21.暗雲低迷
異世界に来て15日が過ぎた。
冒険者を辞め、あれから私はがむしゃらに情報を集め続けた。
霧鳥様を殺せる手段を持つ者を探すために。
しかし結果は、共和国内ではそんな人は存在しない事がわかっただけだった。
考えてみれば当然ではある、そんな人がいたのならなぜずっと霧鳥様は放置されてるのか。
希望があるとすればヴァルノワ帝国とローグ王国だ。
ヴァルノワ帝国の誇る『五天剣』と呼ばれる最強の5人。
一人一人が周辺国でも類を見ない強者であり、彼らならば霧鳥様にも勝てるかもしれない.......が、共和国と帝国は現在緊張状態。
そんな国の見ず知らずの私の頼みで、五天剣の1人でも貸してくれるわけがない。
そしてローグ王国の方は、『円卓の騎士』と呼ばれる選ばれし人と亜人の強者達の集い。
共和国が頼めば派遣してもらう事もできたが、霧鳥様に関しては慎重な姿勢を見せており、さらに帝国と共和国の緊張状態を受け、現在は派遣を中止しているらしく、こちらも無理そうだ。
どうしようもない、ただそれしかわからない無駄な情報収集だった。
◆
ここは首都ロンノニアの街の中にある酒場。
一般人や冒険者風の男達が酒を飲みに来ては騒ぐ様な場所。
そんな場所の隅っこの席に私と、向かい合う形で男が座っている。
相席している、というより押しかけた相手は最初に出会った商人のシルクだ。
信頼されたからか、フードとマスクをとっており、私に普通に素顔を見せている。
彼とはもう5回くらい会っていて、会うたびに私の話し相手になってもらった。
話し相手と言っても、霧鳥様に関する話以外は殆ど私の愚痴なんだけが。
少しでもいいから誰かに愚痴りたいなんて.....前の世界の私では考えられない行動をしている。
精神的に相当追い詰められているんだと思う。
しかし彼は彼で、未来世界の話を聞きたいと結構喜んで聞いてくれている。
特に私の娘の話なんか、会社の誰も真面目に聞いてくれなかったが、この人は聞いてくれる。
多少長めに語ってるような気もするけど、娘の話を聞いてくれるだけで、私は少し精神が癒やされる。
娘に会いたい。
妻に会いたい。
私はなんでこんな世界に今いるんだ.......。
「それで、霧鳥様の討伐....まだ諦めてないんですか?」
「えぇ、それしか方法はありませんから」
意気消沈していながらも私は答えた。
「.......はっきり言っちゃいますが、霧鳥様の討伐なんて無謀......いえ不可能です」
呆れにも見える表情でシルクは語った。
「何度も話してますが、過去に共和国軍の精鋭を集めた5000の討伐隊が、霧鳥様を討伐しに向かって、結果は壊滅。ほぼ全員が殺され、返り討ちにされたんですよ?いくら腕利きの冒険者を集めても、あれと戦うなんて殆ど自殺しにいくようなもの、戦いにもなりません」
何度も聞いた話をシルクは執拗に私に話してくる。
シルクは私に死んでほしくないらしく、会うたびに一緒に商売をしたいと持ちかけてくる。
彼からしてみれば私は未来の知識を持つ者、そんな人と商売ができれば確実に成功する、そう思っているのだろうか。
「そもそも......なんでそんなに霧鳥様にこだわるんですか?未来からやって来たのと何か関係でも?」
シルクは右手に持つ、木のジョッキに入っているビールの様な液体を飲みながら私に聞いてきた。
シルクには私がなぜ霧鳥様を目標にしてるのか、なんでこの世界にいるのかは、まだ言っていない。
そして、私が未来からやって来た事を未だに信じ、他の世界から来たことはバレていない。
別にバレてもいいんだが。
そもそもおかしな話ではある。
未来から来たくせに、この世界の常識とも言える知識を知らない男なんて。
