夢
百人の命を救うために、一人を犠牲にすることを躊躇わない。
現実世界でそういう場面に遭遇して、そう言える人間は、間違っていると断言できる。
それは覚悟ではなく、狂気。いくら崇高な言葉を並べた所で、人間性を失った判断だ。
誰も死なせない為に、自己犠牲を選択する、だが、それでさえも間違っている。
正解はないが、間違いはある。いかなる判断をしても、全員助からない場合、それは、最善とは決して言えず、間違いの判断であったと断言できる。
だからこそ、この地球を守るために、人類を犠牲にすると言った彼の判断は狂気の沙汰で、間違いなく、絶対悪だと断言できる。たとえそれが本当に星の意思だとしてもだ。
でもあいつはそれを実行しようとした。それに見合うだけの力をもって。
「だから止めにここまで来た」
「やめろ、と言って止まるような段階はとうに過ぎている。人類はやり直せる機会も逸した。心配するな。今人類が滅びたとしても、この地球に悪影響はありえない。それがこの星の意志だ。自浄能力を超えて、星の命の役割を超えた。この悪意が宇宙に広がる前に、星は自分自身で人を滅ぼす選択をした」
「人が不要だというのに、その人を滅ぼすのが、同じ人だとはな」
「俺は既に人ではない。星の総意であり、人類の断罪者だ」
「そうか?どんなにイカれても、どんなに強い力を手に入れても、お前は俺の友達だよ」
「何を馬鹿な」
「だからここまで来れた。そして俺にはお前を止める義務がある」
「俺が情に流されるとでも?人の感傷など遥前に捨てている、」
「やってみるか?止めるさ、絶対に、俺をここまで来させるためにみんな犠牲になった。それでもみんなお前を、」
「知るか。だから何だ?何を犠牲にしたところで無駄だ」
「その眼、お前、本当に変わったな。昔のお前も人付き合いは不器用だったが、」
「御託はいい。来いよ。直接相手をしてやる○○、お前が俺を止められるという希望が幻想であると証明してやる。それをもって人の争いの最後の一ページにしてやる」
ザ、ザーザー
「だから言っただろ、無駄だと。さぁ間もなくだ。この世界から人が消える。
あとせいぜい50年。人の身には長い時か?だが、もう、何も変わらない、緩やかに、静かに人は終わっていく。人の死とは、尊厳ある死とはかくも穏やかにあるべきだ」
ザ、ザーザー
「最後は自殺か、まぁ、想定の範囲内か。これで、世界に残った人の姿は俺一人。
この星は静かになる。星の鼓動は強くなり、森が文明を飲み込み、全ては海へと変える。穏やかなあるべき星の姿だ、あー、いいね。誰の声もしない。
憎悪も、悪意も何もない、ただ静寂だけが世界を満たす。この世界を見せたかった、
傷つけるものは何もない、A Perfect World。
間もなく、俺も消える。それですべてが終わる、人の歴史の終焉。記憶も記録も、思いも願いも、何も残さず、世界はあるべき静寂と平穏の中に」
ヴーン、ヴ。
2秒に満たない携帯の振動音で、彼は不機嫌そうに目を覚ます。
別に寝起きが悪いわけではない、ただ、目覚ましよりも早く起きる事が信条の彼にとって目覚ましに起こされた事が不快なのだ。今までそんな事はなかったのに、ここ数日見る変な夢。それを見るたびに時間通りに起きられなくなる。非合理的だな、体験もしていない記憶にない夢を何度も、不気味な夢だが、嫌いじゃない。
あの景色はまるで世界の頂上から、大自然におおわれた世界を見下ろしているような光景。現実には存在しないゲームにある雲よりも高い世界樹の上。
妙にリアルな見たこともない世界、その夢の景色を世界で一番綺麗だと思う。