夢か現実か
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「やあ、漸く帰ってきたみたいだね」
学校から帰り、自室の扉を開けた俺にそんな発言をしたのは、足を組んで椅子に座り、自嘲気味な笑みを浮かべる女性だった。
紺色の学生服を着た彼女の手には俺が暇潰しに読んでいたライトノベルが開かれた状態で握られており、恐らくだが、俺の私物を勝手に拝借した、という事だろう。
そこまで確認すると、俺は勢い良く扉を閉めた。白昼夢というやつではないか、と思ったからだ。
「僕を拒絶するかの様な態度を取るなんて、酷いじゃないか」
そんな訳で一先ず落ち着こうと深呼吸を試みた俺の隣に、突如先程の女性が現れ、ふわりと着地し、言葉を紡ぐ。
その言葉には、何処か自嘲的な含みが込められていた。
「……変わった夢だな。
美少女が家に居るなんて……」
半ば現実逃避気味にそう呟くと、女性は肩を竦めた。
「君としては、僕が夢じゃない方が嬉しいんじゃないかな?――作者くん?」
それに、僕は美少女って言える程じゃないよ……と、女性は呟いていたが、その割には、満更でも無さそうな笑みを浮かべていた。
なお、女性の顔立ちは中性的であり、ややボーイッシュに見えなくもないが、男には見えないという絶妙なバランスとなっている。
が、まあ、現実に存在する有象無象の女性方と比べれば、遥かに美少女という言葉が似合う。
これは単に、俺が今まで現実やテレビで見てきた女性の方々があまりレベルが高くなかったか、それとも俺の好みとは違ったかのどちらかである可能性も否定は出来ないのだが、まあ、それは一旦置いておこう。
「……それで、何で現実に俺の妄想である貴女が居るんですかね、朝霧 御奈(あさぎり みな)先輩?」
「さて、何故だろうね?
僕も気付いたらあの汚い部屋に居たんだ。
それと、これは余談とも言えるけれど、肉体年齢で言ってしまえばもう、僕と君は同じだろう?共に18歳。高校三年生じゃあないか。先輩だなんて、可笑しいよ」
「それは……まあ、そうですけど……」
くすくすと声を抑えて笑う御奈先輩……いや、御奈さんから顔を逸らしつつ歯切れの悪い台詞を呟くと、ぽんと、肩に手を置かれた。
「まあ、無理に直せとは言わないさ。君が呼びたい様に呼んでくれればいい。性奴とかは勘弁して貰いたいけれどね」
分かっているだろう?という含みを持たせて言う御奈さんの表情は何時もの如く穏やかで、自嘲的だった。
その含みの意味は、作者である俺と、当事者である御奈さんにしか分からないのかも知れないが、勘の良い人なら直ぐに分かるだろう。ヒントは、御奈さんの最後の一言だ。
「……それで、先ぱ……御奈さんはどうするんですか?」
「おや?泊めてくれないのかい?
僕を好きだと言った割には薄情だね、君は。それとも、あの言葉は僕が妄想だからこそ言える嘘だったのかな?」
御奈さん自身に責めるつもりは無いのだろうが、心に見えない刃がグサグサと突き刺さる気がした。
御奈さんは俺の妄想嫁だ。
先程の瞬間移動モドキ等、不思議な力をいくつも使える人外の存在だ。強くて格好良くて可愛くて、でも、自虐的。それが、朝霧御奈という存在。俺が妄想した、最強とは呼べないまでも、最高の存在。
「……俺一人じゃ、決められませんよ」
そんな彼女を追い出すつもりは更々無いが、泊められるという確証も無い俺は、そう言うのが精一杯であった。情けない事に。
「それも、そうだね……でも、その前に一つだけ確認させて貰おうか。
僕が君に着いて来て欲しいと言った時、君は僕に着いて来てくれるかい?嘘偽り無く答えて欲しい」
「それは……」
今の生活は、詰まらない上に、何となく生きているだけである。自分から動けば変わるのかも知れないが、動く気はない。今のまま行くと引きこもりの穀潰しになる気もする。そこまで考えて、
『死んだように生きている』
そんな、何処かで聞いたような言葉が頭を過る。
……そうなる位なら、御奈さんに着いて行った方が、良いんじゃないか?
御奈さんに依存する寄生虫になったとしても、御奈さんに依存先が変わっただけだとしても、相手があの朝霧御奈である以上は、多少の刺激はある筈だ。
幸不幸の両面を備えた、今とは少しだけ違う、それなりの起伏があれど、絶対の安全は保証された、そんな生活を送れるんじゃないか?
