表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

これからのこと

 大貫は病院で手当てを受けた。頬に切り傷を負ったが、幸いにも深い傷ではないらしい。

 治療を終えた大貫と私は、病院の時間外受付の前で長椅子に座り、お会計を待っていた。

「大丈夫?」

 頬に大きなガーゼを貼られた大貫が痛々しい。

 でも大貫はなんともなさそうな顔をして、私を横目で見た。

「浅野さんこそ」

「私は大丈夫だよ、無傷だもん。私は大貫くんの付き添いみたいなものだし」

 むしろ、無傷すぎて申し訳なくなる。

 あのヤクザ男は明確に私を狙っていた。ということは、私と関わらなければ、大貫はこんな怪我をする必要もなかったということだ。

「ごめんね、大貫くん」

「え、なに?」

「なにって、私のせいで怪我したじゃん。だから、ごめん」

「いや違うでしょ。元はと言えば俺が浅野さんちに空き巣に入ったわけだし、俺が加害者、浅野さんは被害者」

 そう言った大貫と私の頭上から、「いや」と否定する声が降ってくる。

「お二人はどちらも被害者ですよ」

 そう発言したのは、いつぞやの刑事だった。今回の傷害事件について話を聞きに来たのだろう。私たちに向かって軽く頭を下げる。

「大貫さんを刺し、大貫さんに空き巣を強要し、今回また大貫さんに怪我をさせたあの男、山下と言いますが、現行犯で逮捕しました」

 逮捕の言葉に、私の胸のつかえが取れる。安全が担保されているだけで、こうも身体が軽くなるのか。

 だけど。

「なんだったんですか、その、山下って人」

 意味不明すぎた。あんな人と接点なんてなかったはずなのに。

 私の問いかけに、警察官は眉を八の字にした。

「通り魔みたいなモンですね。たまたま見かけた浅野さんに一方的な好意を寄せ、力ずくで自分のものにしようとした。そこに大貫さんも巻き込まれた。悪いのは全部山下です。これからしっかり罪と向き合わせますので」

 警察はそう言うけれど、私の心にはまだもやがかかっている。

「罪と向き合って、反省するんでしょうか」

 だって、相手はヤクザみたいな男だ。警察に捕まったこと、大貫が反撃したこと、いろいろなことに逆恨みしていたら、あとからまた狙われるんじゃないか。捕まって大人しくなるなんて常識人の道理であって、犯罪もいとわないような人がそんな常識的な行動をとるだろうか。

 椅子から見上げた警察官は、困ったように苦い顔をしている。やっぱり反省なんて夢物語なのだろう。

 きっと、これから安泰なんて――。

「俺が守るよ」

 大貫の手が私の肩に回った。

 肩を抱き寄せ、私は大貫の胸元にすっぽり収まる。

「俺が浅野さんを守る。命に代えても守る。いつまでも守る。一生守る」

 さわやかな風が吹いた気がした。

「いや、命に代えられても困るんだけど。生きてよ、そこは」

 私はそう言いながら大貫の胸の中で彼を見上げた。大貫はいつにも増して凛々しい顔をしている。目には力が宿り、絵を描いているときみたいな鬼気迫る雰囲気がある。

 警察官が驚いた顔で苦笑して「では、また後日お話を聞かせてください。失礼します」と去っていった。気をつかわせてしまったことが恥ずかしい。でも、大貫は気にしていない。

「俺、浅野さんを一生守るから」

 彼はもう一度言う。

 私はその言葉を頭の中で精査した。言葉の奥にある彼の本心を見抜きたくて、口を開く。

「それは、罪悪感から?」

 大貫が黙る。

 なんだよ、黙るなよ、馬鹿。

 腹が立った私は、思っていたことをぶちまけた。

「大貫くんさ、ずっと空き巣に入ったこと、私を怖がらせたこと、気にしてるでしょ。それでそんなこと言ってるんだったら、張り倒したいくらい憎い」

 大貫を睨む。

「私、同情とか罪悪感で守られるほど弱くないから」

 だから、私を守りたいなら、私を愛しなさい。

 愛がないなら、守られてあげない。絶対。

 そんな私の視界が大貫の影で真っ暗になる。

 大貫の顔が近づいてきて、私の唇に大貫の唇が重なった。

 静かな病院内。私たちは二人、お互いの熱を確認した。

 大貫の顔が離れて、真剣な顔をした彼が私に言う。

「罪悪感はもちろんある。でも、それ以上に、ただ単純に浅野さんを守りたい。大事だから。二度と傷つけたくないから。世界で一番、大事な人だから」

 睨みつけていた私の顔が勝手に緩む。

 世界で一番大事な人は、悪くない。勝手に笑顔になってしまう。

「じゃあ、守ってもらおうかな。一生」

「じゃあ、喜んで守るよ、一生」

 互いにコツンと額をぶつけた。

 笑みがこぼれる。

 大貫と出会った日、あの数分が私たちの運命を分けた。

 これから私たちは、二人で協力して新しい人生を築いていくだろう。大貫は介護施設を足掛かりに、きっと絵師として大きく羽ばたいていくはずだ。そのときには私も、すぐ隣で大貫を支えたいと思う。

 私たち二人の生活は、まだまだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