30.極上のパンの味
「着きました、ここが私のお店です!」
女性と共に街を数分歩き、その目的のお店の前に着いた。
着いて驚いたが、どうやら女性のお店はパン屋だったようだ。
パン屋を見ると前世の母親が今も元気に暮らしてくれているかが気になってくる。
(......1番母を悲しませる事をしといてこんな事を考えるなんて、最低だな僕は.....)
女性は、異世界語で裏と表に『準備中』と『営業中』と書かれた看板の付いているお店の扉の鍵を開け、中へ入る。
「えっと、それじゃあ僕はこれで。街を歩く際は気をつけてくださいね」
彼女を無事送り届ける役目を終え、僕はその場を去ろうとした。
「あ、ちょっと待ってください!助けてくれたお礼に、ウチのパンでよろしければ、食べていってもらえませんか?」
女性が僕を引き止めた。
そう言われると少しお腹が空いてきたし、この世界のパン屋がどういったものなのか、今まで見た事なかったので興味もある。
僕は少しだけお邪魔することにした。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
僕は女性と共にお店に入り、中を見渡す。
店内はそこまで広くなく、五人でいっぱいになりそうだ。
客が使う用と思われる木製の机一つに椅子が二つが置かれ、窓に置かれている小さい植木鉢には5本の黄色い花が咲いており、カウンターの横には、商品であるパンを置くためと思われるショーケースがある。
ショーケースは透明な....ガラスによく似た材質の板で守られている。
全体的に清掃も行き届いており、居心地が凄く良い場所だ。
「ではそこの席に座って待っていてもらえますか?すぐに持ってきますので!」
そう言って彼女はカウンター奥の部屋へと入っていく。
僕は背負っていた盾を外し、壁に立てかける。
そして椅子には座らず、先ほど店内を見渡した時に見つけ気になっていた、カウンターに置かれるメニュー表を見に行った。
メニュー表には麦パンやサラダパン、果物パンやチーズパンといったパンが書かれ、中でも1番目立つように書かれているのは、ヴァルノワパンと呼ばれるパンだ。
確かヴァルノワ帝国発祥のパンだと聞いているけど、どんなパンなのかは見たことがない。
きっとこのパンがこのお店の目玉商品なのだろうか。
そんな事を考えながらメニュー表を見ていると、女性が戻ってきた。
手にはバスケットを持ち、中には様々な種類のパンが入っている。
てっきり一つか二つ貰えるのかと思っていたけど、予想以上に多い。
「あ!座っていてくれて良かったのに」
女性は机にバスケットを置き、中から2枚の皿を取り出して机に並べ、カウンターへと戻る。
「いえ....どんなパンが売られているのか気になっていまして」
メニュー表から女性に視線を移し、僕は机に向かう。
「ウチの出すパンはそんなに特別なものではないですよ」
そう言いながら女性は、カウンターからコップと飲み物が入っているであろうピッチャーを持ってきた。
僕が座ると女性も座り、ピッチャーから僕と自分用の二つのコップにお茶を注ぐ。
コップを僕に渡し、ようやく彼女は動きを止め僕を見つめた。
「ふふ、売れ残った物ですけど、どうぞ!」
女性はバスケットの方に手を向ける。
「ありがとうございます、いただきます!」
そう言って僕は、斜めにカットされたフランスパンにしか見えないパンを1切れ手に取った。
「あ、それを食べるならこれをつけて食べるのがオススメですよ!」
女性は、急いでカウンターに行き、取ってきた瓶とスプーンを僕に渡してきた。
瓶の中には透明な黄色い液体が入っており、瓶を開け、香りでそれが蜂蜜だとわかった。
スプーンで蜂蜜を掬い、それをパンに塗って食べると......パリパリとした外側の食感に、蜂蜜の濃厚な甘さがふわっと口の中に広がった......。
口の中で広がる香りまでもが甘くて美味しい。
この世界で今まで食べた事のあるパンはただの麦パンのみで、スープと合わせて食べていたけど、母のパンの味を知ってる身からすると、何だか物足りない気分になっていた。
けどこのパンは現代のパンと比べても遜色ないほど美味しい。
