遮る。

「ずっと、ああやってるわよ。嘘だと思うなら見ていなさい」

 そう言って彼女は日傘を折りたたみ、木陰で休み始めた。

 しばらくするとノエルは寝息を立て始めた。コーデリアはノエルの言ったことが俄には信じられなかったが、貴族達を観察することにした。

 観察してみると、貴族達はずっと同じことをしているわけではなかった。テラスで転寝をしたり、貴族同士で談笑したり、馬に乗ったり、何らかのスポーツをしたりと様々なことをしていた。しかし、仕事をしている風には見えなかった。

 夕暮れになると、眼を擦りながらノエルが起きてきた。

「あら、ずっと見ていたの? でもこれで分かったでしょう? 連中がいかに何もしていないか……」

 首を振るコーデリア。

「まだです! 遠くにいるので聞こえませんでしたが、何か話し合っているようでした。きっとあの時に何らかの対策を考えて……」

「私は耳がいいから、彼らの言葉はここからでも聞こえるわ。碌な話じゃないわよ。」

「そ、そんな……」

 コーデリアはそれでも貴族達に何か期待したい様だった。しかし、彼女の期待はノエルの言葉に粉々に打ち砕かれた。

「国の行く末を心配している人間があんな笑顔で談笑しないでしょうに。それに、彼らが真面目に国政に取り組んでいるのなら、少しは結果が現れてもいいはずよ。貴女が幼い頃からこの国は変わったかしら?」

「…………」

 コーデリアは言葉を紡ぐことが出来なかった。呆然とするコーデリアをノエルが抱きよせて耳元で囁いた。

「貴族達に期待するのは無駄よ。皆生きるのが精一杯なのよ。貴方もそうすればいい」

 ノエルの言葉がコーデリアを酩酊させるように彼女の脳に響く。だが、コーデリアはノエルの言葉に抗った。ノエルを体から強引に離すと彼女に訴えた。

「こんな時代だからこそ、信仰が、神様が必要なのです! 貴族がどうにかできないのなら、私達庶民の力で変えて行くまでです。私も信仰の力で皆さんを助けて見せます!」

 コーデリアの言葉に今度はノエルが言葉を失った。普通の人間なら、「そんなことできるわけがない」と笑ってやるところだが、彼女の言葉にはそれを言わせないような覚悟を感じることが出来た。

「好きにしなさい。……馬鹿な子……」

 ノエルは呆れながら彼女の背中を見送った。


 コーデリアは、ノエルと別れて日没までに教会に戻ってきていた。その日は昨日よりも月が大きく見えた。

「コーデリア、珍しいね。こんな遅くまで、外出しているなんて」

 教会に帰って扉を開けると神父が心配そうに話しかけてきた。

「神父様。ちょっと友達と遠くまで行ってました」

「へー、キミが友達と出かけるなんて珍しいねぇ。相手は誰だい?」

 晩御飯の準備をしながらコーデリアに話を振る神父。コーデリアも神父の手伝いをしながら話をしはじめた。

「今日、友達になったんです。ノエルという子で……」

「へー、しかし、ノエルという名はこの辺りでは聞かないね」

 顎を右手で支えながら覚えている知り合いの名を思い出す神父。神父の話に相槌を打つ。

「ええ。多分最近引っ越してきた子だと思います。身なりも良い感じでしたので、町のどこかに引っ越してきたのだと思います」

 コーデリアはノエルの姿を思い出しながら、神父に話す。

「ああ。多分そうだね。今度、家に連れておいで。私にも紹介してもらおうかな」

 笑顔で喜ばしい提案をする神父にコーデリアも上機嫌で頷いた。しかし、その笑顔が暗くなる。

「どうしたんだい?」

 神父が心配そうに顔色を伺う。

「いえ、せっかく友達になったのに喧嘩別れのようになってしまって……明日、どんな顔をして会えばいいのかと思いまして」

 おずおずと話すシスター。先ほどの出来事を気にしているようだ。

「彼女が悪いわけではないのに、怒ってしまって……」

 シスターはまるで懺悔する咎人のように神父に打ち明ける。神父はそんな彼女の頭を撫でて答えた。

「大丈夫だよ。また明日、話せば仲直りできるさ。喧嘩しても、仲直りしてお互いを知っていけばいいさ」

 神父の言葉にコーデリアは嬉しそうにうなずき、眠りについた。


 翌日になると、コーデリアは日課の神の祈りや信者への説法を説いた後、街に出かけた。勿論、昨日親しくなった銀髪の少女と話をするためだ。昨日は喧嘩別れのようになってしまったため謝ろうとも思って村を探してみるが、それらしい少女はいない。

