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シスターとヴァンパイア  作者: 微睡 虚
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第二章 出会い

 コーデリアは信心深い少女であった。その日は曇り空だったが、町で家を一軒づつまわり、不幸な人々のために祈りを捧げようとしたのだ。しかし、町の人間の反応は厳しいものであった。

「あげられるものならないよ」

 扉を叩いて出てきた家主から言われた言葉はそれだけだった。

(神様が試練をお与えになっているだけ)

 そう自分に言い聞かせて、挫けずに次の家を回る。だが次の家でも似たような反応だった。

「物乞いなら他を当たってくれ」

 容赦なく扉が閉められた。次の家も次の家も皆同じ反応だった。挫けず、説得するコーデリア。

「私は皆さまの幸せを祈りに来ただけです!」

 彼女の言葉を聞いた青年は答える。

「そうは言ってもね、修道女が家に来て祈らせて下さい、なんて言うのは代わりに食べ物を恵んでくださいと言っているようにしか聞こえないんだよ」

 青年は少女に冷たく言い捨てる。その言葉でコーデリアは今までの人々の反応の理由を察した。確かに協会は自分の行為の代償を求めないが、行為の代わりにお布施をもらうという一連の流れはある種の慣習になっていた。

(私は意図せず、皆さまに食料を要求していたのですね)

 地面に尻をついて落胆する少女に青年は続ける。

「今は家族が食べて行くだけで精一杯なんだ! 帰ってくれ!」

 地面を見下ろす少女に罵声に近い言葉を浴びせた青年は「ドン!」とドアを閉めてしまう。淀んだ空は人々の心を映しているかのようだった。


 戦争と凶作によって随分と人々は心に余裕をなくしてしまったらしい。ようやく立ち上がると銀髪の少女が目の前に立っていた。

「こんにちは。シスターさん」

 挨拶する少女は長い銀色のウェーブを描く髪を腰辺りまでにたらし、人形のように整った顔立ちであった。年はコーデリアより一歳か二歳程下のように見える。漆黒のゴシックロリータドレスに身を包んだ彼女はコーデリアと並ぶと背が彼女より低かった。少女の深紅の瞳がコーデリアを見つめる。

「どうしたの? 足を挫いてしまったの?」

 少女に尋ねられてようやく自分が地面に座ったままだったと思い出したコーデリアは立ち上がって彼女に言う。

「あの、お祈りをさせてください」

 首から下げたロザリオを握りながら言う。未だ信仰を捨てないコーデリアに銀髪の少女は最後の追い打ちをかけた。

「―――お祈りでは誰も救えないわ。自分自身ですらもね」

 それだけ告げて去って行く銀髪の少女。彼女はもはや何も言えなかった。去って行く少女を見送っていると雨が降ってきた。

「―――やっぱり神様はいるんじゃないですか……」

 少女は神に感謝した。なぜなら自分の瞳からあふれた雫を雨のせいにできたから。


 ずぶ濡れで家に帰ったコーデリアを神父が迎えた。神父はタオルを差し出すと一度体を温めなさいと風呂を進めてきた。本来は風呂に入る習慣のなかったヨーロッパだったが、一部東洋から入浴の習慣が伝わってきていた。神父は「年頃の少女は身を清めなくてはならない」と教会の中に風呂を作ったのだ。川から汲んできた水を入れて竈で温めると言うものであったが、少女の体を温めるには充分であった。少女が湯船に浸かっている間、神父が竈を焚いていた。

「神父様、今日町に行ってきました」

 少女の言葉を竈を焚きながら聞く神父。

「それで? 何か収穫はあったかい?」

 神父の言葉に驚くコーデリア。

「神父様も皆さまと同じことを言うのですね。尋ねた家でものはあげられないと言われました。私はお祈りに行っただけなのに」

 コーデリアの言葉に諭すように言う神父。

「強制はしないと言っても、実質的には祈りやお祓いと引き換えにものをもらっているものだからね。誰も協会にモノを提供しなくなれば私達協会の人間は飢えて死んでしまうから」

 神父の眼はどこか遠くを見つめていた。かつてコーデリアと同じようなことがあったのだろう。彼の悲しみを理解した少女は黙ってしまう。すると、神父はその沈黙に言葉を紡いだ。

