8.怒り
エルフを連れ走る男、それを追う2人の盗賊。
ルピアとペソの件でワイヤートラップや落とし穴などの罠の存在を知った2人は警戒しつつ走っているため、男との距離が思うように縮まらず焦燥していた。
冒険者の名乗る職業『盗賊』であれば、ペソのように走る速度を上げるスキルを基本習得しているが、彼らは盗賊ではあるものの、冒険者としての職業『盗賊』と違い、盗賊業をやっているだけで、しっかりと盗賊スキルを習得していない。
習得しているスキルは、職業『剣士』寄りの対人スキルばかり、そのためこういった追跡は不得意なのだ。
「っち!あのクソガキが...!!いつまで逃げ続けるつもりなんだ...!!」
「ゲンさん、あの男捕まえたらどうします?個人的にはできるだけ苦しめてから八つ裂きにして殺したいところ何ですけど」
ゲンと共に追いかけているリンキッドは、エルフを盗み逃走している男の処遇に関して走りながら問い掛ける。
人攫いを生業とする盗賊達は、自分達の仕事を邪魔する奴は基本問答無用で殺す集団だ。
特にエルフは帝国内にいる様々な亜人奴隷の中で最も高額な商品。
エルフ1人を売れば5年は遊んで暮らせるほどの大金を得ることができる。
それを盗まれたとなれば、怒りは当然だ。
しかし奴隷売買にはルール、奴隷商法がある。
「あのガキ捕えて同業者...帝国人ならぶち殺すッ!!違うならエルフ共々奴隷だ!俺は優しいだろ!?」
奴隷の種類の中には当然人間も存在する。
しかし帝国の奴隷商法では帝国人の奴隷化は完全に禁止されており、もし帝国人を奴隷として奴隷市場に売った事が国にバレれば重罪人として指名手配されるため、盗賊達は帝国人を捕えても売れないのだ。
中には帝国人であっても奴隷として売り出す輩も存在するが、それを取り扱った奴隷市場も国から潰されるため、信頼に欠ける行いをした者は同業者からも目の敵にされ、暗殺される事もしばしばある。
「やっぱ違うんなら奴隷にするんですか、でもそれじゃこのイライラが治らない...!」
「っは!エルフ売った金で、女侍らかせればすぐに治るだろ。ウォンのが減った分俺達の取り分が増えるんだ.....ふんだんに使ってやろうぜ!!」
ゲンの言葉にリンギットは不気味な笑みを浮かべ、「あーそいつは楽しみだ」と、あからさまな喜びを見せる。
そんな時だった、目の前の逃げる男が予想外の行動をとる。
なんと男と...それに続くようにエルフは足を止め立ち止まり、ゲン達の方へ振り返ったのだ。
男とエルフはゲン達を睨み、待っている。
追いかけていたゲン達との距離が、50メートル...30メートル...10メートル...そして2メートルの所でゲン達も止まる。
「っは!なんだようやく観念したか!?一つ言っとくが今更詫び入れた所で許やしねぇぞ!!!」
ゲンはそう言うと腰から剣を抜き、男に向けた。
逃げていた男は息切れし、顔は汗で濡れている.....明らかに体力が限界なのがわかる。
「けど安心しろ、お前が帝国人なら殺す所だが、そうじゃねーなら奴隷としてエルフと一緒に売ってやるよ!!」
「どっちにしろ俺らの物盗んでくれたんだ、何発か殴らせてもらうけどな!!」
「はぁ...はぁ......お前らは...」
「あ?」
逃げていた男が呼吸を整えて喋り始める。
「お前らはこの子に対して罪悪感とかはないのか...?人を攫い...奴隷として売るお前らには...このエルフが今後どんな人生を送るか...少しでも考えた事はあんのか...?」
男はエルフを庇うような発言をした。
それを聞きリンギットは男を指差し、堪らず吹き出す。
「っぶはははは!!ゲンさん聞きましたか!こいつ...あのエルフの事本気で心配してるみたいですよ!!」
ゲンは男に向けていた剣をゆっくりと下ろし、鼻で笑った。
「あー、どうりで変な服装だと思ったら...お前同業者じゃなかったか......。それにしても......っぷふ...!エルフの...人生だって...!」
ゲンは男の言葉を聞いた時、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに嘲笑の笑みへと変わっていた。
「っは!ああよくわかったよ、お前帝国人じゃないな。帝国人ならエルフにそんな感情抱かねぇもんな!一つ言っておくがあんなゴミ共.......奴隷として飼ってやるだけありがたく思って話だ!」
