メロンパンの守護神
「遅いなぁ。母ちゃん」
そう呟くと、15才の中学生、小橋勝人はメロンパンを手にする。
「どうしよう。お腹減ったし、メロンパンでも食うか? しかし母ちゃんが何か美味しい物、買ってきてくれる予感もするし」
そう言ってメロンパンを凝視すること数分、ついに勝人はメロンパンを食べることを決意する。
「メロンパンの如き雑魚で、空腹が満たってしまうのは惜しいが、仕方ない」
だが勝人が大きな口を開けて、メロンパンを食そうとしたその時、母親の美穂が帰宅した。手には買い物かごと、Mサイズのピザを持っている。美穂は勝人に呼び掛ける。
「ごめーん。かっくん。遅くなっちゃって。ピザ、ピザ、食べる? 一枚で四つの味が楽しめるスタンダードフォーだよ?」
それを聞いた勝人は、手にしていたメロンパンを皿に置いて、ピザのもとへと駆け寄る。
「スタンダードフォー? ヤッタネ! 食べる、食べる。待った甲斐があったよ! メロンパンなんて食べなくて良かった!」
そうして勝人と美穂母子の昼食が楽しく始まった。今日日曜日の買い物で、どれだけショッピングモールが込んでいたかとか、奇妙なおばあちゃんクレーマーの話とか、話題は尽きない。母子家庭二人の和やかな時間が過ぎて行く。やがて二人はあっという間にピザのMサイズ2枚を平らげてしまった。
だがしかし今日はやけに、勝人は空腹だ。ピザのMサイズ一枚強食べたというのにまだ腹が空く。あと一、二ピース、ピザを食べられる具合、胃に余裕がある。さすが食べ盛りの、育ち盛りの自分。ピザMサイズくらいでは収まりがつかないらしい。そう勝人が思っているとふと、先程「雑魚」扱いしたメロンパンが目についた。メロンパンは「ほーれ食せ。ほーれ食せ」と誘惑しているようだった。
「仕方ない。『雑魚』とも言えども美味しいパンはパン。これで締めるとするか」
そうやって勝人がメロンパンを頬張ろうとした瞬間、メロンパンから紫色の煙が立ち込め、部屋中を覆う。すると勝人は、赤褐色の大地が広がる荒野へと召喚されていた。そこではタキシードに身を包んだ、赤いネクタイの男が、勝人と向き合っている。男は勝人に手を差しだす。
「二度にわたる雑魚呼ばわり。不快極まりないな。このメロンパンは開発に、十数名のコックが携わり、彼らの愛情と幾多にのぼるアイデアによって作られたものだ。『雑魚』。そのような軽佻浮薄な暴言。この私が許さぬ」
勝人は男を指差す。
「あの、そちらさま、どなたで?」
「私か。私はメロンパンの守護神だ」
それを聞いた勝人はカッカッカと笑うと、男に襲い掛かる。
「守護神と言えども所詮メロンパン! この空手二段の勝人様の相手ではないわ!」
そうして勝人が拳を、メロンパンの守護神、タキシード姿の男に振り上げようとした時、あっさりと男は身を翻し、トンファーと呼ばれる木工の武器で、勝人のみぞおちを狙う。その攻撃を食らった勝人はがっくりと膝をつく。
「くっ! たかだかメロンパンの守護神と侮っていたが! やるな! ではこれならどうだ!」
そう叫んで勝人は足蹴りをメロンパンの守護神にくらわそうとするも、「カーンッ!」と心地よい音が荒野に響き渡る。今度は三節棍によって、勝人は頭部を狙われたのだ。やむなく敗北を認める勝人。
「く、くそぅ。さすがメロンパンの守護神とあえて言わせてもらう! これから俺はどうしたらいい! メロンパンの守護神よ!」
「フッこれからか。これからはメロンパン作りに携わった全ての人に感謝して、メロンパンを食することだ」
そうメロンパンの守護神が口にすると、勝人はいつの間にか、赤褐色の荒野から、美穂との食卓へと舞い戻っていた。頭にコブを作った勝人に美穂は尋ねる。
「ん? どうした? かっくん」
「ん、いやぁ。メロンパンと言えども大切に食べなきゃなぁと、雑魚呼ばわりは良くない。そういうこと。そういうこと」
勝人の言葉に美穂は「ふぅーん」と返事をすると、その日の昼食は終わった。
それから数日後、またも昼食の時間帯に母、美穂が買い物から帰って来ない。勝人はというと、やはりというか、案の定というか、今度はアンパンを手にして考え込んでいる。
「うーん。またこの前みたいに、母ちゃんがピザみたいな、豪華な食べ物買ってくるかもしれないからなぁ。うーん。どうしよう」
そう勝人が悩んでいると、美穂が今度はマクドナルドを手にして帰ってくる。
「かっくーん。マック。食べる?」
「食べる、食べる! 良かった! アンパンなんて雑魚パン食べないで」
すると次の瞬間、アンパンから朱色の煙が立ち込め、勝人は氷河の大地へと召喚されてしまった。そこにいるのは美しい女性。勝人は、恐る恐る女に指を差す。
「あのー、あなたはひょっとして」
「左様。いかにも私はアンパンの守護神。菓子パンの王であるアンパンを『雑魚』呼ばわりするとは不届き千万!」
すると意気を奮い立たせて、勝人は女に襲い掛かる。
「メロンパンの守護神にはひけをとったが、女の守護神如きにおさおさとひけをとる、この勝人さまではないわ!」
次の瞬間、スコーンッとアンパンの守護神、女の拳が勝人の眉間を一撃する。こう言葉を添えて。
「アンパーンチ!!!」
がっくりと膝を落とす勝人。またしても敗北だ。うなだれ、最後には力なく倒れ伏す勝人にこう、女は呼び掛ける。
「これからは、メロンパン、アンパンとも大事に食するとよい。さっ行きましょ。あ・な・た」
するとアンパンの守護神は何と、先に勝人が敗北を被った、メロンパンの守護神と腕を組んで立ち去って行くではないか。その光景を目にした勝人はこう口惜しげに零すしかなかった。
「な、な、何と。強い上にリア充であったか。む、無念」
その言葉を最後に、現実へと戻らされた勝人は、食卓にマックのメニューを揃えて待つ美穂にこう告げて、アンパンを一かじりする。
「母ちゃん。まずは、このアンパンを大切に食べてから、マックを食べることにするよ」
「食べ物はどれも大切にしなくちゃね」
美穂はそう言って、アンパンを平らげる勝人を、微笑ましく見つめるのだった。