46.自称女神の覚醒者
(......どこだここ)
目が覚めると純白な空間にいた。
何もかもが白く、それ以外は何もない非現実的なその場所は、明らかに現実の空間ではない。
私の死は間違いなかった、だとするとここがあの世....という場所なのだろうか。
動いて探索したい所だが、未知の空間で目印になりそうな物がない以上、下手に動くのは危険で迂闊な行為。
少なくとも、見える範囲に危険はない、ここでじっとしているのが安全でリスクがないはずだ。
私は常に周りを見渡しつつ、いつでも動ける様その場で座った。
そのまま何も起こらず、約8時間程が経過する。
不思議だが腹は減らないし、疲れも感じない。
訓練で鍛えてるからとか、そういう感じではない。
このまま五日間くらいは座り続けていられる様な気がする。
そんな事を考えていると、突如白い天井に穴が現れた。
即座に臨戦態勢になり、穴をじっと観察してると、中から何か人の様な生物が降りてくる。
翼が生え、白い仮面を被り、白い服を着た、息子と同年代....高校生くらいの女だ。
まず間違いなく『力』を持つ覚醒者であろう事はわかる。
あいつが私をここに放り込んだ張本人なのか、それともそれとは関係ない別の誰かなのか。
その女は、地に降り立つと私を目指して歩き出す。
本来なら銃を出し、立ち止まる様警告すべきなのだが、まだ手札は見せれない。
「止まれ、それ以上近づくなら対覚醒者規定に従って拘束させてもらうぞ」
私は歩いてくる女に向かって警告する。
高校生くらいといっても、覚醒者である以上油断はできない。
『力』は中学生や高校生で目覚めるのが最も多い。
中には『力』に溺れ、残虐事件を引き起こす奴もいる。
私の警告に女は足を止めた。
「こんばんは。ようこそ人間よ.....いえ自衛軍の方。私の空間へ」
立ち止まった女は私に向け喋った。
“私の空間”という言葉から、やはりあいつがこの非現実的世界の元凶。
ひとまずは情報だ、情報を集める必要がある。
「私の空間?ならこの世界はお前が作った物なのか」
「.....えぇ、とりあえず自己紹介でもいかがですか?」
そう言うと、女は何も言わなくなった。
数十秒という時間が無言のまま経過し、私はようやく悟った。
もしかして私から言えと、そういう事なのか?
「......私からか?」
女は、「はい」とただ一言だけ答えた。
「私は....」
「あ、一応言っておきますが嘘はやめてくださいね。嘘だとわかったら怒っちゃいますので」
名前を聞こうとしてくるのに警戒し、私が偽名を言おうとした瞬間に見抜かれた。
心を見透かす『力』なのか?
「....苗字だけならいいが」
「構いませんよ」
私は腹を括って苗字だけを言うことにした。
「私は高橋....高橋だ」
「はい、高橋さんですね。まぁ知ってましたけど」
知ってたならなぜ聞く?この女の言動が理解できない。
名前を直接聞き出す事で何らかの『力』を発揮できるのか、それとも“知ってた”と言った理由は私を混乱させるためか?
奴が私の事を私が思っている以上に知っている、そう私に思わせ自身が格上の強者であると錯覚させることが狙いか?
「では次は私が。私は女神、貴方達人間を見守る神です」
驚いたかどうかで言えば全く驚けなかった。
『力』に目覚めた者は、自身を神の使者やら神の意思やら、果ては自分こそが神だ、なんて言う奴らが結構いる。
こいつもそんな奴らのうちの1人なんだろう。
だが、神を自称する奴らは揃って強力な『力』の持ち主であることが多い。
大口を叩くだけの事はあるのが厄介だ。
ひとまず相手の機嫌を損ねないよう、女神という体で話を合わせておこう。
「そうか....女神様だとは露知らず、失礼な口の聞き方をしちまった。許してくれ」
「気にしてませんので顔を上げてください。私も....どうにも女神だと信じてくれない輩ばかりで困っているのです」
そりゃそうだろ、せめてあと8年くらい成長してからじゃないと信用されないだろ、その見た目じゃ。
「さて、早速ですが貴方には二つの選択肢があります」
「....選択肢?」
女神を語る女は語り始める。
「はい、貴方はここに来る前、自身の最後を覚えていますか?」
「....覚醒者との戦いで死んだが」
「えぇ、非常に悲しい事ですがその通りです。貴方は不運にも覚醒者に殺されてしまいました。そして、貴方はこのまま行くと残念ながら地獄行きです」
まぁ妥当だろうな。
俺自身が正義だなんて思ってもいない、どんな理由があれ人を殺したのは事実。
地獄が本当にあるのなら裁かれるべきだ。
「しかし、貴方は幸運にも異世界への転生の権利が与えられました。こことは違う世界で生まれ変わり、新たな人生を歩めるのです」
にわかには信じがたいが、異世界への転生.... 確か息子がそんな題材の漫画を読んでいたが、それがこいつの『力』なのか....?
