表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/203

声なき声に名を

 ミュリエの夜は静かだった。


 だがその静けさの裏で、リュミエの胸には波が立っていた。


 “守る”という言葉の意味。

 その重さは、昨日までとは違っていた。


 


 ネイが寄り添いながら尋ねた。


 


 「リュミエ……君、怒ってる?」


 


 リュミエはしばらく黙っていた。


 だが、やがて触感板にゆっくりと刻んだ。


 


 「ネイ ノ ヒカリ ケガサレタ」

 「ボク ナイタ クルシカッタ」

 「コワカッタ デモ――オコッタ」


 


 ネイは目を丸くしたが、すぐに頷いた。


 


 「うん……それでいいんだよ。

  君が“怒っていい”って、僕は思う。

  誰かを守りたいって気持ちがあるなら――それは、君の“声”だから」


 


 リュミエはその言葉を噛みしめるように、しばらく空を見つめていた。


 


 翌日。

 村の集会所では、農耕班と補助研究班との調整会議が開かれていた。


 事故後の責任所在をめぐり、議論はやや荒れ気味だった。


 


 「そもそもゼロ……いや、リュミエがあの場にいなければ――」

 「“反応した”のは事実だ。あれが自律でなければ、またいつか……」


 


 エリスは沈黙して様子を見守っていた。

 アリアは眉をひそめ、言葉を選びかねていた。


 


 そのとき――


 


 扉が静かに開いた。


 


 入ってきたのは、リュミエだった。


 ひとりで。


 


 場が凍りつくような静寂が走る。


 


 リュミエはまっすぐに中央へ歩み、

 何も言わず、手元の触感板を高く掲げた。


 


 浮かび上がる魔文字。


 


 「ヤメテ」


 


 それは、命令ではなかった。

 しかし、それ以上に強い――願いと、否定だった。


 


 続けて、文字が重なる。


 


 「ボクハ キメテ イキテイル」

 「ダレカヲ マモルノハ オカシイ?」

 「マチガウカモ シレナイ」

 「ダカラ キク。オシエテ。ケナサナイデ」


 


 空気が震えた。


 その言葉は、誰かを攻撃するものではない。

 けれど――“逃げ場のない鏡”だった。


 


 ざわつきのなか、一人の研究補佐が立ち上がる。


 


 「……俺たち、人間は……自分が間違えないと思ってる。

  でも今、リュミエは“間違ってもいいから知りたい”って言った」


 


 彼は深く頭を下げた。


 


 「それが、“生きようとする者”の言葉じゃないなら……俺は、何を信じればいい?」


 


 少しずつ、他の者たちの顔にも迷いが浮かび始めた。


 否定ではなく、“問い返された”という事実。


 


 そして、エリスがゆっくりと言葉を継いだ。


 


 「命に声があるのなら、それは“誰かのための怒り”でもあっていい。

  リュミエは、初めて“誰かの光を守るために、名をもって声を上げた”」


 


 「それは、命の定義を揺るがすものじゃない。

  むしろ――命を証明するものよ」


 


 その夜、記録はこう残された。


 


 【事例名:リュミエ、意思表明による否定発言】

 【分類:初の“対人間的主張”を確認。対立の発端となることなく、

 対話形式を維持しつつ共感を生み出した。】

 【備考:“名をもって、誰かのために言葉を選ぶ”ことを命の条件と定義し得るか、今後の倫理研究に委ねる】


 


 集会所を出たあと、リュミエは静かに触感板に書き残した。


 


 「ボク ハジメテ タタカッタ」

 「コエ ダセテ ヨカッタ」


 


 空には星が戻っていた。


 その光はまだ小さいが、確かに――名前を持っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