帝国人はエルフに同調しない。
彼がそう言っているのは帝国内でのエルフに対する差別意識のためだ。
帝国国内では一部の亜人にも人権は存在するがエルフには人権が存在しない。
帝国ではエルフは本来奴隷以下の身分の存在であり、人攫いを生業とする盗賊達にとっては本来奴隷以下の存在を、奴隷として売ってやる、という認識を持っているため、感謝こそされど恨まれる覚えはない、という考えを持っている。
「.......答えになってないぞ」
ゲン達を睨む男の目は、さらに力を増した様に見える。
そんな男の様子など気にせずにゲンは笑いながら答えた。
「あぁ!エルフの今後の人生について考えてるかどうかだったか?そんなの何度も考えてるぜ。きっと裕福な金持ちの男にでも飼われて......薬漬けにでもされて自我が崩壊するまで遊ばれるか、綺麗なその顔面をサンドバック代わりにボッコボコに殴られ見るも悍ましい顔になるか......あぁ、二度と自分で何かできない様四肢を切断する奴もいたな!!ハハハハハ!!!」
ゲンはニヤニヤと笑い、男の隣にいるエルフの顔が恐怖に染まるのを愉しむために、エルフを見ながら言った。
しかしエルフは恐怖を浮かべるのではなく、ゲンに強い嫌悪の眼差しを送った。
味方をしてくれる男が隣にいるからだろうか、その目には強い力が宿っている。
肩透かしを食らったゲンは落胆し舌打ちをする。
「エルフに恨みがあるのは知ってる、それが作られた恨みでもな。だったら放っておけばいいだろ....なんでエルフを攫う、なんで何もしていない人を傷つける.......!!」
「馬鹿だなお前!んなもん金に決まってんだろ!エルフ1匹売れば大金が入ってくるんだ!!これだけで狙わない理由はねーだろ!!!」
嘲笑しながら即答したのはリンギットだ。
「強いて言えば、エルフが苦しむ姿を見れればうさが晴れるからってのもあるな!」
「ああ、よくわかったよ」
先ほどよりも男の声に力が入っており、男の憤怒がゲン達にも伝わってくる。
「お前ら本当にクズだ、俺以上に最低で最悪の......お前らクズのせいでどれだけの人が悲しんできかわかるか?お前らのせいで被害者の家族がどれだけ悲しんだかわかるか?お前らのせいで何の罪もない人が死んで.......それでも何とも思わないのか........?」
「あぁ.......?」
男が喋っていると、足音が聞こえてくる。
重みのない静かな足音、人ではない別の何か。
それは男もエルフもゲン達も囲うようにどんどんと増えていく。
「な.....なんだ.....?」
ゲンとリンギットが周りをよく見ると、既に手遅れだった。
10匹の獣が男達の周囲を取り囲み睥睨し、まさに今、獲物を狩るかの様に構えている。
「なっ!ルーウルフ!!?」
取り囲んでいる獣は『ルーウルフ』、ブロサリアンダの森全域に生息する肉食獣だ。
銀色に鋭く逆立った体毛、歯を剥き出し、今にも襲い掛からんばかりによだれを垂らしている。
「ここはルーウルフの巣のすぐ近く....」
そんな中、ルーウルフをまるで意に介さず男は語りだす。
「あんだけ声を上げれば、こいつらもすぐ近くに餌が来た事に気づくだろうさ。俺たちは格好の餌だ!」
「っち!てめぇ正気か......!!」
切迫した状況に、ゲン達に先程まであった笑みはすっかり消え、額から汗が溢れる。
男はルーウルフは見ずに、ゲンを睨みながら片腕を自身の背に置いた。
「1年もこの森に住んでんだ、どこに何があるかなんて手に取るようにわかんだよ。ここでお前らと一緒に食われて死ねば俺の人生も少しはマシなもんになるかもだけど.......生憎俺には死ぬ勇気なんて一切持ってないん...でねッ!!!」
そう言って男は腰に付けていた袋から取り出した、さらに小さい袋をゲンの方に投げた。
咄嗟のことに反応できなかったゲンは腕で顔を守り、袋はその腕にぶつかった。
すると袋の口が開き、中から薄い茶色の粉末が拡散するように舞う。
粉末は空気に舞い、ゲンとすぐ近くにいたリンギットの視界を奪った。
「ッ....!?だぁくっそ!!目潰しか!!!」
「卑怯だぞてめぇッ!!!」
2人は目を手で覆い、男に怒声を吐く。
その隙を突いた男とエルフは再び北へ逃げ始める。