「今、人々の心に余裕がないのだよ。戦争に飢饉に疫病。最近は不幸が続いたからね。何度も不幸に遭う内に人々は神様は助けてくれないんじゃないか、と思ってしまったんだろうね」

 神父の言葉を聞くコーデリアは胸を押さえた。しかし、彼女は神父に進言する。

「でも神父様! ここに来て下さる方々もいらっしゃいます!」

 そうコーデリアは人々の心に信仰がいまだあると思っていたのだ。なぜならば、信仰をなくしたのならばわざわざ町外れの教会まで足を運んだりはしないからだ。彼女の清らかな眼を見た神父は言う。

「心に余裕をなくした彼らは、何か縋るしかないんだ。家族はお互いを心の支えにして他者を排除する。あるいは今の貴族達に何か改革を期待する。そして、ここに来るもの達のように宗教、神とも呼ぶべきものに縋って生きているのだよ」

 神父の言葉にコーデリアが指摘する。

「神にすがるというのは神様を信じているということでしょう?」

 コーデリアが問いかける。

「いや、この教会に来る者達は神という形のない、誰も会ったことのない存在よりも眼の前にある確かなものを信じている」

 神父の発言に少女の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。

「目の前にある確かなもの?」

 教会の中の風景を思い出すコーデリア。確かキリストの壁画やマリア様の像があったはずだ。

「やはり神様なのではないですか?」

 彼女の考えている事を見透かした神父は笑った。

「コーデリア。キミはやはり純真だね」

 笑った神父に頬を膨らませながら、「なにがおかしいのですか?」と尋ねるコーデリア。炭を足し窯を温めながら神父は答えた。

「彼らが信じているもの―――それは君だよ」

「私ですか?」と返答する少女に向け神父は言葉を続ける。

「ああ。この不幸な時代にキミが笑っている、キミが美しい声で聖書を読む。心から神を信じて祈りを捧げる。そんな純真無垢なキミを見て人々は元気を出すんだよ。ああ。〝こんな少女が頑張ってるんだから自分達も頑張ろう〟とね」

 神父の発言に照れ笑いする少女。しかし、自分が心の支え等という言葉を信じ切れない少女が神父に問う。

「流石にそれは神父様の考えすぎではないのですか?」

「そうでもないさ。現にキミが食べる分の食料は教会に届けられている。皆キミが飢えて笑顔をなくすのは見たくないんだよ」

「そうなのですか?」

 小首をかしげる少女に続ける神父。

「真に神を信じている者は僅かさ。純真なキミに会うために来るもの達ばかりだよ。現にキミを慕いこの教会に通ってくる少年少女は多い」

 神父の言葉には説得力があった。確かにここに来る人は彼女の名前をすぐに覚えてくれる。そして若い男女なんかはお祈りや聖書の静聴などは適当に済ませてるのに雑談になると、彼女に話しかけてくることが多いのだ。

「そう言えば、マリーさんはどこに行ったんでしょう? 最近見かけませんが」

 コーデリアが尋ねる。マリーとは一週間前までこの教会に通って来ていた少女だった。母子家庭だったが、いつもコーデリアの話を真面目に聞いてくれる聡い子だった。礼拝者が減っても毎日のように顔を出していたのに、いきなりいなくなってしまったのだ。

「彼女は引っ越したよ。家庭の事情という奴だね」

 流石に神父は情報通のようだった。このあたりの家のことはよく知っているらしい。

「そうなのですか。せめて最後の日くらい教会に来てくれたのなら、お別れの言葉を言えたのですがね」

 残念そうにする彼女。

「若い娘は嫁に行ってしまうからね。縁談かもしれないよ?」

 暗い顔をするコーデリアを見かねたのか、神父が明るい可能性を示唆した。途端に笑顔を見せる少女。

「それならば、あの子を祝福しなければいけませんね。―――彼女に神の祝福があらんことを。――――アーメン」

 風呂に入っている最中だったので、ロザリオがなく、手を十字に切って遠くに行った友人の幸せを祈る。その後、熱くなってきたのでコーデリアは風呂から上がった。神父がタオルを差し出してくれたのでそれで体をふき寝間着に着替えた。

