(5)
もしこの娘が、「汚染」の前だったら、ふつうに、あたりまえの幸せをあたりまえに享受していたであろう。
でももうだめだ。彼女は、その傷口から、ゾンビ感染が終わっている。
目はうつろ。体の挙動は緩慢。左腕はざっくり斬られている。ぷらぷら、破れた服と同じように、腕がぷらぷら垂れ下がっている。ーーそう、それがゾンビの証。これだけの身体ダメージを負っていながら、まだ生存している。
……いや、「別の存在に成り代わってしまった」
Q1。
このような存在をどうすべきか。
A1。
むろんのこと、即座に撃滅。
この回答にもたらされた時間、コンマ1秒。だってそうでしょう? もうこの少女は助かる見込みはない。
一度ゾンビになった人間が、元に戻るすべは……ないわけではない。が、現代ネクロマンシー(魔法科学の死体ケア領域)がそれをやるには、ひとりあたりにかかるコストが非常に高い。
ましてや、今回のミッションの場合、村全体が「そう」なのである。だったら、例外を認めるわけにはいかない。
けど。
「たすけて……」
Q2。このように、助けを求められたら、どうするのだろう。
A2ー1。
センチメンタリズムによって、この子を悲壮な覚悟で助け出す。
A2ー2。
むろんのこと、即座に撃滅。
このニ択である。
さて私とキギフィは……
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「いいんちょーさ」
「なに?」
「爆薬つかうかね」
「どっちみち、全部ここらへん燃やすんだから、いいでしょう」
私は、反射的に「A2ー2。」を取った。二丁拳銃を持ち出す間もなく、ベストの中の設置型爆薬の雷管をセット、その幼女に投げた。
うつろな目で「次のなにか」を待ち望んでいる彼女を、考えさせる間もなく、木っ端みじんに吹き飛ばした。
「ま、そうだけどさ」
キギフィは、不満を垂れているようだ。
「私がばしーっとやったのに、いんちょ、爆薬出すんだもんなぁ。私びっくりの助だよ」
「手を煩わせるまでもないわよ。異存はある?」
「いやー、私かいんちょーか、どっちか、もしくは両方がやればよかったんだけどさ。それにしたって、どっちの武装も銀加工してるんだから、いつものように、ドタマぶち抜けばいいじゃない。なんでそこまでしたの?」
「どうだっていいじゃない」
まあ、私のとった行為は、ひとりの戦闘力の弱いゾンビに対しては、やりすぎだっただろう。
でも、そうしたかったのだ。
そこらへんの感情は、語っても仕方がないので、キギフィの言及には、つっけんどんな態度をする。
「……いいんちょは抱えすぎなんだってば」
「……っ!」
見透かされたような感覚。いや、見透かしているんだろう。
この娘はいつもそう。のんきなふりして、マイペースなふりして、人のことをよーく見ている。それを深刻そうに言わずに、いつものようにのんきにいうものだから、こっちとしてはよけいに不意打ちである。
「後味の悪い殺しだったでしょ?」
「別に」
私はこれまたつっけんどんに返す。
GMP3ユーゲントがそんな感情を入れてどうになる?
なのに、キギフィは、どこかの探偵のように「推理&解説」してくる。
「救われないのは、わかってるよ。あの女の子。でも、助けて、言われたらね。センチメンタルな感情も沸くさ。さてどうするか、いうたら、『我々の場合』だったら、『よりよい殺し方』の模索、をするしかないよね。ぶっ壊したり、ぶっ殺したり、傷つけられたり、恨みを買われたりすることしかできない連中だからさ、私たちは」
後ろ手に槍を構えて(あるいは女学生がハンドバックを後ろ手にもつように)、キギフィは歩きながらいう。いつものように飄々と。
「ほんとに、私がやろうと思ってたんだよ。なのに、いいんちょ、即座に爆薬出すもんだから、私の反応速度、落ちたっちう話さ。……ハンドガンでぶち抜くんでもよかったのに、ふっ飛ばした、っていうのは、あれかな? 痛みを感じる間もなく『消して』あげたかった、っていうこと?」
……腹立つ。
90点くらいの回答だっていうのが腹立つ。この娘は私を見透かして、なにをしたいのだろう。
「GMP3候補生として、ありうべからざる行為だといいたいわけ?」
私の口調も、自然と荒くなる。キギフィに対し、詰問するような感じにすらなる。
「……うーん、そうじゃなくてさー」
もごもごした、煮えきらない態度をするキギフィ。この娘にしては珍しい。
「はっきりいいなさいよっ」
本当に、語気が荒くなる。
「……汚れ役、引き受けてくれたんでしょ? ひとりで」
「……っ!!」
瞬間、私は非常に頭が沸騰し、危うくキギフィにつかみかかろうとした。
腰と胸にセッティングしたハンドガンに手を伸ばさなかったのは、GMP3の教え。「仲間に銃を向けるな、遊びでやっているのではない」の遵守。