とそこで、ノエルの言葉を思い出した。「私、十字架ってきらいなのよね」確か彼女は十字架を異常に嫌っていた。コーデリアは改めて自分の服を見てみる。首から下げたロザリオがそこにあった。ただでさえ、昨日は喧嘩別れになってしまったのだ。さらに、嫌なものを身に着けていたら出てきてくれないのは当然である。彼女は自分のロザリオのペンダントを服の内に仕舞った。

村にはいなかったので町の外れを探してみた。すると、後ろから声を掛けられた。

「ごきげんよう、コーデリア」

 驚いて後ろを振り返ると日傘を差したノエルが立っていた。

「ノエル!!」

 コーデリアは嬉しさのあまり声を上げた。

「随分熱心に私を探していたようだけれど、そんなに私にご執心?」

 意地悪な笑みを浮かべて質問してくるノエル。

 コーデリアは頬を膨らませながら反発した。

「そんなんじゃありません!」

 強い反発に対して、上品に笑うノエル。そんな彼女を見て毒気を抜かれたコーデリアは恥ずかしそうに言葉を続けた。

「まぁ確かに探していたのは本当ですけど……」

 ノエルはコーデリアの言葉に満足したのか、また「ふふふ」と笑い、歩きだした。コーデリアも彼女の後に続いた。

「昨日は大きな声を出してしまってすみませんでした」

 コーデリアは昨日の非礼を詫びた。ノエルはしかし、昨日の出来事を気にしていないようだった。

「あんなこと、別に気にしちゃいないわ。いろいろな価値観があるものね」

 そう言う彼女は、まるで駄々っ子をあやす親にも、聞き分けのない生徒を諭す教師にも見えた。ノエルには大人の余裕があるようだ。

 ノエルが提案してくる。

「また、昨日みたいに雑談しましょう」

「そうですね。貴方のお話をまた聞きたいです」

「えー、コーデリアの話も聞きたいわ」

「そうですか? では、お互いにお話しましょう」

「まどろっこしいわね」

「そうですね……フフフ」

「「あははははは」」

 二人はまた笑いあった。その様子はもはや気の知れた友人のそれだった。

しばらく談笑していたが、話のネタが尽きてきたので、ノエルがちょっと町まで行こうと提案してきた。

「今日は日差しが強いわね」

 道中でノエルが呟いた。確かに、昨日は曇りだったので、それに比べると日差しは強い。だが、猛暑というわけでもない。

「―――? そういえば、ノエルはなんで日傘を愛用しているのですか?」

 ノエルはコーデリアの疑問に眼を開いて一拍置いた後、「肌が弱いのよ」とだけ告げた。コーデリアは、「まぁそういう人もいるだろう」と追及はしなかった。


 二人はいつの間にか町に出ていた。歩いていると、大広間でなにやら催し物が行われているようで、人だかりができていた。人が多すぎて中央の様子はわからない。

「いったい何が行われているのでしょうか? 隣町からの商人さんがきておられるのでしょうか」

 コーデリアは大広間の大衆たちは買い物に来た人たちだと思った。なぜなら、この町では数か月に一度地方からそれぞれの特産物や民芸品を持った商人が大市場を開くイベントがあるからである。

「貴女は協会に引きこもっているから知らないかもしれないけれど、地方からくる商人達の大市場は先月開かれたはずよ。こんな短期間で開かれる前例はないわ」

 ノエルが首を左右に振った。

「では、この大衆は一体……?」

 コーデリアが呟くと広間から絶叫が聞こえた。

「私は魔女ではありません!」

 女の声だった。その声色は苦痛に満ちている。二人は大衆をかき分けて行くと、そこには妙齢の女性が十字架に磔にされていた。全身はボロボロで血を流している。服の間から見える素肌は鞭の跡があり痛々しい。

「これは!? ―――魔女狩り!?」

 コーデリアは口を覆った。

 噂には聞いていたが、実際に目にすると悲痛である。固まるコーデリアの袖をノエルが引っ張った。  コーデリアが彼女の方を見ると、銀髪の少女は「見なさい」と大衆を指差している。そこには、眼を奇妙にギラギラとさせ、下卑た笑みを浮かべる大人達がいた。耳を欹てると、「魔女め」「やっぱりまだいたか」「あの女が憎い」と聞こえてくる。

