第70話 失敗は許すが裏切り者は許さない
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第70話 失敗は許すが裏切り者は許さない
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タタニアが敵の騎士と一騎討ちを始めようとしている。
あいつなら大丈夫だと思うが、この世に絶対はないとボスがよく言っていたのを思い出した。
不安が俺の胸に広がる。
俺がタタニアより強ければあいつを守ってやるんだが、残念ながら俺はあまり強くない。
毘沙門党の中には、俺より強いヤツがゴロゴロいる。
その最たるのが、ボスだろう。
あのボスに勝てるヤツなんて、この世界にいるのだろうか?
一騎打ちに出てきたダルバーヌの騎士は、五十代か。
ボスが集めていたダルバーヌ家の人物資料に、情報があったはず……そうだ、ゲール・ジャインだ。
ゲール・ジャインは槍自慢の騎士で、以前俺たちが籠城したルイノース城のラドン・バーダンの配下だ。
ボスはダルバーヌ家だけでなく、周辺勢力の人物、特産品、経済力などを調べていた。
最初はアルタンさんに頼んでいたが、そのうちに他の商人もソルバーン家に出入りするようになったので、そういった商人に基本的な情報を入手させ、その後は毘沙門党のメンバーが詳細に調べた。
情報は主に隠密行動に特化したメンバーが取ってくる。闇魔法や身体強化魔法など、諜報がしやすい魔法を持つヤツらだ。
ボスはラドン・バーダンは先の内戦の際、敵だったヒンドル陣営に内通していたと考えている。
その際にラドン・バーダンとヒンドルの間で動いていたのが、今回タタニアの一騎打ちの相手であるゲール・ジャインだ。
タタニアとゲール・ジャインは何度か声を掛け合った後動いた。
お互いに馬に乗りながらの一騎打ちだ。
タタニアは最近馬に乗るのを覚えたが、まるで何十年も馬と共に暮らしていたかのような動きを見せる。
タタニアは戦いに関することならなんでもセンスがいいとボスは言っているが、俺もその通りだと思う。
二合打ち合った、三合めでゲール・ジャインの首が宙を飛んだ。
まったく苦戦することなく、一騎打ちはタタニアの勝ちで終わる。
これで味方の士気は大いに盛り上がり、敵の士気は下がった。
ここでトルク様はゲキハのオッサンを動かした。
五十人ほどを率いた剛雷のゲキハが、川を渡ったのだ。
タタニアに負けてから、まるで犬のように彼女のそばを離れないオッサンだ。
オッサンはタタニアに惚れているわけじゃない。ただ単純にその強さを認め、その強さを追い求めているのだ。
毎日毎日タタニアと稽古し、少しづつだがオッサンも成長している。俺には分からんが、ボスがそう言っていた。
そのオッサンの部隊が敵を引きつけ味方の渡河を援護する。
タタニアもその部隊に合流して敵兵を薙ぎ払っている。
戦っている時のタタニアはいい笑顔をしている。困ったものだ。
タタニアとゲキハのオッサンの奮闘によって、味方が続々と川を渡りダルバーヌ家を押している。
ライデム隊二百、兵士長のゴドラン隊二百がリムッタ川の渡河に成功し、さらに本隊三百五十も動いた。
俺のほうは、アシャールとアラムの動きを確認するため、飛ばしたクーから情報を得る。
この二家は特に目立った動きはしていないようだ。
ダルバーヌ家の内輪揉めに関与しない方針か?
アラムはともかくアシャールはダルバーヌと犬猿の仲だった。ここでロベルト・ダルバーヌに味方はしないと見ていいかもしれない。
ただし、どちらの家も横槍を入れてこないとは限らない。俺の仕事は、そういった動きを早い段階で察知することだ。
「ララ。ボスにアシャールとアラム、あとエイネン城のダミアンに動きはないと報告してくれ」
「うん」
ララによって情報共有が行われる。
ボスは毘沙門党の要として、情報を扱う者を特に可愛がっている。
その中でもララはボスのお気に入りだ。
もっとも、立場に差はあっても、依怙贔屓はしない。
皆がいてこその毘沙門党だとボスはよく言っている。
「ボスが三家の動きから目を離すなって」
「了解だ」
渡河から一刻(二時間)ほどが経過した。
アリュカ山に陣取っていたダルバーヌ本隊に、タタニアとゲキハのオッサンが突っ込んだ。
あの二人が率いる五十人は、ソルバーン家内でも鍛え抜かれた精鋭たちだ。
あの二人にしっかりついていっている。
敵本隊は七百の兵で、さらに有利な山の上に陣取っていた。
そこから矢を射かけたが、タタニアたちはお構いなしに突っ込んだ。
兵数で圧倒的有利なダルバーヌ勢だが、雑兵が蹴散らされる。あの二人にかかってはいかんともしがたいようだ。
アリュカ山の反対側を駆け下りる複数の人影がある。
どうやらロベルトが逃げたようだ。
「逃げ足だけは速いな……」
ロベルトは逃げたが、その先には予めボスが配置していたスライミン姫率いる毘沙門党が陣取っている。
ボスは身体強化魔法の使い手のはずなんだが、未来でも見えるのだろうか?
スライミン姫はフェース刀術の達人だし、クラリッサは信じられないほど広範囲を凍りつかせる魔力を持つ。
この二人ならロベルトを逃がすことはないだろう。
さらに一刻が過ぎ、ダルバーヌとの戦いは終わった。
ダルバーヌの騎士は粗方捕縛し、当主ロベルトはスライミン姫が討ち取った。
ロベルトと共に逃げていたラドン・バーダンはクラリッサが討ち取った。
ボスはラドン・バーダンをかなり嫌っている。俺たちが参加した戦いで裏切っていた可能性が高いからというのもあるが、目が嫌いだと言っていた。目と言われても俺にはよく分からん。
また、調略されて生きるために裏切る者もいるが、こいつは違うと言っていた。最初からロベルト・ダルバーヌをハメるために動いていたふしがあるらしい。
結果はボスがヒンドル・ダルバーヌを殺し、ロベルト・ダルバーヌの勝利になった。
そのロベルト・ダルバーヌの下でデカい顔をしているのが、ラドン・バーダンだ。ボスがあそこまで嫌悪感を持つヤツは珍しい。
今回の戦いで当主ロベルトとラドン・バーダンの二人は確実に討ち取るとボスは皆に言い聞かせていた。
生け捕りではなく、殺してあと腐れのないようにするのだとか。
「ララ。ボスにこっちは予定通り終わったと報告してくれ」
「うん」
ララによってボスに報告が行われる。
あとはシュバルクアッドの裏切り者たちの処分だ。




