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お隣さんとお隣さん達  作者: 遊色ヒツジ
お隣さん達、出会う
2/4

お隣さんと左隣の俺

まだ肌寒い四月の初めにマンションの廊下で見た後ろ姿は、タイトなミニスカートから伸びた脚と弾むような軽い足取りが印象的だった。

自室のドア半開きのまま後ろ姿、というか主に脚、を目で追っていると、隣室のドアが開いて視界が遮られた。あああ見えないー。

ドアは中から人が一人出てきてすぐに閉じたが、すでにその印象的な後ろ姿は見えなくなっていた。ああ惜しい。


一方、ドアから現れた小柄な女子は閉めたドアに向き直るべく回転して、隣の部屋から半身出ている俺に気づいた。

そっち方向を眺めていた俺とはバチーンと目が合う。

あ、やべ、俺挙動不審かも、と思って怯んだが、彼女はにこやかに挨拶をしてくれた。ほっとした。

「こんにちは」

おとなしそうな、可愛い感じの人だった。俺の好みとは違うけど、人気ありそう。

一人暮らしを始めた当初ならかなりテンションが上がったかもしれない。…一人暮らしするとなれば、男子たるもの期待はするものである。残念ながら当初の隣人には、いそいそと挨拶をしに行ったもののご縁はありませんでした。

いつのまにか隣は入れ替わっていたらしいが、うん、俺ももうそんな若造ではないのだ。


…ともかく、角部屋住まいの俺にとって唯一の隣人である彼女が友好的なのはラッキーです。

俺も軽く頭を下げて挨拶を返した。

「こんにちは」

「こないだ越してきたんです。よろしくお願いしますね」

ということは、新入生だろうか。

ぺこりと頭を下げた彼女に、向こうから「まだー?」という声がかけられた。

ちょっと苛立った、しかし快活な声だ。

彼女はさっとドアに鍵をかけると、では、とまた会釈して急ぎ足で階段へ向かった。

その先、階段への角を曲がっていったのはもういないと思っていたさっきのあの後ろ姿だった。

小柄な隣人の頭越しに、ちらりと見えた楽しそうな横顔。短くて茶色いポニーテールの先とポケットに手を突っ込まれた明るい黄色のパーカーの裾が、彼女の動きにつれてひらりと翻って、消えた。



あれから四ヶ月と少々。俺はお隣さんに一方的かつ部分的に親しんでいた。

ミニスカの彼女はどうやらちょくちょく隣の部屋に遊びに来ているようだった。

ときどき壁の向こうからきゃらきゃらきゃら、と明るい笑い声が聞こえる。

なぜ分かるかというと、なんとなく声がそうな気がしたのと、どうもその彼女以外に隣室には客がないようだからである。であれば、あれからもう一度、合計二度しか見ていなくても声の主は彼女だろう。

たぶん。


二、三日前には新展開があった。

音量を考えるなら、爆笑、しているのだろう。またイイ笑い声が聞こえるなー、と思っているとそれに反論するらしい別の声が聞こえた。

珍しい。内容までは聞こえないが、どうやら他の客がいるようだ。

おとなしげな隣人は本当におとなしい人らしく、声が聞こえたことはなかったのだ。おまけに、なんだか語気が荒い。これはきっと第三の人物であろう。

その日はこれまた珍しく、深夜まで盛り上がっているようだった。

たぶん。


…自分でも、隣人の生活に聞き耳を立てているようだと居心地の悪さを感じないわけではない。でも内容は聞いてないから良いと思う。不可抗力だし。

もちろんこれだけ聞こえてて内容が気にならないわけでもなくて――不思議とうるさいとは思わなかったが、なにせ毎度毎度壁を突き抜けるほど笑っているのだ――心底楽しそうな笑い声は、後ろ姿の印象と合わせてすっかり気になる声になっていた。


できれば真っ当にお近づきになりたい。とは言ってもそこは近所づきあいなど無い現代社会。

しかもここは学生マンションだ。

せいぜい四年以内にすれ違っていく近頃の若いもんに、お隣にお裾分けに行って世間話などと言う行動パターンはない。

偶然装って廊下で出会おうにも、そこまで生活音が筒抜けな訳じゃない。というか、そこまでやったらさすがにヤバイ人だ。ストーカーという単語がちらつく。

気になる声は、俺がただ勝手に親しんでいく、気になる声のままだった。



しかし。隣に住んでいる以上たまたまタイミングが合うときも訪れるわけで。

第三の人物が現れ、どうやら定着してからしばらく後。後期の授業が始まった頃に、夕方コンビニに行こうとドアを開けると、ちょうど隣のドアが鳴った。

どきどきした。さりげなく、ゆっくりとドアを閉めゆっくりと鍵を取り出しゆっくりと鍵をかける。

彼女だったら、声をかけてみようと思う。

じゃあねー、じゃあなー、という声とともに現れたのは…快活、とはちょっと縁遠そうな中背黒髪の女子だ。うむ…色々違う。これは第三の人物か。


期待は外れた。それでも俺はそれほどがっかりしなかった。

うっすら暮れかかった廊下に現れたこの黒髪女子には、なんか見覚えがあったのだ。

あれ?と思っている間に、黒髪女子はちらりとこちらを一瞥して、隣の隣の部屋の鍵を開けて入っていった。すぐそこで、うちと同じ灰色っぽい青のドアがパタンと閉まる。わあ超近所。

そうそう、彼女は確かサークル棟でよく見かける人だ。会釈ぐらい交わしたことはあるんじゃないか?

閃いた。

部屋が近所で、顔見知りと言って言えないことはない。

これは、次にサークル棟で見かけた時に話しかけても、OKじゃね?

