幕間② 『夜の森』
ここはイルノニアのすぐ近くにある『夜の森』。
森の中は木々の分厚い葉によって覆われ、太陽の光を一切通さない暗闇の世界であり、灯りが無くては歩くことすらできない。
夜目の効く獣やモンスターにとっては絶好の棲家だ。
そんな森の中で、三人の男がモンスターと対峙していた。
「トラジディ!無茶ですよ!!ここは撤退して依頼は諦めるべきです!!」
各々が首からぶら下げているネックレスから光を灯し辺りを照らしている。
だが明かりがあろうと、男達を包む空気は暗かった。
「うるせぇ!!こんな奴....俺らだけで十分勝てる!!」
そう叫び、トラジディは剣を犬型のモンスターに向けて突っ込む。
そのモンスターは『カイドラッシュ』と呼ばれる赤く光る瞳を持つ少し大きめの黒い犬のモンスターだ。
しかし、このモンスターは正確には犬ではない。
決まった形を持たない特殊なモンスターだ。
その時その時で、自身の知る獣やモンスターの姿に変わる事ができる能力を持っている。
時には街に降り人を襲い冒険者と対峙するも、その姿を変える特殊な力に翻弄され逃げられる事が多く、時間が経てば経つほど知識が増え強力な個体となってしまうため共和国はカイドラッシュを指定凶悪モンスターに登録している。
そんなカイドラッシュに突っ込むも、トラジディの剣は躱され、そのままカイドラッシュはトラジディの右肩に噛み付いた。
「がああああッ!?....っくそおぉッ!!」
噛みついてきたカイドラッシュを叩きつけようと右肩を前に押し出し近くの木に向かって走るが、激突する前にカイドラッシュは肩から離れ、森の暗闇に溶けるように消えていった。
トラジディは肩を噛まれ血を流しているが気に留めず、消えたカイドラッシュを探す。
「トラジディ、前に、出過ぎ、だ!奴は、素早い、そんな、突っ込む、しか、しない、戦い、じゃ、勝てない、ぞ」
ハイドはトラジディの元に駆け寄り、言葉を投げた。
「うるせぇ.....あいつは突っ込んでただろ。帝国人にできるなら俺にだってあのくらいできんだ....!!!」
「待ってくださいトラジディ!<ヒー....「やめろ!!!あいつにヒールなんて使ったことねぇだろ!!」
クラージがトラジディの肩の傷を治そうと<ヒール>をかけようとするも、手で払われ止められる。
「トラジディ、いい加減に、しろ。お前の、その、身勝手な、行動、で、仲間が、危険に、晒されるんだ、ぞ」
「トラジディお願いです、一旦冷静になって落ち着いてください、普段のあなたらしくもない。カイドラッシュはミチオとマジック抜きではとても勝てませんよ」
普段は冷静なハイドがトラジディの行動に声を高め、クラージが落ち着くよう促すもトラジディは聞く耳を持たなかった。
「どいつもこいつも......そんなに帝国人が好きならあいつを探しに行けばいいだろ、お前らももういらない、俺1人でこいつをたお.....っ!!!」
トラジディの言葉にクラージが拳で返した。
一切手加減のない、重い拳だった。
顔を殴られたトラジディはその勢いのまま地面に倒れ、クラージは倒れたトラジディの胸元を掴む。
「いい加減にしてくださいよ......仲間を捨てて、自分を捨てて、それで一体何がしたいんですかあなたは......。故郷を.....家族を失って辛いのはわかりますよ......でも、だからって自分まで見失ったら....もうあなたには、何も残らないじゃないですかっ!!!」
クラージは今まで仲間に見せたことのない、怒りと悲しみの混ざり合った顔で、トラジディを静かに怒鳴りつけた。
「本当は、あなたもわかってるんでしょ......ミチオは帝国とは何の関係もない、大切な仲間だって......一時の激情で、取り返しのつかない事をして、後戻りできないからと必死になって....焦燥して......。しっかりしてくださいよ......あなたは私たちのリーダーなんですよ....?」
