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未知との遭遇1

彼はいつも通り、時計も見ずに正確に家を出る準備を進める。

冷凍庫からご飯を取り出し電子レンジにかけると、録画していた昨夜のニュースを1.5倍速で再生を始め、画面を見ずに、音を聞きながら、昨夜の残りの冷えた味噌汁をよそい、卵をフライパンに乗せると、固まる時間がもったいないと黄身を潰し、もう片方の手で、携帯を操作し、TVでは報道されにくい海外のニュースのチェックを行う。

『風上空人、新聞記者とカメラマンを両親に持ち、妹は今年から全寮制の女子高に通う。

両親は一月前の危険地域での取材に向かうが、新聞会社の手配したコーディネーターがこれに便乗し、麻薬の密輸を試み関税で逮捕、二人も協力者として現在も拘留中。

すぐに新聞会社が手配した弁護士の手により数日後には、ほぼ身の潔白が証明されているが、司法手続きに戸惑い、この後170日後に帰国。

その後、その体験を語る様子とそれまでに撮影した映像が話題となり、TVへの出演。のちに出した「海外獄中生活」がプチヒット。その後も社会性よりも娯楽性の現代文化を扱った執筆活動で、地位を確立するが、その7年後。娘の結婚を前にして、海外で紛争に巻き込まれ死亡。これが原因の可能性は?』

『皆無ですね。この時すでに彼は両親の死というものに一切の影響を受けることなどありません。生死の概念が人の物ではなくなっています。そもそも彼はご両親との間の関係性は必要最低限です。現時点でそれが起こったとしても、ああはなっていません』

納豆に、目玉焼きに味噌汁、無塩の野菜ジュース。いつもと変わらない食事を5分程度で終わらせると。食器を洗い、冷蔵庫の中に入れておいた夕食と同じ内容の弁当をかばんに詰める。

彼は基本的に1日1回夜にしか料理をしない。その時の汁物が翌朝に、それ以外が弁当に、弁当の量は男子高校生が食べるには少ない量だが、昼食で頭より胃に血が行く事が気に入らないため、彼にとってはこれがベストなのだ。

録画の再生を終えると、冷蔵庫、換気扇、レコーダー以外の箇所のブレイカーを落とし、ガスの元栓を閉め、家中の窓の鍵を確認すると、いつもの様に、6時15分、家の鍵を3回確認し、家を出る。学校までは歩いて25分7時前につくが、通学路に人が多くなることを嫌う彼はいつもこの時間に家を出る。

普通であれば、水曜日は朝の英単語テストに出る単語を通学路で覚えるのが日課だが、今日はやることがある。彼は歩きながら、面倒くさそうに起きた直後に確認した着信履歴に折り返す。それは母親からの電話番号だ。

通話距離を考え、長め10コール以内に出なければメールで「用件は?端的に」と送り、機内モードにする気で電話を掛ける。

すると彼の期待には反し相手はすぐにコールにこたえた。

「父親、これ母親の携帯でしょ。母親は?了解。……問題ない。世間話をするために賭けたわけじゃないから、母親からの着信があったから、要件はメールで送るように言っておいて、要点だけ、端的に、うん、はい、」

『何よあれ、あの子、自分の両親のことを父親母親呼んでいるわけ。

それにあの言い方、虫の居所でも悪いの?それともあれがカッコいいと思っているの?』

『ここ数日観察しましたが、空人様はいつもあの調子で、どうやら怒っているわけではないようです。むしろ、会話しているうちにだんだんとこれより機嫌が悪くなっていっておりました。何度も同じことを聞くな、問題ないと言っているでしょ、実の息子に敬語を使うのはやめろ、感情はどうでもいい、用件だけを言え。などと、とても親子の会話には』

『普通そうはならないでしょ。ねぇ、あの性格。両親の方に問題がある可能性は?』

『それは少なからずあるようですね。仕事を優先し、個人を尊重のもと放任主義だったのようですので、普通の子であれば、それでグレたり寂しがったりするものですが、空人様の場合、必要以上の責任感と、ご両親の仕事に対する無関心ともいうべき物分かりの良さ、そして妹君を守らなければという使命感で、あぁなってしまった所はあるでしょうね』

『ちなみに興味本位で聞くけど、妹さんもあんな感じなわけ』

『いえ、妹君はご友人も多く年頃のというより真反対な遊びたい盛りの女の子といったところでしょうか。最近では距離を空けるようでしたし、今は全寮制の学校に行かれていますので、少なくとも私が監視を始めてからは一度も連絡は取られておりません』

『用事がなければ連絡はしない。今は仲悪いの?』

『いえ、おそらく空人様の性格を考慮してなのでしょう。記録によると兄弟間であっても必要以上の会話は元々なかったようです。日々の出来事のお話は妹君しかされませんし、趣味やTVの話なども含めて、必要最小限で、あぁ、だからと言って仲が悪いというわけではなく、それが当たり前というところでしょうか、ですからこちらを』

『想像通りというか、シンプルな人間関係ね』

『ご覧のようにあの年代のご兄弟にしては、親密度が高く、過去に兄弟げんかをされた経験もございません。ちなみにこのように人間関係が少ないのはこの時代では珍しくはありません。標準よりも少ないですが突出しているというわけではありません』

『ふーん、あ、でも、やっぱり両親とはすごく悪いじゃん』

『空人様は干渉を嫌う性格。今までもあまり接してこなかった為、妹気味とは違い、距離感の分かっていないご両親は嫌われているようですね』

『普通身内でここまでなるものなの?』

『表面上はそうは見えますが、それはあくまで親密度、逆に、憎しみパラメータは0です。つまりはうっとうしいが、別に興味がない。とはいえ血縁者だから他人ではないから、面倒くさいといったところでしょうか』

『本気で言っているわけ?』

『これも、この時代のこの国には多いみたいですよ。こういう方。この時代は物も人も溢れていますから、わざわざ血縁関係に幸せを見出す必要がないというか』

『嫌な時代ね』

『価値観や、幸福とは経験の積み重ねです。空人様が最も嗜好を注ぐゲームというものですが私達がまったくそこに価値を見いだせないのは、それがどういうものでどう面白いかを理解できないからです。愛情やコミュニケーションも同じです。その場が少なければその価値を理解できない。彼にとって会話は伝達の手段、意志や情報の伝播に過ぎません。故に、趣味を始め、あらゆることで価値観の共有することに快感を見出すことができていません。つまりは他人を通して自己を確認する必要がない』

『承認欲求0.自己完結型。なるほどね、十分この頃から彼には素質があるっていうこと』

『はい、そこでわたくしが考えるいくつかのアプローチを試みたのですが、その悉くが失敗、最初のステップで全て潰されています』

『ねぇ、私さ、こっちに来るとき考えたんだけどさ、あまり回りくどいことをしないほうがいいんじゃないかなって』

『と、申しますと』

嫌な予感を感じながら、彼女の具体的な提案に伺いを立てる

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