もちろん蜂蜜の力もあるとは思うけど、パン自体が絶妙な塩気を持ち、それでいてとても余り物と思えない....いま出来上がったかの様な中のふわふわとした食感.......この女性は母と同じくかなりの腕を持っているのかもしれない。
「どうでしょうか....?」
女性はそわそわとした様子で、パンを食べる僕に感想を聞いてきた。
「すっっごい美味しいです!!」
予想以上の美味しさのあまり、思わずまぁまぁ大きい声で感想を言ってしまった。
「本当ですか!良かった......そのパン、うちの目玉商品なんですよ!よろしければもっとどんどん食べてください!これとかもどうですか!」
女性は嬉しそうに、僕の皿に野菜のはみ出たパンを乗せていく。
「にしても不思議ですね....こんなに美味しいのに売れ残るなんて」
乗せられたパンを食べ始めながら、ふと疑問に感じた事を口にした。
僕の言葉に、女性は少し落ち込んだ様子を見せる。
「実は....元々そんなに繁盛していたわけではないんですけど......戦争が始まる少し前から、あまり売れなくなってしまいまして.....」
理由は......“帝国人”が経営している店だから....だろうか。
特に目玉商品と言った、僕がさっき食べたパンは恐らくメニュー表に書かれていたヴァルノワパンだろう。
帝国発祥のパンは共和国内では滅多に見れないだろうから珍しく、売れたとは思うけど今の差別意識が広まるこの国の中ではむしろこれを目玉にするのは逆効果、反感を買うことになる。
「それで最近売れ残りが多くなっちゃって......せっかく作ったのに捨てるのも勿体無いから、なるべく自分で食べていたんですけど、流石に量が多くて......ごめんなさい!お礼するつもりが利用する形になっちゃいまして!」
「いや気にしないでください、むしろこんなに美味しいパンがあるなんて初めて知れて......逆にラッキーですよ」
僕の言葉に女性はほっとした様子を見せ、自らもバスケットからパンを手に取り、食べ始めた。
しかし、食べ始めてすぐに何かを思い出したのか、口に含んだパンを急いで飲み込み、喋り始める。
「...ん、そう言えばお名前を聞いていませんでしたね。私は『イリス』見ての通りパン屋を営んでおります」
それを聞き、すぐに僕も味わっていたパンを飲み込み、女性.....イリスさんに自分の名前を答えた。
「イリスさんですか初めまして、僕はカルス。仲間......友達からは道尾というあだ名で呼ばれていますので、気軽に道尾と呼んでいただければ」
イリスさんは不思議そうに顔を傾けた。
「カルス...さんなのに、ミチオさん....?」
初めて聞く人にはこのあだ名の意味なんて分かるわけないし、カルスとは何の繋がりもないから戸惑うのも当然だ。
マジックとクラージ.....それに2人も僕がこうお願いした時は意味がわからず戸惑っていた。
「はは....気にしないでください、そんなに深い意味はないので....」
「では改めて。先ほどはありがとうございました、ミチオさん」
そう言って、イリスさんは丁寧に頭を下げた。
「いえ、困ってる人を見たらつい助けに入ってしまう癖がありまして」
「ふふ、さすが冒険者さんですね!そう言えば....冒険者という事はお仲間の方々などはいらっしゃるのですか?」
......仲間なんて、もう。
「喧嘩別れしちゃいまして、さっきは咄嗟に冒険者なんて名乗りましたが.....僕はもう......」
イリスさんは一瞬、時が止まった様に動きを止めた。
「ごめんなさい、余計な事聞いてしまいまして.....」
「いえ!過ぎた事ですしいいですよ......」
先ほどまで楽しい雰囲気に包まれていた店内は、一気に重たい空気に飲み込まれる。
しかし、そんな空気に飲まれるのを嫌がってかイリスさんの口はすぐに開いた。
「あの....私なんかでよければ、相談に乗りますよ....?」
登場人物
【イリス(19歳)】
共和国の都市イルノニアにてパン屋を営む女性。
1年前に元々帝国に住んでいたが両親の元を離れ、1人共和国で暮らし始める。
共和国に移り住んでからは小さな露店でパンを売って生活しており、ほとんどその日暮らしだったが、同じ年に出会った学生の様な服装の女魔導士を助け、お礼にお店を貰いそこで本格的にパン屋を始めた。