「だいぶ、温まったかな?」

「はい。少しのぼせてしまいましたが」

「また冷えるといけないから今晩は早く寝なさい」

「はい。おやすみなさい」

 寝る前の会話を終えると寝室に入り、瞼を閉じる。

「明日はもっと頑張らないと……」

 ウトウトしていると、神父がまた例の部屋に入って行った。

「神父様、今晩も瞑想なさるのですね」

 少女は眠りに落ちた。


コーデリアが眼を覚ますと、窓から光が射していた。どうやら雨は止み、今朝は快晴のようだ。僅かな食料を口にすると、マリア像の前で祈りを捧げるコーデリア。すると、小さい男の子を抱いた母親が現れた。

「少しでいいので食べ物を恵んでください」

どうやら母親は食べ物を求めてきたらしい。母親の泥だらけの裸足から今までの彼女の苦労がうかがえる。

「どうぞこちらへ」

コーデリアは母子を部屋の奥に誘導すると毛布を差し出して、僅かなパンとホットミルクを差し出した。すると余程お腹が減っていたのか差し出したものを平らげると母子は意外な言葉を口にする。

「これだけしかないのかい!?」

「!」

母親の言葉に狼狽するコーデリア。すると母子は目聡く他の保存食見つけて漁りだした。あまりの行動に呆気にとられていたが、彼らが何をしているのか理解するとコーデリアは声高に叫んだ。

「おやめ下さい。ここには神父様や私が食べる分もあるのです!」

流石に、何日分もの食料を奪われたら聖職者とて飢え死にする。

しかし、その母親はカッと修道服に身を包んだ少女を睨みつけると罵声を浴びせた。

「なんだい!! 教会の人間なんてほとんど何もしてなくても物がもらえる言い御身分じゃない! 教皇の威厳があるだけで、物乞いする乞食と大差ないじゃないか!今日食べて行くだけで必死なアタシ達にたらふく食べ物を恵んでもいいじゃないか!」

叫ぶ母親の顔は同じ人間とは思いたくない程の醜い顔をしていた。そのまま親子は金目のものまで物色し始める。そんな時異変を察した神父が奥の部屋から駆け付けた。刹那、近くにあった棒を掴むと母子に向かって走って行く。棒を大きく振りかぶると母親の方へ振りかざす。

「うわぁー、アタシ達は貧しい親子なんだよ~。見逃しておくれ!」

「わ~ん」

泣きながら謝罪の言葉を口にするものの、神父は容赦なく叩きのめし続けた。あわてて止めに入るコーデリア。

「神父様! もういいでしょう!」

未だ攻撃の手をやめない神父に抱きついて何とか制止させる。

「フー……フー……フー」

彼女が止めに入りようやく攻撃をやめる神父。まだ少し興奮気味だった。その後、神父が親子を縄で縛り、コーデリアが地主の元へと走って行った。この時代は警察組織はまだなく、地主の衛兵が犯罪者の処分を行っていたのだ。

 狼藉を働いた親子は、教会での現行犯だったので、コーデリアが呼んできた地主の衛兵に捉えられ、そのまま連れて行かれた。

「ああいう手合いはどこにでもいる。貧しさを理由にして他人の優しさにつけ込む。まぁ子供を捨ててないだけあの母親はマシかもしれんが……」

落ち着いたらしい神父が静かに告げた。取り乱していたコーデリアも落ち着きを取り戻した。時代が貧しいのはわかってはいたが、貧しさから人はあんな怪物になれてしまうのかと思うと恐ろしくなった。

「教会は来るものを拒まず、が原則と言われているが、こんな時代だ。いつも熱心に来ている人や知り合い以外は極力中に入れない方がいいだろう」

神父の発言をいつものコーデリアなら「それは冷たすぎます」といえるのだろうが、先程の出来事を経験した後ではもはや何も言えなかった。よく考えなおしてみると、昨日の自分を拒んだ村の人間は今自分に起こった事が起きるのを危惧していたのだろう。他人に優しくするとつけ込まれるとは嫌な時代である。

「さて、食べ物がなくなってしまったね」

神父に言われて気付く。あの親子がことごとく保存してあった食べ物を食い散らかしていったのだ。金を持っていない以上弁償のさせようもなかった。途方に暮れていると昨日来た信仰者たちがまた来てくれた。その中にはここ最近来ていなかった信者たちの姿もあった。

