夜の帳の先へ
ミュリエ連盟がエリスの過去を公式に公開してから、一週間が経過した。
声明の全文と設計図の一部、プロジェクト・セレスティアに関する関与の経緯――
すべてを包み隠さず、彼女自身の言葉で語った記録映像が各国に配信された。
その内容は、衝撃とともに受け止められた。
エリス・フォン・ベルグランド――“理想を掲げた者”が、かつて“理想の対極にいた”という事実。
だが、その告白は同時に、
**「選び直す者」にしかできない“信頼の行為”**でもあった。
王国では、議会で激しい論戦が巻き起こった。
保守派は「そんな過去を持つ者に理想は語れない」と強く主張。
一方で、進歩派は「過去を語った者こそ、今を信じられる」と擁護した。
東方連邦では、蒼光機関の中枢において“実験倫理”の見直しが議題に上がり、
かつてエリスの理論を基にして設計された旧型兵器プロジェクトが“全面凍結”となった。
海洋都市連合では、識者による公開討論が行われ、
その中で若き市民活動家がこう語った。
「過去があるからこそ、“それでも変われる”と語れるんだ。
それが、どれほど難しいことか。
私は、そんな言葉を信じたいと思った」
だが――それらの反響を見ていた者がいた。
《黒き輪》。
五番・クロード・ヴェイルは、静かな部屋で報告書を読んでいた。
「……想定より、少しだけ耐える力があるようだね、エリス」
その声に応えるように、別室の仮面の構成員が低く言う。
「では、次は“外からの揺さぶり”ではなく、“内からの誘導”を?」
「いや、まだ“夜”の途中だ。
もっと静かに――人々の思考に届く、言葉の毒を広げるべきだ」
クロードは手元の通信端末を起動する。
その画面には、複数のニュースメディアと論説ページ、SNSの情報網。
「彼女の“理想”は、すでに物語になりかけている。
だからこそ、それを“ドラマの破綻”として演出すればいい。
“英雄がかつての加害者だった”という視点を、繰り返し、少しずつ――浸透させる」
静かな宣戦布告だった。
その翌日、いくつかの国際メディアに奇妙なコラムが一斉に掲載され始めた。
タイトルは共通してこうだった。
《理想を語る者の罪:ベルグランドの遺産》
内容は、あくまで中立を装いながらも、エリスの過去とネイの存在を結びつけ、
「未来のために誰かを切り捨てたことはないのか?」という疑念を植えつける構成になっていた。
読者のコメント欄には賛否が飛び交い、
少しずつ――けれど確実に、“信じたい”という声の周囲が濁り始めた。
そのことに、いち早く気づいたのはネイだった。
訓練を終えた彼は、端末でその記事の断片を見ていた。
「……僕のことが、“理想の証拠”じゃなくて、“疑惑の核”になってる」
そう言ったネイに、クラウスは静かに返す。
「違う。お前は“選ばれた存在”じゃない。
“選び直した者”なんだ。
だからその歩みを止めなきゃ、それはもう、“正しさ”として残るんだよ」
その言葉に、ネイは目を見開いた。
エリスもまた、その報道に目を通していた。
だが、顔をしかめることなく、ただ静かに、仲間たちの方を見て呟く。
「言葉で揺さぶってくるなら、こちらも――“声”で応える」
“夜”はまだ明けていなかった。
だがその中で、誰かが灯す“声”は確かに遠くへと伸びていた。