 魔女とされた女性と彼女を鞭で打っている執行人の問答はなおも続く。

「お前が、魔女であることは分かっている! 素直に白状しろ!」

 役人が強気に恫喝し、鞭を振るう。

「そんな―――滅相もございません。私は薬草を売っているだけです!」

 魔女とされた女性は自分の無実を訴える。しかし、それは一笑に付されてしまった。

「怪しい薬草なるものを売る女は魔女に違いない。何処かにマンドラゴラを隠しているはずだ!! いかにも怪しい奴め!!」

 執行人は鞭が唸り、女の肉を打ちつける。

「あうっ!! 疑うのでしたら、私の家を調べてください! 魔女ではないことがわかるはずです!」

 女は必死の形相で叫ぶが、執行人は彼女の言葉を阻んだ。

「証拠となるものは既にお前が処分しているだろう。魔女ならば、摩訶不思議な力を使って、隠せるはずだ!!」

 執行人の声に聴衆達が賛同する。

「そうだそうだ!」「魔女め!!」「消えろ!」「お前達がいるから俺達が苦しいんだ!」

 口々に罵声が飛ぶ。そんな様子を1人冷めた目で見つめる少女がいた。

「馬鹿じゃないの。そんな不思議な力があるなら、そもそも魔女として疑われるはずもないし、仮に捕まっても逃げ出せるでしょうに……こんな簡単な矛盾点にも気付かないなんて……」

 しかし、彼女の呟きは『魔女』に対する弾劾にかき消された。もう辺りには『魔女』を罵倒する言葉しか聞こえない。

「違います。私、魔女じゃない……」

 嗚咽しながら訴えるが、その主張もむなしく、執行人より死刑宣告が下りた。 

「これより、魔女を処刑する!」

 執行人のセリフに「わー!」と湧く聴衆たち。

 執行人が木でできた十字架に火を放つ。その十字架に縛られた『魔女』は足元から火にあぶられていく。

「熱い!! 助けて!」

 必死に助けを求めるが、住民の反応は冷徹なものだった。

 大衆達は「いいぞ」「ザマァ見ろ!魔女め!」「これを見たかった!」などと好き放題言っている。

「とんだ茶番ね。――人は平気で他者を傷つける……行きましょ。……コーデリア?」

 ノエルは反応のないコーデリアの方を見ると、失神していた。どうやら、ノエルの言うところの茶番はコーデリアにとってはよほどショックだったらしい。考えてみれば、コーデリアは優しい少女だった。眼の前に見せられた人の悪意と魔女とされた女性を助けたい思いに押し潰されたようだった。

 ノエルはコーデリアを一瞥すると、今、炎で焼かれている魔女に向き直った。

「この子なら助けたいと思うでしょうね」

 誰にも聞こえない小さな声で独り言をつぶやくと、ノエルは腕をふるった。すると、突如突風が広場を襲った。突風は火炙りにされていた女性の十字架を壊し、彼女を蝕んでいた炎をも吹き飛ばした。その後、辺りは急に濃い霧に包まれた。『魔女』とされた女性はこれ幸いと逃げて行った。呆気にとられていた人々は、眼の前で起こった事態を理解すると、「やはり、魔女だったか!」「魔術だ!はじめて魔術を見た!」「怖い……魔女怖い」と口々に言い始めた。

愚者達が騒いでいる間にノエルはコーデリアを肩に担いでその場から離れて行った。


 ノエルは廃屋の中に入り、コーデリアをおろした。この純真無垢な少女にとっては、先ほどの出来事は刺激が強すぎたようだ。

 ノエルはコーデリアを見ると呼吸とともに胸が上下している。時間とともに血色が戻ってきていた。その視線の先には金髪の少女の修道服の隙間から除く白い首筋があった。静かにその首に口をつける。


 しばらくすると、コーデリアが目を覚ました。

「ここは?」

 ゆっくりと上半身を起こすと、目の前には見慣れた銀髪紅眼の少女がいた。コーデリアが起きたことに気付いたようだ。

「気が付いたみたいね。あなたは魔女狩りを見て気を失ってしまったのよ。だから、ここまで運んだってわけ」

「そうでしたか……ありがとうございました。……それで魔女とされていた女性は……?」

 コーデリアはぼんやりした様子で話す。寝起きの疲れと先ほどの光景を思い出して気分が悪いのだろう。

「逃げたわ。謎の突風が吹いて彼女を縛っていたものをふきとばしたからね」

 ノエルはあらぬほうを見て答えた。

「そうですか! あの女性は助かったのですね!」

 心底嬉しそうに答えるシスター。

「うれしそうね? 貴女はあの女性が冤罪だと知っていたみたいね。ほかの連中みたいに本物の魔女だと思わなかったの?」

 皮肉っぽく質問する紅眼の少女。

「思いません。神父様がおっしゃっていました。魔女狩りはスケープゴートだと・・・。市民の不満をそらすための生贄だと……」

 コーデリアは前に神父に諭された話を思い出しながら答えた。

「へー、人間にもわかっている人もいるのね。どんな人なのかしら今度会ってみたいわ」

 友人の言葉に目を輝かせるコーデリア。

「ぜひ、来てください! 神父様は、それは、それは素敵な方でして、昔から―――」

 長話を語り始めたシスターの言葉を遮った。

「気が向いたら行くわ。気が向いたらね……」

「そうですか……お待ち……して……います……」

 コーデリアは突然ふらっとその場に倒れそうになった。すかさず、ノエルが体を抱きよせるように支える。

「すみません……貧血みたいです……」

 頭を押さえながら言うコーデリア。

「無理もないわ。最近、シスターとして働きづめだったし、ついさっき、あんなショッキングなモノを見たんじゃあね。今日見たことは忘れるに限るわ。あんな茶番。今日はもう帰って休みなさい」