その逃げた方向にいたルーウルフ2匹が2人目掛けて襲い掛かる。
1匹は向かって右から飛び上がり上半身を、もう1匹は左から足に噛みつこうとするが、男は腰に差していた剣を抜き、1匹は切られ...いや切られたと言うよりも叩き落とされるように地面に倒れ、もう1匹は顔を横から剣の平で殴り飛ばされた。
男とエルフはそのままルーウルフの群れの包囲から抜け出していく。
「っち!逃すわけねーだろガキがッ!!!」
視界を取り戻し、ゲンとリンギットは男を追いかける。
それに続くようにルーウルフの群れはゲン達を追いかけ始めた。
さらに、先程男が倒したルーウルフ2匹が起き上がり、ちょうど横を通過したゲンとリンギットに狙いを変え走り出す。
「あの野郎......俺たちをルーウルフ共の餌にする気かよ!!」
「っち!どうやら奴が持ってる剣は刃がついてない訓練用の剣だな......ルーウルフ2匹を慣れた手つきで捌くあたりそこそこ剣の腕はあるな」
「それでゲンさんどうします!?こんだけの数のルーウルフの群れは俺たちじゃちょっと厳しいですぜ!!」
男達は剣のスキルは持っているがあくまで対人特化、亜人ならともかく群れで来る動物やモンスターに関しては専門外だ。
「......落ち着け、一つ言うなら俺に妙案がある」
ゲンは冷静に薄い笑みを浮かべながらリンギットを見つめ......。
「おお!流石っすねゲンさっ......!?」
彼の腹部を蹴った。
「がはっ!?」
リンギットは蹴られた衝撃で倒れるが、ゲンは気にせず走り続ける。
突然の事に何が起こったのか理解できていないのか、リンギットは「ゲ.....ゲンさん......?」と、ゲンの方を見つめる。
だがゲンは見向きもしない。
彼はすぐに立ち上がりゲンを追おうとするも、ルーウルフの群れが倒れている彼に飛びつく。
「ゲ、ゲンてめーふざけんなッ!!!殺すッ!!!絶対殺してやるぞてめぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
どうしようもない怒りと絶望、そして己の血が彼を包む。
森に響くのは男の絶叫......断末魔。
しかしそんな事は気にせず、ルーウルフを撒いたゲンは目の前の男を追い続ける。
男がエルフを盗み、この追走が始まってから既に10分は経過していた。
3人いた仲間も全員やられ、残りはゲン1人までに減っていた。
エルフを連れ、逃げる男はただ北へ向かって走っている。
何を目的で北に走り続けてるのかはわからないが、ゲンはただただ男を追いかけ続けた。
「もういい...あのガキは殺す.......!だがただ殺すじゃつまらねぇな.......この世に生まれた事を後悔させてから殺さねぇとこのイラつきは治らねぇ!!!」
ゲンは怒りの形相を浮かべながら、男が泣き叫び殺して欲しいと懇願する姿を想像した。
そんな時、逃げる男は腰の袋からまた何かを取り出す。
よく見ればそれは最初に使った煙玉だ。
こっちに向かって投げる気か....と警戒したのも束の間。
男は走りながらその煙玉を今いる位置の地面に投げ、煙玉は破裂した。
煙は再び男をゲンの視界から消していく。
「っち!また煙か......どんだけ小道具が好きなんだよ腰抜けが!!!」
ゲンは煙を意に介さず、そのまま煙の中に突っ込む。
煙で視界を遮ったのは逃げる方向を北から東か西に変えて俺を撒くためか、とゲン思いはしたが、ひとまず走る方向は変えずにそのままゲンは北へと走った。
やがてゲンは煙を通過し、白い視界は緑色の森林を再び映し出す。
だが、見えた光景にゲンは目を見開いた。
前方にエルフが走っているのは見える、しかしあの男の姿はどこにもなかった。
「ああ!?あの野郎どこ行ったッ!!!」
ゲンは逃げるエルフを追わずに立ち止まり、消えた男を血眼になって探す。
彼はエルフよりも、さんざん屈辱を味合わせてきた男への報復を優先した。
......いや、してしまった。
登場人物紹介:盗賊団
・リンギット
暴言が酷い盗賊。とにかく仲間に対しても暴言を吐きまくるためゲン以外のメンバーからは嫌われている(特にペソ)。ゲンに対してだけは犬のように懐いており一切暴言を吐かない。冒険者で言うなら職業は『短剣士』寄りのスキルを習得している。




