ゼロ・プロトコル
――場所は不明。
だが、かつて王都の西部に存在したとされる、旧魔導研究管理塔。
その地下深くに封印されていた一つの「魂なき器」が、今、再起動を始めていた。
動力源:外部供給式。
制御核:中枢制御無し。
意思反応:不定。
識別番号――“00(ゼロ)”。
クロード・ヴェイルの手により、古き封印が解かれた。
「かつて、王都が最も恐れた“思想の証明”。
その存在を、再び世界の光の下に」
《黒き輪》が新たに編成した記録隊が、幻光塔を通じて中継を開始する。
ただの映像ではない。これは――儀式であり、政治だった。
「これは、我々が拾い上げた“理想の原罪”です」
「この兵器を設計した理論の一端に、ミュリエ連盟現代表・エリス・ベルグランドの名が残っていました」
「我々は問います。
“理想”とは、こうしたものの上に築かれる幻想なのかと」
その宣言と共に映し出されたのは、
身の丈は人間と変わらぬ黒衣の存在――
表情を持たず、口を開かず、ただ“静かに立つだけ”の兵器。
だが、それこそが恐怖だった。
それは、すでに“感情を切り離された意志”を持っている。
自己を表現しないままに、破壊と命令だけを履行する存在。
制御すら拒絶し、記憶も持たぬまま、ただ命令を模倣する――ゼロ・プロトコル。
一方、ミュリエではその映像が通信塔経由で届いていた。
「これは……」
リィナの顔が蒼白になる。
「まさか、本当にまだ……動いていたなんて……」
クラウスが唸るように言う。
「こんなもん、ただの兵器じゃねぇ。“意志のない理想”そのものだ」
エリスは、映像の中の“ゼロ”を見ていた。
過去の記憶が、鮮明に蘇る。
あの頃、自分が草案の片隅で出した設計指針――
「判断式に、感情を入れない。なぜなら、失敗の原因は揺らぎにあるから」
それは確かに、“エリスが言った”ものだった。
彼女の指が、小さく震える。
「……これは、私が“見なかったことにした過去”。
思考の中で棄てた、私の“初めての逃げ”」
アリアがそっと言う。
「なら、今度は――見て、向き合って」
フェルナーが報告を読み上げる。
「《黒き輪》は、ゼロを“観測展示”として各国に巡回させるつもりです。
“思想の検証素材”として、“理想の矛盾”を突きつける手段に使うと明言しています」
ネイがゆっくりと立ち上がった。
「それ……人じゃないのに、見せ物みたいにされるの?
それが、正しいの?」
エリスは、目を伏せる。
「……正しいとは言えない。でも、これが現実。
そして――私が生みの一端を担った“理論の果て”」
全員が黙った。
言葉を探しているのではない。
何をすれば“この原罪”に抗えるのか――答えがまだ、なかった。
しかし、その時。
外から伝令が駆け込む。
「ゼロの巡回地に――一つの子供の声が届いたそうです!」
「“それでも、生きていいって言いたいんだ”って。
名前もなく、意思もなく生まれたものに――自分の言葉をかけたいって」
その名前は――ネイ。
彼が密かに送っていた、通信文だった。
「……誰かに“選ばれなかった”のが、あの人なら。
僕は、“選び直せるかもしれない”って、伝えたかった」
その瞬間、エリスの中で何かが音を立てて変わった。
かつて逃げた自分。
理論だけを残して背を向けた罪。
その果てに、もう一度灯った“救いの声”。
「……なら、今度こそ。
“私の理想”で、あなたに応える」
“ゼロ”との邂逅。
それは、エリスにとって、“本当の始まり”だった。