信者達は散らかった教会内を見て何かを察したようだ。

「どうしたんだい?」

落ち込んだ様子のコーデリアを見て心配そうに聞いてくれる信仰者たち。神父が事の顛末を説明する。

「それは災難だったわね」

婦人が同情する。

「大丈夫。今日も少ないけれど、食料を持ってきたんだ」

おじさんは懐から保存食を取りだす。それを切っ掛けに皆食料を彼女に手渡した。

「ありがとうございます」

地獄から天国とはこのことだった。世の中捨てたものではない。先程のようなひどい人間もいるが、彼らのような優しい人間もいる。彼女は首にかけたロザリオを掴み神に今日の報復を感謝した。

 せっかく来てくれたので、信仰者たちに昨日と同じように聖書を読み聞かせるコーデリア。彼らのために再び祈りを捧げる。

(イエス様、マリア様、どうか彼らに幸福をお与えください)

イエスの壁画の前に跪き心の中で願う少女。その光景は実に絵になっており、見ていた信仰者たちは感動していた。信仰者の一人が口を開く。

「コーデリアちゃんはマリア様の生まれ変わりかもしれないね」

一人の男の言葉に皆が同調し出した。

「きっとそうに違いないわ」

「こんなに熱心に祈ってるんですもの」

「不幸の後なのに挫けないし、偉いね」

信仰者たちの賛美に恐縮するコーデリア。その場を鎮める意味も込めて賛美歌を歌うことにした。彼女の美声を聞きたい信仰者たちはすぐに静かになる。辺りが完璧に静まりかえると、コーデリアは賛美歌を歌い出した。

 沈黙は彼女の歌声によって染まっていった。教会中に天使の歌声が響き渡る。あまりの美声に時間が過ぎることを忘れる信仰者たち。歌い終える頃には講堂は拍手に包まれていた。

 頭を下げるコーデリア。


コーデリアが来てくれた一人ひとりに祈りを捧げていると、信仰者の一人が雑談を始めた。

「最近、魔女が出たらしい」

「またですか。怖いですね……」

どうやら近頃話題の魔女のことを話しているらしい。興味を持ったコーデリアが彼らの話を聞く。

「魔女って、具体的にどんな魔法を使うのですか?」

彼女の疑問に雑談者は頭をひねる。

「いや、魔法を使う所は見たことはないんだけれど、なんだか目撃者を名乗る人物が大勢いて」

歯切れの悪い返事しか言えないこの人物も人から伝え聞いただけなのだろう。しかし、彼の言葉をその隣の男性が根拠づけた。

「魔女ってのは長時間、水の中に顔をつけていても死なないらしいんだ。実際その女は何分も水の中にいたのに生きてたんだぜ?」

彼の発言に「やっぱり魔女だ」「恐ろしい」などと感想を述べる聴衆の面々。魔女の話が終わるとコーデリアがあることに気付いた。毎日教会に来ていたナンシ―が今日はいないのだ。

「ナンシ―は今日は来ていないのですか?」

思ったことをそのまま口に出した。

「そう言えば、来ていないね」

どうやら他の信仰者たちも今気付いたようだ。となれば彼らに聞いても彼女の所在は分からないだろう。

(病気が悪化していなければ良いのですが……)

彼女の心配をよそに、話題がなくなったのか、信仰者たちが腰をあげた。皆帰るらしい。玄関まで見送ると彼らは別れの言葉を告げて帰って行った。

彼らを見送ると少女は神父に訪ねた。

「神父様、魔女というのは何者なのですか?」

やはりコーデリアも魔女への興味をなくしていないようだ。神父は彼女の疑問に答える。

「魔女は人間だよ」

神父の発言に驚くシスターコーデリア。

「魔女は人間なのですか?」

「ああ。そうだ」

「でも先程の話なら、水の中に長時間いても生きていたと……」

「それは魔女かどうかを図る基準ではないよ。肺活量の違いで長い間水中にいられる者もいるさ。それを魔女だと決めつけてるだけだよ。もし死んでしまっても、処刑を実行した人間は『どうせ、魔女ならいいや』と思うだけさ」

