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影はまだ遠くで笑う

 観測団がミュリエを離れて三日後――

 その報告書は、各国の中央評議会や主要研究機関へと送られた。


 


 「ミュリエ連盟は、明確な兵器保有組織には該当しない。

 むしろ、“意志の試験場”として機能しうる可能性を持つ」


 


 その文面は慎重ながら肯定的で、世界に“思考の猶予”を与えた。


 


 王国では議会の空気がわずかに変化し、

 東方連邦では蒼光機関の一部がミュリエとの再対話を望む意見を出し始めた。

 海洋都市連合では、“理想と統制の共存実験”として支援を検討する動きが出ていた。


 


 だが――それはあまりにも、静かすぎる進展だった。


 


 ミュリエ村では、一時の平穏が流れていた。


 診療棟の修繕が終わり、ネイはついに屋外訓練に参加できるまでに回復。

 アリアとクラウスが彼の護衛兼トレーナーを務めるようになっていた。


 


 研究棟では、リィナが旧帝国の制御素子に関する資料の整理を進め、

 エリスは連盟の外部通信と再交渉に注力していた。


 


 ――だがその平和の隙間に、“影”は滑り込んでいた。


 


 海洋都市連合・西部統合港管理局。

 倉庫群に紛れるように設置された、非公式の研究ラボ。


 そこに、ひとりの男が立っていた。


 


 仮面はない。

 だが、その眼差しには“仮面よりも厚い理性”が張りついていた。


 クロード・ヴェイル。

 《黒き輪》五番。

 言葉で世界を捻じ曲げる、“静かな笑い”の使い手。


 


 彼は机の上に並べられた資料を淡々と整理していた。


 ――ミュリエの構造図。

 ――ネイの魔力変異数値。

 ――観測団の報告文書、全文。


 


 そして、背後の影に語りかける。


 


 「やはり、“理想”は危うい。

  抗いながらも、それはゆっくりと根を伸ばし、やがて人々の判断力を奪っていく」


 


 影が答える。


 「エリス・フォン・ベルグランドの言葉は、すでに“信仰”に近い。

  今叩けば、かえって反発が強まる」


 


 クロードは首を横に振った。


 


 「叩くのではなく、“過去を暴く”べき時だ。

  彼女が“選ばなかった命”、そして“背を向けた真実”。

  それを暴けば、理想は“未完成の逃避”になる」


 


 影は問う。


 「彼女に、“そんな過去”があると?」


「もちろんだとも」


 クロードの指が、報告書の一枚を抜き取る。


 


 そこには、かつて王都で進められていたとされる封印案件の記録。


 “プロジェクト・セレスティア”――意思強化型兵器試作実験。


 


 そして、その欄外には確かに書かれていた。


 技術提供:E・F・ベルグランド(理論草案)


 


 クロードは静かに笑った。


 


 「彼女が見なかった過去――それが、彼女の理想を一番脆くする」


 


 影が小さく頷いた。


「準備を進める。“記録の解放”は、次の戦火と同じ重さを持つ」


 


 クロードは、最後に資料の一枚を封筒に入れ、こう言った。


 


 「では、まず――“選ばれなかった真実”を、

  彼女自身の手に、返してあげましょう」


 


 そして、その封筒は、ゆっくりとミュリエ村へと向けて投函された。


 


 次なる攻撃は、剣ではなく――記憶だった。

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