でも、私も野蛮な中級吸血鬼と同じことをやって許されるのだったら、銃すら向けていたかもしれない。
「あなたねっ!」
私はキギフィをぎっと見据えて (睨んで)、告げる。
「私は! ただミッションを遂行しただけ! それを正義感みたいにとらえられたくないの! 正義? 違うわ! あなたのいうことは、まさしく偽善行為よ! 生ぬるい……逆に汚らわしい!」
それは、本心からだった。本心で、そう思ってやっていた。
でも。
……正確には、それを「本心」とセッティングして、私は後悔することなく、行動に移したのだ。
後悔こそが、私たちの仕事にとっては、もっとも敵である。一回の戦闘で、いちいちトラウマになっていたら、一流の戦闘員には、千里の道を経てもなれはしないだろう。そんな無駄なことはしていられないのだ。
でも。
……キギフィの言っていたことは、「本心」をセッティングする前に、考えていたことではあるのだ。
後味の悪い殺しではある。
だからこそ、あの幼女に、恨みも、痛みも、悩みも、後悔も、全部させないまま、「あれ?」と幼女が思った瞬間のまま、彼女の人生を終わらせたかった。
これ以上の苦痛は、この幼女の人生には、いらない。せめて「この人生(物語)」の外枠があるのだとしたら、そこで安楽でも得てもらいたい。
これが私の合理的精神だ。GMP3のメンバーなら、理解してくれると思う。
私が腹がたつのは。
そのことを、いちいち暴くことなのだ。
もう解決済みの心情/信条を、どうしてわざわざひっぺがすのか。かさぶたみたいに。
「うーん、なんでそんなに怒るのかなー、いんちょーらしいっちゃらしいんだけど」
「あなたに私のなにがわかるっていうの!」
我ながら、三文芝居めいたセリフだっていうのは、重々承知しながら。
「わかんないよ」
キギフィは、淡々と、そうつぶやいた。
「わかんないよ、いんちょが考えてることすべてなんか」
「……バカにしてるの、あなたっ!」
「バカにしてる相手に、お礼は言わないよ……ちょっと頭冷やそうよ」
そこで、にこっとキギフィは笑うのだ。
これが、嘲笑だったら、いよいよ私はハンドガンを抜いていたかもしれない。
だが。
彼女が見せたのは、慈しみに満ちた表情だったからだ。
……それを見抜けないほど、私も機械になりつくしたわけではない。
……冷静に、か。
そうね。
私は黙る。
「ハチの巣にすることだってできたわけさ、いんちょーだったら」
「銃弾がもったいないわ。あんな幼女ひとりに」
「で、私のほうが近かったんだから、私に振ることだってできた。なんせ、指揮系統っちゅうか、場面の判断を冷静に見て、指令を下すのは、いんちょ、すごいうまいから」
「……」
「徹頭徹尾、私の憶測なのだけど。いんちょーはさ、なんちゅうか、『指揮官』として……リーダーとして、責任とってくれた、って感じがしたんだ。この作戦……じゃない、ひととしての大義を、守るため的な。で、ヨゴレな仕事を自分で引き受けた、っていう」
「合理的に、洗浄はしっかりやっといたほうがいいってだけよ」
「やりすぎ、は、合理的とは違うよ」
私は反論しようとして、できなかった。
実際、論理的には、この子のほうが正しい。
「私だけをかばってくれた、というんじゃない。きっと、この作戦に携わる、みんなをかばってくれたんだ。あの幼女は、ここだけじゃなく、どこかにも現れたかもしれない。ほかの……たとえば、放火を担当する班とかね。あの幼女は、たまたま私たちのとこに現れたのさ。……あの幼女は、どっちかというと、私が撃滅したほうが、よかった。でも、あえていんちょは……」
「憶測ね。採点はしないけど、憶測であることをあなたは自覚なさい。押しつけも却下」
「……ありがとう」
「なんでお礼を言うのよ。しかもそんな神妙に」
「私がお礼を言いたいから言うんだよ」
そこで、キギフィは、異様に真剣な目をしていう。
……この目からは、誰も逃れられない、という目をして。
「仁義とか、徳義、っていうのは、理屈じゃないから。理屈じゃない、神聖なものだから。人間、ね……人間っていうのは、ひとにかばわれることなんて、そうそうないんだよ? いんちょはそれをしてくれた」
……私は、別に、感謝されたくて、やったわけじゃない。
これは、徹頭徹尾、私のエゴ。
なのに。
なのに。
この娘に見据えられると、動けなくなるのは、どうしてなのだろう。
彼我の才能の差? いえ、違う。
私は、この娘の……輝きみたいなものに、嫉妬しつつも、目が離せないのだ。
「いいんちょ」
キギフィは、いう。
「ありがとう。……この場じゃなかったら、ハグしてキスしてるとこだよっ」
私はポーカーフェイスには自信がある。
だから、胸の奥から、湧き出てくるような赤面要素を、すごい勢いで押し殺した。
とりあえず、この章、おしまいです。
次章から、場面が変わります。