コーデリアにも分かるように科学的な見地で説明する神父。

「そんな!? それなら何のための魔女狩りですか?」

少女は声を荒げる。それはもっともなことだ。魔女が人間なら魔女狩りをする意味はない。

「何のためか、だって? それは人々の不満を解消するためのスケープゴートにするためだよ」

「スケープゴート?」

意味が分からず、悩んでいる彼女に手元の聖書のページを開いて渡す。コーデリアは開いてあるページを読む。

「贖罪の日、人々は自身の苦悩や行ってきた罪を山羊に背負わせて荒野に放した……」

正確に聖書のページを読み、その意味を理解しようとする彼女に神父は続ける。

「人々は自分の不満や憎悪を全く無関係のものに移し替える。要するに生贄だね」

冷静に話す神父にコーデリアは新たな疑問をぶつける。

「けれど、不満をぶつけた所で問題は解決されないのではないですか?」

コーデリアの発言に神父が「流石に聡い子だ」と褒める。

「君の言うとおり、問題は解決されない。けれど、魔女という不満の捌け口があるから、人々は少しばかりの満足感に浸るんだ。根本的な問題を解決するためには知恵と努力がいる。人々は宗教によって知恵を捨て、努力を怠った。面倒な事をしたくはない。けれど幸せになりたいという身勝手な願望が『魔女狩り』という形で現れたんだろうね」

神父の分析は科学者か哲学者のようで、おおよそ宗教家には見えなかったが、コーデリアは神父の言わんとしている事がなんとなくわかった。今は凶作や飢饉、戦争によって物がなくなり、人が死んでいる。そんな不満を解消するためには革命しかない。だが、失政を繰り返す王族や貴族に刃を向けられない、庶民たちは魔女とい悪魔の存在を作り上げ、彼らの罪をでっち上げて処刑される様を楽しんでいるのだ。支配する階層が階層なら支配される側もまた然り。


「しかし、それではいつ自分が魔女にされるかわからないではないですか?」

彼女の疑問は最もだった。魔女の根拠がこじ付けであるなら、昨日まで魔女を認定していた側が今日魔女にされて処刑されるかもしれない。それなのになぜ魔女狩りをやめさせないのか。彼女の質問に神父が答える。

「彼らは先のことなんて考えていないのだよ。所詮は一時の快楽に身を寄せることしかできない連中だ。先のことを考えられる頭があるなら革命を起こしているさ」

コーデリアの頭を撫でながら言う神父。これっきり会話をきった神父はもらった食材で食事の支度を始めた。コーデリアも後に続き、手伝いをした。

 出来上がった食事はとりあえず料理の体を成しているという感じだった。別に彼らの腕が悪いのではなく、限られた食材で食べられるものをつくったためだった。食べ物を食べられるだけ感謝しなければならない。


 粗末な食事を終えるとコーデリアは町に出かけた。町には衣服なども売ってあった。コーデリアもシスターとはいっても年頃の娘であるために思わず展示されてある洋服に見とれてしまう。目をキラキラと輝かせるも鏡に映る修道女の姿を見て思い直した。

「私は教会の人間なのだから、贅沢を言っては駄目。欲を丸出しにして新しい物を欲しては駄目。皆苦しんでいるんだから、質素に努めて行かないと……。教会にお布施を下さる方々に申し訳が立ちません」

他人に聞き取れるかどうかといったボリュームで独り言を話すコーデリアだったが、その言葉を正確に聞きとった者がいた。

「固いことは言わずに自分に正直に生きればいいのに」

その声に、後ろを振り向くと昨日見かけた銀髪の少女がいた。またドレスのようなロングスカートの服に身を包み立っていた。今日は日差しが強いためか、日傘をさしている。昨日は気分が沈んでいてよく確かめなかったが、不思議な少女は血のような真っ赤な瞳だった。

