55.この世界について
ブエルが家を出て数十秒、戻って来る気配はない。
良くしてもらったブエルには悪いが、何処だかわからない場所の施設にいて、じっとしていられるわけもない。
私はベットから立ち上がり、扉へと歩いていく。
しかし私が歩いていると、突然扉が動き始めた。
念のため腕を背中に隠し、銃化させ戦闘態勢をとっておく。
扉は開き、外から人....いや動物人、それも狼が入ってきた。
見覚えがある、確かマルコシアスって奴だ。
少なくとも敵ではない存在と確認し、私はそっと銃化を解除した。
「あ、タカハシさん!良かった目が覚めたんだな!」
扉から入ってきたマルコシアスは、私に気づくと歓喜の声をあげる。
「マルコシアスさん......すまない、どうやら助けてもらったようで」
「ってちょっと!何歩いてるんだ、寝ててくれ!」
マルコシアスはブエル同様、私がベットから離れているのを見て、安静にしてろと注意してきた。
「いや、そう言うわけにも。動いてないと体がなまってしまうんで」
「じゃあせめて座ってくれよ」
そう言うとマルコシアスはテーブルの椅子を引き、ここに座れと促す。
勧められるままに椅子に座り、向かい合う様に反対側の椅子にマルコシアスも座る。
「それで、体の調子はどうだい?」
「おかげさまで....この塗り薬のおかげか、もうすっかり治ったようだ。改めて礼を言わせてくれ」
そう言ってテーブルの上に置いてある、先ほどブエルが置いていった瓶の中身を確認すると、中には緑色の怪しげなクリーム?が入っていた。
こんなこと言うのも何だが、体に塗っても害がないか心配になってくる。
「いやいや、半日で治るほど即効性はないぞ。あの傷じゃあと1〜2日安静にしてないと治らないはずだ」
「ん?ああ....じゃ、この塗り薬と私の体質のおかげだな。ある時から傷の治りが早くなったんだ」
体の腕や足、指などを銃に変形させる私の『力』......便利だがデメリットも存在し、弾は自身の血か水分、骨等を使う。
そのせいで長期戦になればなるほど戦闘継続が難しくなり不利になる『力』だ。
だがその影響か、身体の回復力が異常に高くなり、重症でなければどんな怪我も、1日あれば完全に治る。
この塗り薬の効果と合わさって、半日で回復できたってことか。
「羨ましい体質を持っているんだな......あ、なんか飲むか?」
マルコシアスは思い出したかの様にイスから立ち上がり、聞いてきた。
今はコーヒーを飲みたい気分だが。
「すまない、お任せする」
流石に恩人に、コーヒーを飲ませろなんて言えるわけもない。
それにコーヒーが存在するかもわからんし......もしコーヒーがない........地獄か。
「おう、ちょっと待ってろ」
絶望する私をよそにマルコシアスはキッチンと思われる場所に移動する。
棚から箱とティーポットを取り出し、箱から茶葉をスプーンで掬い、ティーポッドに入れた。
かなり手慣れた様子で作業をしている......茶葉や容器の置かれている場所がわかっているあたり、ここは彼の家の様だ。
どうりで民家にしか見えないわけだ。
怪我をした私をここに連れてくるということは、この世界には病院の様なものは存在しないのか?
「そういえばタカハシさん、暗闇の吹雪の中遭難してたって言ってたよな。本当によく生きて洞窟まで辿り着けたもんだ」
ポットに水と石の様な物を入れながらマルコシアスは質問してくる。
「まぁ....訓練されてたもので」
それを言うなら防寒着を着ているとはいえ、おそらく目標であるゴブリンの巣に、暗い吹雪の中、無事辿り着いたお前たちも凄いものだ......それをまるで、吹雪なんて知らないかのような......。
そういえば妙だな、思い返せば洞窟の時もマルコシアスはまるで吹雪があったのを知らない様子だった。
彼らが洞窟に入ったのは.....私が洞窟に入ってからせいぜい5分か10分程度だろう。
あれほどの吹雪がそんなすぐに止むとは思えない。
これは一体....。
「いやいや吹雪はともかく、雪猿様の圏内で遭難して命があったんだ。奇跡と言ってもいい事だ」
雪猿様......また知らない単語だな。
「何だその....雪猿様ってのは?」
マルコシアスは目を見開き、驚きの表情を浮かばせながら、ポットと二つのティーカップを乗せたお盆を持って、テーブルに戻ってくる。
「驚いた.....知らないのか雪猿様を!」
この反応、どうやらこの世界では常識の様なものなのか。
(いっその事、別の世界から来たと言って、この世界について一から聞いた方が楽だなこれは)
私は心の中で決意し、マルコシアスに全て話すことにした。
「実は......長い話になる、聞いてくれるか?」
マルコシアスはティーカップを並べ、ポットのお茶を注ぐ。
「あぁ、ありがとう」
私は礼を言い、ティーカップに注がれたお茶を飲むと......確かに冷水を入れていたので、てっきり冷たいお茶かと思いきや、手、口の中と喉、そして体全体に熱を感じた。
なぜかはわからないが、冷たいお茶は一瞬で温かいお茶へと変わっていたのだ。
文明レベルが中世と侮っていたが、この世界には現代以上に便利な物や、機械が存在するのかもしれない。
「それで話ってのは?」
マルコシアスもイスに座り、自分用にお茶を注ぎ、話を聞く姿勢をとる。
私は、彼に全てを話した。