「おい!そんな事、やってる、場合、か!奴が、潜んでるんだ、ぞ!」
揉め合う2人を守るようにハイドは周囲を警戒し、カイドラッシュの攻撃に備えている。
トラジディは胸元を掴むクラージの腕を強く握り、さらにその握る力をじわじわと強めた。
しかし、次第にその力は、まるで子供に掴まれてるような感覚になるほど弱々しくなっていく。
「ミチオが帝国とは何の関係もない......あいつが大切な仲間......そんな事.........わかってんだよっ!!!」
小さく呟くように発していた声が、一転して激しい叫びとなり、クラージにぶつけられた。
叫んだトラジディの目には薄っすら涙が浮かんでいる。
「本当は自分でも、こんな事しても意味ないって.....ただの八つ当たりでしかないってのはわかってるんだ......けど故郷が燃やされて....家族が......妹が死んだかもしれないって聞いて帝国人が憎くて仕方なかったんだ......。そのせいで、あの時......大切な仲間なはずのミチオが....ただの帝国人にしか見えなくなっちまったんだ......」
「トラジディ......」
「ミチオを追い出したって家族が帰ってくるわけじゃない......帝国人への憎しみも消えない......無駄で馬鹿な行いだった......でも....俺はやっちまったんだ......」
普段の彼からは想像もできない程、弱々しく震え声で泣いている。
そんな彼を見てクラージはそっと胸元から手を離し、ポケットから取り出した布を渡す。
「トラジディ、今からでも遅くはありません。ミチオに謝りに行きましょう」
その柔らかい声は、泣き崩れていたトラジディを少し落ち着かせるが、「無理だ....俺はもう取り返しのつかない事をした......ミチオを...本気で斬ろうと......」
顔は曇ったままだ。
トラジディはあの時、本気でミチオを斬ろうとした。
『自動盾』の存在がなければ確実にミチオはあの時死んでいた。
そんな行いをした自身を許す事ができない、何よりミチオが許してくれるはずがない。
その思いが心を押し潰し、彼の気力は抜け落ちていく。
「それでも謝るんです!ミチオならトラジディの気持ちも、きっとわかってもらえますよ!」
「おい!奴が、来る、ぞ!いい加減、立て、リーダー!」
ハイドの焦った声にカイドラッシュの存在を二人は思い出し、急いで立ち上がろうとした。
「っ!!トラジディ!!後ろ、だ!!」
ハイドの叫びにトラジディは背後を振り向くと、そこには人二人分程の大きさの獣、『熊拳<ベア・フィスト>』がいた。
自身の体の半分ほどある巨大な腕が特徴で、その腕から繰り出される打撃は、鉄をも凹ます威力がある。
しかし、この熊拳<ベア・フィスト>は本来の見た目とは少し違い、体毛が毛むくじゃらで黒く、丸い赤い瞳を輝かしており、これはカイドラッシュが化ている特徴であり、つまりこの熊拳<ベア・フィスト>はカイドラッシュであると全員は瞬時に気づく。
トラジディはすぐに距離を取ろうと動くが一歩遅く、熊拳<ベア・フィスト>の一撃がトラジディに襲いかかろうとした。
「トラジディっ!!!」
「<ライトニング>」
何処からか女の声が聞こえた。
すると、声の聞こえた方向から飛んできた雷光がカイドラッシュの顔に直撃する。
カイドラッシュはトラジディへの攻撃をやめ、顔を掻きながら再び森の闇へと消えていく。
「マジック!?なぜここに!」
トラジディと2人も聞き覚えのある女の声の方を振り向くと、そこにいたのはパーティーから抜けたはずのマジックだった。
クラージは戻ってきてくれたのかと安心するも、マジックの顔は未だトラジディへの怒りを宿していた。
「別に、たまたま通っただけよ」