 優しく告げる彼女の言葉はどこか命令的な要素を孕んでいた。しかし、コーデリアは素直に心配していると受け取った。

「そうですね。今日は帰らせてもらいます。色々、すみません」

 感謝の言葉を述べると、ふらつきながらもコーデリアは教会へと帰って行った。

「優しい子……人を疑うことを知らないのね……」

 見慣れたシスターの姿が消えてから、銀髪の少女は呟いた。

「それにしても、あんなに簡単に貧血を起こすなんて……私も自重しなきゃね……」

 舌舐めずりをしてノエルが言ったセリフは強風にかき消された。


 コーデリアは教会に着くと、すぐにベッドに向かい横になった。神父が心配そうに見つめていたが、とにかく休みたかったので部屋にこもってしまった。

「体がだるいです……。こんなこと今までなかったのですが……明日には元気になるのでしょうか……」

 そんなことをぼんやりと考えているとコンコンと部屋をノックされた。この教会には自分と神父しか住んでいないので、おのずと誰が来たのかわかる。

「神父様、何か御用ですか?」

 コーデリアは鍵を開けて神父を出迎える。

「いや、今日は何か、元気がないように見えたから、どうしたのかと思ってね……」

 部屋の椅子に腰かけながら話す神父。

「大丈夫です。貧血気味なのと少しいやなモノを見てしまっただけです」

 コーデリアはベッドに腰をおろしてから答えた。

「貧血? それなら血肉になる者を体に入れた方がいい。実はコーデリアが出かけてから教会に干し肉を届けてくれた人がいてね。ちょうど、お前にも分けようと思っていた所だ」

 言うなり、神父は子袋から腰肉を取り出して、ナイフで切り分けてコーデリアに差し出した。

「ありがとうございます。ですが貴重な保存食ではないのですか?」

 申し訳なさそうに尋ねる幼い修道女に、神父は笑う。

「お前は、いつも頑張っているし、血色の悪いコーデリアを見たくはないさ。年頃の娘は血色がよく、健康的なほうがいい。そうすればいつか嫁に」

 シスターの頭を撫でながら言う神父。

「もう、私はお嫁には行きません! こう見えて神に仕えている身ですよ!」

 頬を膨らませる可愛らしいシスター。

「すまない、すまない」

 神父は自嘲気味に笑った。

 コーデリアは干し肉を食べ、牛乳を飲むと不思議と貧血が治ったように元気になった。コーデリアが落ち着いたようなので、話を戻す神父。

「そういえば、先程貧血以外にいやなモノを見てしまって気分が悪いと言っていたが――」

 コーデリアも自分の言葉を思い出す。と同時にあの忌まわしい光景も思い出してしまった。

「……心配して下さってありがとうございます神父様」

 神父は無言で次の言葉を促す。

「……実は、今日友達と町に行ったら魔女狩りを見てしまいまして……」

「成程、それで気分が悪かったのか」

「はい」

 陰鬱な光景が瞼の裏に焼きついてしまっていた。

「忘れるに限るよ。あんな茶番は……どうしたコーデリア?」

 神父は自分の言葉を聞いて驚いているシスターを見た。

「いえ、神父様も友達と同じことを言うんですね」

 神父は合点がいったようだ。

「例の友達か。成程、随分と聡い子だね。確かノエルといったか。ぜひとも、会いたくなってきた」

「ふふふっ。あの子も神父様の話をしたら、そう言っていましたよ。ただ、教会が嫌いみたいなので、会ってくれるかわかりませんけれど……」

「そうか、まぁ教会なんて何もない所だからね。まぁ、来る機会があったら、ぜひ紹介してくれ」

 前にも同じことを言われたが、その時よりも、真剣だった。どうやら本当に神父はあの不思議な少女と会ってみたいらしい。

 しばらく談笑していたが、貧血で倒れたこともあって、今晩は早めに寝るように神父に言われ、またベッドに横たわった。

 今晩も床に就き、一日を振り返った。陰鬱な光景を払拭したかった。何気なく夜闇を見ると、月はさらに満ちてきていた。






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