第6話 姉上様、それは酷くないですか!?
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第6話 姉上様、それは酷くないですか!?
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ノイスとその父ドーガが、母ノーシュから説教を受けている時のことだ、祖父ベナスが音頭をとってイノシシと鳥の解体をしていた。
「おい、モルダン。お前も手伝え」
「なんで俺が」
「だったら肉はなしだぞ」
「俺は長男だぞ、爺さん」
「このイノシシはノイスが狩ってきたんだ。お前のものじゃない」
「ノイスは三男なんだから、あいつのものは俺のものだろ!?」
「そんなわけあるか、莫迦者!」
「ちっ」
渋々解体の手伝いをするモルダンに、祖父母は不安を覚えた。
このままモルダンが家を継いだら、この家族はバラバラになってしまうのではないか、そんな不安が渦巻くのだった。
「お爺ちゃん。これはどうするの?」
「ニュマリンか。それは干し肉にするからあっちに置いておいてくれ」
「分かったわ」
ノイスの七こ上の次女ニュマリンは、愛嬌があって皆に好かれる子だ。
そんなニュマリンには、すでに婚約者がいる。
婚期が早いこの世界だが、平民の子が十二歳で婚約者がいるのは珍しいことだ。
その婚約者というのが、なんと領主に仕える騎士家の息子なのだ。
昨年の秋に騎士がこの村の徴税の視察にやってきたのだが、その時に同行していた息子がニュマリンを見初めたのである。
どうしてもと言われては、しがない平民が断ることもできない。
だから、ニュマリンは村長の家に通いながら行儀見習いをしているのであった。
「お爺ちゃん。これは?」
「おう、ウチカか。それは今日のおかずにするから婆ちゃんに渡してくれるかな」
「はーい」
七歳の三女ウチカは目に入れても痛くないほど可愛い。ジジ莫迦のベナスはニヤニヤしながらウチカの後ろ姿を見送る。
「おい、爺さん。骨はどうするんだ?」
「骨は刀の素材にする。工房に運んでおけ」
ウチカへの態度とは一変し、次男ケルンには鋭い目つきで指示を与える。
まだ鍛冶を教え始めたばかりのケルンだが、鍛冶師としての素質が高いとベナスは見抜いていた。
長年鍛冶に携わってきたベナスの目は確かなものである。
それに比べ長男のモルダンはいけない。
鍛冶師としての腕云々より、まずやる気が見えないのだ。
鍛冶に対する熱意を感じないのは、鍛冶師の息子として不安しかなかった。
このままケルンが育てば、モルダンではなくケルンを跡継ぎにすることになるだろうとベナスもドーガも考えていた。
「ジージ、これ」
「おう、マルダか。フフフ、お手伝いできて偉いのぉ。それも工房に運んでおいてくれるかな。危ないから道具には触るんじゃないぞ」
「はーい」
末っ子のマルダにも甘い祖父ベナスであった。
イノシシを狩った翌日は、外出禁止になった。母ノーシュの命令を破ったらどんな恐ろしいことになるか……(ブルブル)。
昨夜は美味しい肉が食卓に出た。
思いっきり肉を食べたのはいつ以来だろうか。
今世では記憶にないというのが悲しい現実だ。
「なんで泣いているのよ?」
「だって肉が美味しいんだもん」
母の質問に鼻水を啜りながら答えると、皆に変な目で見られた。
今日は朝から工房の掃除をし、それが終わったら井戸で鍛冶で使う水汲みをする。
桶に入れた水は結構重い。これ、いい筋トレになるな。おいっちにさんし、と。
「ノイスは何してるんだ?」
「筋トレ」
「きんとれ? なだそれ?」
「ケルン兄さんもやってみなよ。体が鍛えられるよ」
「俺は毎日金槌を振っているから、それで十分だ」
たしかにケルン兄さんは毎日大きな両手持ちの金槌を振っている。
あんなものを振り続けていたら、背筋はすごいことになるはずだ。
祖父ベナスも父ドーガも背筋が盛り上がっていてすごいんだよ。
それなのに、モルダンはそこまですごくない。
祖父と父にはないたるんだ贅肉がある。まだまだ修行が足りないということだな。
収穫の秋、村長が各農家から税の麦を集めて蔵に入れている。
税率は五割で、作った麦の半分は領主に納めることになる。
うちも麦を作っているが、うちは刀や槍を納めているので麦を税で取られることはない。
ただ、あくまでもうちの家族で食べる分を作っているという体なので、あまり多く作ると徴税の対象になるらしい。
俺が狩ったイノシシも肉の半分は納税しないといけないらしい。
この村には猟師はいないが、獣を狩った時はそういう取り決めになっているらしい。
ただし、野鳥の肉は納税対象外になっている。
野鳥は基本的に小さいものが多いから納税するほうも納税されるほうも、確認が面倒なのだ。
あれから俺は山でシカを一頭、イノシシを一頭狩った。
おかげで肉の納品は百キログラムを軽く超えている。
この世界のシカとイノシシは、前世のものより大きい。
俺が最初に狩ったイノシシでさえ小さいものだったのだ。
狩ったはいいが、持ち帰るのに苦労したよ。
今回も騎士が納税状況の視察にやってきている。
村長とその息子のトルクさんが騎士の対応をしている。
トルクさんの妻に収まっているシュラーマ姉さんも忙しそうだ。
捉まる前に退散するとしよう。
「ノイス、手伝って」
「えぇぇぇ……」
「何よ、文句あるの?」
「いえ、ありません」
ずっとお世話になっていた姉には頭が上がりませんよ。
姉上様からいただいたお仕事は、騎士の馬の世話だ。
「ブルル」
結構大きくて、足が太い。
前世で馬といったら競馬場で走っているサラブレッドを思い出すが、それよりかなり大きい。
多分、重量は一トンくらいあると思う。
この村にも馬はいるけど、こんなに立派な体躯ではない。
恐らくだが、軍馬だから立派な体躯をしているのだと思う。
「よしよし。飼い葉を食べるか」
飼い葉を差し出すと、馬はモシャモシャする。
美味しいそうに食べているので、気に入ってくれたようだ。
束子で体を撫でてやると、気持ちよさそうにする。
俺、馬に好かれている気がする。
そんな馬の主たる騎士はくたびれた感じの五十代の人で、名前はカイン・シュラードというらしい。
先ほどは今年の麦の出来具合を村長に確認していた。
「ノイス。騎士様がお帰りになるから馬を連れてきて」
「ほーい」
手綱を引いて馬を連れていく。
なかなかお利巧な馬で、俺のいうことをちゃんと聞いてくれる。
俺が馬を連れていくと、騎士が驚いていた。何?
馬に乗った騎士が俺を見下ろしてくる。
「坊主がゴルゴーの世話をしてくれたのか」
「はい」
この馬はゴルゴーというのか。
強そうな名前だな。よしよし。
「ゴルゴーの機嫌がいい。しっかり世話をしてくれたことに感謝する」
「あ、いえ。大したことはしてませんから」
「ハハハ。こいつは気難しくてな、下手な者が近づくと蹴り飛ばすのだ」
何それ、怖いんですけど!?
俺はシュラーマ姉さんを見た。目を逸らすなよ!
姉上様、それは酷くないですか!?