話しかけて、気になる声の彼女を紹介してもらえまいか?だって最初の「じゃあねー」は明るい、あの声だったから!


当人と出会えたわけでもなく、これごときでツテができたと喜んだ俺も大概で、もういい加減認めるけど、気になる声の彼女は本当に好みなんです。元気、明るい娘が好きです。ついでに脚派です。

べーつに告りたいとか付き合いたいとか、そこまではさすがにないよ?でもすっごい好みの異性が知り合えそうなとこにいるのよ?ちょっと積極的になっても良いんじゃね?ね?



善は急げ。思い立ったが吉日。

その翌日には早速黒髪女子の彼女にばったり出会うべく、授業の合間合間にサークル棟へ通った。

彼女はサークル棟入り口辺りの日当たり適宜・風通し良しのベンチで、よくご飯やお菓子を食べているのだ。たいてい一人で。

今までちょっと変わった人だと思っていたけれど、こうなると都合が良い。さすがに俺も女子グループに一人で話しかけるのはつらい。

そんなこんなで首尾良く昼休みに彼女を発見、何度も頭の中で繰り返した台詞を再チェックする。さりげなく、さりげなく、笑顔で!


「こんちは」

う。かなり気を遣って話しかけたはずなのに、ものすごく反応が、悪い。気がする。

メロンパンをかじりながら携帯をいじっていた彼女は顔を上げたものの、無応答無表情だった。

あああ。苦手だあああ。こういうひとにがてだああああ。それでもがんばれ俺!

「あの、昨日マンションで見かけたんで、隣の隣で、近所なんだなーと思って。

 俺、トリなんでここでもよく見るし」


彼女はかすかに眉をしかめ、じっと俺の顔を見た。

説明しよう!夏の風物詩、鳥人間コンテストをご存じだろうか?俺はこのコンテストに出場するサークルに入っている。つい夏休み中に本番があり、暑いと同時に熱い一日だった…。

なんだかんだ言って理系が主役のこの大会、文系の俺にとってはクウリキナニソレ?の世界だが、大きなものをよってたかって作って、空を飛ぶってロマンじゃね?と思っている。

このサークル全然別の名前はあるけど、鳥人間からとって付近では『トリ』と呼ばれています。

…まだ彼女はじっと俺を見ている。間が、持ちません!


十月に入って、だいぶん涼しくなった風がそっと吹いていく。確かに、ここは外でご飯を食べるには気持ちの良い場所だ。

心象風景としてはアレだ、冷や汗ダラダラだなあ、とか考えなから待っていると、彼女はちょっと眉を上げ、やっと口を開いた。

よかった。コミュニケーション成功だ…。

「ああ、そういえば。そうかも?」

…前途は多難であった。

何はともあれ、なんとか自己紹介をし、全然しゃべってくれない寺西さん(名前は教えてくれた)になんとか気になる彼女のことを聞けそうな段階までこぎ着けた。

この人愛想無いんだもん!お隣と友達なんですねーよく遊びに行ってるんですか?という俺のフリに対して、「いや、別に」の一言!

どうしてこんなにサービス精神がないんだろうか。もう少し、何らか反応してくれてもいいんじゃないか?!そもそもそれ何の否定かよく分からないし…友達っしょ?俺は今例の彼女にとって、友達の知り合いになるべくがんばってる訳だよね?めげるな!俺!


そんな彼女がやっと多少の反応を見せたのは、隣賑やかですよねー、と振ったときだった。一拍おいて表情が変わり、いぶかしそうな顔で聞き返してきた。

「賑やか?」

それでも、一言の鸚鵡返しだったけどさ。これを逃してはもう会話の糸口がぷっつりである。

「ええ、すごい楽しそうな笑い声が聞こえてきません?わりとしょっちゅう」

「…聞こえてるのか」

「もうばっちりっす。だから気になっちゃって。

 二回ぐらい見かけましたけど、茶髪の子。あの子もここの学生ですか?」

すかさず『あの子』の情報を求める俺!

「いや、違うよ」

糸口がぷっつりである!

さすがに目に見えて落胆したらしい俺をちょっとはかわいそうに思ったのか、その時初めて寺西さんから話が振られた。

「あー、もしかして紹介希望か?」

話、早っ!!


話はごくあっさりとまとまってしまった。

「悪いな。さすがに初めてしゃべった男を紹介はできん。

 それに私、彼女の携帯やなんかを知らんし」

ここで引いては男が廃る。それでもいいから、俺の存在を彼女に伝えてもらえまいか。

「まあそれぐらいならするよ。次会ったときにでも話しておく。

 隣に自分に興味のある男がいるってのを、知らんのも気持ち悪い感じだし」

「気持ち悪いってそんな…。もう、とりあえずお願いしますよ!」

っしゃあやったよ俺!

そして、話してくれるだろうか、いよいよ会えるだろうか、もしかして警戒情報として伝えられて、キモーイとか言われてしまうんではないか…とかわくわくどきどき、ちょっと落ち込んだりもした日々は、これも意外にあっさり終わることになる。



仲立ちを頼んだ二日後、またサークル棟の前で寺西さんを見つけた。

期待と不安を胸に、いやいやここで急かしてはいかん、軽く挨拶程度にとどめるべきだろうか、と横を通り過ぎるルートをとろうとしていると、向こうから呼びかけられた。

「トリさん」

それ俺のことだよね!名前教えたよね!それは団体名だから!

ちょっと悲しい。

でもそんな感情は次の一言で吹き飛んだ。

「笑い声の彼女、藤川って言うんだけど、一回会おうってさ。

 どっか夕方でも空いてない?」

登場人物そろいました。


ちょっと描写足しました。(9/14)

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