雨の日限定の顔見知り
いやぁ、昨日雨降ってて〜授業中に思い付いたんで書いてみました(笑)
…授業に集中しろなんて言わないでっ!!
どことなーく、ほんわかとした話です。
その人と会うのは、決まって雨が降る日だった。
雨が降り続ける放課後にじめじめとした少し居心地の悪い図書室で背中合わせに座って、どちらが話すというわけではなく、ただ静かに本を読むだけの、そんな他人で顔見知りの関係。
雨の日限定の背中合わせの顔見知り。
私は、そんな背中合わせの顔見知りの人に恋をした。
その人は同級生で、学校では有名な人。顔良し、頭良し、品行方正で性格は温厚篤実、見た目は優しく大人しそうに見えるが内面は芯があって強くしっかりしている。
そしてその人は世間でも話題に上げられる会社の御曹司ときた。有名でなければモテないはずがない。
上手くいけば玉の輿。上手くいかなくても関係はそれなりに持てたら良い、そう思うミーハー女子や本気で恋した女子が常にその人の傍に集まる。
そんなに有名な人なのだが、私は名前を未だに知らない。
同級生と言ってもクラスは違うし喋ることすらないから。私とその人との繋がりは今日みたいな雨の日に、空気がじめった少し居心地の悪いこの図書室でお互い静かに本を読んでいるだけ、という変わった関係。
雨が降っていない日の図書室は何人か人がいる。本を読んだり雑談したり勉強しているといった具合に誰かしか人がいる。
だけど雨の日は立地的に湿気が籠る図書室には誰一人として近寄ろうとすらしない。
その雨の日に来るのは物好きな奴だけ。つまり私のこと。誰もいない静かな図書室はとても私にとっては居心地の良い場所。
まあ、ちょっとじめじめしている空気が鬱陶しく感じる時があるけど。
私は雨の日の図書室に来るたびに、ひっそりと姿を隠すようにある古びた小さなソファーに座って持参の本を読むのが日常となっている。
最初、雨の日の図書室の隅っこにある小さなソファーは私の特等席だった。
でもいつしかその特等席の背中にはもうひとつ小さな椅子が置かれるようになっていた。
そしてその椅子に座っていたのが、その人だった。
初めてその場で会った時、その人、―彼は綺麗な顔なのに眉のしわを寄せたのが今でも印象に残っている。たぶん「女」の私に嫌気を差したんだろう。
遠目で見たことあるしカッコいいとも思っていたけど残念なことに私はミーハーではないのでなんの感情も湧かなかった。
あるとするなら「あ、逃げてきたな」ぐらい。
その時、私がとった行動は軽く一礼してからいつもの特等席に座って満足するまで本を読んだ。
正直言ってその時の私は彼に興味がなかったから。
そんな「女」の私の行動に驚いたように息を飲んだ彼は疑うような視線をずっと向けていたのが癪に触り、その日は早めに家に帰った。
それから数日後、久々の雨の日に特等席に向かうと、そこには彼の姿が会った。
ソファーの背中合わせに椅子を並べてコクり、コクり、舟を漕いでいたのだ。
たまに見かけるあの高嶺の花が可愛らしく舟を漕いでいる光景に今度はこちらが驚いた。だって話に聞くに彼はいつでも気を張り、女子を毛嫌いしており女子の気配には敏感だという。
その、彼が、「女」の私がこんなに近付いているのに油断しまくっている。
それほど疲れているのか…少々どころかかなり同情してしまった。
今日は帰ろう。そう思いその場を去ろうとしたら彼が起きた。
「………」
「………」
じめじめした図書室で、なんとも言えない空気が漂い始めたのでとりあえずこの前のように一礼してから特等席に座った。
それからというもの。そのなんとも言えない日から雨の日は、背中合わせに彼が居るようになった。
お互いに一礼から入り、するといえば、本を読む。たまに飲食禁止の図書室にこっそり持ってきたイチゴオレを飲むことくらいだった。
晴れの日に行ってみれば彼は居なかった。
雨の日の限定での顔見知りになった私と彼。
まだ1度も喋ったことはない。
初めは警戒していた彼も5回目の雨の日には慣れたようだ。だから今はあの嫌な視線は感じない。むしろ今ではこの距離感が心地良いくらい。
背中合わせにいるのに話さない。かと言って無視する仲でもない。
ときたま視線が合えばまた一礼。
イチゴオレ以外にも持ってきたお菓子を差し出せば、遠慮がちに受け取り食べてくれた。次の日には彼がこっそりお菓子を持ってきた。
いつも1人だったから、他にも人がいることが新鮮で、些細なやり取りがちょっと楽しかった。
ああ、雨の日がさらに待ち遠くなってしまったのはいつからだろう。
なんて考えなくとも分かる。………残念な話、私もミーハーだったわけだ。
目が合えば一礼。ふいにまた目が合えばお菓子をあげたり、逆に貰ったり。
それだけで胸の奥が温かくなった。
恋かと勘違いしたらダメ。でもそれは無理だった。
彼に恋心を持ち始めたのに気が付いた私は雨の日に図書室に行くことを止めようかと思った。
だって恐らく彼が雨の日にあの少し居心地の悪い図書室に来る理由は常に傍にいる女子から逃げるためだろう。
幸いなことにそれから1ヶ月はまともに雨が降ることがなかった。
昨日は1ヶ月ぶりの雨の日。私は用事があり雨の日に欠かさず行っていた図書室には行けなかった。
今日も雨が降っている。
相変わらずじめった空気であろう図書室へ久しぶりに行く。
ガタガタ、うん。これも相変わらず立て付けが悪いな。
「あー、1ヶ月と1日ぶりの図書室だ」
「そうだね、1ヶ月と1日ぶりの顔合わせだね」
「うわっつ!」
いきなり話を掛けられた。誰だっ!声がした方を向くと居たのはまさかの彼でした。
いや、なんとなくそんな気はしていたけどっ!
「久し振り、昨日は来なかったね」
「…えー、そっすねぇ」
「昨日は来なかったね」
「………家の用事でちょっとね」
なんだコイツの圧力は。というか初めて喋ったよ。初めて声を聞いたよ。
「…ふーん、ま、いっか。」
「…はぁ、」
「ところで、僕まだ君の名前知らないや」
「私も知らないけど」
あ、そっか。そう笑う彼。……なんか聞いてたイメージと違うんだけど。
なるほど、これが世に言うギャップというものか。
「ここ1ヶ月まともに雨が降る日がなかったね」
「え、あー、そうだね」
「君は雨の日にしか来ないから。昨日久し振りに君に会えるって僕楽しみにしてたんだ」
「……はぁ」
「ねえ、雨の日の顔見知りさん?」
顔見知り、そう言われて胸の奥が温かくなるんじゃなく痛くなった。
自分で顔見知りって思ってるのに本人の口から聞かされて傷付くなんてバカだな。
「僕はね、葉山和人。君の名前は?」
「…相間、七弥」
今さら名前を教え合ってどうなるんだろう。顔見知りは変わらないだろうに。
「相間七弥さん。良かったら僕と付き合うことを前提にお友達になってください」
「………………………へっ!?」
雨の日限定の背中合わせの顔見知り。
私は、そんな背中合わせの顔見知りの人と今から恋をする。