事件の裏側
実況見分は翌週の日曜日におこなわれた。
警察官二人と共にやって来た大貫千は、ホストみたいなスーツ姿で現れる――かと思いきや、事件当日よりもさらに酷く汚れたTシャツ姿で現れた。おいおい、ガチか。礼儀がゆるいな。
玄関のドアを開けた私はそんな彼を見て、言葉が出なくなってしまう。
「すみませんでした。あと、ありがとうございました」
玄関先で一歩進み出た大貫が、私に向かって頭を下げる。
黒髪がハラりと動いて、3つ並んだピアスがキラリと光った。
やっぱりビジュは良い。だけど大貫はボロボロのサンダルに絵具がついたようなデザインのジーンズを履いていて、とても謝罪に来るような格好には見えない。常識面はマイナスだ。
私はあいまいに笑って、「いえ、べつに」とだけ答えた。大貫は申し訳なさそうにうつむいている。
というか、謝罪ってこれで終わりかい!
菓子折りとか、そういうものもないのか。別に欲しいわけではないけど!
「では、当時の状況を再現していただいて、写真を撮らせてください」
警察官に言われるがまま、私は客人を部屋に案内した。
大貫が部屋のあちこち(主に、あさった場所だと思われる)を指さし、警察官がそれをカメラに収める。私はそれをぼんやり眺めていた。
大貫の横顔はアイドルみたいに綺麗だ。
この前韓国でやっていたアイドルのオーディション番組で、圧倒的一位を取った男に似ている。身長も180センチはあるだろう。警察官が身体を引きながら、頑張って彼を画角に収めている。
なんでこんなボロボロの服を着るかなあ、と思う。まともな格好をしたら絶対に目を惹くのに。もったいない。
それから数か所で写真を撮り、私も大貫発見当時の状況を再現して、実況見分は終わった。
「あの、すみません。ひとつ聞いてもいいですか」
私は帰ろうとする警察官と大貫に声をかけた。
「アンタ、なんでウチに侵入したの?」
率直な疑問だ。私は鍵を締め忘れたことなんてないし、どうやって家に入ったのか、なぜ我が家だったのか、聞かなきゃ納得できない。大貫が背中を丸め、脇腹を撫でながら口を開いた。
「依頼されたんです、ヤクザみたいな人に」
「……え?」
急に大きな話になって困惑する。
「ヤクザって、ヤクザ? 知り合いなの?」
「違います。俺、路上で絵描きしてて、そこで声かけられて。たぶん俺、こんなヒョロガリだから、脅せばなんでも言うことを聞くとでも思われたんだと思います」
私はこめかみを押さえた。
意味がわからない。
ヤクザに声をかけられて、多少脅されたからって、犯罪をおかすか、普通。
しかも何? なぜヤクザは私の家に入るよう依頼したわけ?
困っている私に、大貫が申し訳なさそうに言う。
「お姉さん、たぶん狙われてますよ。ここに侵入して適当に何か盗んで来いって言われて、鍵も渡されました」
「はあ?」
大貫はおもむろにポケットから鍵を取り出した。我が家の合鍵らしい。
「なんでそんなもんがあるのよ! てか、なんでまだ持ってるのよ!」
警察官のひとりが、声を荒らげる私をなだめる。
もうひとりの警察官は慌てて大貫から鍵を奪った。
なんなの、もう。最初から回収しておいてよ!
ふたりの警察官を交互に睨みつける私に、警察官は肩をすくめる。
「勝手に合鍵を作る犯罪もあるんですよ」
「はあ?」
だから良いってわけでもないだろう。頭に血が登ってくる。
警察官は続けた。
「強盗、強姦、合鍵はいろいろな犯罪に使われます。彼の言う通り、浅野さんは何かのターゲットにされていたんでしょう」
「ターゲットって」
ヤクザに狙われる覚えはない。
口をへの字にする私に、大貫が言った。
「お姉さん美人で目を惹くから、たぶん、目を付けられたんだと思います」
美人。
目を惹く。
あら、そう。
この男、口は上手いらしい。
褒めたって許すわけじゃないのに、と思いながら私は彼から顔をそらした。
警察官が言う。
「狙われている以上、ここで生活するのは危険かもしれません。鍵の交換、あるいは、引っ越しもご検討ください」
他人事な物言いに、はあぁぁと大きなため息が私の口から漏れた。
「なんで私が」
空き巣の被害にあって、引っ越しって。なぜ被害者側がこんなに負担しなければならないのか。
「だいたい、鍵の交換は大家の許可が必要ですぐできません。引っ越しなんてどれだけ時間がかかるかわからないでしょ。どうしろって言うんですか」
本当にうんざりする。
「あの」
大貫が小さく手をあげる。みんなの視線が大貫に集まった。
「うちに来ませんか」
その提案にみんな絶句した。大貫が続ける。
「独り暮らしなので、浅野さんの安全が確保できるまで家を提供します。俺は公園で寝泊まりするんで、自由に使ってください」
「いや、なに言ってるの。あなた、加害者。私、被害者。あのね、加害者の家なんて怖くて行けるわけないでしょ」
「でもこの家に居る方が怖いと思います。誰が襲ってくるかわかんないっすよ」
そう言われてみれば、そうである。
ヤクザよりは大貫の方がマシ、なのか? よくわからなくなってきた。
「俺の家、すぐそこのマンションです。オートロック付き。俺は家へ近寄らないようにするし、心配なら玄関にチェーンつけといてください。これが、せめてもの謝罪と償いです」
大貫が深々と頭を下げる。
ふわっと甘い香水の匂いがした。
警察は難色を示したけど、安全性を天秤にかければ大貫の家の方がマシかもしれない。鍵の交換も引っ越しも簡単ではない。セキュリティに難アリアリの安いアパートと比べれば、たとえ加害者の家だろうが明け渡してもらえるなら安全だろう。何かあったらすぐに警察に通報するし、警察もすぐに来てくれると約束済である。
というわけで、私と大貫はそろって彼の家へと向かった。