「どうですか?興味ありませんか?」
「興味ない、地獄行きで頼む」
「え」
私は即答した。
この自称女神の言う事は信じられないが、少なくとも私は確実に死んだ、それは確かだ。
そして、私が地獄行きだということには共感できる。
私の仕事を知る知人は.....いや、対覚醒者部隊は巷じゃ正義のヒーローの様に慕われている。
血に塗れた私たちのどこがヒーローなのか、所詮は人殺しの達人集団に過ぎない。
だからこそ私が行くべきなのは地獄であり、異世界などではない。
「えー....うーん......」
自称女神は何か考えているが、何を考えているのか読めない。
そもそもこの覚醒者の目的がまるでわからない。
死んだ私の魂的なのを捕まえてここに入れたと考えることができるが、所詮は死者、もう何もできない存在だ。
そんな私を捕らえてもメリットがあるとは思えない。
異世界への転生が目的だとしたら、それはなぜなのか、どんなメリットがこの女にあるのか......今まで出会ったどの『力』よりも未知過ぎて推測することすらできない。
「......高橋さん、あなた覚醒者との戦いで死んだと仰っていましたが、その時なにか守ろうと思っていませんでしたか?」
急に何の話だ、そう思いつつも私は答えた。
「....市民を守ろうとしたが」
「ですよね!!実は異世界には魔王という凶悪な存在がいます。その魔王は人間を下等生物と呼び、か弱き人々は日々虐げられています。ですので是非とも貴方に転生してもらい、人々を救って頂きたいのです」
まるでプレゼンテーションをしてるかのように、自称女神は体を必死に動かしてアピールしてきた。
しかし....魔王か、まんま息子の持つ漫画の内容と一緒だな。
だが、異世界とやらの人間まで救えるほど私には力がない、それに他の世界の異物が介入するのは如何なものなのだろうか。
その世界にはその世界の歴史がある。
本当かどうか知らないが魔王とやらに滅ぼされているのならそれは運命、力が無いのなら諦めるしかない。
同情はするが救う理由を見出せず断ろうとした時、自称女神は私に言う。
「勿論タダでとは言いません。見事魔王を討伐してくだされば、どんな願いでも一つ叶えてあげましょう」
そのまま「例えば来世では......」と女神が続けて喋っているが耳に入らず、私は考え込んだ。
この女は信用できないし、言っていることが全て嘘の可能性の方が高い。
だが、何でも願いが叶う......もし、仮にあの願いが叶うのなら....と、考えてしまった。
完全に術中にハマった感覚だ。
嘘だと思う、思うがどうしても叶えたい願いがある者にとっては、地獄に垂れる蜘蛛の糸の様に輝いて見えてしまう。
「....聞きたい、その願いを今すぐに叶えられるか?」
「え、今すぐ....?」
私の叶えたい願いは今すぐじゃなければいけない、時間が経てば取り返しがつかなくなる。
いま叶えられないのなら意味がない。
「それはなぜですか?魔王を討伐した報酬だと言いましたが」
自称女神は私を問いただす。
「私の願いは今、この瞬間に叶えてもらえねば意味がない。こうしている間も恐らく現実世界の時間は進んでいるんだろ?」
「あー....」
自称女神は再び考え込む様子で、仮面の顎に手を当てた。
「......安心してください、この空間は時間という概念はありません。それに、私の力であれば....過去の世界にだって干渉できます」
時空概念干渉の『力』....もし本当なら世界的危機の『力』だな。
今すぐにでも射殺しておくべき存在だ。
「いくら女神と言えど、そんな万能な『力』は持っていないと思うが?」
私がそう言うと、自称女神は少し笑いながら指をパチンと鳴らす。
すると私の背後の白い空間だった場所に、現代の街が現れた。
「...っ!これはッ!!」
即座に後ろを振り向き、街を見る。
街には人1人いない、まるで今さっき全人類を消したかの様なゴーストタウンが広がっている。
「よく見ててください」
そう女神が言うと現代の街並みは、昭和の街並み、大正の街並み、明治の街並み、江戸の街並みと次々と変わり、最終的に弥生あたりと思われる集落に変わった。
まるで映画でも見ているかの様な気分だ。
目の前に現れた集落へと歩き、境となる白い空間から土の地面に足を置き、辺りを見渡す。
先程までいた白い空間とは違い、雄大な自然が辺りを囲み、それが無限に続くかの様に広がっている。
これが現実なのかわからないが、集落や近くの草を触った感じ、間違いなく本物ではある。
少なくとも、この自称女神は恐るべき『力』を持っていることはわかった。
「如何でしたか?過去の日本に行った感想は」
「....本当に現実だったのか?なぜ人がいない」
「本当に過去の世界ですが、人がいない理由は神々の秘密なので言えません。しかしこれで私が過去に干渉できる程度の力がある事はわかってもらえましたか?」
人と出会ってしまうとバタフライ効果が大きくなるから一時的に消している....そんなところか?
あの草も家も間違いなく本物、本当にあそこが過去の世界だったのか.....。
「願いを叶えるのは魔王を倒した暁です。そこは変える事ができませんがどうしますか?」
「....最後に一つ質問しても?」
「えぇ、構いませんよ」
もし本当に願いが叶うのなら....私が望むことはただ一つ。
「息子が私と同じ道に歩まぬ様にできるか?それが私の願いだ」
何かが欲しいだとかの願いは叶えられるが、そう言った“人を変えてしまう”様な願いは叶えられない....魔王とやらを倒した後でそんな事を言われたら詐欺もいいところだ。
なのであらかじめ聞いておくことにした。
「私に叶えられない願いはございません。その願い、魔王討伐が成されましたら必ず」
ならもういい、これ以上の問答はいらない。
私は決めた。
「なら、異世界への転生を頼む」
その後、自称女神に説明を受け“転移転生”という、今の体のまま異世界に行く転生を選び、女神は手のひらを私の顔に見せ、私の体は光り出した。
眩しく輝く白い光に体が包み込まれ、目の前の女神の姿はやがて光で見えなくなり、私は眩しさのあまり目を閉じるが、瞼の裏ですら眩しい。
数秒が経ち、ふっ...と光が消え、明るかった瞼の裏が暗くなる。
目を開けると空は真っ暗な上、辺りは白い白銀の世界が広がり、猛吹雪が舞う。
そこは極寒の世界だった。




