悪役令嬢交渉す
帝都フェルシオン――学術監査局・別館の応接室。
重厚な木製の扉の向こうには、各国から選ばれた高官と、王国代表団の面々が静かに揃っていた。
そして、その中心に――いた。
「……やっぱり、来たのね」
エリス・フォン・ベルグランドは、静かに息を整える。
向かいに座るのは、王国貴族派筆頭の交渉代表――ソフィア・ミラー。
かつて、偽りの告発でエリスを“悪役令嬢”として追放した張本人。
変わらぬ愛らしい微笑みと、張り付いたような礼儀正しさ。
「まあ……これはこれは。ベルグランド様が“命の証明者”となって戻ってくるなんて、
まるでおとぎ話のようですわね」
「おとぎ話なら、続きがあるでしょう。結末を迎えるまでは」
エリスの瞳は、揺れなかった。
交渉の主題は明確だった。
――“命の再定義”に基づく魔導技術と、その倫理的管理権限の所在。
表向きは平和的な学術交流に見えるが、実際は技術の支配権をめぐる外交戦。
ソフィアは、涼やかに指を組む。
「あなた方の“命ある機械”――確かに、興味深い成果ですわ。
ですが、それが今後の秩序を乱すようであれば……王国としては、しかるべき措置を取らざるを得ませんの」
「“しかるべき措置”……それは、力でねじ伏せるという意味かしら? それともまた、誰かを嘘で貶める?」
ソフィアの眉が、わずかに動いた。
だが、彼女は崩れない。
「私は“秩序”を守ろうとしているだけ。あなたのような“情に流される研究者”では、世界はまとめられませんの」
そこに、エリスが一歩前へ出る。
「……なら、証明するわ。情が、意志が、命の輪郭を作るのだと」
手にしたのは、昨日の聴聞会での全記録――
リュミエとシェイドが、明確な“問いかけと答え”を交わした、実際の映像魔導記録だった。
「このふたりは、王国でも帝国でもない。
けれど誰よりも“人としての営み”を見せている。
これはあなたたちが恐れる“混乱”じゃない。
――“進化”よ」
ソフィアの視線が、ほんの一瞬だけ泳いだ。
そして、ふっと微笑む。
「……やはり、面白いわ。あなたという人間は。
追放しても、封じても、やがて民衆の心に戻ってくる。
――厄介で、そして、羨ましい」
その言葉には、ほんの僅かだが“本音”の影があった。
エリスは静かに背筋を伸ばし、最後にこう言った。
「私たちは、脅すために命を作ったんじゃない。
未来を選ぶために、生きている。
だから――私はもう、黙らない」
交渉は結論を持たずに終わった。
だが、それは“勝敗”ではなかった。
エリスの姿勢は、確かに王国代表団の誰かに“問い”を残した。
会場を後にしたエリスに、マリーが声をかける。
「すごかったです、エリス様……あのソフィアが、最後に黙るなんて」
「ええ。でも、彼女は諦めない。……だから私も、何度でも言い返すわ」
帝都の夕暮れが、赤く染まりはじめていた。
光と影。嘘と真実。
そのどちらの中にも、エリスの姿は確かにあった。