「たまたま、通れる、場所か、ここは」
ハイドの余計な言葉にマジックは睨みで返す。
「.....マジック」
トラジディはミチオの件で激しく怒ったマジックにも合わせる顔がなく、目を向けれずに下を俯いた。
「トラジディ、あんたがまだミチオに謝る気があるなら.......謝ると約束するなら私も許すわよ。そうじゃないなら私はミチオを探して別の街で冒険者やるわ」
「....俺は」
「私の目見なさいよ、あんたいつも私がダラけて話聞いてる時、『人の目を見てしっかり話聞け』って言ってたわよね」
マジックの言葉にトラジディは、恐る恐るゆっくりと顔を上げた。
やがて見えたマジックの顔には怒りも呆れもあるが、まだ自分を見捨てていない、そんな目をしていた。
「俺は......ミチオに謝りたい....たとえ許されなくても......謝らないと....家族にも顔向けできない......」
トラジディの震えた告白を聞き、マジックは大きくため息を吐いた。
「じゃあさっさとこんな依頼放棄して行くわよ!まずミチオがどこにいるのか探さないと....」
マジックはトラジディの手を取り、森の出口へと向かう。
ハイドとクラージもその後に続いた。
「探すなら、俺が、得意、だ」
「私も教会の方々に当たってみます!」
仲間の間にあった塞がれていた重い空気が流れ出し、ようやく前へ進む足が揃いはじめた。
しかし、安堵の余韻を切り裂くように木々の奥から低い唸り声が響く。
彼らの進む道を塞ぐように、4匹の犬に化けているカイドラッシュが現れた。
さらに、後方から先程のカイドラッシュが再度犬に化けて現れ、挟まれる形となってしまう。
「カイドラッシュ....!!それも5匹....!?」
「5匹も、いると、逃げ切るのは、難しい、な」
4人は背中合わせで、前方と後方のカイドラッシュに身構える。
「どうする、トラジディ」
「流石に私の魔法じゃ一匹ならともかく、あいつら全部倒すのは難しいわよ....!」
「一か八か、ここは私の聖魔法の光で....」
仲間達がトラジディの指示を待ち、それぞれが自分にできる事をやろうとしていた。
だがトラジディはそれよりも確実に逃げれる方法を考え、それを口に出す。
「こいつらは俺が引きつける、その間にお前らは街へ行ってミチオを探してきてくれ」
「っ!またそうやって自分を犠牲に....!」
クラージが戒めようとするが、トラジディはすぐに首を振り否定する。
「違う、これは俺への罰だ。ここにお前たちを連れてきたのは俺の行動が原因だ。もし神も俺を許してくれるのなら、お前たちがミチオを連れてくるまで、俺は生き延びてるはずだ」
「っ....だったら私も!」
すぐにクラージは自分も残ると発言する。
回復魔法を使える彼がトラジディと共に残れば、傷を負っても回復できるので生き延びる確率は上がるのかもしれない。
だがトラジディは。
「ダメだ、ミチオを探すのに人手がいる。頼む....不甲斐ないリーダーの願いを聞いてくれ」
クラージは苦悶の色を浮かべ、何も言えなくなった。
「わかったわ、確かにケジメは必要よ」
だが、マジックはそれを承諾した。
「マジック....!?」
「でも、約束破ったら絶対にあんたの事許さないから」
マジックの言葉に、トラジディは薄い笑みを浮かべた。
「ああ....わかってる!」
そう言って前方の4匹のカイドラッシュに切り掛かった。
「今のうちだ!行け!!!」
気を取られた4匹のカイドラッシュはトラジディに向かって走りだし、トラジディは森の出口とは反対方向の森の中へと走っていく。
後方のカイドラッシュもトラジディに気を取られた隙に、マジックとハイド、クラージは森の出口へと向かった。
ミチオを見つけて必ず戻る。
3人を信じて、そして何よりミチオを信じ、トラジディは暗い森の中を走り続けた。