それは御奈さんを利用しているだけに聞こえるかも知れないが、御奈さんの性格を考えれば、俺を自らの元へと最低限の縛り付けはする筈であり……ええと、つまり……駄目だ、ややこしい事を考えると頭が痛くなる。
単純に、自分がどうしたいかを考えよう。
先ず、俺は朝霧御奈の事を好いている。
設定上、朝霧御奈は俺に多少の好意は抱いている筈である。
つまり、朝霧御奈と俺は両想いである。
そして俺は、朝霧御奈から離れたくない。
……何だ、簡単な事じゃないか。無駄に捏ね繰り回した考えなんて必要ないじゃないか。何をやってたんだ俺は。馬鹿か。阿呆か。間抜けか。……その通りである。
なら、答えは決まった。
俺は……
「俺は、御奈さんに着いて行く……と、思います」
断言出来ないのは、自信が無いから。
幼少期、本当の事を言っても信じてもらえず、親に殴られ、お前はミミズ以下だ、ミジンコ以下だと言われ、それ以降、自分の全てに自信が持てなくなり、他人との交流が苦手になった。これを理由にすると親に殴られるし責任転嫁だと言われるかも知れないが、人格形成上多少の影響はあると思う。
誰かと話すのも、唐突に今以下の関係になるのに怯えて殆ど出来ず、自分の全てに自信が持てなくなった為に断言出来ず……そんな俺に残ったのは、自分が唯一自己主張出来る妄想世界だけだった。
その妄想世界で俺は、絶対の存在を、朝霧御奈という存在を生み出した。
俺の言った事に対して反応し、時には否定する事もあれど、しかしてそれで、互いの関係が悪くなる事は無い存在を。
朝霧御奈としては、俺に生み出された事は、不幸な事かも知れない。何故なら、何を言われようと裏切れない、とも言えるのだから。
こうして現実で出会えば、妄想とは勝手が違う為に、現実に生きていた俺のヘタレっぷりに振り回され、俺の小物っぷりに呆れ、時には俺に裏切られるかも知れない。
だが、朝霧御奈からは、御奈さんからは裏切れない。それは負担となり、枷となり、御奈さんを縛り付けるだろう。
当然ながら、妄想世界の俺よりも現実世界の俺は愚かで愚鈍で馬鹿でヘタレで小物で屑だ。御奈さんの設定を知る俺からすれば非常に申し訳無いのだが……と、ダメだ。また変に小難しい事を考えてしまう。理解が及ぶ前に思考だけが進んでしまう。これだから馬鹿なんだ、俺は。
ちらりと御奈さんを見ると、俺の返事を聞いた後も目を閉じ、微苦笑を湛えている。
そんな御奈さんを眺めていると、不意に御奈さんがゆっくりと目を開け、こちらをじっと見詰めた。
「君は、本当にどうしようも無いね。僕がそんな事を忘れていると、気付いていないとでも思っていたのかい?
君の環境、生い立ち、人生観……それら全てを知り、こうして現時点でも君の心の声に耳を傾けている、この僕が、そんな些細な事で君を見捨てる訳がないじゃないか。
全てを知った上で尚、僕は君に問い掛けているんだよ。全てを知った上で尚、僕は君を受け入れたいんだよ。
拒絶と抱受の人外にして、矛盾の人外である朝霧御奈を……嘗めないで欲しいね、孝太くん」
薄ら寒い、狂気と正気が混ざりあった笑みを浮かべて、御奈さんは俺の手を握り締めた。
「君は僕のモノであり、僕は君のモノである。それを忘れないでくれ、孝太くん」
そのまま、ぎゅっと抱き締められる。とくん、とくん、と鼓動が感じられるが、これは俺の鼓動なのか、それとも御奈さんの鼓動なのか。まあ、そんな事、どうでも良いか……
柔らかな胸の感触と、御奈さんの温もりを感じながら、俺も戸惑いつつも、御奈さんを抱き締めた。
――ケイヤクセイリツ。モウゼッタイニ、ニガサナイヨ。
そんな声が聞こえたが、もう俺にはどうでも良かった。御奈さんが居れば、それで良いのだから。
※※※
県立藪総合病院。
「先生、息子は……孝太は、どうなるのでしょうか?」
「……今はまだ、何とも言えません。これっきり目を覚まさないかも知れないし、突然、何事も無かったかのように目を覚ますかもしれません。……が、恐らく、目を覚ましたとしても、これからの生活は厳しいものとなるでしょうね」
「そんな……」
「……先生、例の患者ですが……」
「何かありましたか?
まさか容態が悪くなるなんて事は……」
「正解、それです。
唐突に死にました。まるで生きるのを拒絶するかの様に。
偶然にも、交代の時間で、一瞬目を離したタイミングで……」
「ば、馬鹿な……そんな、有り得ません……」
「事実です。
907号室の患者――鈴木 孝太さんは、一瞬で死にました」
「そんな……せ、先生、嘘ですよね?」
「わ、私も信じられませんが、今から見てきます。お母様も、着いて来て下さい」
「は、はい……」
病室に着き、正式に患者の死亡が確認された時、中性的であり、ややボーイッシュに見えなくもないが、男には見えないという絶妙なバランスの顔立ちをした女性が楽しげな笑みを浮かべて患者を眺めるという幻影が一瞬だけ現れたそうだが、定かではない。
-THE END-
作者には医学的知識はさっぱりありません。
思い付きで書いただけなので矛盾もあるかもしれませんが、それは矛盾の人外様の仕業と思ってスルーして下さい。
一応この話の概略?を書くと、
孝太帰宅。
家にダンプ突っ込む。
孝太植物状態に。
ダンプが突っ込まなかった方向で記憶が補完され、そのまま夢に近い形で進行。
朝霧御奈が登場。
御奈「僕に着いて来て」
孝太「良いよ」
孝太死亡。
朝霧御奈の幻影が現れる。
以上です。
内容スカスカですね。
ちなみにお医者様の名前は藪です。藪医者と掛けてみましたが詰まらないですね、はい。