第52話 大将軍の我儘のおかげで時代が動き出すそうです
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第52話 大将軍の我儘のおかげで時代が動き出すそうです
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帝城にほど近い場所に、大将軍が住む川見御所がある。
帝都の中を流れるナルス川を見下ろすように作られた御所のため、川見御所と呼ばれているものだ。
騎士政権下では政治の中心地なのだが、過去に何度も戦果によって焼かれている歴史がある御所である。
焼かれる度に大将軍が帝都を離れ、政治の混乱を引き起こしている。
この川見御所も五年ほど前に再建されたものであった。
そんな川見御所内では、大将軍が大声を出して部下を叱責していた。
「五十人も送ったのに、皆殺しにされただと!?」
「も、申しわけございません! 監視していた者の話では、あのノイスとかいう子供は弓の名手で、ほとんどノイスが倒したらしいです」
「貴様は莫迦か!? あんな餓鬼が弓の名手なわけがあるか!? その報告をした者が苦し紛れにそう報告したに決まっておろう!」
そう、あの野盗たちは大将軍が差し向けた刺客だったのである。
生意気なシュラード家の当主カインと、どこの馬の骨かも分からぬ子供に恥をかかせるために送り込んだ者たちだ。
四十人は主君を持たない牢人者を金によって雇っていたが、十人ほどは家臣を送り込んで確実にシュラード家を捕縛する予定だった。
筋書きとしては、野盗に襲われ囚われたシュラード家の者らを、大将軍家の討伐軍が助けるというものだ
助けたシュラード家当主カインと、その嫡子ノイスに恩が売れ、生意気な二人に頭を下げさせることができる。
さらに大将軍家の武威を示すことができ、貴族たちとの確執を少しは緩和できると狙っていた。
それなのに、大将軍の家臣十人を含む五十人が悉く討ち取られてしまったのだ。
「あの者らは腕に自信があると申していただろ! なのにこの体たらくはどういったことだ!?」
後ろで指示を出すだけだった家臣まで皆殺しにされ、大将軍は家臣の家族にどのように死んだのかを説明しなければいけなくなった。
「任務中に賊の襲撃を受けた。そう説明しておけ!」
ノイスに圧倒的な戦闘力があることが第一の誤算、そしてこの指示が大将軍にとって第二の誤算になった。
死亡した家臣たちが賊に討ち取られた。
であれば、その賊を討ち取る必要が出てくる。
だが、そんな賊はどこにもいない。
あえていうなら、死亡した者らが賊なのだ。
「なぜ賊の征伐を行わないのか!?」
「我が息子を殺した賊に天誅を喰らわさねば、家の恥である!」
大将軍は側近に適当な賊を見繕い討伐しろと命じた。
百人からの討伐軍が組織され、濡れ衣を着せた賊を攻めた。
そこでなんと討伐軍が敗れてしまったのだ。
賊とされた者らの捕虜となった家臣たちは、そこで彼らが身内を襲った賊ではないことを知ることになる。
大将軍はさらに討伐軍を組織しなければならなくなった。今度は五百もの軍だ。
だが、賊は五百もの討伐軍が現れると、さっさと逃げ出したのである。
そして捕虜になっていた家臣が助け出されたのだが、当然ながらあの賊は仇ではないと大将軍に訴えることになった。
そこで大将軍の代わりに対応した側近が、ついポロッと言ってしまったのだ。シュラード家を襲わせたと。
「シュラード家を襲うなど、何を考えているのか!?」
「下手をすれば、貴族たちの支持がなくなるのだぞ!」
反目しあっていても、貴族は大将軍家を支持している。
その支持があることで、落ち目の大将軍家はなんとか政権を維持しているのだ。
その話は大将軍の家臣たちに瞬く間に広がっていく。
大将軍を支持する者は少数派で、大多数は大将軍の愚行を責めた。
そこまで大騒動になったのだ、貴族に情報が漏れないわけがない。
「なんでもシュラード家を襲わせたそうであるな。しかも女子供を合わせても十名程度のシュラード家に対し、百名もの軍を送り、その軍が全滅したとか。皇帝陛下は大将軍の資質に疑問を呈しておられる」
ある貴族が、大将軍家のある家臣にそう呟く。
噂には尾ひれがつきものである。
大将軍は愚行の上に多くの家臣を失った愚か者として、汚名が貴族の間に広まっていくのだった。
「なぜだっ!? なぜ余がこのような屈辱にまみれなければならぬのだ!?」
自分がやったことに対する後悔や反省はなく、自分を莫迦にする者らへの憎悪を募らせる。
そして、その元凶となったシュラード家を憎む大将軍であった。
さらに、側近がそれを諫めるとその者に酷い折檻を加え、お役御免にする蛮行まで行っている。
大将軍を支持していた家臣までそばから離れていく始末だ。
それを知ってまた癇癪を起す大将軍であった。
全ては自分のせい。
そう思えない者はどこにでもいる。
大将軍もそういった自分に甘い者だったのだ。
「全てはシュラードのせいだ! あやつらを放置はできぬ! 滅ぼしてやるわ!」
大将軍はシュラードを滅ぼすために、ジール州最大の勢力であるシュバルクアッド家に対し御教書を発行した。
御教書とは大将軍の公式な命令書である。
その内容を簡単にいうと「あいつら調子に乗っているから、ちょっといって絞めてきてくれるかな」であった。
それがシュバルクアッド家当主の元に届くのは雪が解けてからであったが、それによって時代は大きく動き出すことになるのであった。




