(2)
私はすぐに--何の幻想だ--感情を立て直し。
いや、むしろ正確にいうなら、「より感情を冷凍し」。この戦場に向かい直す。
そもそも、こんな戦場において、この子のようなのんきな態度は、似つかわしくないのだ。ナメている。それが私は少々腹立たしい。
だが……
こと戦闘能力においては、この子と私は、すでに幾千もの開きが、あることを認めなくてはならない。
一般人にとっては、私とキギフィの間に、それほどの違いがあるとは見受けられないだろう。
だが。
「……来る!」
「だねっ」
私はその場で、両腕を二時と七時の方角に構える。要するに体を水平に斜めにして、それぞれの延長線上にいる敵を、射的範囲に定める。
まったく同時に(むしろ私よりも反応速度は早かった)キギフィは、そんな私をガードするように、「とりあえず」前に出て、槍を立てた構えで、防御の姿勢をとる。
クロスファイア・シーケンス・プログラム。
人間の持てる可動範囲が、「重力下」「非義肢武装」においては、一度に直線攻撃できる範囲というのは、「あっち」と「こっち」でしかない。つまり二面。二方向。
それでは、どうしたってスキは生まれる。東洋には、どっしり構えた「ヌリカベ」という化け物がいるらしいが、それは横方向には動かなくても、縦方向……とーん、と倒せば、あっけなく倒れてしまう。
そんな寸法だ。
まあ理屈はともかくとして、私がすべきことはひとつ。
一瞬のうちに視認した、二時方向と七時方向のゾンビに向かって、両手のハンドガンを斉射するのみ!
駆ける音のように、ダダッ、と。
両の銃口からマズルフラッシュが、夜の闇を散らす。花を、散らす。
その向こう……私が放った銃弾でもって、ゾンビもまた、花を散らす。絶命の。
さながらザクロとヒガンバナ。
「ひゅう♪」
この娘は相変わらずのんきである。すこしいらだつ。
……わかってはいる。それが、実力に裏打ちされたものだということは。
事実、彼女は軽口めいた態度であろうとも、前方後方の二方向への、ビリビリした、電流めいた注意信号は、怠っていないからだ。
触れなば斬れん。
……私が、どれほど努力しても、この殺気は出せない。というか、この「気」でいうなら、もうユーゲント卒業にして、GMP3本隊レベルじゃないの……?
それが、戦の申し子だというのか。
天才……ユーゲント始まって以来の天才。
キギフィ。
どこで差がついたのか……
と、私は物思いにゼロコンマ数秒ふけった。
「どしたの?」
--バレた!?
いやいや、なにを勘ぐっているのだ私は。
これは彼女随一の「勘」だ。先ほどまでの張りつめた「気」の延長線と考えれば、納得はいくだろう。これほどの緊張感であったら、ひとの思考のブレなど、すぐに勘づく。
戦場とは、ただの肉のぶつかり合いではない。少なくとも、高度のレベルのそれにおいては、そうじゃない。
戦場とは、無限の「読みあい」と「だまくらかしあい」だ。
それを私は、骨身にしみて知っている……座学では。それこそ、授業のベンキョウ的成績では、私とて「優等生」なのだ。
……だが、それが戦闘でどれだけの価値を持つ?
……生き残れるのは、それを骨身にたたき込んで、骨髄とした者だけだ。
それが、知識の真の意味。命がけの情報。
私は、そんなコンプレックスを悟られないように、
「なんでもないわ」
とだけ。
本当なら、感謝のひとつでも出せればいいのだけど、ここは戦場だ。
感謝なら……今回、完璧にこのシーケンス・モーメントをお互いがこなせたこと。そして私たちは、無事に生き残っている。それが、最大の証じゃない?
--機械たれ。
--機械たれ。
別に人間性を捨てなくても構わないが、
が、
それはミッションの、より高度な達成のための「潤滑油」たれ。
--機械たれ。
--機械たれ。
マントラのように繰り返されるユーゲントの教え。
確かに、マントラという「肉体的精神学」を重視するくらいには、GMP3ユーゲントは、人間性を軽視してはいない。
人間性、それは、
より高次の機械殺戮を可能とするための、人間性――