35.開店
ヴァルノワパンや、りんごを使った果物パン、レーズンを使ったレーズンパンにブルスケッタ等を作り終え、お店のショーケースに並べる。
「しっかり売れるかな....このパンたち......」
必死に練習したものの、イリスさん程上手くパンを作れたわけではない。
仮に売れたとしても、イリスさんとの味の違いに評判を落としてしまうのではないか。
そんな不安を抱えたまま、ショーケースに並ぶパンを見つめ、思わず呟いた。
「大丈夫ですよ、自分の腕を信じてください!」
そんな僕のネガティブな思考を、イリスさんは優しく励ましてくれた。
「ほら、もう開店しますよ!お客さんにそんな不安そうな顔を見せるつもりですか!はい、笑顔笑顔!」
そう言って彼女は僕のほっぺを引っ張り無理矢理笑顔を作ろうとする。
僕を元気付けようとしてくるイリスさんの行動に、僕の肩の力は抜け、不安も気付けばどこかへ消えていた。
時間は8:00となり、イリスさんは店の扉を開き、扉に掛けている看板を『準備中』から『営業中』にひっくり返し、店は開店する。
開店と同時に入ってきたお客は2人、どちらも高齢のおばあさんだ。
「おはようイリスちゃん、今日も元気そうで安心したわぁ〜」
「あらあら、相変わらず若々しくて羨ましいわねぇ〜」
「おはようございます、グラマさん!ミィナさん!」
この2人は恐らく常連さんなのだろう、イリスさんとはかなり親しい仲なのが、表情と会話から読み取れる。
「あら、その手首どうしたの!もしかして何か事故にでも遭ったの?」
グラマさんと思われる方が、イリスさんの手首に巻いている包帯に気付いたようだ。
「あ......これは....ちょっとパン作りしている時に捻っちゃいまして....」
イリスさんは咄嗟に嘘をつき誤魔化した。
「あらあら、気を付けないとねぇ〜、戦争で霊薬類が徴収されたせいで傷もすぐに治しにくいんだから」
「大丈夫ですよ、いざとなれば修道院に行きますので!神官の方もまだ一人残ってるらしいですし!」
「そう....?あら?じゃあ今日は誰がパンを作ったのかしら?」
そうグラマさんが言うと、イリスさんは僕の方に手を向け、「今日はあの方、ミチオさんが作ってくれたんですよ!」
2人のおばあさんが僕の方を驚いた表情で見てきた。
「あ....どうもおはようございます、イリスさんの手伝いで入ったミチオと言います!」
「イリスちゃん....」
なぜか知らないけどグラマさんが、静かに泣いている。
「ついに彼氏作ったのね......ようやく可愛いのに男っ気のない、あのイリスちゃんに彼氏が....!」
グラマさんと同じ様にミィナさんも何故か泣いている。
「ち、違いますから!そそそんなんじゃありませんからね!本当に!!」
必死に否定するイリスさん。
やっぱり僕はかなり嫌われてしまった様だ....。
イリスさんの言葉に、なーんだと、おばあさん達はあっさり泣き止み僕の方へ近寄って来た。
僕の顔を見つめた後、ショーケースに入ったパンをまるで美術館の芸術作品でも見るかのようにじっくりと見ている。
「へぇ〜....これをお兄さんが作ったのかい?」
「は、はい!全力で作りました!」
すると横から、イリスさんが僕の作ったヴァルノワパンを切り分け、二切れを載せた皿をおばあさん達に差し出した。
「これ、もしよければ試食してもらえませんか?彼....自分のパンに自信がないみたいで....お願いします!」
イリスさんは頭を下げておばあさん達に頼み込む。
イリスさんの僕を思ってくれるその優しさに、「お願いします!味の感想を聞かせてください!」と、僕もおばあさん達に急いで頭を下げて頼み込んだ。
それを見た2人は皿からパンを手に取り、食べ始める。
おばあさん達は無言でパンを食べ続け、その間僕は耐え難い緊張に縛られる感覚を味わった。
イリスさんの時とは違う、パンを買いに来たお客さんに目の前で自身の作ったパンを食べられるとはこんなに重く緊張してしまうものなのか。
2人はパンを食べ終わり、僕をじっと見つめる。
「このパンを、本当にお兄さんが?」
ミィナさんの問いかけに僕は恐る恐る、「....はい!」と答えた。
すると、僕を見ているミィナさんの細い目は大きく開いた。
「美味しいじゃなぁ〜い!!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていた重さが一気に溶け去った。
「ほ、本当ですか!」
「本当よぉ〜!ただちょっと焼き加減がいまいちかしら?」
「あらそう?おばちゃんは、イリスちゃんが普段作ってるのよりこっちの方が好きよ?」
安堵と嬉しさに胸が躍った。
そんな僕の肩を横からちょんちょんと指が叩き、顔を向けるとイリスさんが、「ねっ!」っと微笑みを見せていた。
「それじゃあ、おばちゃんにこのパン3個貰えるかしら?」
「私は1個とレーズンパンを2つちょうだいな」
「はい!ありがとうございます!!」
嬉々としてショーケースからパンを取り出し、紙袋に詰める。
イリスさんは2人のお会計を済まして、パンの入った紙袋を渡した。
「それじゃあねイリスちゃん、お兄さん」
「あ、イリスちゃんも気を付けてね!最近街は何かと物騒なんだから!」
「はい!グラマさんとミィナさんもお気をつけて!」
『ありがとうございました!!』
おばあちゃん達は手を振りながらお店を出ていった。
「あの....イリスさん!ありがとうございます!おかげで僕の作ったパンが売れました!」
僕はイリスさんにお礼を言うが、イリスさんは少しため息を吐く。
「違うでしょ?私はミチオさんのパンを試食させただけです。パンを買ってくれたのはミチオさんの作ったパンが美味しかったから、つまりミチオさんの力ですよ!」
「.....はい!!」
そうこうしていると、次のお客さんが店に入店する。
『いらっしゃいませー!!』
僕とイリスさんは元気よく挨拶をして、パンを売った。
しかし、8組目のお客さん以降、2時間が経つが、客が誰1人来なくなってしまった。