「また会ったわね。シスターさん」

真っ赤な瞳の少女はコーデリアを真直ぐ見つめながら言った。その全てを見透かすような瞳は彼女を品定めしているようにも見える。

「あ、あの……」

黙って深紅の瞳に見つめられることに耐えられなかったのか、おずおずと口を開く。

「あら、そう言えば互いに自己紹介してなかったわね」

銀髪の少女はそう切り出す。確かに昨日は少し話しただけで互いの名前も知らなかった。コーデリアは少女に近付くと自己紹介を始めた。

「私はコーデリアと言います。見ての通りシスターです」

仰々しく頭を下げ挨拶をする。

「ええ、コーデリア、知ってるわ……。私はノエルっていうのよ」

ノエルと名乗った少女はニヤっと笑った。

「あの、今日は祈らせてくれますか?」

昨日のことが尾を引いていたのか、コーデリアはロザリオを掲げる。しかし、少女は首を横に振った。

「わたし、十字架って嫌いなのよね」

心底嫌そうに十字架を睨みつけるノエル。その様子を見てコーデリアが「何かトラウマでもあるのかもしれません」と思い、ノエルに見えないように服の中にしまう。その様子を珍しい物を見たとでもいう感じで見つめるノエルが言う。

「貴女、おもしろいわね。普通教会のシスターと言えば十字架を見せつけて長ったらしい言葉で布教活動するもんでしょ。十字架が嫌いとか言えば真っ先にお説教してくるわよ」

今までに経験があるのか、過去を思い返すように眼を瞑って女性らしく腕を組む。


ノエルの言葉は真実だった。今まで神父以外の宗教家に会ったが、皆聖書と十字架を神聖視し、少しでもそれを否定する者は説教した。酷い時にはそれだけで異端扱いする者までいた。だが、コーデリアは流石に彼らの行動はやり過ぎだと思っていたらしい。彼女はシスターとして無理に布教活動をしなかった。彼女の弁えた行動に感心し、後日入信してきた者もいたくらいだ。

「私は、嫌という人には無理強いはしません。その人にも事情があるでしょうから」

「へー。熱心に神を信じてる割に他の宗教家程頭は悪くないみたいね。気に入ったわ。けれど、もう少し強引に生きてもいいと思うわ。昨日だって拒否する者に無理に祈ろうとしなかったでしょう? だから舐められて追い出されたのよ」

どうやら、彼女は昨日のコーデリアの行動をずっと見ていたらしい。偶然の出会いとは思わなかったが。

「でも、嫌な人に対して無理にするのはその人のためではなく、自分が満足感を得るために他者を利用しているだけだと思います」

ノエルに話すコーデリアは本当にやさしい少女だった。彼女のやさしさは身勝手さや価値観の押しつけを孕んでいない、純なるものであった。

「ふふふ、貴女って本当におもしろいわね。あれだけ人に無碍にされて、まだ人のために祈ろうとするなんて……」

笑いながら答えるノエルの赤い瞳は常にコーデリアを捉えていた。

「これも神の試練です。それに時代が貧しいから人々の心に余裕がなくなっているだけです」

これまでの不幸をものともせずコーデリアは言う。神父から話を聞いた彼女は人を怨むことをせず、時代が悪いと言い切った。しかし、ノエルは意地悪な顔をして言う。

「けれど、今朝は嫌な人間に出会ったみたいじゃない?」

彼女の言う嫌な人間が昨日施しをもらいに来たと見せかけて家を荒らした親子のことだとコーデリアは察した

「知っていたんですか?」

思わず問いかける。

「ええ。あれだけ噂になっていたもの……。善心を持って人を愛している貴方の好意を裏切ったって。地主に連れてかれるのも見えてたし、町中噂になってるわよ」

確かに地主に連れて行かれるなんて滅多にないことだ。しかも下手人は母とその子であるとくれば、噂にならないわけはない。

「そうですか……」

「それで? 人の悪意を向けられた感想はどう? フフフフ、人を嫌いになった?」

愉快そうに目を細める少女に対し、コーデリアは笑顔を向けた。

「いいえ。人を嫌いにはなりません。今朝の方達も上から出た行動だったのです。悪いのは飢えや病気、戦争といったもので人間そのものは悪くはありません。環境が人を変えてしまうんです」

コーデリアが答え終わるとノエルは口をポカーンと開けていた。どうやら成人君主じみた彼女のセリフに唖然としたようだった。

 しばらく沈黙が続いたが、やがてノエルが大きなため息をついた。

「はぁ~、貴女ねぇ、そんな考え方じゃいつか足元すくわれるわよ……」

頭を押さえるノエルにコーデリアは不思議そうに小首を傾げた。


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