19.目利き
鐘が響いている。
人の話声がする。
馬の歩く音がする。
目を開けるとそこには現代とは違う、中世を彷彿とさせる光景が広がっていた。
あたりの建築物に和は一切なく、レンガや木材で建てられている洋風の建物が並んでいる。
中でも一際目を引くのは、巨大な塔だ。
まるでロンドンのビック・ベンのような塔には巨大な時計がついており、塔の上には見たことのない鳥が集まっている。
「本当に....異世界ってところに来た......のか」
目の前の光景に、思わず小声で溢れてしまう。
しかし、本当に異世界へ来た衝撃などすぐに消え、家族を思い出す。
私はすぐに魔獣.....それと一応魔王に関する事を聞くため、まずは情報収集を始める事にした。
情報を集めるのに最も効果的な場所は何処なのか、人々が行き交う道でそう考えていると、遠くの方でさらに人の賑わっている声が聞こえた。
行ってみるとそこは商店街のようだ。
現代では祭りの時以外では見ることのない露店の店が並び、店の店主と思われる人達が客を呼び、客と話し、客に売る光景が見られる。
(ここだ、ここで情報を集めよう.....!)
どんな時代でも、店の店主や従業員との会話は、自分の持っていない情報を得る絶好の機会だ。
店を運営する者なら、販売している商品についての情報はもちろん、物価に関する知識も持っているはずだ。
どのような世界であっても、野菜や果物は特定の地域でしか取れないだろう。
もし魔王軍とやらがどこかで暴れた場合、その周辺地域で取れる物資の仕入れが減り、物価が上昇することは予想できる。
店主なら、そういった事情を把握しており、地理にも精通しているだろう。
さてどの店の人に聞くべきか.......。
(人が全く寄っていない店はできれば避けて、繁盛している店に行った方が得られる情報も多いと思うが、この賑わい......そう贅沢も言ってられないな、せめて目利きの良さそうな人を狙いたいが.....お)
しばらく商店街を歩いていると、ちょうど良さげな店を発見した。
客はいないが、並んでいる商品と思われる物はどれも高価そうな宝石に貴金属と思われる指輪やネックレスのアクセサリーの類。
あまり貴金属等の鑑定に詳しくないが、現代と違い偽物と本物の区別が難しそうな時代だ、当然それを取り扱う店ならば目利きはどこよりも良いはず......。
店主らしき男性は丸椅子に座り、休んでいる様子。
店主は目元からして恐らく20代後半.....白く短い髪が薄っすら見えるが、顔の殆どはフードとマスクで隠れている。
文明レベルは中世前期か後期辺りと見て、それなら警察組織もないはずだ。
基本自分の身は自分で守る様な時代、高級店の店主ともなれば金目当てで狙われる可能性もある、そのために顔を隠してるのだろうか。
さらに男は質の良い黒いスーツを着ており、他の店の店主達が泥棒避けのためか、自身の鍛え上げた肉体を見せるような服を着ているのと違い、あの店主は肌を一切見せない。
ただ気になるのは男の隣に立つ、弓を片手に持ち、ナイフを足に装備する如何にもゲームなどに出てきそうな狩人の格好をしている男だ。
泥棒対策のためにいる店の用心棒といったところか、人間相手にしては少し過剰な武器を持っている気もするが.......いや、それにしてはあまりその道の人という感じがしない。
まぁ店主じゃないのなら関係はないか、問題は店主が私を相手をしてくれるかどうかだ。
店主の目は他の店の店主同様、客じゃないなら相手にしない目をしているが、目利きが良いのなら私の話を聞いてくれる可能性は作れるかもしれない。
(取引先の人と会った際、まずはその人の性格を知るため体と顔をしっかりと観察し話す内容、言葉遣いを少し変化させ会話をする。その経験を活かす時だ...!)
私はネクタイを締め......(そういえばスーツ姿のまま転生したんだな)などと思いつつ、店主へ早速声をかけた。
「すいませ〜ん!お休みのところすいません、少々お伺いしたい事がございまして」
「あ、いらっしゃいませ!どれも当店自慢の装飾品、偽物一切無しですよ!」
「あ、いえ、私......実はこの世界を旅歩いている者でございまして。少しお聞きしたいことがございまして、今ほんの少しだけ....お時間よろしいでしょうか?」
「なんだ....見ての通り仕事中です、客じゃないなら帰ってください」
店主は客じゃないとわかると目から愛想が消えた。
「もちろん、無償でお聞きするつもりはございません。私がお伺いしたいことについてご教示いただければ、商売に役立つ知識をお返しとしてご説明させていただきますが、いかがでしょうか?」
この世界の商売がどのくらい進んでいるかは知らないが、少なくとも現代世界の知識は必ず役に立つはずだ。
「は?なんなんですかあなた、商売の邪魔しないでくれますか?」
「申し遅れました、私....小笠原と申します」
「いや名前聞いてんじゃなくて........にしても変わった名前と格好ですね....」
よし、どんな形であれひとまず興味を持ってくれた。
この時点で帰れとしか言わなかったら奥の手を出すか、これ以上の会話は時間の無駄と判断し別の店に行くしかなかった。
だけど少しでも興味を持ってくれればこっちの話も自然と聞いてくれるようになる。
営業の基本は、まず興味を持たせる所から始まるのだ。
「見たところ冒険者って格好じゃなさそうですし、旅人って感じもしませんが?」
「さすがでございます。お目が高い!実は、騙そうとして誠に申し訳ございませんが、私....本当は旅人ではございません。本当は未来から魔法の力で過去の、この世界へとやってきた者でございます!」
そう言うと、店主は呆れた表情をしてため息を吐いた。
「はーそうですか魔法で未来からなんてそれはすごいですね、修道院ならここからすぐ近くにあるので急いで行ってくださいね」
明らかに信じてない様子だ。
しかし魔王がいるならと、一か八かで言った魔法だけどやっぱり存在するのか?
