38.勇気を下さい
「ミチオさん」
声が聞こえ、振り向くとイリスさんが戻ってきていた。
「イリスさん.....」
「ごめんなさい、どうしても気になって少しだけお話し聞いてしまいました。トラジディさんってミチオさんをパーティーから追い出した、リーダーさんですよね。助けに行かないんですか?」
「......行きたいよ、行きたいけど....怖いんだ、怖くて体が動かないんだ......」
震えていない体から、震えている様な感覚がする。
今鏡を見れば、きっと怯えている情けない顔が映っているはずだ。
「それは、本当は助けに行きたくなくてですか?それとも助けに行きたいけど、彼に斬られかけた事が怖くて行けないからですか?」
「本当に助けに行きたいよ!!でも......そう...怖くて仕方ないんだ......もうあんな思いしたくないんだ....」
僕の脳裏には僕を斬ろうと、豹変したトラジディの顔と姿が浮かぶ。
忘れることのできないあの顔を思い出すたびに、トラジディが怖くなる。
「そう....同じですね、実は私も怖いんです、親に会うのが」
怯える僕に向かってイリスさんは、椅子に座り話始めた。
「昨日言いましたが、帝国に両親がいるんです。父は早くに亡くなってしまい、母が1人で私を育ててくれました。けど、ある時母は再婚したんです。再婚相手の父は帝国軍人でした。母は優しく、差別意識のない人だったんですけど、新しい父は共和国に住む人たちの事を悪く言う様な人でした。いつの日かそんな父の様に、母も人が変わったかの様に共和国の人たちを悪く言い始め、その時から楽しくて美味しかったご飯の時間も、私には苦痛の時間に変わってしまいました」
そう言うイリスさんはどこか切ない顔をしていた。
「それで私考えたんです、私が共和国へ行けば悪く言わなくなるんじゃないかなと。私が共和国で生活して共和国の人たちと仲良くなった事を言えば、両親ももう共和国への悪口を言わなくなってくれるって信じたいんです。でも......いつか帰ろうと思ってるんですけど....もし変わっていなかったらと思うと、私も共和国人と見て、縁を切られているんじゃないかと思うと、怖くて帰れないんですよ....」
イリスさんは切ない顔から真剣な眼差しで僕をじっと見た。
「だからミチオさん、私と約束してくれませんか?」
イリスさんは僕の手を両の手で握る。
その手は力強く、そして.....どこか優しくて温かかった。
「トラジディさんを助けに行ってください!そうしたら、私も両親に会いに行きます。お願いします、私に勇気を下さい!」
彼女の目は本気だった。
昨日会ったばかりの僕なんかのために、勇気を出している。
彼女の手は少しだけ濡れ、僕の手を伝って僕に熱を与えてくれる。
気付けば、脳裏に浮かぶトラジディの顔は消えていた。
「......ありがとうございます、イリスさん。僕からも一つ約束してほしい事が」
「はい、何でしょうか」
僕は彼女の手を離れ、席を立つ。
「6人分のお茶を用意しといてもらえますか?必ずここに帰ってきますので!」
恐怖や怯えなんて何処かへ飛んでいった。
空気も世界も晴れ上がっている様な清々しい気分だ。
「はい!必ず....待ってますよ、ミチオさん!」
僕は物置部屋に行き、盾を持つ。
そして再び、僕は冒険者として、歩き始めた。




