(3)
ゾンビの群を撃滅して、生徒の部隊集合箇所に帰還するために、二人連れ添って、鬱蒼と茂った森の中を歩いている。
「あなたは補給を軽視しているのよ」
「してないよー」
相変わらずののんきな声--小鳥のようにあどけない声の持ち主に、私はタクティカル・ベストに備え付けられたサバイバル・ポケットから、水筒を出して、放る。
「ありゃりゃ、ありがとう。よくわかったね、のど乾いてること」
「体の動き方を見てればわかるわよ」
「やだ私、見られちゃってる?」
そんだけ輝かしい美貌なら……と反射的にいいそうになって、私は自分がおかしくなっていることに気づく。その口を黙して、別のことを紡ぐ。
「生態学、エクストリーム環境における、高次運動のあとの対処法……」
「おー、あのヘタクソなイラストがのってたとこ!」
「そういうどーでもいいとこで記憶してるのね、あなた……」
「だってヘタなんだもん。フトモモと胴体のバランスがおかしいっちゅうねん」
「……まあ、それでも、テキストの中身は頭に入っているようね」
ここがまた、腹立たしいところでもある。
こういう、適当な覚え方をしていて、きっちり、成績優秀なのだから。
だったら、きちんと補給をしときなさいと言いたい。
「きちんと補給をしときなさい」
言った。私は遠慮のない人間である。
「だって、体が重くなるんだもん、レーションとか水筒とか持ってると」
「そんなことを言ってると、いつか後悔するわよ」
「いいんちょーはまじめだなぁ」
多少ムカついた。
いやいやいけない、GMP3は機械たることを尊ぶ……この程度のことで、判断を乱してどうするのだ。
ところで、委員長、とは私のことである。
キギフィと私が在籍しているクラスの、一応まとめ役を仰せつかっているのが私だ。
正直、人望とか能力が秀でているわけでもない、と自分では冷静に分析できている。だから辞退しようと思って教官に申し出たら、
「そんぐらいの判断が下せてる奴に任せたほうがいいのです」
と、逆にあげ足とられるような弁術でだまくらかされた。卑怯である。
「知らないからね、いつか水筒とかが必要なときになっても」
「そしたらいいんちょーのをかっぱらう」
「ぶっ殺すわよ」
「あははははは」
この娘は本当に腹がたつ。
クラスで一番の成績、実力、戦闘能力、撃滅履歴、対人戦闘経験。
それでいて、いつもこういうふうに、脳天気で、つかみ所のない性格。
しかも、これだけの美少女。とくに着飾っているわけでもないのに、化粧ひとつしないのに、諜報部のハニー・トラップ(色仕掛け)専門班の誰よりも美しいというのは、どういうことだろう。
でも、どうやら、そんな彼女に腹がたっているのは、私だけのようだ。
たいていの教官は、彼女に最高の教育をほどこす。彼女の才能から。
たいていの生徒は、彼女を特別視し、一目も二目も置き、「あいつは特別だから」と見る。彼女の才能から。
彼女の才能を否定したところで、どうせ自分の才能や技量が、彼女に比肩しないことを、皆、重々承知していから。
だったら素直に認めてしまって、また自分なりに精進すればいい。なにしろGMP3は客観性と合理性を尊ぶのだ。
私もそんなことは重々承知しているハズの人間だが……事実、クラス間の諍い(多くは、成績の競争に起因する、ストレスフルな環境ゆえにおこるものだ)を調停する立場にあるのだから。しょうがなしに。そんな人間は、こういう感情は……
あの子……キギフィに対する、嫉妬のような感情は……
とっくに消え失せているはずなのに……
でも、因果なことに、この子と共にミッションに望む頻度が多いのだ。
コンビというわけではない。事実、この子は相棒という存在を必要としない戦闘スタイルである。
それでも私が「あてがわれる」のは、アンカーのような役割なのだろうな、というのは、まあ、理解する。
こういう天才には、ある程度のアンカーが必要なのだ。そうすることによって、周囲とある程度足並みを揃えさすことができ、結果、本人のためにもなる。周囲の「より、凡才でしかない生徒」も、それに影響されて、奮起する……と、私が読んだ、教育学のテキストでは書いてあった。
そこまで理解しているのに。
どうして私は、この子に苛立つのだろう。
隣で笑っているこの子を見ながら。
その笑顔を、自分の好みとは違うながらも、美しいと思いながら。
私は歩く……機械たろうと思っているはずなのに。