ゲームはあんまりやんないからよくわからないけど、魔法ってのは大方の事はできる万能の力のはずだ。
もしかして過去や未来にだって行き来できる可能性もあると思ったが、この反応を見るに流石に時間を越える様な事はできないのかな?
別の世界から来たというより、未来から来たと言った方がまだ信用されると思ったが、どうやら失敗だ。
妙な格好の人=珍しい人から、妙な格好の人=頭イカれてる人と認識されてしまった。
気付けば店主の隣に立つ狩人の様な男がこちらをジーッと睨んでいた。
怪しい奴が来たから警戒しているのか。
(さて....店主はすでに私の事を、従業員にだる絡みする年寄りを見るかの様な目で見てきている。手っ取り早く未来から来たと信じさせるには、やはり現代の物を見せるのが早いか)
そう考え、私はポケットから財布を取り出す。
「どうやら信じてもらえてなさそうですので、未来のお金をお見せしましょう」
そう言うと店主は、早く消えてくれねーかなって感じの目を向けながらも一応こっちを見てくれた。
私は財布から500円玉を取り出して店主に渡す。
「こちらが未来で使われている日本円というお金でございます」
「......なんだこれ?ニホンエン....?」
店主の呆れた目は見開き、興味が湧いたのか、じっと500円玉を見つめている。
「見たことの無い物質.....いや銅なのか?........細部まできっちり作られてる........知らない文字だがとても人間業とは思えない精密な作りだ......」
よし!ガッツリ食いついてくれた!
やはり500円玉なんてこの中世辺りの時代じゃ立派な価値あるアーティファクト。
どれくらいの価値になるのかはわからないが、商人は喉から手が出る程欲しがるんじゃないか?
「あなた....これを一体どこで........?」
「申し上げたではございませんか。私は、未来から来た者でございます、と」
店主は500円玉を見つめながら硬直していた。
(チャンス!あと一押しで行ける!)
「もしまだ信じいただけないようでしたら、他にも証明できる方法が......」
「いやいいです......これは明らかに今の技術じゃ作れない代物.......こんな物を作れるとしたら噂のドワーフ工国か......それこそ未来技術だとしか考えられない......」
さすが目利きが重要の中世の商人と言ったところか、500円玉一枚で信じてくれるとは。
「では...!」
「話を聞きたいと仰っていましたね、このニホンエンを譲ってくれるのでしたら、私の知っている範囲でいくらでもお教えします」
◆
店主......名前を『シルク』
商人として働き始めてまだ8年らしい。
店主との会話で知りたい事はある程度知れた。
まずここの場所だ。
ここは『ブリスニア共和国』と呼ばれる国の首都『ロンノニア』。
この世界では比較的安全な位置に存在する国らしいが、北の隣国『ヴァルノワ帝国』と緊張状態が続いており、近いうちに戦争が起こる可能性が高いらしい。
それに対抗するため、東の隣国『ローグ王国』、南西の隣国『イベイア連盟国』と手を組もうとしている。
正直人同士の戦争なんて、言っちゃ悪いけどこの世界の住人じゃない私には関係のないことでどうでもいい事ではあるが、最も重要な事は人同士で争いが起きている事だ。
人間同士の戦争が起こるかもと聞いた時、頭の上にクエスチョンマークが浮かんだのを覚えている。
女神曰く、この世界の人々は魔王に苦しめられているはずだったが、なぜ魔王を差し置いて人間同士で争っているのか、シルクにそれを聞くとありえない一言が飛んできた。
「魔王?数千年前のおとぎ話ですよ?いるわけないじゃないですか」
この世界に魔王は“いた”と言われている。
つまり今は存在しない、だったら女神の言っていた事はなんだったのか。
全てが嘘だった.........そうじゃないかと頭によぎるが、その最悪はつまり......。
それについてはもう考えない事にした。
だが魔王がいなくとも、この街を襲う魔獣さえ本当にいれば問題ではない。
そしてシルクにそんな魔獣がいないか確認したところ。
「魔獣もおとぎ話に出てくるだけで今は存在しませんよ、魔境ならともかく。魔獣ではなくモンスターなら心当たりがありますけど......」
魔獣はいないがモンスターはいる?
何が違うのか私にはよくわからないが、人に危害を加えるのならどっちでも問題はないはずだ。
私はモンスターについて聞いた。
聞くと、どうやらこの世界には『六つの災害』と呼ばれる、31年前に突如現れた自称神によって作られた6匹のモンスターが存在するらしい。
それぞれのモンスターは国家存亡の危機レベルで危険度が高いらしく、30年経った今も、1匹も倒せていないらしい。
そして、女神が言っていたこの街を襲う魔獣に該当するのかもしれない奴がその中にいた。
共和国の首都から北部の都市へ向かう道には六つの災害の内の1匹.....いや1羽、『霧鳥様』とかいうのが定期的に出現して、道を歩く人を襲い喰らうらしい。
なんでも霧を操作するとかいう、真っ黒い凶悪な鳥らしいが、出現してしばらく経てばどこかへ消えるらしく、近づかない限りは危険はない、とのことだ。
その他にも亜人や他の国の情報などを聞き、私はシルクの店を後にした。
私は現代世界へ帰るために、霧鳥様を倒す事を目標に、次に冒険者協会へ向かう事にした。
登場人物
【シルク[29歳]】
19歳のある日、共和国海岸を散歩していると海賊を発見。
後をつけると隠し財宝の場所を見つけ、海賊達がいなくなった隙に全て盗み、それを資金源に夢であった商人の道を歩む事になった。
現在の夢は世界を股にかける商売をする事。