普通はすでに未来人じゃない事がバレていてもおかしくはないはずだが、日本円と現代知識のおかげで辛うじて信じてもらえている。
けど流石に、私が他の世界から来たという事は彼には考えつかない事だろう。
私もこの世界に来るまでは、他に世界があるなんて思いもしていなかった。
仮に今ここで、本当は別の世界から来たなんて言っても、恐らく信じてはくれないだろう。
「家に.....家に帰るためです......」
私はなんと言えばいいのかわからず、彼にとってははぐらかす様に答えた。
「そうですか.....未来で何があったのか知りませんし深入りもする気はありませんが、敵討ちのためか、最悪の未来を変えるためかわかりませんが、過去を変える事は良くない事だと思いますよ」
シルクは飲み終えたジョッキをテーブルの上に置き、立ち上がった。
「シルクさん.....霧鳥様に関する情報と、奴を倒せそうな強い人の情報を今後もお願いします」
そう言って私は財布から5円玉を渡す。
情報料として現代の物を今も渡し続けている。
彼はそれを受け取りため息を吐きつつ、「はあ.....今度、ギルド『獅子の使者』の方々に話を聞いて来ます。彼らが無理ならもう諦めてください。では」
そう言ってシルクは酒場から出ていった。
......どうしたらいいんだ。
もう私には何もできないのか。
家族の待つあの世界には帰れないのか。
そんな事を常に考えてしまい、私の気分はどんどん滅入ってくる。
そのせいか、体の様子も何処かおかしい。
異世界に来てすでに半月が経過しているのに腹は減らないし喉も渇かない、眠気も全くなく一睡もできず眠れない。
原因はわからない、きっと私の限界がかなり近いのだろう。
私は酒場から出て、街を歩いた。
歩いていると周囲から視線を感じる。
きっと、ずっと着ていて汚くなったスーツのせいだろうか。
スーツを嗅ぐと、少し匂う。
時間の感覚は無くなってきており、正確にわからないが、それから2〜3時間は歩き続けた。
なので恐らく今は15時頃だろうか。
討伐依でも終えた後なのか、血のついた装備を着ている冒険者達が歩き、買い物を終えた主婦が子供と手を繋いで歩いている。
仲睦まじく歩いている家族を見ると、涙が出てきた。
妻と娘の春と一緒に、買い物に行った記憶を思い出してしまうせいだろうか。
春は幼い頃から、小さいぬいぐるみが大好きでおもちゃ屋に行くと、いつもぬいぐるみを買ってあげるまで店から離れなかった。
そんな春を妻が注意するも、私はついつい甘やかして買ってしまう。
妻が私に呆れながら、「じゃあ私も」と言い、服屋へ私を連れて行き、服を買わされた。
それを見た春が、「あー!私よりも高い物買ってるー!ずーるーいー!!」と叫び出し、またおもちゃ屋へ行きぬいぐるみを買わされる。
そして私のお小遣いは消し飛ぶ......。
いつもそんな家族劇を繰り返していた。
でも.......帰り道に見る妻と春の笑顔を見ると、(あぁ....私はなんて幸せなのだろうか)と思い、会社の営業で蓄えた疲れも消え、消し飛んだ小遣いも全てがどうでもよくなった。
そんな事を思い出してしまうと、涙が後から後から切りがなく出続けた。
「神よ....私は一体何をしたのですか......なんで私がこんな目に遭わなければ....こんな世界に来なければ......」
そんな泣き言を溢しながら、私はアテもなくただ歩き続けた。
行きたい場所も帰りたい場所も存在しない、この世界で。
そんな時だった、街に緊急事態を知らせるアナウンスが響いた。
『霧鳥様警報!!霧鳥様警報!!ロンノニア街道に霧鳥様が出没しました!!!付近の冒険者、及び一般市民の方々はすぐに避難を!!霧が見えた場合決して近寄らず!すぐに逃げてください!!!』




