第7話 お互いに冷静になろうじゃないか
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第7話 お互いに冷静になろうじゃないか
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今日の夕食は父ドーガがいない。招集がかかって、村長の家にいっているのだ。
俺たちが夕食を食べ終わった直後、父が帰ってきた。
飲んできたわけではないようで、真面目くさった顔をしていた。
「戦があるようだ」
重苦しい声だ。
「アシャール家が攻めてくるらしい」
この村の領主はシャイフ家といい、ダルバーヌ家の陣営に属している。
そのダルバーヌ家とアシャール家が戦をするらしく、この村から五十人の徴兵がある。
昼間やってきた騎士のカイン・シュラードがそう命じたらしい。
「今回はいいが、来年もし戦があったら、モルダンが戦に出ることになる」
「なんで俺が!?」
父ドーガは鍛冶職人だから、徴兵は免除される。
来年以降は長男モルダンが十五歳になって成人する。もしモルダンに弟がいなかったら鍛冶工房の跡取りとして徴兵は免除されるが、うちは四人も男の子がいるから成人した子は徴兵対象になるのだ。
「ケルンが成人するまで、お前は徴兵対象だ」
ケルン兄さんが成人するには、あと五年ある。それまではモルダンが徴兵対象になる。
戦なんてなければないほうがいい。
だが、この国は今戦国時代さながらに群雄割拠しているらしい。
なんでこんなヤバい時代に転生させてくれたんだよ、神様~。
三日後、村の男衆五十人が武装して領主の城へと向かった。
その男衆を率いるのは長女シュラーマの夫トルクさんである。
村長は世襲制で、村長一家には家名帯刀が許されている。
村長の先祖はこの村が開拓村だった頃から村長だった。
その功績で家名帯刀が許されたらしい。
「トルクさんで大丈夫かな……」
あの人、気弱だから戦えるのだろうか?
「トルクなら大丈夫だ。いつもは大人しいヤツだが、戦場では立派に男衆を率いている」
「そうなんだ」
商人でクラリッサの父親のアルタンさんが太鼓判を押すが、やっぱり不安だ。
戦に負けるのは構わないが、トルクさんが大怪我をしたり死んだらシュラーマ姉さんが悲しむ。
それに姉さんのお腹には子供がいるんだ、死ぬんじゃないぞ。
トルクさんが男衆を率いて村を出たその日の夜、俺はいつものように魔力を使い切るように放出をした。
今では全力放出が、六十秒まで伸びた。
やればやるほど魔力量は増えていく。それを実感できるのが楽しい。
魔力が底をつくと気分は悪いが、意識を失うことはなくなった。
そこで俺は怠い体を無理やり動かして腕立て伏せと腹筋、スクワットをする。
限界を超えた先に何かがある、そんなことを勝手に思っている。
「お前、何してんだ?」
「筋トレ」
「もう寝ろよ」
真っ暗な中で筋トレしている俺は、ケルン兄さんからしたら不気味なヤツなんだろうな。
「だが、断る!」
「勝手にしろ。俺は寝るからな」
「おやすみ、兄さん」
筋トレをしていると、前世を思い出す。
柔道莫迦だった俺は毎日稽古ばかりで勉強なんてしなかった。
高三の時、初めて出た全国大会。
あの時が俺が一番輝いていた時期なんだろう。
その全国大会で怪我をして、柔道から引退することになった。
おかげで推薦が決まっていた大学には入れず、大学は諦めることになった。
その後、叔父の紹介で金属加工メーカーに拾ってもらい、三十歳まで勤めて死んだ。
昔話は置いておいて、筋トレを終える。
藁のベッドに倒れ込むように横になると、一瞬で寝入った。
今日はクラリッサとキノコ狩りだ。
「大丈夫か、クラリッサ」
「うん。大丈夫」
幼馴染のクラリッサと二人でデートだ。
俺たちが入っている森は、いつも薪を拾っているところになる。
狩りをする山とは違うので、滅多なことでは大型の獣は現れない。
とはいっても、安全のためにクロスボウを持ってきている。
クラリッサにもしものことがあると、いけないからね!
「それ、食べられるキノコだ」
「やった!」
前世ならキクラゲと言われるものだ。そっちにはマイタケがある!
「たくさんあるね!」
「たくさんあるけど、毒キノコもあるから気をつけるんだよ」
「はーい」
持ってきた麻袋がいっぱいになったので、手を繋いで帰る。
今のうちから俺の良さを知ってもらうために、光源氏計画を発動中だ。
「クラリッサ。俺の後ろに」
「え?」
俺たちに向かって近づいてくる魔力反応を確認した。
最近は獣が持っている小さな魔力も感じられるようになった。
おかげで百メートルくらいなら、特に身体強化魔法を発動させなくても獣の存在を知ることができるようになった。
ゆっくりと木の陰から姿を現したのは、一頭のオオカミだった。他に気配はない。
オオカミは基本的に群れで行動するのだが、こいつはロンリーウルフのようだ。
俺はクロスボウを構え、オオカミの目を睨みつける。
そこで気づいたが、このオオカミの右耳は半分ほど千切れている。男の勲章とでも言っているようだ。
オオカミの肉はお美味しくないので、できれば無用な殺生はしたくない。
このまま何もせずに帰ってくれないかな。
「ガルルルッ」
「ノ、ノイス……」
「大丈夫だ。クラリッサは俺が守るから、安心して」
決まった!
吊り橋効果で俺に惚れるんだぞ。
クラリッサを庇いつつ、瞬きせずオオカミの目を睨み続ける。
お互いに命のやり取りは望まないだろ。冷静になろうぜ。
オオカミから距離を取るように横に移動する。
オオカミは俺を警戒し、動こうとはしない。
だが、気を許せば、一気に飛びかかってくるだろう。
徐々に距離が離れていく。
オオカミは俺を警戒したようだが、狩りの相手とは思わなかったらしい。
戦えばどちらかが死ぬことになると、本能で理解しているのだろう。
オオカミが見えなくなるところまで移動し、大きく息を吐く。
「ふー」
ガンをつけていた目が乾いているよ。
「ノイス。もう大丈夫なの?」
「うん。あいつはどっかにいったよ」
「はー、怖かった」
「クラリッサは俺が守るって言っただろ」
「うん。ありがとう」
彼女の赤茶色の髪をくしゃくしゃ撫でる。
柔らかくて触り心地のいい髪だ。
その後、クラリッサを家まで送り、俺も家に帰った。
その夜は持ち帰ったキノコでキノコ鍋をした。美味かったな~。